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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第五章 過去と、今と
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147 これから⑥


「ずっと聞きたかったんだけど…」


話がひと段落ついたところで、晴は純の膝の上を見る。


「その犬、どうしたの?」


純の膝の上では、ふわふわと白っぽい毛に包まれた子犬がすやすやと眠っている。


「あの林にいた」


朔夜に狙われたのを純が助けたのだが、面倒なのでその辺は全て省く。


「捨てられたのかしら…」


純が洗ってあげたのか子犬は綺麗だが、毛色に艶はなく少し瘦せている。


「女の人の泣き声の話あったでしょ」

「この土地の管理者から聞いた話か?」


この近くでは、最近女の人の泣き声がするという話だ。


「その噂の元が、この犬」

「え?」

「そうなの?」


皐月と凪月は驚き、晴は首を傾げる。


「犬の鳴き声と女の人の泣き声って、聞き間違えるかな…」


晴にとっては全く別の音に聞こえるのだろう。

しかしこの辺りの敷地には動物は入れないようにしてあるので、動物とは思わず人の声に聞こえてしまったのだろう。

そして姿が見えないので、お化けではないかと考えたのだ。


「お化けではなかったのね…」


純の話を聞いて一番落ち込んでいるのは、雫石である。


「今度こそ、お化けとお会いできると思ったのに…」


お化けに会いたいと嘆くのは、雫石くらいである。


「雫石って、肝試し必要ないよね」

「試さなくても肝座ってるもんね」

「…確かに」


皐月と凪月の会話に、晴は少し笑ってしまう。


「その犬はどうするんだ?」

「うちに連れて行く」


自分が助けてしまったので、一応最後まで面倒を見るつもりだ。


純は子犬を抱えて席を立つ。


「食べ物探してくる」


そう言って止める暇も与えず、部屋を出ていってしまった。

これ以上話すことはないと判断したのだろう。



「夜も遅い。俺たちも休むか」

「そうだね~」


皐月と凪月はもうすでに眠いのか、あくびをしている。


「僕ら、先にホテルに戻るよ」

「おれも一緒に行くよ」

「優希は俺が送っていく」


男子と女子が泊まるホテルは違うのだ。

それに、夜道で女子1人は危ない。


晴は安心したように頷くと、少し足下のおぼつかない皐月と凪月を連れて部屋を出ていった。



十分に人の気配が離れたことを確認してから、翔平は口を開く。


「どう思う?」


翔平が尋ねているのは、純のことだ。

それを待っていたように、雫石も口を開く。


「全てを言っているようには見えなかったわ」


翔平は頷く。


「嘘を言っているようには見えなかったが、肝心なところは喋っていないように感じた」


翔平は、さっきまでの純の様子を思い出す。


「純が久遠に狙われているのは本当だと思う。久遠会長と理事長が犬猿の仲だからというのも本当だろう」

「けれど、それだけではないと思うわ」


それを確認するために、雫石は翔平と残ったのだ。


「久遠会長が理事長と犬猿の仲だからと言って、純を狙うのはあまり得策とは言えないわ」


純は身体能力が優れているので、どれだけの人数に襲われても全て返り討ちできるほど強い。

いくら狙ったところで、人質にできるものでもないのだ。


「久遠が純を狙う、他の理由か…」


翔平は純が言っていたことを思い出す。


「久遠は純が強いことを知ってるようだった。他の能力が高いことも知っているのかもしれない」

「純の高い能力を、何かに利用しようとしているということ?」


翔平は頷こうとして、途中でやめる。


「あり得なくはないが…あそこまでやるか?」


純1人に、30人以上の襲撃者を連れて来ていたのだ。


「純に何か言うことを聞かせるのなら、純以外を狙った方が確実じゃないか?」


純本人を狙うより、純の周りの人間を人質にとった方が楽である。

弥生や湊を人質にすれば、家族が大切な純を動かせる可能性は高い。


『純が素直に言うことを聞くかは分からないが…』


家族を人質に取られれば、純は確実に怒りで暴走する。

言うことを聞かせられるような状態ではなさそうである。


「他に、久遠の人間が純を狙う理由か…」


今のところ、他には思いつかない。

考えに行き詰まり、翔平は息をつく。



「もしかしたら関係ないかもしれないのだけれど…」


雫石はそう言って、話を切り出す。


「久遠が警察と癒着しているという話を聞いて、思い出したことがあるの」

「なんだ?」

「お姉様がお見合い相手の方に人質にとられた件よ」


雫石は、小雪が言っていた言葉を思い出す。


「お見合い相手の方は、お兄さんを人質にとられていたの。優希の娘を人質にとればお兄さんを開放すると言われて、お姉様を人質にとったそうよ」

「そうだったのか」


詳しい事情までは首を突っ込んでいなかったので、初めて聞いた話である。


「お見合い相手の方は、お兄さんが人質にとられた件を警察に届けなかったらしいの。お姉様が仰るには、警察に届けても意味のない相手だったそうよ」

「それが、久遠だと?」


雫石は首を横に振る。


「分からないわ」


警察と癒着している人間は、久遠だけではない。


「けれど、どうしてあの場所に純が現れたのかずっと気になっていたの」


母親が呼んだという話を、雫石は信じていない。

純に頼み事をする難しさは雫石がよく知っている。


「もしあの件に、久遠が関わっていたのだとしたら…どうしてあの場所に純が現れたのか、分かる気がするの」


久遠は純を狙っている。

その久遠が、優希の娘を人質にとるように指示したのだとしたら。

純はそれを察知し、小雪を助けたのではないか。


「ということは、すでに周りの人間を狙っているということか?」

「お姉様と純は、特に関わりはないはずだけれど…」


小雪にとって純は妹の友人だし、純にとっては友人の姉だけのはずだ。


「純の友人の姉、という関係性で狙われることもあるだろうが…」


それなら、小雪ではなく雫石の方を狙った方がよい。


「…分からないことばかりだわ」


純に近付こうとすればするほど、分からないことが増えていく。

どれが本当で、どれが嘘なのか分からなくなっていく。

まるで蜃気楼のようだった。


『諏訪大和との話も気になるしな…』


関係ないと突き放したということは、純にどれだけ聞いたところで教えてくれることはないだろう。


「あいつ、隠しごとが多すぎないか…?」


翔平が愚痴のようにこぼすと、雫石がくすりと笑う。


「それでも、知りたいのでしょう?」

「お互い様だろ」

「そうね」


隠しごとばかりで、秘密を多く抱えている。

聞いたって教えてくれないし、自分から話そうともしない。

まったく、困った友人を持ったものである。



「俺は龍谷グループの知り合いから、少し情報を集めてみる」


相手が久遠財閥なので細心の注意は必要だが、翔平の知り合いは企業の社長が多いので得られる情報はあるはずである。


「私は学園の方をもう少し調べてみるわ」


28年前の資料が何故消えているのか、もう少し詳しく調べてみたい。

誰が記録を消したのか、どうして消したのか。

そこに、重要な秘密が隠されている気がするのだ。


「晴くんたちには、まだ言わない方がいいかしら」


翔平は少し悩んでから頷く。


「下手したら、久遠財閥を敵に回すことになる。慎重に進めた方がいいだろう」


晴たちが純のことを知ったのは、今年の4月からだ。

このことに勝手に巻き込めるほど、互いを知っているとは言えない。

今は翔平と雫石だけで進めるのが安全だと判断した。




少し開いた窓から夜空を眺めると、月は雲に覆われている。

流れてくるぬるい風からは、花火の名残が香る。


腕の中でもぞもぞと動いたので見てみると、子犬が目を覚ましたようだった。

真っ黒な瞳で純を見上げている。


「片付けが終わりました」


窓の外に、音もなくシロが現れる。


「襲撃者は、敷地の外に適当に捨てておきました」

「ありがとう」


警察に連れて行ってもどうせすぐに釈放されるので、意味はない。

いくら襲われても、どれだけ捕まえても、腐った警察は頼りにならない。

襲われて、倒して、また襲われて。

10年以上、その繰り返しだ。


純は、ふわふわの子犬を優しく撫でる。


「この子、うちに連れて行っていい?」

「構いませんが…」


シロは、純の腕の中にいる子犬を見る。

純は別に、動物が好きなわけではない。

子犬に優しい眼差しを向けている姿は、少し珍しかった。


「その子犬に、何か思うところがあるのですか?」

「この子は、おいていかれたから」


生まれたばかりで人に捨てられ、あの林の中を彷徨っていた。

お化けと間違われ、人に助けられることもなかった。

あげく、朔夜の気まぐれで殺されそうになった。

それなのに、人を信じる目で純を見ている。


「…そうでしたか」


おいていかれた小さな命を、純は見捨てることができなかったのだ。


「やはり、純様がお1人になるのは反対です」


暗闇から、怜が現れる。


「私かシロのどちらかは、お傍においてください」

「生徒を人質にとられると、動きづらくなるから」


純が久遠に襲われている時、シロと怜は純の指示で生徒たちを守っていたのだ。

今回は生徒たちは狙われなかったが、生徒たちを人質にとられるとつぼみである純は動きを制限されてしまう。

それを防ぐために、信頼できる2人に生徒たちを任せた。


シロと怜からすれば、比べるまでもなく純の方が大切である。

しかし純が自由に動けるようにするためには、純の指示も正しいと理解している。


『お嬢様が信頼できる相手が、少しでも増えればよいのだが…』


純が信頼するのは、家族と使用人だけだ。

しかしいくら翠邸の使用人が優秀だからといって、少ない人数では無理がある。



シロは、つぼみが集まっていた部屋の方へ視線を向ける。


「よろしかったのですか?」


全てを知られたわけではないが、久遠が純を狙っていることは知られてしまった。


「知ったところで、何もできないよ」


久遠財閥を敵に回すことの恐ろしさは、ちゃんと分かっているはずだ。

その危険を分かったうえで、これ以上首を突っ込んでくるとは思えない。


「そうでしょうか」


純が視線を上げると、シロが優しい目でこちらを見ている。


「お嬢様のご友人方は、諦めが悪そうですが」

「そうかな」


純が首を傾げると、シロは少し微笑む。

純はまだ、友人たちを理解しようとしていない。

だからこそ、認識に齟齬が生まれ始めている。

友人たちが、自分のためにリスクを侵すことを理解していない。


『これから、どうなっていくのか』


純は復讐の道をやめない。

純の復讐を止められる人はいない。

それでもみんな、純に止まってほしいと思っている。

先のない未来を歩まないでほしいと思っている。

思っているだけで、言えない。


『言えば、お嬢様は生きる目的を失う』


4歳の時に両親を殺され、純の生きる意味は復讐になってしまった。

両親のいない世界で、復讐を果たすことだけが今の純を支えているのだ。

復讐は必要ないと言えば、純は生きる目的を失ってしまう。

だから、言えない。


『これから、どうなるのか』


それは、シロにも分からない。

でもこの少しのずれが、希望でもある。


『これから…』


子犬に優しい眼差しを向けている純を見て、シロは微笑みを浮かべた。



第五章終わりました。

ストーリの進み方が牛歩ですみません。


閑話を挟んで、第六章はもう少し書き溜めてから始めます。

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