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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第五章 過去と、今と
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145 これから④


翔平が来た方向から人の気配が近付いてくると、雫石たちが現れた。


「翔平くん、純…これは?」


不審な男たちがことごとく地面に倒れて動かない異様な光景に、皐月と凪月は息をのむ。


「何これ…」

「何があったの?」

「怪我はない?」

「あぁ。大丈夫だ」


翔平が頷き、晴は少し安心したように息をつく。


「とりあえず、場所を変えよう。この男たちをこのままにするわけにもいかないが…」

「シロ」


純が呼びかけると、暗闇からすっとシロが現れる。


「片付けておいて」

「かしこまりました」


純に一礼すると、素早く捕縛を始める。


「警察に連絡はどうする」

「意味ない」

『…やっぱりそうか』


分かっていて聞いたが、やはりそうかと納得する。


「おい」


怪我はないようだが少し疲れた様子の大和が、純に声をかける。


「俺の話を忘れてるんじゃないだろうな」

『話…?』


何の話かと気になるが、余裕のない表情の大和を見ると口を挟めるような空気ではない。

純は大和の方に振り返ると、感情のない瞳を向ける。


「本当に知りたいの?」

「あぁ」


意思が揺るがなさそうな目を見て、純はため息をつく。


「先に行ってて」


純にそう言われ、翔平は首を横に振る。


「この状況を見て、お前を1人にできるわけないだろ」

「シロがいるから大丈夫」


確かにそれはそうだが、大和のことは油断できない。

翔平が動かないでいると、純は眉を寄せて苛立ちを見せる。


「翔平には関係ないでしょ」


『うわっ…』

『その言い方はまずいよ、純…』


皐月と凪月は、翔平の怒りが爆発しないかとひやひやする。

この異様な状況を見れば翔平の気持ちも分かるが、大和は明らかに人に聞かれたくないという雰囲気を出している。

純としては翔平に聞かせるつもりがないのだろうが、この言い方では翔平を邪魔者として扱っているようなものだ。


翔平の背中からぴりついた空気が流れ、皐月と凪月は身をすくめる。


「翔平くん。純の言う通りにしましょう」

「だが…」

「人に聞かれたくない話というものは、誰にでもあるでしょう?純の安全は、シロさんがいるから大丈夫よ」


雫石としてもこの場を離れるのは心配だが、このままでは膠着状態が続くだけだ。

この状況では、翔平が引く方がいい。

雫石が翔平の袖を引くと、翔平は深くため息をつく。


「聞こえないところまで離れる。だが、気配は消すな」


気配まで消されると、純の安全を確認できない。


「はいはい」


純は適当に返事をすると、翔平を追い払う仕草をする。

翔平は眉間にシワを寄せたが、雫石たちとその場を離れた。



純は4人の中でも晴が十分な距離まで離れたことを確認してから、口を開く。

晴は純並みに耳が良いので、翔平よりも気を付けなければいけない。


「本当に、父親が誰か分かんないの?」

「俺はあんたみたいに特殊な目は持ってないんでな」


別に純でなくても見れば気付くような気がするが、誰も気付いていないということはあまり似ていないのだろうか。


月明かりに照らされた大和の容姿を見て、純は小さくため息をつく。

知らない方がいい事実というものはあるものだ。


「あんたの父親は、久遠の人間だよ」

「!」


意外だったのか、大和は一瞬言葉を無くす。


「確かに…あのパーティーには久遠の人間が参加していたが…」


久遠財閥が主催のパーティーだったので、久遠の人間は多かった。

しかし、自分の父親が久遠の一族とは思わなかった。


「久遠の一族の、誰なんだ」

「そのくらい自分で調べなよ」


純は大和に背を向け、その場を去ろうとする。


「おい…」


純を引き留めようと手を伸ばすと、その手を掴まれる。

大和の手を掴んだのは、黒髪の若い執事だった。


『あのパーティーにいた執事か』


翔平に殴られて意識を失う前に、この執事を見た覚えがある。

黒髪の執事は、モデルのように整った顔に笑みを張りつける。


「ご自分がされてきたことをお忘れなきよう」


前回のことを言っているのか今回のことを言っているのか分からないが、確かに大和は純を何回も嵌めた身だ。

その相手に、何度も優しくする筋合いはないということだろう。


『まぁ、いい』


一番欲しい情報は手に入れた。

ここまで絞れたら、後は自分で何とかできる。


『確かめる方法はあるしな』


今の時代、血の繋がりを確かめる方法はちゃんとあるのだ。


「一応、警告しておくけど」


大和がシロの手を振り払うと、純が少しだけ振り返る。


「自分の命が大切なら、隠しておいた方がいい」

「…どういうことだ?」


しかし大和の問いに答えることなく、純は林の奥に姿を消す。

黒髪の執事もいつの間にかいなくなっており、地面に大勢倒れていた男たちも跡形もなく消えている。

まるで、ここでは何もなかったかのようだった。


『自分の命が大切なら』


久遠の血を引いていることが知られると、大和の命が危ないということだろう。

それが何故なのかは、分からない。

しかし、警戒する必要はありそうだ。


『それでも俺は、諦めない』


どんなリスクがあっても、父親が久遠の一族でも構わない。

今の場所から抜け出すためなら、些末なことだ。


ドンッと大きな音がすると、夜空が明るく染まる。

空を見上げると、色とりどりの花火が上がっていた。


大和はただ、1人でそれを見上げた。




花火が打ちあがる音が遠くに聞こえる中、つぼみは屋敷の一室に集まっていた。


「何があったか話してもらうぞ」


この部屋に盗聴器が仕掛けられていないかは調べたし、警備も遠ざけているので近くに人はいない。

人が近付いてくれば翔平か純が気付くし、花火の音もあってこの部屋の音は外に洩れにくい。

つぼみの部屋ほどではないが、密談できるほどには安全と言えるのだ。


「何であんなに狙われていたんだ」


純は他の5人に気付かれないようにため息をつく。


「別にわたしが狙われてもおかしくないでしょ。静華学園理事長で、VERT社長の孫なんだから」

「何故、あんな大人数に狙われていた」

「わたしが強いの知ってたんでしょ」

「お前を狙っていたのは、久遠だな」

「「え!?」」


あの場で久遠の2人を見ていない皐月たちは、椅子から飛び上がるほど驚いている。


「翔平くん。どういうこと?」

「俺があの場に着いた時、純は不審な男たちに狙われていた。その場に、久遠清仁と久遠朔夜がいた」

「それって、久遠会長の息子じゃん…」


あまりにも大物の名前に、凪月は顔を青くさせている。


「狙われているのは純だけで、久遠の2人はただそれを見ているだけだった」


助けようとする様子も、動じている様子もなかった。

あの2人が純を襲うように指示したと考える方が自然だ。


「何故、お前が久遠の人間に狙われている?」

「おばあちゃんと久遠栄太朗が仲が悪いから」

「確かに、理事長と久遠財閥の会長は犬猿の仲って有名だけど…」

「それで、純を狙うの?」

「久遠は、そういう人間だから」


目的のためなら、手段を選ばない。

逆らう者は潰し、敵は排除する。


『確かに、そうだが…』


久遠財閥の非道さを知っている翔平からすれば、久遠が純を狙うことは理解できる。

弥生を敵と見なしたのなら、孫である純を狙ってもおかしくはない。


「本当にそれだけか?」


翔平の探るような眼差しに、純は膝の上で眠っている子犬を撫でる。


『勘がいい』


昔はここまで勘が良くなかったくせに、この頃は細かいことに気付くようになっている。


「それ以外に、何があるの」


しかしどれだけ不審がられようが、純から本当の理由を話すつもりはない。

久遠に狙われていることも話すつもりなんてなかったのに、朔夜のせいでこんな状況になってしまった。


「警備の人間から連絡があってあそこに来たんでしょ」


純の言葉に少し驚きながらも、翔平は頷く。


「参加者全員がゴールに着いたのに、お前と諏訪だけがいなかった。探しに行こうとした時、警備の人間から報告があった」


場所と状況の報告を受け、翔平たちは駆け付けたのだ。


「それ、罠だから」

「「!」」


翔平だけではなく、全員驚く。


「どうやってあれだけの人数が敷地内に入れたと思ってるの」


敷地内には不審な人間が入れないように、警備を固めていたはずなのだ。

それでも、久遠は30人以上の襲撃者を敷地内に入れた。


「…警備の人間が、久遠に味方したのか」


翔平の一言に、雫石たちに緊張が走る。


「元々久遠に雇われていたのか、脅されて寝返ったのかは分からないが…」

「…それって、けっこうまずくない?」

「今も警備してる人の中に、そういう人がいたら…」


生徒たちのほとんどは、外で花火を見ている。

それらを守っているのは、警備の人間だ。


「今は大丈夫。確認したから」

「どういうこと?純」


雫石は緊張のこもった声で尋ねる。


「久遠に買収された警備員は、もう捕まえてある。今生徒の近くにいる警備員は静華の警備員だから、他よりは信頼できる」

「外部の警備員を雇ったのがまずかったか…?」


純は首を横に振る。


「久遠がやろうと思えば、静華の警備員でも職員でも弱みを握って動かせる」


実際、学園の中で純はそうやって襲われている。


「でも静華学園の中で起こったことは、おばあちゃんが許さないから」


だから、久遠は学園内では無理に手を出してこない。

弥生を無闇に刺激するのは得策ではないと知っているのだ。

静華学園の警備員がある程度信頼できるのは、そういう理由だ。


『おばあちゃんがいなければ、すぐにこうやって狙ってくる』


ここは学園でもないし、弥生はいない。

純はつぼみとしてこの旅行に参加しなければならず、勝手に姿を隠すわけにもいかない。

純を狙うには絶好の機会なのだ。



純は、今日久遠に狙われることが分かっていた。

しかし無理に回避しようとすれば、久遠は生徒たちを狙う。

だから他の人間に見つからないように襲撃を受けたというのに、朔夜のせいで全てが台無しである。


『久遠栄太朗と清仁は、わたしを狙ってることを公にするつもりはなかった』


久遠が純を狙っていることが世間に知られれば、純を狙う人間が増えると思っているのだ。

だから邪魔されないように、知られないようにしている。


だが、そういった事情は朔夜には関係ない。

あの男は自分の欲望に従って動いているので、栄太朗と清仁の考えなど気にしていないのだ。



純は、つぼみの5人に視線を向ける。


自分たちがまんまと罠にはまったという事実と、警備の人間を信用できないという事実に呆然としている。


翔平が純の両親の死を調べたことは知っている。

翔平と雫石が純の母親のことを調べていることも知っている。

惣一が久遠に関する件を翔平に任せたことも知っている。

知っていて、放っておいている。


純が久遠に狙われていることを知られても、純の計画に支障はない。

翔平たちでは、久遠に太刀打ちできない。



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