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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第五章 過去と、今と
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141 海⑤


『つぼみが側にいれば、いいんじゃない』


この言葉が、今回の流れを決めた一言だった。

純の姿を探すと、もうこの件に興味はないのかビーチの方へ1人歩いている。

翔平は、それを追いかけた。


隣に追いついても、純はただ砂浜を海に向かって歩いている。


「お前、今回のこと全部分かってたのか?」

「だったら何?」


翔平のパーカーを着ている純は、フードを被っていて表情があまり見えない。


「高田理沙の想い人が、間島瑛人だと知っていたのか?」


純は、興味なさげに頷く。


「どうやって気付いた?」

「高田理沙に想い人がいることは、前から知ってた」


面倒くさそうに、純は話し始める。


「おばあちゃんと高田社長が知り合いだから。高田社長がうちに来た時、何度かその話をしてた」

「…盗聴したな?」


それには答えず、話を進める。


「娘が会いに行きたいと言う同年代の男子、毎年会ってた海の場所。それを聞いた時点で、近くに別荘を持ってる間島の人間も候補に入れてた」


純は、少しだけ後ろに視線を向ける。


「遠目に間島瑛人を見たことあるけど、小指に指輪してた。今日高田姉妹に会った時、姉が同じ指輪してたから」

「じゃあ、最初に会った時点で探し人が間島瑛人だって気付いていたのか」

「うん」

「何で、すぐにそれを教えてやらないんだ?」

「人の恋路に協力するほど興味ない」


あまりにも純らしい理由に、がくりと肩の力が抜ける。

他人に興味関心がないのは変わらない。


「お前が教えてやれば、全員がここまで苦労せずに高田と間島に恩を売れただろ」

「別に、わたしは高田と間島に恩を売れなくてもどうでもいい」


純はフードをとると、薄茶色の瞳で翔平を見る。


「うまくいけば高田に恩を売れるし、もっとうまくいけば間島にも恩を売れる。うまくいかなくても、高田姉妹に手を貸した事実は変わらない」

『…そうか』


翔平は、純の行動の理由を理解する。


「…高田家具の社長は、理事長の知り合いだと言ったな」


純は頷く。


「お前は高田姉妹に手を貸すことで、理事長に貸しを作ったのか」


つぼみが高田姉妹を手伝えば、その話は父である高田家具の社長の元へ行く。

理事長と知り合いである高田家具の社長は、間違いなく理事長に礼を言いに行くだろう。


純は高田理沙と間島瑛人が上手くいこうが上手くいかなかろうが、本当にどうでもいいのだ。

あの一言でつぼみが手を貸すと決まった時点で、純の目的は果たされていたのだ。

学園理事長であり、VERT社長に貸しを作ること。

高田と間島に恩を売るのは、ついでと言ってもいい。


ビーチに2人でいた時、純の行動を珍しいと感じたことを思い出す。


「もしかして、警備員と揉めていたのが高田姉妹だと気付いたから、珍しく自分から動いたのか」

「うん」


あれだけ離れた場所から声を識別していた事実にも驚くが、すでにあの時から全ては純の手のひらの上だったのだ。


「わたしはただ、どの目が出ても利益が出る賽を振っただけ」


久しぶりに純の能力を目の当たりにし、背筋がゾッとする。

一を見て十を理解し、自分の利益になるように事を進める。


高田社長が抱えている悩みを知っている情報力と、人並み外れた聴力と視力。

間島瑛人を一目見ただけで指輪の形まで覚えている記憶力。

自分の祖母にさえ貸しを作る豪胆さと、全てを知っていて手を貸さない非情さ。


「理事長に貸しを作って、どうするんだ」

「翔平には関係ない」


一線を引かれた、とすぐに分かった。

これ以上踏み込んで聞くと、純は翔平を拒絶する。

今までに何度も経験してきたことだ。

これ以上の情報収集は諦め、翔平はため息をつく。


「あの車は、誰を狙ったものだと思う」


答えを期待せずに、一応聞いてみる。

あの場にはつぼみが全員いたし、高田姉妹と間島瑛人もいた。

車は高田理沙と間島瑛人を狙ったように見えたが、あの2人が狙われる理由が分からない。


「さぁ」


海を眺めている純の瞳には、何が映っているのか分からない。


きっと、あの車が誰を狙ったものなのか気付いているのだろう。

それを誰が指示したのかも、知っているに違いない。

知っていて、言わない。

それが純なのだ。

想像通りの返しに、翔平は息をつく。


「警察に引き渡して、何か分かればいいが…」


誰を狙ったのかが分かれば、警備も考えやすい。

夏期旅行は明日までなので、危険はできるだけ遠ざけておきたい。



少し後ろを振り返り、幸せそうにしている2人とその妹を見る。


「7年間互いを想いあっていた2人と、7年間片想いし続けていた妹か」


翔平も今のままでいると、きっとあの妹のように片想いし続けたまま失恋するのだろう。

純が異性からの好意を拒絶するという現状を変えなければ、翔平の想いは成就されない。

もしかしたら、純のことを好きになる他の男が現れるかもしれない。


『それは耐えられないな』


想いを確かめ合った2人は幸せそうで、少し眩しく思えた。


『そういえば…』


翔平は、もう1つ純の珍しい行動を思い出す。


「人の恋路がどうでもいいと言っていたわりには、2人に名前を教え合うように促してたな」


あそこで純が助言しなければ、あの2人は誤解したまま駆け落ちしていたかもしれない。

それも1つの幸せだろうが、大団円とはいかなかっただろう。


「別に」


ただの気まぐれだ。

家を捨ててでも幸せになろうとしている2人が、両親と少し重なっただけだ。


「別にって、答えになってない…」


少し文句を言おうとすると、視界にふわっとパーカーがかかる。

それを無意識に受け止めると、パーカーを脱いだ純がいた。


薄茶色の瞳は翔平を見ているようなのに、視線が合わない。

無機質な表情は何を考えているのか分からず、その虚無さにゾクリと恐怖を覚える。


サンダルを脱ぐとそれも翔平の方へ放り投げて、何も言わずに海に向かっていく。

青い海を背景に、純の後ろ姿が遠ざかっていく。


ふと空を仰ぐと、雲が出てきて太陽を隠している。

どうやら、泳ぎに行くらしい。


受け取ったパーカーからは、自分のものではない香りが鼻先をくすぐる。

少し懐かしさを覚える、春の花の匂いだった。


それに少し微笑むと、翔平は純のあとを追いかけた。




うだるような暑さが続く夏。

がらくたばかりが転がる部屋の中を、煩わしさを感じながら歩く。


床には、頭が取れたぬいぐるみや本物のナイフ、ぐちゃぐちゃに壊れたおもちゃや割れた花瓶などが乱雑に置かれている。

定期的に掃除してもすぐにこのありさまに戻るので、屋敷のメイドも諦めているらしい。


部屋の主は、チェス盤を前にしている。

少し盤面を除くと、チェスではあり得ない駒の配置がされている。

キングは1つしかないし、クイーンは存在しない。

キングの周りには駒がなく、ルークやポーンが乱雑に置かれている。


少し興味を抱いた自分に、すぐに嫌悪を抱く。

この男が何を考えているのかなんて分からないのに、少しは人らしいところもあるのかと見てしまった。


「朔夜」


呼びかけると、億劫そうにこちらを向く。

自分とは似ていない、女が好きそうな柔和な顔だ。


「そろそろ行くぞ」

「どこに?」


怪訝そうな視線に、清仁はため息をつく。


「海に行くと行ったのはお前だろう」

「あぁ、そうでした」


やっと思い出したらしく、覇気のなかった顔が嬉しそうにほころぶ。


「あの子に会いに行こうとしてたんだった」

「この前みたいに、人違いをするなよ」

「人違い?」

「優希の長女を狙っただろう」

「そうでしたっけ」


自分のやったことも覚えていない弟に、苛立つ。

後始末をしているのは、こちらだというのに。


「あの娘の友人は、次女の方だ」

「あぁ、そうだったかもしれません」


どうせすぐに忘れるのだろうが、何度もああいった間違いをされると清仁としても迷惑で仕方ない。


「今回こそは、あの娘を連れて来いとのことだ」


ふふっと、朔夜は色気のある顔で笑う。


「僕は、あの子に遊んでもらえればそれでいいですけどね」

「ここに連れてこれば、好きなだけ遊べるだろう」

「籠の中の鳥なんて、面白くないじゃないですか」

「知らん」


これ以上の会話は諦めて、清仁は背を向ける。


「あぁ、楽しみだな」


朔夜は笑みを浮かべて、あの子のことを思い出す。

感情の見えないあの顔が、どう変わるのか楽しみでしょうがない。


「何か、面白いことでもあるといいね」


1人で立っているキングを弾いて倒すと、朔夜はくすくすと笑った。



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