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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第一章 はじまり
16/181

16 一歩④


「「数学の答案が流出?しかも吉川先生?」」


晴が教師たちから聞いてきた情報を他のメンバーに伝えると、一番驚いたのは双子だった。


「何かあるのか?」

「何かっていうか…」

「今日休講になったのが、その吉川先生の数学だったんだよ」

「なるほどな」


今日の休講騒ぎの発端は、双子が受けていた授業の教師だったらしい。


「それにしても、吉川先生かぁ~」

「パソコンをハッキングされたんだっけ?あの吉川先生がねぇ」


どこか意味ありげな言い方をする双子に、晴たちは首を傾げる。


「その先生に何かあるの?」

「数学の吉川って言えば、教師の中でも反つぼみの筆頭だよ」

「しかも授業はすっごい厳しくてさ、特につぼみにはわざと難しい問題を当てたりして意地悪してくるんだよね」

「そう…だったか?」


翔平もその教師の授業を受けたことはあるはずだが、あまり思い当たる節がない。


「翔平にはしてないのかな」

「かもね。僕ら、何か目をつけられてるんだよね。それもつぼみになる前から」


ぶーぶーと文句を言っている双子に、翔平は少し疑いの目を向ける。


「…何かやったんじゃないのか?」


暴露大会をした時に、嫌いな教師にいたずらをしていたと言っていた双子である。

思った通り、2人してぎくりと視線を逸らしている。


「何をやったんだ?」

「いやー…あまりにも僕らを目の敵にするからさ…」

「ちょっと痛い目見ちゃえーって思ってさ…」

「1回、吉川先生の苦手なものを渡したことがあるんだよね…」


意外なようで意外でもない双子の悪ガキぶりが明らかになった今日である。


「ちなみに、何を渡したんだ?」

「それがさ、拍子抜けするほどどこにでもあるものだよ」

「これが苦手な人って初めて見たよね」


ほら、と言って双子は自分たちが座っている机の上を指差す。

そこには、2人に与えられた称号の花が彫られている。


「「向日葵が苦手なんだって」」


それは、夏になればこの学園にも咲く花だった。


「集合体恐怖症なのかしら」


雫石が向日葵の模様を見て、ぽつりと呟く。


集合体恐怖症とは、小さな穴やポツポツとしたものが集まっているものに対して不快感や嫌悪を抱くものである。向日葵は、真ん中の種の部分がそれにあたるだろう。


「「そういうのじゃないみたい」」


それには、双子が首を横に振る。


「吉川先生ってまだ独身なんだけどさ、結構な名家のお坊ちゃんなんだよね」

「若い頃に結婚したい人がいたらしいんだけど、振られちゃったんだって」

「その人以外とは結婚する気はないって言って、実家を出て静華学園に勤めたらしいよ」

「その時振られた人が好きだったのが、向日葵なんだって」

「よく知ってるな…」


意外に情報通な双子に、素直に驚く。


「いろんな情報を持ってた方が楽しいからね」

「いたずらのしがいがあるじゃん?」


あまりにも悪ガキな考え方である。


「でも、僕らもあそこまで苦手だと思わなかったんだよね」

「苦い過去を思い出すくらいかなと思ったらさ、向日葵見て青ざめてたもんね」

「そうそう。さすがに悪いことしたなぁと思って、謝ったもん」

「謝ったのか?」


意外そうに思ったのが声に出ていたらしく、双子が不満そうに頬を膨らます。


「僕らだって、悪いことしたなって思ったらちゃんと謝るよ」

「僕らがいたずらするのは、楽しいからだもん」


よく分からない持論だが、相手を傷付けるようないたずらをするのは本意ではないらしい。


「2人がその教師から意地の悪いことをされるのは、そのいたずらのせいなんじゃないのか?」

「意地悪されるのはいたずらする前からだよ。それに、謝った時は全然怒ってなかったし」

「逆に、いたずらしたのに意地悪具合は変わらなかったよね」

「「変な人だよねー」」


2人の話でその数学教師のことが分かったような、謎が増えただけのようでもある。



「少し整理しましょう」


そう言って、雫石は理事長からの指令書を取り出す。


「理事長からの指令には、教員のパソコンがウイルスに感染したこと、試験の情報が流出したことが書かれているわ」

「職員室でおれが聞けたのは、ウイルスが感染したのは数学の吉川先生のパソコンで、流出した情報は今度の試験の高等部3年の数学の答案データらしいよ」

「その教師は反つぼみの筆頭で、名家の出で独身、向日葵が苦手…か」

「おれが職員室に行った時、吉川先生はいなかったんだ。だから直接話すことはできなかったんだけど…」

「話しても何も教えてくれなさそうだけどね」

「協力するって言っても、門前払いされそう」


これからどうするかと考えた時、翔平はずっと話し合いに参加していない隣の席をちらりと見た。


一応今までの話は聞いていたようだが、無関心とも言えるほど一言も発しない。

あまり喋らないのもあらゆることに無関心なのも昔からなのだが、今日の静けさはいつもと違う気がした。


翔平は、今回の件の解決策を1つ見つけていた。この指令を受けた時、その方法はすぐに浮かんでいた。

しかしそれを今までずっと言わないできたのは、その方法があまり人に褒められた方法ではないからである。


その方法とは、ハッキングされた教師のパソコンをハッキングし、情報の流出先を調べればいいのである。

翔平には、それだけのハッキング技術がある。そして、純にもある。

しかしその方法をとれば、完全に教師の立場を無視したやり方になってしまう。情報の流出したパソコンの持ち主が反つぼみの筆頭教師ともなれば、その方法は一番の近道とはいえ一番の愚策だろう。


恐らく雫石もこの方法を思い付いているはずだが、話に出さないところを見ると翔平と同じ判断をしているのだろう。

純は、ただ面倒くさいだけかもしれない。


しかし、試験の答案の流出となれば早期解決が求められる。時間が経てば経つほどその情報は広まり、今度の試験への影響も大きくなる。


『さて、どうするか…』



「あの、いくつか確認していいかな?」


控えめに晴が声をあげる。


「おれたちの目的って、試験の答案を取り戻すこと?それとも、その犯人を捕まえること?その両方?」

「望ましいのは両方だな」


晴も、そうだねと頷く。


「その過程で、先生方との関係は穏便でありたいっていうのもあるよね?」

「えぇ。そうね。これからのことを考えれば、つぼみと先生方との関係は穏やかでありたいわ」

「試す価値があるものとして、吉川先生にパソコンを見せてもらうように素直に頼むっていう方法もあるよね?」

「まぁ、正攻法で行けばね」

「何もやらないよりはやった方がっていう感じかなぁ」

「吉川先生にもし協力してもらえたとして…ごめん、おれあんまり詳しくないんだけど…」


晴は申し訳なさそうに言葉を濁しながらも、その先を口にする。


「外に流出した情報を取り戻したり広まった情報を消すことはできても、それって完全にはできないよね?」


晴に視線を向けられ、翔平は少し考えてから慎重に言葉を選んだ。


「…流出した答案を第三者が保存していたとして、そのデータを消すことはできるが、記憶からは消すことができない、ということだな」


晴は頷く。


「答案を知った人に試験を受けさせないとか、解決の方法はあるのかもしれないけど…」

「それでは、きりがないわ。答案を見たかどうかなんて、本人に確認するしかないもの」


「それってつまり…」

「答案が流出した時点で、その答案は諦めるしかないってこと?」


双子の表情も、少し険しい。


「流出した情報を全部完璧に取り戻す方法があって、その関係者には試験を受けさせないなら…可能かもしれないけど」


『できなくはない…』


純と翔平のハッキング技術があれば、そのくらいはできる。

情報の流出先を全て調べることも、その情報を見た可能性のある人物を場所や時間帯から周囲の監視カメラなどの録画をハッキングして特定することも、すぐにでもできる。


翔平は、心の中で舌打ちをした。


『その方法が頭にあったから、初手を誤ったな』


それらの強引な方法は、教師との関係を良好に保つのなら選べない選択肢だ。しかし、翔平は最速の解決方法として頭の中からその選択肢を消せなかった。

『教師との関係が悪くなっても最悪、答案は取り戻せる』という考えがあったのだ。

「教師との良好な関係」と「最善の問題解決」を両方進めるなら、その選択肢は最初に捨てるべきだったのだ。


「俺たちがするべきなのは…犯人を捕まえることと、新しい問題と答案を用意してもらうことを教師に依頼することか」

「そうね…。理事長からの指令には「問題解決」としか書いていないわ。解決の結果をどれにするかは、私たちが決めることなのでしょうね」

「そうなれば、答案の流出先を突き止めるのは後回しでもいい。最悪、犯人も捕まえなくていい」


「え?いいの?」

「それはまずくない?」


翔平の衝撃の発言に、双子は驚いて翔平を見る。


「犯人を早期に捕まえるためには、絶対条件として吉川という教師の協力がいる。そこが得られない場合の話だ。これから問題と答案を作り直す教師に、協力を求められるかはあやしい」


試す価値はあるが、可能性は低いという話だ。

協力を得られた先の話は、翔平からはしなかった。犯人を捕まえるとなると、どちらにしろ情報の流出先をハッキングしなければならない。


『可能性の低い選択肢の先の手札を、今明かすのは得策とは言えない』


それは晴と双子を信頼していないというよりは、自分が不利な状況をできるだけ作り出さないようにするための翔平の生き方だった。

ハッキングできるということを3人に知られることは問題ない。しかし、その手札を出すだけの状況ではないのだ。無駄に手札をひけらかすことは、上策ではない。



「じゃあ今一番やらなきゃいけないのって、吉川先生に試験問題と答案を作り直してもらえるようにお願いしに行くことかぁ…」

「あの吉川先生につぼみが頼み事って、気が進まないなぁ…」


双子はその教師のつぼみに対する厳しさを知っているがゆえか、その難しさを分かっているようだった。


「そもそもさ、データを流出させちゃったのって吉川先生でしょ?それなのに、僕らが頭を下げるようなことをするの?」

「僕ら、損な役回りだねぇ…」


双子の気持ちも分からないわけではない。

ハッキングされたとはいえ、結果的に情報を流出してしまったのは吉川という教師であり、原因も発端もその教師である。それなのに、つぼみが尻拭いをしているのだ。


「だが、それが俺たちつぼみの役割だ」


翔平は、双子に言い聞かせるように静かに言った。


「つぼみは学園のために存在し、学園を守る。そこに所属する生徒と教師も例外じゃない。学園内で起きた問題を解決することは、理事長の指令の有無に関わらずつぼみの責務だ」

「うん…そうだよね。分かってる」

「分かってるよ。僕たち、つぼみだもんね…」


翔平が言ったことも、双子は分かっているのだろう。分かっていても、不満が漏れてしまったのだ。


「私たちは、つぼみになってまだ1ヶ月も経っていないのだもの。心が追い付かないことがあっても、当たり前だわ」


少し落ち込んでいる様子の双子に、雫石は優しく語りかける。


「ただ称号を頂いただけでは、本当のつぼみとは言えないわ。その称号に相応しい行動をして、きっと私たちは本当のつぼみになれるの。まだまだこれからよ。一緒に頑張りましょう?」

「うん…そうだね」

「ごめんね。つぼみらしくないこと言っちゃった」

「気にしてないよ。おれも、つぼみとしてまだまだだなって思うことばかりなんだ。2人の気持ちも、分かるよ」


「そうだな。2人の言うことももっともではある…」


翔平は、顎に手を当てて何やら考え込んでいる。

そして、少し口の端を上げた。


今の双子の不満を聞いて、思いついたことがあった。


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