167 ハロウィンパーティー⑤
パーティーが行われているホールから少し離れた応接室に、つぼみは集まっていた。
広いテーブルを挟んで、4人の女子と向かい合う。
4人とも色とりどりの豪華なドレスを着ているが、つぼみほどの仮装はしていない。
全員が席に着くと、雫石がにこやかに会話を始める。
「ミシェーレ女学院の生徒会の方にお会いできて、とても光栄です」
「こちらこそ、有名なつぼみの方にお会いできて嬉しいですわ」
ウェーブがかった髪の気の強そうな女子が、そう返す。
「私は、優希雫石と申します。牡丹の称号を頂いております」
雫石はその流れで、他のメンバーも紹介する。
「桔梗の称号の周防晴。向日葵の称号の蒼葉皐月と蒼葉凪月。百合の称号の櫻純。菊の称号の龍谷翔平です」
「えぇ。もちろん知っていますわ。特に、菊の方は」
気の強そうな女子は、意味深な視線を翔平に向ける。
「私は、ミシェーレ女学院生徒会長の綾小路蝶子と申します。こちらは、副会長の篠宮忍です」
首筋まで真っすぐに伸びた黒髪の女子が軽く頭を下げる。
「こちらが、会計の七緒凛です」
ショートボブの女子が、人懐っこそうにひらひらと手を振る。
そして最後の女子が、少し気まずそうに頭を下げる。
「書記の九条手鞠です。ご存じの方もいらっしゃるでしょうけれど」
黒髪の大人しそうな女子が頭を下げる。
手鞠は、翔平の元見合い相手である。
綾小路という会長の話し方からすると、お見合いが破談になったことは女学院でも知られているらしい。
会長から意味ありげな視線を向けられるも、翔平は無視した。
あの見合いは円満に破談になっているし、今さら言うことはない。
『…円満ではなかったか』
純の暴れようを考えると、円満とは言いにくいかもしれない。
手鞠と目があったので、軽く頭を下げる。
「時間もありませんので、本題に進ませていただきます」
その場の微妙な空気を、雫石が穏やかな笑みで吹き飛ばす。
「本題というのは?」
副会長の女子が、神経質そうに眼鏡を上げる。
「この場は、ただの顔合わせと伺っていますが」
「顔合わせで終わってよいのでしたら、ここで終わらせていただきます」
雫石がにっこりと微笑むと、副会長の眉に力が入る。
「あたしたちの考えなんて、つぼみにはお見通しなんですねー」
会計の女子があっけらかんと笑う。
副会長の眉にさらに力が入っているが、気にする様子はない。
手鞠は、つぼみに向かって真っすぐ顔を上げる。
「ミシェーレ女学院の生徒会として、つぼみの皆さんにお願いがあって来ました」
「九条さん。そこからは私が話すわ」
会長の言葉に、手鞠は何も言わずに引き下がる。
ウェーブがかった髪を手で払うと、強気な瞳でつぼみを見据える。
「我がミシェーレ女学院にはびこる悪を排除するために、つぼみのお力をお借りしたいのです」
「悪、と言いますと?」
「口にもしたくないことですが、学院内で薬のやり取りが行われているようなのです」
「薬とは、麻薬や覚醒剤の類ですか?」
翔平の言葉に、綾小路会長は翔平をキッと睨む。
「もう少しお言葉に気を遣っていただけますか?デリケートな問題ですので」
翔平としては当たり前のことを聞いただけなのだが、どうやら気に障ったらしい。
女子の沸点というのは、どこにあるのかよく分からない。
「申し訳ありません。綾小路会長の仰ることはもっともです」
雫石がにこやかに謝罪を入れ、綾小路会長は怒りを収める。
翔平が下手に口を出すと話が進まなさそうなので、翔平は雫石に目配せして会話を任せることにした。
雫石はその目配せを受け取って軽く頷く。
「その薬のやり取りというのは、具体的にどのようなものでしょうか」
「生徒たちの間で、ダイエットに効く、勉強に集中できるという噂の中でやり取りされているようです」
「学院内で調査をしましたが、外部の人間が薬を広めているということしか分かりませんでした。ただ、学院に出回っている薬自体は先日入手しました」
そう言って、副会長の篠宮は白い粉末の入った透明な袋をテーブルに置く。
「成分はまだ解析中ですが…」
篠宮忍が説明しようとした時、純がテーブルの上に置かれた薬を手に取る。
そして袋の中に指を入れると、薬の付いた指をぺろりと舐めた。
「おい、純!」
「あなた、何をしてらっしゃるの!」
翔平と綾小路会長が驚いて声を上げる。
「覚醒剤に近い。そんなに強いものじゃないけど、依存性はあるかな」
「純!」
翔平が純の腕を掴み、薬を手放させる。
『…怒ってる』
翔平の怒りを感じ、純は何故か自分が間違ったことをしたような気がしてくる。
しかし、口からはいつも通りの言葉が出る。
「わたしだったら成分が分かる。手っ取り早い」
「だからと言って舐めるな」
「このくらい問題ない」
「問題しかないだろ。そういうものを簡単に口にするな」
翔平に怒られ、純は拗ねたように顔を逸らす。
純本人が大丈夫だと言っているのだから、大丈夫なのに。
「痴話げんかのところ申し訳ないけどさー。舐めただけで成分が分かるってどういうこと?」
会計の七緒凛が呆れた顔をしている。
「ま、でもこれで解析結果待たなくてもよくなったね。ふくかいちょー」
篠宮忍は神経質そうに眉を寄せている。
「この薬について、私たちに手を借りたいということでよろしいでしょうか」
雫石が改めて確認すると、綾小路会長は頷く。
「できれば、今日中に流出先を抑えたいところです」
「ということは、パーティーの出席者の中に疑わしい人物がいるのですね」
雫石の理解の速さに、綾小路会長は微笑む。
「その通りですわ」
「分かりました。お引き受けいたしましょう」
あまりにあっさり引き受けるつぼみに、篠宮忍は警戒したような目を向ける。
「そのように安請け合いして大丈夫なのですか?つぼみは静華学園のために存在するものでしょう」
「えぇ。その通りです」
雫石は、微笑みを崩さないまま篠宮忍を見る。
「私たちつぼみは、静華学園のために存在します。それが変わることがありません」
「つまり、私たちのために動くことが結果的に静華学園のためになるから手を貸すということね」
綾小路蝶子の言葉に、雫石は何も言わずただ微笑む。
「こちらはお願いをしている身。そのあたりは深く探らないでおきましょう」
綾小路蝶子は、艶然と微笑む。
「よろしくお願いたしますわ」
パーティーが終了するまで、残り2時間。
つぼみは、女学院で薬物を広めている犯人捜しをすることになった。




