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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第七章 学園祭
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174 兄弟①


コンコンと、扉をノックする音が耳に届く。


うっすらと瞼を開けると、秘書が扉を開けようとしているのが見える。

窓の外に目を向ければ、少し色づき始めた木の葉が1枚、目に映る。


「窓の外に、何かあるのか」


低くしわがれた声に、栄太朗えいたろうは椅子に座ったまま振り返る。


「何の用だ。邦俊(くにとし)


栄太朗の向かいには、同じ年頃の男が立っている。

白髪の髪に深いしわが広がる顔は、栄太朗(えいたろう)とどことなく似ている。


「いい加減、財閥の後継者を私の息子に渡したらどうかと聞きに来た」

「断る」


何十年も変わらない返答に、邦俊は顔色を変えない。


「お前も私も、七十を超えた身。次代に託すことが必要だろう」

「財閥から逃げて議員に成り下がった身だというのに、口だけはいつまでも達者だな」

「私とて久遠(くおん)の人間。財閥の行く末を憂うのは当然だ」


それだけではないことは、お互いに分かっている。

久遠財閥という絶大な権力、財力を手に入れるために一族は皆、久遠財閥会長の座を狙っている。


「お前の息子に財閥は任せられん」

「だが、お前の息子たちには後継者がいない」

「………」


栄太朗の眉間にかすかにシワが寄り、邦俊はほんの少し口角を上げる。


清仁(きよひと)は結婚したものの子供がおらず、朔夜(さくや)はふらふらといつまでも独身。それに比べて私の息子たちは、後継者となりえる子供らがいる。どれも優秀だ」

「静華にも入れずに、優秀とは笑える」

「誰かが理事長と対立していなければ、静華に入っていただろうよ」


ピリッとした沈黙が落ちる。


「お前が兄を追い落として財閥を手にしたように、私もお前を追い落として財閥を手に入れても、お前は文句を言えんだろうな」


それだけ言い残すと、邦俊は部屋を出ていった。


栄太朗は、次男だった。

次期財閥後継者とされていた兄を久遠から追い出し、次期会長の座を手にした。

それから兄とは会っていない。

生きているのか死んでいるのかさえ知らない。

兄を追い出したことを、栄太朗は一度も後悔したことがない。

次男であるという理由だけで、自分より劣る兄が後継者となることが許せなかった。

久遠財閥会長の座は、勝者であり強者が座るのに相応しい。


『だというのに…』


栄太朗は、ぐっと拳を握りしめる。

兄を追い出し、父親から譲り受けた会長の座を、栄太朗は数十年に渡って己のものとしてきた。

それなのに、栄太朗には後継者が存在しない。


駒として使えないばかりか、栄太朗の立場を脅かす長男と次男。

優秀であったのに、誰よりも愚かであった三男。


栄太朗に、後継者はいない。

久遠一族の者は、皆そう思っている。

しかし、栄太朗には最後の駒がある。


『…早く、あの娘を手に入れねば』


優秀な駒となりえる、あの娘を。

そのためならば、手段は問わない。

久遠財閥の地位も、権力も、財力も、栄太朗が何十年もかけて積み上げてきたものだ。

今さら、他人に渡すなど考えられない。

しかし七十を超えた今、栄太朗に残っている時間が短いのも事実。

だからと言って、従弟の息子らに財閥を明け渡すのは栄太朗の矜持が許さない。

どうしても、財閥を誰かに託さねばならない時が来たら。


『その時は…』


栄太朗は、何を考えているか分からない薄茶色の瞳を思い出す。


「私の血を引く者に、渡すまで」




晴れた空に、花火が何発も打ち上がる。

静華学園における最大の行事、学園祭が始まった。


高等部の学園祭は3日間あり、1日目は自身の研究成果を発表する研究発表、発明品や美術品などを展示する展示発表、劇などを発表する舞台発表などがある。

実力主義である静華学園にとって学園祭というのは、自身の能力を披露する場である。

そのため毎年多くの企業や政治家などが訪れ、その力量を品定めしていく。

家の名を背負った者にとっては、自分だけではなく家の評価にも影響するので、重責でもある。

特に後継者ともなれば、周囲の目は厳しい。

その者の能力に将来を見出せなければ、企業同士の付き合いをやめることもあり得るのだ。

そのため、今日の学園内はこれまでにないほど張り詰めた空気だった。



「なんか、殺気だってやだねぇ」

「お祭りなんだから、みんな楽しめばいいのに」


そんな中でいつも通りのお気楽発言をしているのは、今年の展示発表で一番注目を集めている皐月(さつき)凪月(なつき)である。

2人は今まで自分たちの能力を隠していたため、学園祭では展示品を出展することなく目立たないようにしていた。

そのためAOBAの後継者としての評価はあまり高くなかったのだが、今回初めて参加することで注目を集めているのだ。

それは期待であったり、好奇心であったり、妬みであったりと様々である。


皐月と凪月が出展する展示発表は大ホールの中で行われている。

大ホールの中では発明品や芸術作品などが展示されており、それぞれのブースで製作者である生徒が来客者にプレゼンテーションしていくのである。

その場で展示品に買い手がつくことも少なくなく、将来を見据えてスポンサーがつくこともある。

そのため展示発表に参加したい生徒は多いが、毎年その中から選ばれた者だけが展示発表に参加することができる。

皐月と凪月も、選ばれた者である。


多くの生徒がブースで自分の作品を紹介している中、皐月と凪月はつぼみと一緒にその光景を遠くから眺めていた。


「展示品の側にいなくてもいいのか?」

「大丈夫だよ。説明用のロボット置いてきたから」


皐月が指さすところには、寸胴型のロボットがいる。

淡い黄色の見た目で、少しぶさいくな鳥の雛のような形をしている。


「あそこにずっといるわけにはいかないからさ、人口知能を搭載したロボット置いてきたんだよ。あれでだいたいの受け答えは問題ないよ」


つぼみは学園祭の実行委員のため、当日もかなり忙しい。

展示品の側にずっといるとつぼみの仕事ができないため、ロボットに説明役を任せることにしたらしい。


「何であんな形なんだ?」

「え?可愛くない?」

「可愛い…か?」


翔平(しょうへい)からしたら、奇妙な生き物にしか見えない。


「あら、私は可愛いと思うわ。つぶらな瞳が愛らしいじゃない」

「さすが雫石(しずく)。雫石なら分かってくれると思ったよ」


凪月はにこにこと満足そうにしている。


「それで、展示品はどんなやつなんだ?」


それを見るために、みんなでここに来たのである。


「簡単に言うと、防犯グッズかな」

「防犯グッズ?」


意外なものだったのか、(はる)が少し驚いている。


「今まで唐辛子スプレーとか人を捕まえられるネットとかいろいろ作ってみたけど、もっと早い段階で怪しい人を見分けられるものがあったらいいなって思ったんだよね」

「僕らは翔平と純みたいに強くないしね」


皐月と凪月は運動神経が良い方だが、自分の身を守れるほどの強さはない。


「具体的にはどんなものを作ったんだ?」

「眼鏡とコンタクトレンズだよ」

「それが防犯グッズになるの?」


首を傾げる雫石に、皐月はにっこりと微笑む。


「眼鏡はね、サーモグラフィーと半径十メートル以内にいる人間の心拍数を測って数値に表したものがレンズを通して見れるんだ。あとは、登録しておいた人の顔を識別できるようになってる。例えば、犯罪者とか指名手配犯とかね」

「コンタクトもほとんど同じ機能なんだけど、眼鏡の性能には及ばないんだよね。しかも普通のレンズより厚いから着け心地があんまり良くなくてさ。いろんな素材で試したんだけど、あんまりうまくいかなかったんだよねぇ」


凪月は少し不満そうにしている。


「確かに、これから犯罪を起こそうとする人って心拍数が速くなるもんね」


耳が異常に良い晴には、それが分かるらしい。


「体温も上がる傾向にあるからな。それで怪しい人間を見分けられるっていうわけか」

「まぁ、プロの殺し屋レベルになるとどこまで通用するか分かんないけどね」

「だからこの前うちにみんなを呼んだ時、純と翔平で試してみたかったっていうのもあるんだよね。2人に通用したら、敵なしだからね」

「今度やってみてもいいよ」


珍しく(じゅん)が乗り気である。


『こいつだったら絶対引っかからなさそうだけどな』


純は気配を消すことに長けているし、自分の体温や心拍数も意のままにすることができるだろう。

それでも2人の発明品には興味があるらしい。


「これほどの技術は、まだどこの企業も出していないんじゃないか?」

「んーどうかな。他の開発者の反応を見たかったから、今回は様子見だし」

「これだけ注目集めた状況で全力出したら、さすがに面倒そうだからね」


これだけの技術力を出しておきながら、様子見程度らしい。

蒼葉(あおば)家に行った際も目の当たりにしたが、やはり2人の能力は普通ではない。


その時、ホールに悲鳴が響く。

皐月と凪月のブースで、展示品を壊そうと椅子を振り上げている男子生徒がいる。

翔平が駆け付けようとすると、皐月に袖を掴まれる。


「あれなら大丈夫だよ」


皐月の視線の先には、寸胴の雛型ロボットがいる。

その背中がぱかりと開くと、ロボットの手が出てきて男子生徒を捕まえた。


「僕らの展示品を壊そうとしたら、ああやって自動的に捕まえるようにプログラミングしてあるんだ」

「展示品に警備員がついていなかったのはそのせいか」


展示発表では毎年、嫉妬や陰謀から展示品を壊そうとする者は少なくない。

しかしつぼみが手配した警備員はあくまでもホール全体を守るだけの数しかいないため、生徒はそれぞれ自分たちで警備員を雇っているのだ。

ロボットに捕まっている生徒は、皐月と凪月の作品に警備員がいないことをいいことに壊そうとしたらしい。

雛型ロボットは捕まえた生徒の学年と名前を大音量で発表している。


「あれで当分悪さはできないでしょ」

「僕らのものに手を出そうとしたんだから、あのくらい当たり前だよね」


2人とも人の悪そうな笑みを浮かべている。


『真面目な展示品を出しているかと思えば、違うところで遊んでいたのか…』


公開処刑された生徒は雛型ロボットから離れると逃げるようにホールを飛び出していった。


「罰則対象が分かりやすくていいが、あまりやり過ぎるなよ」

「はーい」

「分かってるよー」


返事は良いが、楽しそうにしているところが不安である。

その時、6人が持っている端末がピピッと鳴った。

翔平がそれを確認する。


「大講堂で問題が起きたみたいだな」


この端末は学園祭用に皐月と凪月に作ってもらったもので、学園内で何か異変があればすぐにつぼみに情報が届くものである。

警備員や係員との連絡も取れるようになっており、今回は警備員からの連絡のようだった。


「大講堂は、これから研究発表があるわね」


翔平は少し考えると、皐月と凪月を見る。


「大講堂の問題は、2人に任せていいか」


学園祭期間中は学園内のあちこちで行事が行われているため、1つの問題につぼみ全員が向かうわけにはいかない。

人員の振り分けは、今までの経験から自然と翔平がするようになっている。


「もちろん」

「任せてよ」


2人は自信を持って頷く。

翔平が皐月と凪月を指名したということは、2人の力が必要だと判断したということだ。

翔平の判断を、皐月と凪月は信頼している。


「何かあればすぐに連絡してくれ」


4人に見送られ、皐月と凪月は大講堂へと向かった。



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