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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第七章 学園祭
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177 兄弟④


最後に、波多野だけが残る。


「どうしたの?波多野くん」

「あの…さっき、犯人がデータを消した理由が分かったと言っていましたが…」


波多野は少し言いにくそうにしながら、その先を口にする。


「会場の係員に、僕たち全員分の発表データを消す必要がありますか?」


それも、パソコンとUSB、紙の資料まで徹底的に。

ただの係員がリスクを侵してそこまでする必要があるとは思えない。


「そうだね。係員の素性も調べたけど、そこまでする理由はなさそうだったよ」

「では、なぜ…?」

「その人にそこまでの理由がなくても、実行に移す理由はあるでしょ?」

「…実行犯がその係員というだけで、裏に別の犯人がいるということですか?」


皐月と凪月は、肯定せずにただ微笑む。

しかしそれだけで、波多野は分かったようだった。


「別の犯人が、僕たち生徒からすると厄介な人物なんですね。だから深入りしないように、『犯人は係員』とだけ伝えたということですか…」


波多野は、皐月と凪月に頭を下げる。


「すみません。余計なことを言いました」

「大丈夫だよ。僕も、引っかかるような言い方をしたからね」

「…僕を試しましたか?」


凪月は首を横に振る。


「僕は、ただ種をまいただけだよ」

「種…?」

「僕たちは、あと4か月で卒業なんだ。つぼみでいられるのも、あと4か月」

「つぼみは、1年かけて花咲くことが求められる。でも、それだけじゃないんだよ」

「花は咲いて実をつけて、次代に種を残す。つまり、次のつぼみを育てるのも僕らの役目なんだよ」

「種をまくくらいしか、やることはないけどね」


凪月は、4人の生徒が出ていった扉に少し目をやる。


「波多野くんが気付いたことに、多分三年生の2人も気付いてる。でも、三年生はつぼみが全てを言わなかったってことは、その必要がないってことに気付いてる。だから、僕が撒いた種に気付けるのは、一年生と二年生だけなんだ」


凪月が撒いた種に気付いたのは、波多野だけだった。


「優秀な後輩がいて、僕たちも嬉しいよ」

「僕は…つぼみになれるほどの実力は、ないと思います」

「波多野くんは、将来の夢はある?」


突然皐月に尋ねられ、波多野は少し戸惑う。


「えっと…親の会社を継げたらと思ってます」

「僕たちもね、会社を継ぐことが将来の夢なんだ。2人で会社を継ぎたいんだ」

「2人で、ですか?」


家や会社を継ぐのは、基本的に1人だ。

そして多くの場合、長男が継ぐ。


「僕は長男だから、会社の偉い人たちには会社を継げって言われてる」

「僕は次男だから、皐月の邪魔をしないように早く家を出ろって言われてるよ」

「でも、僕は凪月と一緒に会社を継ぎたいんだ」

「僕も、皐月と一緒に会社をやっていきたい」

「どうやって、その夢を叶えるんですか?」


皐月は、にやりと笑う。


「簡単だよ。周りを納得させるだけの実力を持てばいいんだよ」

「AOBAに僕と皐月の能力が必要だって分かったら、認めざるを得ないからね」

「だから、今回の展示発表に参加したんだ」

「僕たちの能力を知らしめるためにね」


青色の髪と赤紫色の髪の先輩たちは、同じ顔で、しかしどこか違った雰囲気で笑っている。


「将来の夢を叶えるために、静華学園はいい場所だよ。だから、もっと自分のことを考えていいと思うよ」

「え…」

「波多野くんはいつも、周りの人のことを気遣ってるよね。僕が部屋に来た時に扉を開けたのは波多野くんだったし、僕が立って話している間、ソファーに座らずにずっと立ってた。僕と他の生徒の会話がスムーズに進むように、間に入ってくれてたし」


周りのことによく気が付き、気が遣えるというのは1つの才能だ。


「でも、気を遣いすぎて自分の能力を潰してほしくないんだ」


凪月は、波多野に小さな紙を渡す。

小さな紙には、連絡先が書いてある。


「僕でよければ、力になるよ」


凪月は、安心させるように微笑む。


「いい発表になることを祈ってる。頑張ってね」


凪月は軽く手を振ると、皐月と共に部屋を出ていった。


波多野は小さな紙を握りしめると、しばらく一人で部屋に立ち尽くす。

少し滲んだ目元を、拳で拭った。




銀次郎は、イライラとパソコンに向かっていた。

すると、今日三度目の扉がノックされる。

無視していると、ガチャリと扉が開いた。


「勝手に…」


入ってくるなと言おうとして振り返ると、青い髪と赤紫色の髪の双子が立っていた。


「…何の用だ」

「データ、復元できてないんでしょ?」

「………」


銀次郎は拳を握りしめる。


「他の人のデータは、思ったよりも簡単に復元できたよ。鴉間くんのデータも同じように消されてるなら、すでに復元できてたはず」

「鴉間くんがそこまで苦戦するってことは、鴉間くんだけ複雑な消され方をされてるんじゃない?」

「僕で良かったら、データの復元を手伝うけど」

「………」


銀次郎は、口を閉ざしたまま床を睨みつけている。


「この人たちに頼もうぜ、銀次郎」


皐月と凪月の後ろから、燕が姿を現す。


「お前の気持ちも分かるけど、今一番大切なのは発表を成功させることだろ」

「…分かってる」


チッと舌打ちが聞こえた気がしなくもないが、パソコンの席を皐月に譲る。

皐月はパソコンを操作し始めてすぐに、顔を険しくさせた。


「どうしたの?皐月」

「すごい難易度の高い消し方されてる。こんな複雑なやつ僕も初めて見た」

「間に合いそう?」


皐月は眉を寄せながら、物凄いスピードでタイピングをしている。


「鴉間くん、発表の順番は何番目?」

「一番目」

「…順番を変えてもらえるように進行の人に伝えよう」

「それって、間に合わないかもってことっすか?」

「今ここにいる中で、データの復元が一番速いのは皐月だけど…最後の順番に変えても、間に合うかどうかって感じだと思う」


凪月が少し見ただけでも、かなりデータの復元が難しいことが分かる。

もし一番最初に銀次郎のパソコンから取り掛かっていたとしても、他のメンバーの分を復元できていたか怪しいくらいには時間がかかる。


『このレベルのやつ復元できるのは、学園でも純くらいじゃ…』


その時、ノックもなしに扉が開く。

驚いて見ると、部屋に入ってきたのは深紅の制服を着た女子生徒だった。


「純?どうしてここにいるの?」

「貸して。皐月」


凪月の問いに応えず、純は皐月に代わってパソコンを操作する。


「あと何分」

「15分」

「10分で終わるから、話しかけないで」

「…嘘だろ」


30分以上データの復元に苦戦していた銀次郎は、その言葉に驚いている。

どうしてここに純がいるのかは分からないが、今は純を信じて任せるしかない。


「一応、聞いておきたいんだけど…」


凪月は純を気にしつつ、銀次郎を見る。


「真犯人は、捕まえなくていいんだよね」


銀次郎は、イラついたように眉間にしわを寄せる。


「え?犯人って係員だったんじゃないのか?」


何も知らない燕だけが、どういうことかと首を傾げている。


「さっきも言ったけど、鴉間くんのパソコンだけかなり複雑にデータが消されてた。ということは、犯人は鴉間くんの妨害が目的だったってことになる」

「じゃあ、銀次郎のだけ消せばいいんじゃないんですか?」

「一番は鴉間くんの妨害だろうけど、他の人の発表を妨害することも目的だったんだろうね」

「主に製薬会社の子と、医療器具も扱う製鉄会社の息子の2人かな」


銀次郎は舌打ちをした後に、深く息を吐く。


「発表のデータが消えたと分かった時、誰がやったかは察しがついた。自分の兄がやったんだろうと。兄は、うちの病院に関わる金の卵を潰しまわってるから」

「あー…お前の兄ちゃん、病院もお前のことも嫌いだもんな」

「病院は、お兄さんが継ぐの?」

「さぁ」


銀次郎は興味なさげに答える。


「ただ、静華に手を出したらさすがに終わりでしょうね」


兄が後継者として終わるだろうという事実を、銀次郎は何の感慨もなく口にする。

鴉間兄弟は仲が悪いという話は聞いたことがあったが、どうやらかなり最悪の関係らしい。


「僕たちの仕事は、生徒の発表を妨害した人間を捕まえること。そして、犯人は捕まってる」

「………」

「鴉間くんが望まないなら、お兄さんがこの件に関わってることは公表するつもりはないよ」

「…どういうことだ」

「つぼみの存在理由は、学園と学園の生徒を守ることだから。鴉間くんとお兄さんのことは、僕らの管轄外だからね」

「兄弟喧嘩に僕らは首を突っ込まないよ」

『…下手に首を突っ込んで、うちを敵に回すことを避けるためか』


鏡一郎が犯人であると公表した場合、表向き鴉間病院と静華学園との関係は悪くなる。

つぼみとして、それは望まないということだろう。


深紅の制服を見ていると、嫌気がさしてくる。

銀次郎は、つぼみの有力候補の1人として数えられていた。

しかし、銀次郎はつぼみになりたかったわけではない。

深紅の制服に憧れたこともなかった。

ただ、自分よりも能力の高い同い年のことが気に食わなかった。

努力しても勝てないことが、悔しかった。



「終わった」


張り詰めた空気の中、純の感情の薄い声が響く。


「え、まだ10分経ってないよ?」


皐月が驚いてパソコンを見ると、確かにデータが復元されている。


「うわ…ほんとに復元されてるよ」


どれだけ難しい内容だったか身をもって分かっているためか、皐月は純を変な顔で見ている。

純は、復元された発表内容をスクロールして読んでいる。

皐月が見ていてとても読める速さではないが、純は読めるらしい。


「へぇ。面白い」


純は物凄い速さで研究内容を読みながら、少し微笑んでいる。


「珍しいね。純が人のこと褒めるなんて」

「利用価値ありそう」

「そんなことだろうと思ったよ」


皐月がため息をついて銀次郎を見ると、銀次郎はじっと純を見ている。

心なしか、耳が赤い。


『…まぁ、自分の研究内容を褒められたみたいなものだしね…それにしても、相手が純かぁ…』


ちらりと凪月を見ると、無言で首を横に振っている。

片想いしていた身としては、銀次郎の想いの難しさがよく分かっているのだろう。


『翔平に見つからないことを祈ろう』


優秀な人材が消されることのないよう、皐月は心の中で祈った。



「じゃあ、発表頑張ってね」


つぼみの3人が部屋から去ると、銀次郎は疲れたようにソファーに深く座り込んだ。


「おい、大丈夫か?これから発表だぞ」

「それは問題ない」


データは復活したし、銀次郎からすればどんな相手がいようが自分の研究には自信がある。


『ただ…』

「努力しても敵わない相手っていうのは、見ていてイラつく」

「お前くらいだよ。そんな感想持つの」


負けず嫌いもここまでいくと、恐ろしいくらいである。


「お前の兄ちゃんのこと、どうするんだ?」

「放っておく」

「いいのか?」

「父さんがどうにかするだろ。俺には関係ない」

「お前は負けず嫌いのくせに、相変わらず上昇志向がないな」


銀次郎は次男という立場をわきまえ、自分から後継者になろうとすることはない。

負けず嫌いのくせにつぼみに憧れることもなく、冷静を超えた諦観で全てを見ている。


『俺がつぼみに選ばれなかったのは、そのあたりが理由だろうな』


銀次郎は、自分がつぼみに選ばれなかった理由を冷静に分析する。

上昇志向のない人間に、花は咲かせられない。


「家の中で問題を起こしても、面倒なだけだ」


病院の後継者にならなくても、別にいい。

どこでも生きていけるくらいには、銀次郎には能力がある。


「つぼみはやっぱりすげぇけど、俺からしたらお前も十分すげぇよ」

「慰めはいらないぞ」

「慰めじゃねぇよ。あの人たちは確かに天才かもしれないけど、俺にとってはお前も天才だよ。努力の天才ってやつ!」


にっこりと笑う燕の顔を見て、張っていた空気が少しだけ緩む。


「それ、傷口えぐってるだけだからな」

「え、マジか」


時計を見て、ソファーから立ち上がる。

もうそろそろ、研究発表が始まる時間である。


「そろそろ始まるぞ。さっさと観客席に行け」

「それなんだけどさ、俺あんま頭良くねぇから、お前の発表内容を理解できないと思うわ」

「…何で来たんだよ」

「決まってるだろ。ダチの応援に来るのは当たり前だろ?」


パソコンを手に持ち、ふっと笑みを浮かべる。

燕に勉強を教えてくれと頼まれて以降、何だかんだ一緒にいることが増えた。

ヤクザの息子は学園から排除するべきだと裏で言われているのを知っていて、気にするなと朗らかに笑っていた。

馬鹿で、真正直で、人情味がある。

自分とは正反対だから、一緒にいて落ち着くのかもしれない。


「観客席で寝るなよ」

「…努力するわ」


パソコンを持ち直すと、銀次郎は舞台へと向かった。




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