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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第一章 はじまり
21/181

21 蕾③


「いやー…本当にやるのかな、あの2人」

「うーん…やりそうだけど…」

「まぁ、面白そうだから僕はいいけどね」

「つぼみとしてはどうなんだろう?」

「…難しいとこ聞かないでよ、晴」


中休み、晴と皐月は吹奏楽部のボイコットについて詳しく調べるために音楽室へと向かっていた。


人気がないとはいえどこに目と耳があるか分からないので、つぼみの活動に関わることを話す時は曖昧に話すようにしている2人である。



「それにしても、皐月はあの人と知り合いだったの?」


あの人とは、これから会う人物である。


「友達とかじゃないけど、いろいろ噂は聞いてたから知ってはいたよ。晴は?」

「おれはあんまり知らないかな。何回か話しかけられたことはあったけど…今回は、どうやって呼び出したの?」

「それはねぇ…」


音楽室の前に着くと、皐月はにやりと笑う。


「僕の名前じゃ来ないかと思ってさ、人の名前を借りたんだよね」

「え?誰の?」


驚く晴をよそに、皐月は扉を開ける。



広い音楽室の奥で明らかに怯えながら待っていたのは、吹奏楽部元部長の前川だった。


「純の名前、借りちゃった」

「あぁ、なるほど…」


ボイコットの件を暴いた際、この男子生徒に十分恐怖を与えていたらしいというのは翔平から聞いた話だ。

その本人から呼び出しがあれば、行きたくなくても来ざるを得ないだろう。


「それ、純に怒られないかな?」

「ちゃんと聞いたから大丈夫だよ~。一応頷いてたし」


皐月はちゃんと純に許可を取っていたらしい。準備がいい。



「お、お前たちは……周防晴と蒼葉だな!……櫻純ではないのか?」


音楽室に入ってきたのが純ではないと気付き、前川は少し落ち着いたようだった。


「純は忙しいから、僕らが代わりに来たんだよ」


さらりと嘘をつく皐月である。


「ここでの話は全部純に伝えるから、そのつもりでね」


そしてしっかり釘を刺すのも忘れない。


「わ、私に今さら何の用だ!」


それでも虚勢を張るのをやめない前川を見て、晴は素直に凄いなぁと思った。


「君さ、ボイコットは全部自分で計画したって言ってたよね。それほんと?」

「そうだ。何故嘘をつく必要がある」

「だって君、僕らのこと嫌いでしょ?」

「な、何故それを…」

「だって1年の時から、自分はつぼみに相応しいって周りに言ってたじゃん。自分は負けるはずがないって。あれだけ言ってたのに自分はつぼみに選ばれなかったから、僕らのことが嫌いなんでしょ?」


皐月に真正面から問われ、もう隠すことでもないと思ったのか、前川は嫌悪感をあらわにして皐月と晴を睨んだ。


「私は中学の頃から神童と言われていたんだ!家は有名だし、金もある。静華学園にも合格し、成績だって悪くない!吹奏楽部の部長まで登りつめたんだぞ。つぼみに選ばれてもおかしくないだろう!」


皐月は前川の話を聞いて、やれやれと呆れている。


「この学園なら、神童やら秀才なんてごろごろいるよ。静華に入れたのは君の実力だろうけど、吹奏楽部の部長になれたのは家の名前を出して他の部員を黙らせたからでしょ?」

「そっか。前川って…」


晴は、音楽室に並んでいる楽器を見た。


「そう。この人、前川楽器の息子だよ。次男だけど。どうせ自分の家の楽器を使わせないとか脅したんじゃないの?」

「それの何が悪い!」


前川は、最初の怯えた姿などどこかへ行ったように、興奮した肩を怒らせる。


「私の家は、他の部員よりも家格が上だ。歴史もあるし、前川楽器と聞けば誰も逆らわない。上の者が下の者を使って何が悪い!顔だけ良くて何もできないつぼみより、私の方がつぼみに相応しい!」


『うわぁ…』


ここまで上位主義な発言もなかなかだが、前川が喧嘩を売っているのは、晴だ。今も上から目線で晴を睨んでいる。


『よくここまで喧嘩売れるなぁ…』


どれだけ自意識過剰なのかは知らないが、晴を「顔だけ」と言って喧嘩を売れるのはなかなかな精神である。



『あぁ、そっか』


「君、入学式の時いなかったんだもんね」

「は?だから何だ」


確か、大講堂の外で純や翔平に捕まっていたはずだ。それなら、この強気も少しは理解できる。

皐月は音楽室の中を少し見回すと、楽器を1つ手に取った。


「はい、晴」


皐月からヴァイオリンを渡された晴は少し迷ったが、それを受け取った。


「ねぇ、君さ。吹奏楽部の部長だったんだから、ヴァイオリン弾けるよね」

「当たり前だろう!馬鹿にしているのか!」

「じゃあ、一番得意な曲は?」


ふんっと鼻を鳴らした前川は、得意げに口の端を上げた。


「クロイツェルだ」


それは、ヴァイオリンの曲の中でも難曲と言われている曲の1つだった。


「クロイツェルか…」


晴の呟きをどう受け取ったのかは分からないが、前川はさらに居丈高(いたけだか)になっていく。


「顔だけの奴には無理な曲だ。私だってこの曲を完璧に弾くのには時間がかかっ――」


どんどん高くなっていく前川の鼻は、晴が弓を構えて最初の音を響かせたところで止まった。


難曲と言われる曲をいとも簡単に、それでいて一小節で前川を黙らせるほどの音の迫力と、繊細な技巧を目の前にして、前川は開いた口がふさがらなかった。


さわりだけ弾いて十分だと思ったのか、演奏を止めた晴は少し残念そうに皐月に笑いかけた。


「ピアノがいれば、もっと良かったんだけど…」

「クロイツェルはピアノとの協奏曲だもんね。でも、十分良かったよ」


皐月の満足そうな顔を見て安心した晴は、ヴァイオリンを前川に差し出す。


「いや、私は……」


さっきまでの居丈高な態度はどこにいったのか、晴の演奏に気圧された様子の前川は呆然としている。


「このヴァイオリン、ちょっと音が外れているので、直してあげてください」


言われるままヴァイオリンを受け取った前川は、それが自分の家の楽器であることに気付いてさっと顔が赤くなった。馬鹿にされたと思ったのだ。

しかし、晴にそんなつもりはなかった。


「どんなに良い楽器でも、手入れを怠れば良い音は出ません。元が良くても、努力をして研鑽を続けなければ、その楽器を持つ手からも、良い音は出ません」


思い当たるところがあったのか、前川はぐっと言葉に詰まる。



「別に、僕らは君の言うこと全部を否定するわけじゃないよ。確かに、この学園では強いものは上、偉いものは上だから」


それが、実力主義のこの学園での考え方である。


「でもさ、君の実家が偉いからって、君が偉いわけじゃないんだよ?」


皐月は、初等部の子供に語りかけるかのように話した。


「静華に入ったのは君の実力だよ。静華に入ってからの成績も、君の実力。ただ、君の家がお金持ちだから偉いとか、どれだけ有名だから偉いとかじゃないんだよ。どれだけ家がお金持ちでも、有名でも、結局その人が尊敬されるかどうかは、その人次第でしょ」


家の名前を振りかざす人間は、よくいる。親の名前を出して自分の意志を無理やり通そうとする人間も、よくいる。

しかし、静華学園で求められているのは家格や財力だけではない。主に、その生徒自身の能力だ。


「家の名前をどれだけ有効活用できるのかも、ここでは必要な能力なんだよ。ただ自分の家の力を振りかざしてるだけじゃ、つぼみにはなれないよ」


晴の実力に打ちのめされたのか、皐月の言葉に打ちのめされたのか、その両方なのかは分からないが、前川は口をつぐんで呆然としている。



「皐月。そろそろ話を戻さないと」

「あ、そうだった」


つい話が逸れてしまった。


「僕ら、君に聞きたいことがあって来たんだよね」


打ちのめされている前川にはお構いなしに、皐月は話を戻していく。


「君さ、ボイコット、ほんとに1人でやったの?」

「…そうだと言っているだろう」

「じゃあどうやって、たくさんある楽器を移動させたの?」


入学式で演奏するはずだった吹奏楽部の楽器は、音楽室にも、大講堂にもなかった。楽器は一つ一つが大きいものもあるし、重さもある。1人で移動できる量ではないのだ。


「…生徒が帰ったあとに1人でやった」

「楽器重くない?」

「台車に乗せた。別におかしくはないだろう」

「まぁ、できなくはないけどね」

「何だって言うんだ、今さら」


あの件はもう終わったはずである。自分は部長の座から降ろされ、吹奏楽部も退部になった。つぼみに恥をかかせることもできず、反対に自分が恥をかいた。周囲の生徒からの目も冷たいし、散々である。


あまり反省していない様子の前川に、皐月は呆れてため息をつく。


「あのさぁ。僕らが何も調べないでここに来ると思う?」

「は?どういう意味だ」


皐月の言葉を訝しむ前川に、晴は穏やかな笑みを向ける。


「入学式の前に、最後に練習で楽器を使ったのは入学式の3日前ですよね」

「…何故そんなことまで知っている?」

「部員の方に聞きました。音楽室の使用申請書も、その日付です」

「…だから何だ」

「入学式の前日は始業式で、学園には生徒がたくさん来ます。楽器を移動するなら、その日は避けますよね」

「つまり、入学式の2日前に楽器を移動したってことになるよね」

「だったら何なんだ!」


少し苛立った様子の前川に、晴は微笑む。


「音楽室の鍵は、どうやって借りたんですか?」

「それは…顧問の先生に」

「でもその日ってさぁ、顧問の先生は学校休んでるよね?春休み中だし」


それは既に職員室にある出勤簿で確認済みである。その日は、休日ということもあって数名の教員しか出勤していない。


晴と皐月たちが何を聞きにきたのか察したのか、前川の顔がだんだん青くなっていく。

それでも、晴は微笑みを絶やさずに聞いた。


「吉川先生と、どういう関係ですか?」


これはただの質問ではない。尋問だ。事前にしっかりと下調べをしておいて、逃げ道がないように外堀を埋めてから聞きに来ているだけだ。


呼び出しに応じてここに来た時点で、前川に勝ち目はなかったのだ。


『くそ…』


負けを悟った前川は、悔し気にその口を開いた。


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