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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第五章 過去と、今と
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142 これから①


太陽が沈むと、夏の夜が訪れる。

昼間の熱さが残る空気の中で、虫の鳴く声が響く。


ビーチに来ていた生徒たちは少し日に焼けた肌で、これからの夜に思いを馳せる。

「夏期旅行」という面白みのなさそうな国内旅行に学園の生徒がちゃんと参加しているのは、楽しみがちゃんとあるからだ。


1つは、護衛のいない自由に遊べる海水浴。

そしてもう1つは、夜に行われるパーティーだった。


ビーチの近くの洋館とその一帯を貸し切り、生徒たちが続々と集まってきている。



「ほんと、意外と出席率高いよね。この行事」


会場に集まっている生徒たちを見て、皐月は呟く。


「まぁ、その理由も分かるけどね」


凪月は、自分たちが着ているものを指さす。

皐月と凪月は、紺地に向日葵の花が咲いた浴衣を着ている。

皐月は帯が赤く、凪月は帯が青い。


「VERTのオーダーメイド浴衣が着れて、パーティーは屋台形式。夏って感じだねぇ」


夏期旅行で行われるパーティーとは、夏祭りを意識した特別な催しなのである。

出席する生徒にはVERTがオーダーメイドで作った浴衣をプレゼントされ、その浴衣を着て出席できる。


VERTは浴衣を市場では出していないので、この場に出席しないと手に入れられないレアものなのだ。

それに加え、パーティーでの飲食は夏祭りの屋台を模した建物から提供される。

かき氷やチョコバナナ、りんご飴など、庶民的な食べ物があるのも人気らしい。


静華学園に通う生徒たちは、人が多く集まる夏祭りというものに行ったことのない者も多い。

そのため、意外とこういう庶民的な催しが珍しくて受けがよいのだ。


「高田さんと間島さんもうまくいきそうで良かったね」


晴は白地に桔梗の花が入った浴衣を着ており、外国人らしい金髪とよく合っているデザインがさすがVERTである。

高田理沙と間島瑛人は、揃って高田家に挨拶に行ったらしい。


「妹の沙菜さんは、まだ複雑そうだったね」

「失恋したからねぇ」


色恋にあまり縁がない皐月には分からないが、やはり好きな人に相手にされないというのは悲しいのだろう。


「それを考えると、僕らが知ってる人は気丈だよね」

「…俺は失恋していないが?」


黒地に菊の花の浴衣を着た翔平に圧をかけられ、皐月はへらりと笑う。


「誰も翔平のことだって言ってないよ」

「じゃあ、誰のことを言ってたんだ」

「さぁね~」


皐月にニヤニヤとした笑みを向けられ、翔平は諦めてため息をつく。

皐月には当たり前のように純への想いを気付かれているので、隠すことは諦めている。

純に勘付かれるようなことはしないが、たまにこうやって翔平をからかってくるようになってしまった。



「みんな、やっと会えたわ」


軽く手を振りながら、雫石と純が人混みの中から現れる。


雫石はピンクがかった白地に艶やかな牡丹の花が描かれている浴衣を着ている。

長い黒髪を結い上げて少し垂らし、牡丹の花びらのような髪飾りを着けている。


純は濃い青地に白百合の浴衣を着て、髪に赤い硝子玉の簪を着けている。

昼間に見た水着姿より露出が少ないのに、何故か色っぽい。


翔平はドキドキと鳴る心臓を押さえ、顔が赤くなりそうなのを必死に我慢する。


「2人とも、綺麗だよ」


そうこうしているうちに、悪気のない晴に褒め言葉を先に言われる。


「ありがとう、晴くん」


純は適当に頷いただけだったので、機嫌が悪いのかもしれない。


『まぁ、この人の多さだからな』


静華学園の高等部3年生は、全部で200人である。

さすがに全員来ているわけではないが、150人くらいは出席しているのでかなり人数の多いパーティーなのだ。


パーティーが嫌いな純にとっては、さぼりたかったに違いない。

しかし主催者のつぼみがさぼるわけにもいかないので、機嫌が悪いのだろう。


「せっかくだから、みんなで屋台を回りましょう」

「いいよ~」

「気になるものあるしね~」


元々そのつもりで2人を待っていたので、雫石の提案通り6人で屋台を見て回ることにした。

屋台の手配はつぼみが行ったのでどんなものがあるかは分かっているが、初めて見るものも多いのでいろんなものに興味をそそられる。



「あれだよ、金魚すくい」

「あったあった」


皐月と凪月は目当てのものを見つけたようで、少し興奮しながらその屋台に近付く。

水が張った水槽に色とりどりの金魚が泳いでおり、それをすくう遊びである。


「資料を見た時はこんなのが商売として成り立つのかと思ったけど、実際に見るとちょっとやってみたくなるね」


凪月が金魚をすくう用のものを2つ借りると、さっさそく皐月と挑戦してみる。


「あれ?金魚すごい逃げるけど」

「そりゃ、捕まりたくないよね」

「逃げられないように、追い詰めたらどうかしら」


後ろから見ている雫石にアドバイスされ、さっそく壁際まで追い詰める。


「あ、いけるかも!」


そう言って凪月がすくい上げたが、金魚が乗った紙の部分が破れてしまった。


「えぇ…弱すぎ」

「和紙だからな」


水に強いわけではないので、ずっと水につけていると破れやすくなるのだろう。


「これ、すくうの難しくない?」


皐月も破れてしまったのか、眉を下げている。


「そっか。そうやって儲けてるのか」


凪月がポンと、手を叩く。


「破れやすい素材で作って、簡単にはすくえないようにする。そしたら材料費は和紙だけだし、商売としてやっていけそう」

「動物虐待で訴えられないのかな?」


晴の疑問に、皐月も頷く。


「結構リスク高いよね」

「訴えられた時の対応策も考えておいた方がいいかも」

「お前らな…祭りなんだから、もう少し楽しんだらどうなんだ」

「失礼な。楽しんでるよ」

「そうだよ」

「…ならいいんだが」


皐月と凪月はもう一度挑戦してみるらしく、確かに楽しんではいるらしい。


どうしても客目線ではなく店目線で見てしまうのは、家が商売をやっているからだろう。

翔平もその気持ちはよく分かるので、内心では3人の意見に頷いていた。




生徒たちが一通り屋台を楽しんで落ち着いてきた頃を見計らって、雫石がマイクを持つ。

そして、会場に向けてアナウンスをした。


「これから、肝試しを行います」


そのアナウンスに、会場にいる生徒はざわざわと驚きを見せる。

肝試しは参加者には伝えられていない、サプライズのイベントなのだ。


「この会場の外に、肝試し用のコースを用意しました。まずはくじを引いて、二人一組となっていただきます。その2人で、コースのゴールにたどり着いてください。もちろん、つぼみも参加いたします」


つぼみも参加するという事実に、生徒たちは興奮する。

二人一組になるのはくじで決めるので、運が良ければつぼみと組むことができるのだ。

かなりやる気を見せている生徒たちに、雫石は笑顔を向ける。


「余談ですが、最近この近くでは女の人の泣き声が聞こえてくるそうです。声がする方を見に行っても、女の人の姿はないそうです。不思議なこともあるものですね?」


雫石の話に、生徒たちはしーんと静まり返る。

それはそうだろう。

これから肝試しをするという時にそういう話を聞くと、恐怖は増す。


『それを狙っているんだろうが…』


しかし雫石の話は土地の管理者から聞いたものなので、本当の話である。

翔平はお化けや幽霊の類は信じていないが、雫石は1人で「お化けに会えるかもしれないわ」と楽しみにしていた。


参加者を募ると、雫石の話を聞いたのにも関わらずほとんどの生徒が参加するようだった。

やはり、つぼみと二人一組になれるというのが魅力的なのだろう。


くじを引き、同じ番号を引いた生徒同士が二人一組になる。

翔平と晴の相手は女子だったので、どちらも顔を真っ赤にして同性からの嫉妬を集めていた。


「「あ」」


くじを引いた皐月と凪月が、番号を見て声をそろえる。


「どうした?」


翔平が尋ねると、2人は少し申し訳なさそうにくじの番号を見せた。


「「被っちゃった」」


どうやら、2人とも同じ番号を引いてしまったらしい。

会場の女子生徒たちから、落胆の声が聞こえる。

皐月と凪月も女子に人気があるので、2人と組みたかった女子は多かったようだ。


「僕ら、こういうことよくあるんだよね」

「くじとか引くと、同じものが当たるんだよね」


どうやら2人の双子力は、運さえも同じものを引き寄せてしまうらしい。

雫石の相手は男子になったようで、他の男子生徒はその男子を視線だけで殺せそうなほど睨んでいる。

一応心配して雫石に視線を向けると、自信満々の笑みが返ってくる。


「僕らが作った自衛グッズ持ってるから、大丈夫だと思うよ」


皐月は雫石に手を振り返し、凪月も頷く。


「コースも短いし、何かあった時のためにこっそり警備員を配置してるしね」

「そうだな」


雫石は男子から好意を寄せられやすいので、2人きりになると危険も伴う。

この企画を計画した段階でその心配があったので、ちゃんと身の安全をはかれるように準備はしてきている。


「あとは、純だけか」


隣にいる純を見ると、番号札を不機嫌そうに睨んでいる。


「つぼみの企画なんだから、逃げるなよ」


一応釘を刺しておくと、純は不機嫌な目をそのまま会場に向ける。


「49番の方、いらっしゃいますか?」


雫石が純の番号を尋ねると、生徒の間から番号札をひらひらと振って1人の男子生徒が出てきた。


「俺が49番だ」


その姿を見て、翔平は眉間に力が入るのが分かった。


『あいつは…』



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