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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第五章 過去と、今と
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143 これから②


「俺が49番だ」


番号札を持って出てきた男子は少し癖のある髪に、中学生くらいにも見える童顔には薄っすらと笑みを浮かべている。

諏訪大和だった。


『旅行に来ているのはもちろん知っていたが…』


翔平は大和の姿を見て、心の中で眉間にシワを寄せる。


『ここで接触してくるか』


純を見ると、明らかに不機嫌そうに大和を見ている。

しかしこれだけ周りに生徒がいる場所で、不審な態度をとるわけにいかない。

雫石も少し純を心配そうに見たが、すぐに生徒に向かって微笑みを浮かべる。


「それでは、スタート地点まで移動をお願いします」


生徒たちがぞろぞろと会場の外に移動していき、その場には純と大和、翔平が残る。

大和は翔平を見て、人を馬鹿にしたような笑みを浮かべる。


「この前はどうも。あんたのおかげで有意義な夏休みが過ごせた」

「そうか。それなら、もう少し強めにやってもよかったな」

「野蛮だな。つぼみの1人とは思えないセリフだ」

「お前には思ってもらわなくて結構だ」


バチバチと、2人の視線がぶつかる。

大和は番号札を翔平に見せると、余裕のある笑みを浮かべる。


「悪いが、あんたの相方は借りていくよ」

「どうせ、誰かから奪ったものだろ」

「奪うなとは言われていないからな」


翔平は内心で舌打ちを打つ。

大和の言う通り、つぼみはくじの強奪に関してルールを作っていない。


静華学園は実力主義である。

運でくじを引き寄せられないのならば、他の方法をとるのが当たり前なのだ。

つぼみはそれを推奨しているわけではないが、禁止もしていない。


実際に晴と翔平、雫石の番号札を巡って争いが起きていたのをつぼみは知っている。

基本的に交渉が行われていたようなので、暴力沙汰にならない限りは放っておいたのだ。

だから、大和のとった方法を翔平は非難できない。


『純と組んで、何をするつもりだ…?』


大和は、純の弱点を知っている。

2人きりにするのは危ない。


「翔平」


苛立つ翔平の耳に、純の静かな声が届く。

不機嫌そうではあるが、冷静な瞳が翔平を見ている。


「別に大丈夫」

「だが…」

「翔平には関係ない」


突き放され、翔平は眉間に力が入る。

純はそんな翔平の反応を気にした様子もなく、会場の外へ歩いていく。


「良かったな。あんたは関係ないってさ」


大和は面白そうに笑みを浮かべると、純について行った。



「………」


翔平は深く息を吐いて、自分を落ち着かせた。

純がああやって翔平を突き放すのはいつものことだし、大和は翔平を挑発しているだけだ。

今ここで怒りを爆発させても意味はない。


『だが…』


翔平は、大和の背中を殺気のこもった視線で睨む。

人を馬鹿にしたような態度に、軽薄な笑み。

純の弱点を知り、純に近付く男。


『気に入らない』


何もかもが、気に入らない。

ここまで誰かを嫌ったのは、人生で初めてかもしれない。

今すぐ純から引き離してボコボコに殴ってやりたいほど、気に入らない。


しかしつぼみとしてそんなことをするわけにはいかないので、翔平は冷静さを取り戻すと肝試しの会場となる外へ向かった。




肝試しのコースは林の中にある遊歩道で、ゴールは広場になっている。

林の中は街灯がないので、かなり暗い。

その中を、二人一組で歩いていくのだ。


「最初の組の方、どうぞ」


雫石に笑顔で案内され、1組目の2人が恐る恐る林の中に消えていく。

少しすると、甲高い悲鳴が林の中から響いた。


『そういえば、お化け役がいるんだったか』


悲鳴を聞いて1人顔を輝かせている雫石を見て、翔平は呆れる。

ただ歩くだけでは面白くないと言って、雫石が用意したものだ。

お化けの恰好で出没したり、暗闇から足を引っ張ったりしているらしい。

生徒たちのすぐ近くで待機しているので、警備にもなると最終的に翔平も許可した。


悲鳴を聞いて順番を待つ生徒たちは顔色を悪くしているが、雫石は遠慮なく次々と林の中に生徒たちを送り出す。


皐月と凪月は暗闇が恐いらしく、2人で引っ付きながら歩いていく。

晴と組んだ女子は恐怖からなのか晴と一緒だからなのか、今にも倒れそうな様子だったが何とか歩いて行った。

雫石は一番楽しそうにしながら、一緒に組んでいる男子を置いていきそうな勢いで林に入っていった。


翔平も自分の番が来たので、一緒に組んでいる女子と林の入口に準備する。


『純は大丈夫だろうな…』


心配になって振り返ると、不機嫌そうな純と目が合う。

肝試しが面倒くさいのか、大和と組むのが嫌なのかそのどちらもなのか、今日の純は終始機嫌が悪い。


『何かあったら呼べよ』


口の動きだけでそう伝えると、面倒くさそうにしっしっと追い払う仕草を返される。

それがわりといつも通りの雰囲気だったので、少し安心した。


翔平も肝試しは面倒くさいので、早くゴールに着くためにもさっさと林の中に入った。



「ずいぶん、心配されてるみたいだな」


大和は翔平の姿が見えなくなると、隣の純に視線を向ける。

大和と会話をする気はないのか、さっきからずっと無口である。

少し雰囲気が和らいだのは気のせいだったのか、相変わらず機嫌が悪い。


『もしかして、気付いてるのか…?』


これから起こることに、もう気付いているというのか。


『あり得るな』


純が普通ではないことは、大和も知っている。

どれだけ隠密に動いていても、気付かれていても不思議ではない。


『気付いているからと言って、避けられるものじゃないからな』


だから不機嫌なのだろう。



「49番の方」


純と大和の番号が呼ばれ、大和は笑みを浮かべる。


「行くか」


純と大和の番になったので、2人で林に入る。

月が雲に隠れているので、林の中は真っ暗である。



「それで、何の用?」


林の中に入ると、純は大和にだけ聞こえる声量で尋ねる。

大和は、にやりと笑う。


「あんたと2人きりになりたいっていう理由だけじゃ足りないか?」

「それなら置いていく」


純が本気になれば本当に大和を置いて行けるので、大和は軽口を叩くのを諦めた。


「人には聞かれたくない」


大和は道から外れて林の奥に入り、純を誘う。

十分に林の奥に入ると、お化け役や生徒たちの気配からだいぶ遠ざかる。

暗闇の中で、大和と純は向き合った。


「あんたの提示する条件は、本当か」


大和の表情から、笑みが消える。


「俺があんたの秘密を守る代わりに、あんたは俺に何をしてくれるっていうんだ?」


大和が翔平に殴られて動けなかった時、諏訪家に純が訪ねてきた。

大和の部屋に窓から侵入してきて、まだ声が出せない大和の前で一方的に交渉を突きつけてきた。


『秘密を守れば、願いを叶えてやる』と。


「あんたに、俺の願いが分かるっていうのか?」


大和が鼻で笑うと、純は静かな瞳を大和に向ける。


「諏訪家を出たいんでしょ」

「!」


大和は素直に反応してしまった自分に、すぐに舌打ちをした。

これでは、そうだと言っているようなものだ。


「あんたと母親を諏訪家から出してあげる」

「…あのくそ爺は、そう簡単に許さないと思うがな」


世間体を気にする諏訪家当主は、大和と大和の母親を諏訪家の汚点として見ている。

その汚点を外に出すつもりはないのだ。

一生、諏訪家の中で飼い殺しにするつもりでいる。


「だから、あんたは父親を探してる」

「…あぁ、そうだ」


父親が分かれば、諏訪家から出られる可能性がある。


「あの女は昔、久遠家が主催するパーティーに出席した。その後、父親の分からない子供を産んだ」


それが大和だ。

だから大和は、自分の父親はそのパーティーの参加者にいるのではないかと思った。

パーティーの主催者である久遠に近付き、パーティーの参加者についての情報を集めた。

しかし現状、有益な情報は手に入れることができていない。

久遠財閥の懐に入るのは、あまりに危険すぎるのだ。


「あんたは、俺の父親が分かると言ったな」


一応確認すると、純は頷く。


「本当にあんたが俺の父親を教えてくれるなら、あんたの秘密を守ってやってもいい」


その時には久遠の手先でいる必要はないのだから、純の弱点を久遠に教える義理もない。

父親を頼るか脅して、諏訪家を出るだけだ。


「父親が誰か分かっても、今よりいい状況になるとは限らないけど」

「…どういうことだ?」


大和が尋ねた時、2人を囲んでいる暗闇がゆらりと揺れた。



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