表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第六章 変化
152/181

149 意地②


やるからにはしっかり情報収集から始めたつぼみは、紅苑燕本人から話を聞くことにした。


さっき直接頼まれた晴と、何故かヤクザと繋がりを持てる純、歯止め役の翔平の3人で会いに行くことにした。


「俺の頼みを聞いてくださってありがとうございます!」


声の大きさから面倒くささを感じたのか、純は少し離れている。


「とりあえず、詳しく話を聞かせてほしい」

「分かりました!」


返事は良いのだが、いちいちうるさい。


「喧嘩をしている相手は、縹組の幹部の息子でもり和也かずやといいます。組はシマが隣同士なので敵対することも多いですが、和也とは幼馴染でした。静華に入学したのも2人とも高等部からだったし、仲が良かったんです。それが、一学期の終わりころから急に話してくれなくなって…俺もムカついて言い返していたら、喧嘩になりました」

「2人の喧嘩がどうして組同士の関係に影響するんですか?」

「俺と和也の親は昔から仲が悪いらしくて、俺らが喧嘩したことで親同士もさらに険悪になったみたいなんです。それが組同士の敵対関係に拍車をかけてるらしくて…」

「仲裁っていうのは、具体的にどうしてほしいんだ?」

「俺と和也の親の対立を収めることができるのは、縹組の組長だけなんです。だけど、敵対してる組の息子の話なんて簡単には聞いてくれないと思うんです」

「そこを、俺たちに手伝ってほしいってことか」

「はい」


燕は、しゅんと肩を落とす。


「本当は、俺たちが自分で何とかしないといけないのは分かってるんですけど…」


つぼみに頼んでいることの負い目は感じているらしい。

確かに今の状況を考えれば、誰か外部の人間の力を借りたいと思うのは仕方ないだろう。

つぼみとしても理事長の指令が出ている限りは、問題解決に力を貸すのは変わらない。


翔平は、少し離れたところで面倒くさそうにしている純に振り返る。


「どうだ?やれそうか?」

「やらないっていう選択肢は」

「ないな。理事長の指令だぞ。それに、お孫さんはちゃんと手伝わないといけないんだろ」


チッという舌打ちが聞こえる。

理由は分からないが、どうやら本当に手を貸したくないらしい。

しかし理事長の指令が出ている以上、純に拒否権はない。


「どこまでやれる?」

「縹組の組長に取り次ぐまで」

「それでいい。そこが一番難関だからな」


翔平は、燕に向き直る。


「というわけで、縹組には取り次ぐことができる。いつ行く?」

「…何でできるんだ?」

「気にするな。気にし始めたらキリがない」


燕はポカンと呆けているが、ここで純のことを説明するのは面倒なので省く。

翔平としても何故純がヤクザと繋がりを持てるのか分からないので、説明しようがない。


そして早速明日、縹組へ向かうことになった。




次の日の放課後、つぼみの6人と燕は縹組の門前に集まっていた。


「これがヤクザの家かぁ…」

「和風だね」


門が閉まっているので中の様子はよく見えないが、歴史を感じる日本家屋である。

塀が続いているのを見る限り、敷地もかなり広そうだ。


「インターホンがないけど…どうするの?」


晴が純に尋ねると、純は閉まっている門の隣にある小口を開けて無断で入っていった。


「え…大丈夫なの?」

「怒られない?」


不安がっている皐月と凪月とは反対に、雫石は目をキラキラさせている。


「ヤクザの方のお家にお邪魔するのは、初めてだわ」

「大体の人が初めてだと思うよ…」


雫石の好奇心に少し呆れていると、内側から門が開いた。

そこには、純がいた。


「入って」


純に促されて中に入ると、目の前には立派な日本家屋が建っている。

そして屋敷まで続く石畳の道の両側には、たくさんの人が中腰で待っていた。


スキンヘッドにサングラス、入れ墨に柄シャツと、分かりやすいほどのヤクザだった。

睨むような視線の多くは燕に集まっており、燕は分かりやすいほど緊張している。


つぼみも慣れない雰囲気に少し緊張しながら、純に続いて屋敷に入った。



屋敷の中は腕から首まで虎の入れ墨がある中年の男性に案内され、奥の部屋に通される。

かなり広い和室だが、装飾を見る限り客間のようだった。

床の間に日本刀が掛かっている気がするが、見ないようにする。


下座に座ってしばらくすると、障子が開いて老人が入ってきた。

渋く濃い灰色の着物を粋に着こなし、体格は大きくないがさっき見たヤクザたちとは比べものにならないほどの圧を感じる。

左目には古傷があり、チラッと見えた左手には何か足りないものがあった気がした。


『この人が縹組組長か』


名前は、縹義一(ぎいち)というらしい。

明らかに、他のヤクザたちとはオーラが違う。

人の上に立つ者としての威厳と、部屋の中を支配する静かだがのしかかるような重い圧力。

堅気の人間にはないような、研ぎ澄まされた刃のような気配だった。


組長は上座にどかりと座ると、右目でじろりと下座を睨む。

その視線の鋭さに、つぼみに緊張が走る。

しかし純を見ると、その鋭い視線をふっと緩める。


「久しぶりだな。嬢ちゃん」

「お久ぶりです」

「ずいぶんご無沙汰だったじゃねぇか」

「少し、忙しかったので」

「ほう」


純の返答に面白そうに笑みを見せる。


「嬢ちゃんの口からそんな言葉が出るとはな。少し気になるが、それはまぁ後で聞こう」


煙管に火を付けると、組長はふぅと煙を吐く。


「あれはあるかい?」

『あれ?』


何のことかと翔平が思っていると、純は組長に封筒を手渡す。


『金じゃないだろうな…』


少し不安になるが、お金にしては薄い封筒だったので安心する。

封筒を受け取ると、組長の顔が少し和らぐ。


「いつも悪いな」

「問題ないです」

『行くのを嫌がっていたわりには、関係は良さそうだな』


それはそれで問題だが、ますます純が何故あれだけ嫌がっていたのか分からない。

組長は封筒を懐にしまうと、カンッと煙管の灰を落とす。


「用件は、そこの紅苑の息子かい」


圧のある視線でじろりと睨みつけられ、燕はびくりと体を震わせる。


「まぁ、嬢ちゃんの頼みだからな。話くらいは聞いてやろう」


燕は老人の圧に委縮していたようだが、しっかりと組長に向かって頭を下げる。


「紅苑組組長の長男、紅苑燕と申します。この度は、無理を通していただき誠にありがとうございます」

「前口上はいい。用件を言いな」


静かな声なのに体に響くような迫力に、燕はごくりと唾をのむ。


「私とそちらの組の森和也は、2か月ほど前から仲を違えております。そのこともあり、父親同士が揉めております。どうか父与高(よたか)と、そちらの森(さとし)の仲裁をしていただけませんか」

「俺にその義理はねぇな」

「ですが、このままでは互いの組の関係が…」

「それをお前に頼まれる義理もねぇよ」


取りつく島もない組長の態度に、燕は悔しそうに俯く。


「帰りな。もう用はねぇ」


組長は立ち上がると、純に穏やかな表情を向ける。


「他の連中にも顔を出してやってくれ。俺も後で茶を飲みに行くからよ」


純はただ頷く。

それを見ると、他の人間には目もくれずに出ていってしまった。


「わたしはここに残るから、先に帰っていいよ」

「…いろいろ突っ込みたいんだが」

「明日にして」

「…分かった」


純と組長の関係について色々聞きたいことはあるが、それは明日まで我慢するしかない。

それに縹組組長にあそこまで拒否されれば、つぼみとしては別の方法を考えなくてはいけない。

今日はこれ以上何も得られないだろうと、純以外は帰ることにした。


純が門まで送ってくれるようなので、皐月たちはほっと安心したようだった。

またあのヤクザ道を通るかと思ったら、純がいないと心細かったのだ。



帰り道にも、やはり石畳の両脇に大勢のヤクザたちが待機していた。

ヤクザたちは純の姿を見て、ぞろぞろと近付いてくる。


「お嬢。もうお帰りですか」

「まだいる」

「お嬢。あとで茶菓子はいかがっすか」

「甘いものじゃなければ食べる」

「煎餅あるっすよ」

「パンない?」

「すんません。今日は食パンとジャムくらいしかないんす」

「じゃあそれ食べる」

「紅茶はいりますか」

「ストレートで」


まるで喫茶店のような会話を聞きながら、石畳を歩いていく。

門の外まで出ると、純は軽く手を振る。


「じゃ、またね」


そう言って、ヤクザたちと共に屋敷に戻っていった。


「さっきからずっと言いたかったんだけど…」


門が閉まると、晴は口を開く。


「多分それ、みんな思ってるよ」


「「純って、何者?」」


ヤクザの組長と仲良さげに話しているかと思えば、組員たちに「お嬢」と呼ばれている。

何が何だか分からない。


今日は、純の謎が新しく増えた日だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ