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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第六章 変化
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150 意地③


「本当に久しぶりだな。嬢ちゃん」

「そうですね」


純は食パンにいちごジャムを塗ると、それをモグモグと食べる。

組長はそれを孫を見るかのように愛おしそうに見つめる。

そして2人を囲むように集まっている古参の組員たちは、その様子をあたたかく見守る。


「相変わらずパンが好きみてぇだな」


純は喋ることよりも食べる方を優先し、ただこくりと頷く。


「一緒にいたのは、つぼみの子かい?」


純はごくりとパンを飲み込む。


「そうです」

「そりゃあ悪いことをしたな。怖ぇ思いをさせちまった」

「問題ないです」


皐月と凪月は怖がっていたが、雫石は楽しそうだったので大丈夫だろう。


「お嬢はたくさん友人ができたんですね」


腕から首にかけて虎の入れ墨がある男が嬉しそうに笑う。


「紅苑燕以外は」


ちゃんと燕を友人認定しない純に、その場にどっと笑いが起きる。


「相変わらず厳しいですね」


それでも他の5人を友人と認めているという事実に、組員は何人か涙ぐむ。

その組員たちの姿にふっと笑ったあと、組長の目が鋭くなる。


「嬢ちゃんが来たってことは、理事長の意向かい?」


純はジャムの付いた指をペロリと舐めて、頷く。


「今後学園に影響が出ると判断されたので」

「やっぱりそうか…」


つぼみが全員で来た時点でそれは分かっていたが、改めて聞くと事態の重さに気付かされる。


「親父。どうしますか。あれは俺たちでも…」

「あぁ、分かってる」


その場の空気が深刻なものになっていくのにも気にせず、純は食パンの2枚目にマーマレードを塗る。


「嬢ちゃん。全部とは言わねぇ。ちょいと意見してくれねぇか」


純はモグモグと食パンを食べながら、組長を見る。

そこに表情はない。


組長は、こういった提案を純がのむ可能性の低さを知っている。

自分の利益がないことでは動かないのは、昔から変わらない。


「いすゞ屋のパンを好きなだけ買ってやるからさ」


純の眉がぴくりと動く。


いすゞ屋といえばこの辺りでは有名な美味しいパン屋である。

純はシロにパンを食べ過ぎないように見張られているので、あまり行けたことがない。

それを知ったうえで、交渉材料として持ち掛けているのだ。


「卑怯ですね」

「なに、そんな難しいことは言わねぇよ。ただこの問題は長年続いているもんでな。俺たちもいい加減どうにかしてぇと思ってるんだ」


純は無表情のまま、薄茶色の瞳を組長に向ける。

しかしマーマレードを塗った食パンを口にくわえているので、締まりがない。


「いいですよ」


いすゞ屋のパンを食べられるのなら、少し意見を言うくらい簡単な頼みだ。

組長は、ほっと微笑む。


「恩に着るぜ」


そうして組長は、紅苑と森の因縁を話し始めた。


「森智と紅苑与高は幼馴染でな。ガキの頃から仲が良かった。だが、もう1人の幼馴染の女を巡って問題が起きた。それが、長年犬猿の仲である理由さ」


組長は、少し疲れたように息を吐く。


「その女に、互いの組の若ぇもんがちょっかいを出した。大事には至らなかったが、そのすぐ後にその女が姿を消した。あの2人は、その女が消えたのは相手の組のせいだと思ってる。本当は互いの組が関わっていたのにな。分かってて見ねぇふりをしてんのかは分かんねぇが、誰が間に入っても誤解は解けなかった」

「意地になってるんでしょ。2人ともその人に惚れてたから」


組長はにやりと笑う。


「嬢ちゃんは意外とこういうことにも鋭ぇんだな」

「意外と?」


どういうことかと純が少しむっとすると、虎の入れ墨の男がすかさず食パンとりんごジャムを渡す。

まるで子供の機嫌をとっているかのようだが、純は機嫌を直して3枚目を食べる。


「嬢ちゃんの言う通りだ。本当のことには気付いてるんだろうが、惚れた女が消えたことで意地張っちまって顔を合わせるたび突っかかってやがる」


組長は、苛立たしげに煙管を握る。


「紅苑とうちは敵対してるなんて言う奴もいるがな、昔から仲は悪くなかったのさ。それが2人のせいで若ぇもんが勘違いして互いに敵対し始めた」


一度敵対関係が始まれば、簡単に元には戻らない。

その原因の2人が組長と幹部という、立場のある人間であることもまずかった。

2人が意地を張り合うことで、組の関係はこじれていったのだ。


「あっちの頭が森を嫌っている以上、俺がただ仲裁するだけじゃ好転はしねぇ。敵対する組の頭に、自分の組の頭が負けたって構図になるからな」

「それで、わたしに意見を求めたいことって何ですか?」

「…仲裁のためには、あいつの力を借りるしかねぇと思う。そうすっと、俺はどうなると思う?」


純は組長の問いに、ため息をついた。


「よりによって組の敵対に関係ないことですか」

「俺にとってはそっちの方が気になるからな」


純は組員に淹れてもらった紅茶を一口飲む。

意外と美味しい。


「間に誰か入らないと、直接言っても無理です。今回の件が解決しても、組長との関係は変わらない可能性が高いです」

「やっぱりそうか…」


がっくりと項垂れると、可哀想なくらい落ち込んでいる。

それは威厳に溢れるヤクザの組長の姿ではなく、ただの老人の姿だった。


「お嬢。何とかならないですか」

「わたし関係ないんだけど」

「そう言わずに…」


いかつい男たちから泣きそうな目で見られ、かなり居心地が悪い。


4枚目にブルーベリーのジャムを塗りながら、純はかなり深いため息をつく。


「わたしが間に入ってもいいです」

「本当か、嬢ちゃん」


生き返ったかのように、組長の目に力が戻る。


「森と紅苑の間に入るのはそっちでやってください。今回のことを教えてもいいのであれば、話し合いの場はつぼみで用意できます」

「大まかなことはいいぜ。ただ、紅苑の息子にはまだ教えねぇでほしい」


純は了承して頷く。


「1つ貸しです」

「つぼみとしての仕事じゃねぇのかい?」

「つぼみの仕事は紅苑と森の関係を改善することなので。あの人と組長の間に入るのは含まれてません」


それは確かにそうだが、ヤクザの組長相手にそこまで強気に出られるのは純くらいだろう。

しかし組長は、愉快そうに笑うだけだった。


「嬢ちゃんに貸しを作るなんて、これほど怖ぇ貸しはねぇな」

「やめますか?」

「いや」


組長は煙管を置くと、姿勢を正す。

それに倣い、他の組員たちも全員同じように姿勢を正す。


「嬢ちゃんを信じよう。この借りは俺の命に代えても返す。義理は忘れねぇ主義なんだ」


純は小さく微笑んだ。


「初めて会った時を思い出します」

「そういえば、あの時もこうやって約束したな」


組長は目尻にシワを作り、片目で微笑む。


「頼んだぜ」


その言葉で、組長を筆頭に全員が頭を下げる。


その光景はまるで、純が組を従えているかのようだった。




「ということだから」


次の日、純はつぼみのメンバーに大まかな事情を話した。


しかしそれを聞いて、全員唖然としている。

まさか純が、燕を一蹴した組長と話をつけてくると思わなかったのだ。


「というか、何でお前ヤクザの組長と知り合いなんだ」


全ての疑問の根本は、そこである。


「初等部の時に組長の命を助けたことがあって。それ以来パンくれるっていうから、たまに行ってる」

「お前な…パンに釣られるなよ」


想定外の答えに、翔平はがっくりと力が抜ける。

純のパン好きは相変わらずである。


「どうして、お嬢って呼ばれてたの?」


凪月に聞かれ、純は首を傾げる。


「お嬢って呼んでた組長の一人娘がいなくなったから、寂しいんじゃない」

『あの組長は娘を亡くしてたのか』


それなら、純を可愛がっているのも分かる気がする。

純が何故ヤクザの組長と知り合いなのか分かったところで、本題に戻ることにした。


「昨日あの後、理事長の目的について考えていた」


翔平たちも、何もやっていなかったわけではない。

理事長の指令は1つの目的だけではないことが多い。

理事長の真意を探らなければ、指令を果たせない。


「紅苑組と縹組について、少し調べてみたの」


そう言って雫石は、地図を広げる。


「どうやら、紅苑組と縹組の縄張りは静華学園の敷地に隣接しているようなの」


ヤクザの縄張りは、いわゆる「シマ」と呼ばれるものである。


「もし紅苑組と縹組で抗争が起きると、この周辺は間違いなく巻き込まれるわ」


静華学園の敷地内は大丈夫だろうが、その周りの治安は悪くなるだろう。

そうなると、登校してくる生徒たちに影響が出る。


「理事長の目的は、間違いなくこれだよね。抗争が起きる前に、争いの種を摘めってことだね」

「紅苑燕と森和也の仲裁っていうより、紅苑組と縹組の仲裁だね」


理事長からすれば、息子同士の喧嘩はどうでもいいことだろう。

しかしそれが父親同士の仲を悪化させ、組同士の争いに発展した時は話が変わる。


「どうして喧嘩の仲裁を頼まれたのかと思ってたけど…やっぱり、学園のためだったんだね」


どこか安心したような晴の言葉に、翔平も頷く。

指令の意味が分からないのはわりといつものことだが、今回は特によく分からなかった。

しかし調べてみれば、学園にとっても一大事となりかねない状態だったのだ。



「話し合いの場を用意するのはいいが…」


翔平は、懸念事項を口にしておく。


「縹組の組長が言えば森智は出てくるだろうが、紅苑組の組長はどうやって呼び出す?」

「紅苑組の一番偉い方だから、簡単に出て来てくださるとは思えないわよね」


仲が悪い森智がいると知れば、その場に姿を現さないかもしれない。


「紅苑燕にやらせれば?」

「息子の言葉には耳を貸すかもよ」


皐月と凪月の案に、翔平は頷く。


「一番確実な方法はそれだな。ただ、今回の事情を紅苑燕に知らせることはできない。それで父親を連れて来ることができるかだな」

「嘘をでっちあげる」


純の提案に、なんとなく嫌な予感がする。

翔平はそれでも、一応勇気を出して聞いてみる。


「例えば?」

「彼女を妊娠させた」

「…お前な、もうちょっとマシな嘘にしろ」


彼女を会わせたいと言えば来るかもしれないが、嘘だとバレた時の燕が可哀想だ。


「あー…真実味はあるかも」


苦笑いしながら、皐月が話に入る。


「確か、好きな女の子がいるはずだよ」

「よく知ってるな」


翔平が感心していると、皐月は何とも言えない顔を翔平に向ける。


「あの人、分かりやすいんだよね。その女の子を見ては顔を赤くしてるから」

『…俺も気を付けないとな』


純の水着姿や浴衣姿を見て顔を赤くしたばかりなので、本当に気を付けないといけない。


「それだけ分かりやすかったら、父親も気付いてるかもね」


凪月に続き、雫石も頷く。


「そうだとしたら、来てくださる可能性は高いわね。紅苑くんは長男だし、跡取りに関する問題になるわ」

「確かに…」


晴も納得している。

翔平は嫌な流れになってきたことに気付いた。


純は基本的に自分から意見を出すことはないのだが、鬱憤がたまっている時はこうやって自分から提案をする。

そしてその大体が、性格の悪い作戦なのだ。

しかし純が考える作戦なので、全体的に見るとちゃんと筋が通っている。

そのため考えれば考えるほど、純の作戦が良いと思ってしまう。


ちらりと純を見ると、いたずらっぽく微笑んでいた。

どうやら、面倒な問題を持ち込んできた燕に対して鬱憤を晴らしたいらしい。


翔平はため息をつくと、その作戦を了承した。



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