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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第六章 変化
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148 意地①


「…また、失敗したのか」


低く唸るような怒りが、床を這うように響く。

部屋の空気を支配する圧力は、70歳を超えた老体から発せられるものとは思えないほど重い。


身にのしかかる重圧に耐えながら、清仁きよひとは一応弁明を口にする。


「あの娘を誘拐するのは、簡単ではありません」

「そんなことは分かっておるわ!」


ビリビリと、空気が揺れる。


「その場には生徒が大勢いたのだろう。それらを人質にとればよかっただろう」

「しかし、静華学園の生徒たちの親を敵に回すのは…」

「だからお前は役立たずだと言うのだ」

「………」

「全てを敵に回せとは言っていない。しかしあの娘がつぼみとなった今、静華学園に所属する生徒は全て足かせになる」


人質としての価値は低いが、数は多い。

足を引っ張るには十分だ。


「あの娘が学園に戻れば、また狙いづらくなる」


静華学園は、みどり弥生やよいの保護下である。

警備は厳しく、学園内にいられると手を出しにくい。


「今回は、絶好の機会だったというのに」


栄太朗えいたろうは、さっきから話を聞いていないもう1人の息子を睨みつける。


「お前が余計なことをしたせいで、我々があの娘を狙っていることが知られたそうだな。朔夜さくや


名前を呼ばれた朔夜は、座っているソファーから首を持たれ上げる。


「僕は、あの子が困ることをしただけですよ」


一応話は聞いていたようだが、栄太朗の怒りにすら興味がなさそうに眠たげな目をしている。


「我らがあの娘を狙っていることが知られれば、あの娘の価値に気付く者も出てくる。そうすれば、さらにあの娘を手に入れにくくなるのだぞ」

「あの場を見たのは、つぼみの生徒のみです。つぼみであれば、久遠に逆らうことの意味を知っているでしょう」


清仁の言葉に、栄太朗は顔をしかめる。


「つぼみか…」


確かに、つぼみなら考えなしに動くことはしないだろう。


『しかし…』

「つぼみを、ただの子供だと思って侮るな」


栄太朗からの意外な言葉に、清仁は少し驚く。


「あれらがただの子供であったのなら、私はここまで苦労をしておらん」


エリートたちが集まる静華学園の中でも、特に優秀な者の集まり。

静華学園の象徴であり、権力であり、執行者である。

学園を守り、生徒を守り、敵を排除する。

栄太朗からすれば、邪魔な存在だった。


「まぁ、いい」


もし久遠に歯向かうのであれば、潰すだけだ。


「次は、学園祭か」


学園の警備が薄くなるのは、学内に多くの人間が出入りするイベントだ。

11月に行われる学園祭は、一年の中で一番大きなイベントである。

警備が薄くなればあの娘を狙いやすく、学内に人が多くなるとあの娘のつぼみとしての足かせは重くなる。


「学園祭までも、あの娘を狙い続けろ」


下手な鉄砲も、数を打てば当たるだろう。


「分かりました」


清仁が返事をしたところで、部屋の扉をコンコンと叩かれる。

栄太朗が返事をすると、執事を伴った老齢の女性が部屋に入ってきた。


「何の用だ」


女性はつり目にぐっと力を入れると、眉を上げる。


「母親が息子を迎えに来て、何が悪いというのです」


清仁を見ると、かすかに目元を柔らかくさせる。


「私の部屋においでなさい」

「分かりました」


女性は清仁を連れると、そのまま栄太朗と朔夜に目もくれることなく部屋を出て行った。


扉が閉まると、栄太朗は苛立ちのこもった息を吐き出す。

しかしすぐに、栄太朗の思考は2人の存在を忘れる。


『早く、あの娘を手に入れなくては…』


栄太朗には、長く時間が残っているわけではない。

栄太朗の計画のために、夢のために、あの娘の存在は不可欠なのだ。



存在を忘れられた朔夜は、ひとつあくびをすると部屋を出た。


扉が閉まる音がしても、栄太朗は目をくれることはなかった。




「つぼみになって、もうすぐ半年になるんだね」

「そうね。とても早く感じるわ」


二学期が始まり、夏休みの間静かだった校舎には賑わいが戻っていた。


「二学期は学園祭があるから、忙しいね」

「1年の中で、一番大きな行事だもの」


実行委員であるつぼみは、夏休み前から学園祭の準備を進めている。

学園祭までのあと2か月は、1年の中で一番忙しい時期である。


「また、どこかに遊びに行きたいな」

「学園祭が終わったら、どこかに行くのも良いわね」


はる雫石しずくは、授業終わりに2人でつぼみの部屋に向かっている。

周りには野次馬のように生徒たちが集まっているが、少し離れたところから見ているだけだ。


「すいません!」

「「?」」


突然声をかけられて振り返ると、赤くて丸いものが見えた。


『何だろう、これ』


急に視界に赤くて丸いものが見えたのでそれが何なのか認識できないでいると、その赤くて丸いものが上にあがった。

そこには、目と鼻と口がついている。


『あら、人の頭だったのね』


晴と雫石は全く表情に出さないまま、とんちんかんなことを考えていた。

そんなことを考えてしまうほど、2人に直接声をかけてくる生徒は少ないのだ。


赤い髪の男子生徒はつぼみを前にしているからなのか、表情は固い。

どうしたのかと思っていると、またがばりと頭を下げた。


「つぼみの方に、お頼みしたいことがあります!」


2人が驚いていると、男子生徒は顔を上げる。

その表情は真剣そのものだった。


「喧嘩の仲裁をお願いします!」




「…ということらしいの」

「どこから突っ込んでいいのか分かんないよ」


つぼみの部屋でさっきあったことを他のメンバーに報告してみると、皐月さつきから当たり前の返答が来た。


「その赤い頭って、もしかして紅苑べにぞのつばめ?」

「そう名乗ってたよ」

「それ、ヤクザの組長の息子だよ」

「あら、そうなの?」

「この学園にヤクザの関係者がいたんだね」


凪月なつきの情報に、雫石と晴は驚く。


「他にも何人かいるけど、組長の息子はその人だけかな」

「最近のヤクザは自分で会社を持ってるからね。結構お金持ちが多いんだよ。紅苑組は組長が経営上手で、そこそこの企業になってるし」


やはりこういう時は、2人の情報が役に立つ。


「それにしても…」


皐月は少し呆れた顔で雫石と晴を見る。


「投書しないで直談判って珍しいよね。しかも一番近付きづらい2人に言うなんて」

「大体の人は遠目に見るだけだもんね」


近付きづらいと言われて否定したい2人だったが、さっきの状況を思い出すと否定しにくい。


「で、喧嘩の仲裁ってどういうことだ?」


翔平が本題に戻ると、晴が困ったように眉を寄せる。


「紅苑組と敵対してるはなだ組っていう組の幹部の息子と長い間喧嘩してるらしくて、その喧嘩の仲裁をしてほしいんだって」

「自分たちで何とかしなよ」


皐月の指摘はもっともである。


「それが、喧嘩相手がずっと話すら聞かない状況らしくて…仲直りしたくてもできないんだって」

「それが組同士の関係に影響して困っているから、助けてほしいという内容だったわ」

「それって、学園の問題じゃないじゃん。僕らの管轄外だよ」


凪月の指摘ももっともなのだが、晴は一応聞いてきた話を伝える。


「このままだと組の対立が学園内にも影響するかもしれないんだって。そうなる前に止めたいみたい」

「不確定要素が多すぎるな」

「そうなのよね」


だから雫石と晴も困っているのだろう。


「そもそも、ヤクザ同士の問題なんてさすがに僕らじゃ何もできないよ」


ヤクザは裏社会で生きている人間なので、普通に暮らしていれば関わりのある相手ではない。


「できない…よね?」


凪月は不安になって、じゅんに確かめる。

純ならできないことはないと思ってしまったのだ。


フレンチトーストを食べている純は、不機嫌そうに顔を上げる。


「無理」

「…だよねー」


さすがの純にも無理だと分かって、少し安心する。

しかし翔平は、純を見て目を細める。


「無理とは言っているが、できないとは言っていないな?」


純は顔をしかめて、すごく嫌そうな顔をしている。

適当に切り抜けようとしたのに、翔平に突っ込まれたので不機嫌そうだ。


「え?できるの?」


驚く凪月をよそに、純はまたフレンチトーストを食べ始める。


「やらない。そんなの当事者でやればいい」


さっきから不機嫌だったのは、喧嘩の仲裁をつぼみに頼まれたことが気に入らなかったらしい。


「…ていうか、本当にできるんだ」


ヤクザと繋がりを持てるなんて、純が何者なのか分からない。

ただの高校生ではないことは確かだ。

前々から分かってはいたが。


「個人の問題には変わりない。これは断った方がいいだろう」

「そうだね」


それでこの話題は終了しようとしたところ、指令箱の鈴が鳴った。


「あら、指令ね」


雫石が席を立ち、指令書を取り出そうとする。

それを純がとても嫌そうに見ている。


「どうした?」

「嫌な予感がする」


雫石は指令書を開けると、そのまま固まってしまった。


「どうしたの?」


雫石の様子を心配した晴が隣から指令書を覗くと、同じように固まる。

皐月は雫石から指令書を受け取ると、お化けでも見たかのような恐怖を浮かべながらも内容を読み上げてくれた。


「つぼみの皆さんこんにちは。今回は、紅苑くんの喧嘩の仲裁をお願いしますね。不安な種は摘み取っておいてください。P.S.私のお孫さんはちゃんと手伝うのよ?理事長より」

「………」


指令書を読んだあとの、恒例の沈黙が訪れる。


「…どこかに監視カメラでもあるんじゃないか?」

「それ、僕も思った…」


今さっき断ると決めたばかりなのに、タイミングが良すぎる。

改めて、理事長の恐ろしさを感じる。


純はその指令を聞いて、苦虫を噛み潰したような顔をしている。

これでちゃんと手伝わざるを得なくなったのが嫌なのだろう。


「理事長の指令となると、遂行するしかないか…」


こうしてつぼみは、ヤクザ同士の問題解決に取り組むことになってしまったのだった。



再開するのが遅くなってすみません。

第六章は続けて投稿する予定です。

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