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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第七章 学園祭
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175 兄弟②


皐月と凪月を見送ると、翔平は時計を確認する。


「俺は警備本部に戻るが…優希(ゆうき)たちはどうする?」

「私は優希の家とお付き合いのある方が舞台発表を見に来られるから、ご挨拶をしてくるわ」

「おれはもう少し展示発表の会場にいるよ。ここからなら、大ホールが近いから」


晴は耳が良いので、何か異変があった時に駆け付けられるようにここで待機するらしい。


「純は…」


どうするのかと聞こうと視線を向けると、すでに純の姿はなかった。


「まったく、あいつは…」


相変わらず自由な純に、翔平はため息をつく。


大ホールを出た翔平と雫石は、どちらも何も言わず人気のない道に入る。

周りに人の気配がないことを確認すると、翔平は口を開く。


「あれから、久遠くおんの動きはないな」

「そうね」


1週間前のハロウィンパーティーの際、学園に侵入しようとした不審人物が捕まった。

捕まえたのは理事長付きの職員だったので、翔平たちつぼみは詳しい事情を知らない。

理事長付きの職員が捕まえたということ、警備責任者であるつぼみに情報が知らされないまま理事長に引き渡されたことから、翔平はそれが久遠の手先だったのだろうと考えている。


「純が久遠に狙われている理由は分かったが…」


久遠栄太朗は、後継者としていた三男である千晶ちあきの娘である純が欲しいのだろう。

そのために、ことあるごとに純を狙っているのだ。


『だが…』

みなとさんもいるのに、何で純を執拗に狙うんだ…?」

「後継者として欲しいのであれば、長男である湊さんを狙うはずよね」


純には、兄がいるのだ。

湊は才能では純に負けるが、かなり優秀な人である。

財閥の後継者としては欲しい人物のはずなのだ。

それなのに、湊よりも純が狙われている。


「男の子よりも、女の子に継がせたいのかしら」


雫石の呟きに、翔平はうーんと唸る。


「久遠は優希の家みたいに女性が継いでいく家ではないからな…普通に考えれば嫡男が継ぐはずだが…」


優希の家は日本舞踊の家元なので、女性が家を継ぐことが多い。

しかしそういった家は、珍しい方なのだ。


「そういえば、久遠会長も次男らしい。長男を追い出して会長の座に就いたと聞いた」

「純のお父様は三男だったけれど、財閥の後継者にしようとしていたのよね。そのあたりは実力主義なのかもしれないわ」


純の父親は三男だったが兄弟三人の中で最も優秀で、父親である栄太朗に後継者とされていたらしい。


「だが、結局純の父親は財閥を継がなかった」


静華学園を卒業した後に、姿を消したらしい。


「…継ぎたくなかったのかしら」


雫石の言葉に、翔平は頷く。


「継ぎたくなくて、久遠から離れたのかもしれないな」

「久遠から離れるために自分に関する情報を消したとすれば、納得がいくわ」


生家から離れ、逃げるために自分の痕跡を一切消したのだ。


「その後の経緯は分からないが、名字を変えて家族で暮らしていたんだろうな」

「それなのに、ご両親は殺されてしまったのね…」


雫石は哀しげに眉を寄せる。

そして、以前から気になっていたことを口にする。


「翔平くんは、純のことを知りたくてご両親のことを調べていたのよね」

「あぁ」

「私も、純のことを知りたいと思ったわ。特に、純の見せる怒りが心配なの」


純は自分の近くにいる人間を傷付けられると、普段の感情の薄さからは想像できないほど怒りをあらわにする。

それは、相手のことを傷付けることを厭わないほどのすさまじい怒りだ。


「純が目の前でご両親を亡くしたと聞いた時、私は純の怒りはそのせいなのだと思ったわ」


両親を目の前で殺された過去から、同じような経験を厭うのだと思った。

そして同時に、不安になった。


「…純のご両親を殺した犯人は、見つかっていないのよね?」


翔平は雫石の言いたいことが分かったらしく、浅く頷く。


「警察の捜査はすぐに打ち切られたようだし、純の様子を見ても…捕まっていないと思う」


純の怒りは、今を生きている怒りだ。

もうすでに犯人が捕まっているのなら、ああいった怒りの表し方にはならないだろう。

雫石は、哀しみに眉を寄せながら不安を口にする。


「自分の両親を殺した犯人を見つけた時…純は、どうするのかしら」

「………」


翔平は何も言うことができず、ただ風だけが流れた。




「研究発表のデータが消えた?」

「それも全員分?」


皐月と凪月の言葉に、その場にいる生徒たちが暗い顔で頷く。

大講堂ではこれから研究発表が行われるところで、研究発表を行う生徒6人が集まっていた。

どうやら、これから行う研究発表のデータが全て消えたらしい。


「それぞれどうやってデータを保管していたの?」

「パソコンとUSBにデータを保管していました。ですがUSBは壊されていて、パソコンのデータが消えていました」


凪月の問いに答えたのは、すらりと背の高い男子生徒だった。

5月にあった、たちばな菜久流なくるが発端で起きた三つ巴の際につぼみと関わった2年生の波多野はたのすぐるである。


「パソコンから目を離したのはいつか分かる?」

「簡単なリハーサルをするために、大講堂に行った時です」

「発表の資料を紙で用意してなかったの?」

「紙の資料は切り刻まれてゴミ箱に捨ててありましたよ」


皐月に対し少し不機嫌そうに答えたのは、眼鏡をかけた男子である。

皐月と凪月と同い年の鴉間からすまという男子生徒である。

一応面識はあるが、あまり好意的な態度ではない。


「研究発表が始まるまで、あと1時間か…」


凪月は時計を確認する。

あと1時間しかないとなれば、自分たちの家までデータを取りに行く時間はない。


「誰か、パソコン見せてもらえる?」


皐月が尋ねると、波多野が自分のパソコンを見せてくれた。

皐月はパソコンを操作し、うーんと唸る。


「皐月、1時間以内に全員分復元できそう?」

「これくらいだったら何とかなるかな」


当たり前のようにデータを復元できる話をしている2人に、周りの生徒が驚く。


「私たちも、一応データを復元しようとしてみたのに…」

「やっぱりつぼみってすごいのね」


女子2人がこそこそと話す横で、鴉間は眉間にしわを寄せる。


「俺は自分でやります」


鴉間は自分のパソコンを持つと、そう言って部屋を出ていった。

他の生徒たちが少し気まずそうにする中、皐月と凪月は明るく声をかける。


「自分で復元できそうなら、自分でやるのが一番だよね」

「自分のパソコンって、あんまり人に触らせたくないしね」


つぼみが気にしていないと分かり、他の生徒たちは少しほっとしたようだった。


「自分で復元したい人が他にいなければ、こっちで復元するけど、それでいいかな?」

「お願いします」

「ありがとうございます」


生徒が次々に礼を口にする中、波多野が少し険しい顔で口を開く。


「データを消した犯人については、どうしますか?」


パソコンのデータを消し、USBを破壊し、紙の資料をズタズタに切り捨てた犯人がどこかにいるはずなのだ。

生徒たちの間に緊張が走る中、凪月はふわりと笑う。


「犯人を捜す目途はたってるから、大丈夫だよ。でも発表までにまた何かあると大変だから、みんなは控室で待機しておいてね」

「控室は警備員の人に守らせるから、安心して待ってていいよ」


犯人を捕まえる目途があると聞いて、生徒たちは安心したように息をつく。



生徒たちが部屋から出ていくと、皐月と凪月は顔を見合わせる。


「ここまで徹底的なのは初めてだね」

「生徒同士の足の引っ張り合いなら、全員分のデータを消されることはないからね」


実力主義の静華学園において、生徒同士の妨害というのは珍しくない。

学園祭の準備のためにつぼみの部屋にある資料を読んだが、学園祭では毎年何かしらの妨害が起きていた。

大抵は金で人を雇い、ライバルを蹴落とすために嫌がらせをしたり妨害をする。

しかし今回のように全員分データが消えているとなれば、発表者同士の妨害というのは考えにくい。


「外部の人間の仕業かな…。今のところ生徒の中で一番怪しいのは、鴉間くんだけど」

「自分のパソコンに触らせないっていうのは、ちょっと怪しく見えるよね」


つぼみがデータを復元すると言ったのに、自分でやると言って部屋を出ていった。

自分のパソコンを人に触らせることに嫌悪感を持つ人間は多いが、この状況でその行動をとるのは不審に思われても仕方ない。


「まぁ、鴉間くんだったら本当に自分でデータを復元できそうだけどね」

「入学以来常に学年10位以内だからね」

「つぼみの有力候補の1人だったしね」


つぼみは成績優秀者から選ばれることが多いので、成績上位者であった鴉間も有力候補の1人だった。

それほど、優秀な生徒なのである。

皐月と凪月に対してあまり好意的な態度ではないのも、そのあたりが理由なのかもしれない。


「とりあえず、僕はデータを消した犯人を捜してくるよ」

「僕はその間に、データを復元しておくよ」


機械に強いのは皐月と凪月2人ともだが、パソコンの操作に慣れているのは皐月の方だ。

そのためデータの復元は皐月が担当し、犯人捜しは凪月が担当することにした。

今までは別々に行動することに抵抗があったが、今はずっと一緒にいなくても大丈夫だと思える。


「じゃあ、行ってくるよ」

「気を付けてね」

「皐月もね」



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