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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第五章 過去と、今と
142/181

140 海④


手紙に書かれていた店というのは、ビーチのすぐ近くにある食品店だった。

あまり儲かっているようには見えない古い店だが、その店先で若い男性が働いていた。


「えいと君!」


理沙が呼びかけると、その若い男性が振り向く。

そして理沙の姿を確認すると、泣き出しそうに笑う。


「…りさ。本当に、りさなのか」

「えぇ」

「あの手紙を見て来てくれたのか?」


理沙は、砂浜に埋められていた手紙を見せる。


「ごめんなさい…急な引っ越しで、ずっと来れなかったの」

「また会えたから、いいよ」


2人は、7年ぶりの再会を嬉しそうにしている。


「えいと君…」


沙奈が呼びかけると、男性の視線がやっと沙奈に気付く。


「さなも、来てくれたのか」

「うん」

「さなも、もう大人だな」


理沙を見つけた時ほどの感動はなく、互いの成長にしみじみとしている。

沙奈はせっかく探し人を見つけたというのに、浮かない顔をしている。


「あぁ…そういうことね」

「なるほどね」


少し離れたところからその様子を見ていた皐月と凪月は、納得したように頷く。


「何が、そういうことなんだ?」


皐月と凪月は、翔平を見て呆れたように眉を下げる。


「翔平って、意外とそういうところ鈍感だよね」

「意外でもないんじゃない?」


そうかも、と言ってまた2人で納得している。

翔平がどういうことかと無言の圧をかけると、皐月は姉の理沙に視線を向ける。


「あの理沙って人、指輪してたのに気付いてた?」

「指輪?」


何度か右手をさすっていたのは気付いていたが、指輪をしていたかどうかは記憶にない。


「右手の薬指に、ちょっと安っぽい指輪をしてたんだよね」

「高田家具の令嬢が付けるにしては、安物だなぁと思って見てたんだけどさ」


凪月は、えいとという男性を見る。


「あの人も、同じ指輪してる」

「右手の小指にね」


翔平も目をこらして見ると、確かに2人が付けている指輪は同じもののように見える。


「7年間、会ってなかったんだよな?」

「それは本当だと思うよ。理沙さんは薬指に指輪をしてるけど、えいとさんは小指にしてるから」

「成長するにつれて、薬指に入らなくなったんだろうね」


だから、小指に付けた。


「2人は、ずっとお互いを想ってたんだね」


晴は、2人を少し眩しそうに眺める。

7年間会っていなくても、ずっと忘れずにいたのだ。

指輪を捨てることなく、ずっと身に着けていた。


「感動の再会って言いたいところだけど…」

「妹さんの様子を見ると、そううまくもいかないかもね」


凪月がそう言った瞬間、それまで2人の再会を暗い表情で見ていた沙奈が癇癪を起こしたように姉の背中をどんっと押した。

理沙は勢いよく倒れそうになったが、それをえいとという男性が支える。


「さな、何するんだ」

「何よ!えいと君も、お姉ちゃんの味方なの?みんなみんな、お姉ちゃんの味方ばっかり!」

「沙奈…?」

「海で遊んでた時も、いつもお姉ちゃんと一緒に遊んでいたわ。私は仲間外れ。せっかく私と2人きりになっても、お姉ちゃんの話ばかり…」


沙奈は、感情が溢れ出したように涙を流す。


「どうして、お姉ちゃんのことを好きになるの?どうして、ずっとお姉ちゃんのことが好きなの?私だって、えいと君のことが好きだったのに!」

「さな…」


どうやら沙奈も理沙と同じようにえいとに想いを寄せていたが、想いが通じ合ったのは理沙の方だったらしい。


「どうせ会えないと思って、ここに連れて来たのに!どうしてずっと約束を守ってるのよ!今日会えなければ、お姉ちゃんは別の人と結婚してたのに!」

「え…?」


思わぬ新事実に、みんな驚く。


「そうなのか?りさ」


一番驚いているのはもちろん、えいとという男性である。

理沙は、眉を寄せて頷く。


「お父さんが、できるだけ早く結婚しなさいって。お見合いの話も進んでいるの」

「そんな…」

「でも」


理沙は、自分よりも背が高くなった想い人を真っすぐに見つめる。


「私は、えいと君以外の人のお嫁さんになりたくないわ」


プロポーズとも言える言葉に、えいとはぐっと息をのむ。

そして理沙の前で、片膝をつく。


「俺も、りさ以外の人と結婚するのは考えられない」

「えいと君…」


思わぬ形で2人の想いを深めてしまった妹の沙奈は、その光景に呆然としている。


「なんで…なんでよ…いっつも、お姉ちゃんばっかり…」


えいとは理沙の手を取って立ち上がると、沙奈を見る。


「ごめんな、さな。でもりさが俺以外と結婚しても、俺がさなを好きになることはないよ」


沙奈は、何も言わないままポロポロと涙を流す。


「俺にとって大切な人は、りさだけなんだ。血が繋がってるからと言って、さなを好きになることはない」


少し非情とも言えるほどの突き放し方だが、このくらいの方が諦めがつくのかもしれない。


「今からでも、りさのご両親に挨拶させてくれ。見合いはやめてもらうように説得しよう」

「でも、お父さんが許してくれるかどうか…」

「許してくれなかった時は…」


その先の言葉を紡ごうとした時、猛スピードでこちらに突っ込んでくる車が見えた。

店の前に立っている2人目がけてスピードを上げており、スピードを緩める気配はない。

突然の出来事に、2人は互いを抱き寄せて何もできない。


突っ込んでくる車を見ているしかできないでいると、突然フロントガラスにバリンと衝撃が走る。

続いてドンッと横から衝撃を受けると、進行方向が変わって店の近くの電柱に突っ込んだ。

車は煙を上げながら止まり、2人は呆然とその光景を眺めた。


「相変わらず、護衛いらずだねぇ」

「ほんとね」


皐月と凪月は突然の襲撃にも驚かず、猛スピードの車を止めた2人に呆れた視線を向ける。


フロントガラスに蹴りを入れてバリバリに割ったのは純で、力技で車の進行方向を変えたのは翔平である。

相変わらず2人とも、人間業ではない。


「お怪我はありませんか?」


こちらも動揺していない晴が、理沙たちの無事を確認する。


「い、今のは…?」

「お2人を狙ったものか、私たちを狙ったものかはまだ分かりません。警察に引き渡した後に詳しく説明することになると思いますが、それでよろしいですか?」


事後処理まで完璧な雫石に、2人はただ頷く。

その後ろで、純と翔平は車の中にいる不審な男たちを縛り上げている。

電柱に突っ込んだ衝撃であまり動けないらしく、捕縛はスムーズに進んでいる。


「これからお2人は、どうされるおつもりですか?」


何事もなかったかのように、雫石は話を戻す。

いまだに混乱がとけない2人は、少したってからやっと雫石の問いの意味に気付く。


「父が許してくれなくても、私はえいとさんと生きていきます」

「俺も、同じ気持ちです」

「駆け落ちするということですか?」


あまりにも素直に聞く晴に、雫石は少し冷たい微笑みを向ける。

しかし当の2人は、あまり気にした様子はないようだった。


「その覚悟もあります」


なんだったら今から駆け落ちしそうな2人の雰囲気に、雫石はどうしようかと迷う。


元々つぼみの目的としては高田家具に恩を売るためにしたことが、これでは娘の駆け落ちに手を貸したと思われても仕方ない。

あまりにも損しかない状態に、さてどうしようかと考えを巡らせる。


「お互い、自己紹介したら」


いつの間にか隣に来ていた純が、面倒くさそうにそう提案する。


「自己紹介…?」


ピンと来ていない2人に、雫石はもしかしたらという可能性に気付く。


「せっかく再会したのですから、お互いの名字も含めて挨拶しなおすというのも良いのではないでしょうか」


そういえば、と2人は互いの顔を見る。

子供の頃は下の名前で呼び合っていたので、互いの名字を知らないのだ。


「えっと…高田理沙です」

間島(まじま)瑛人(えいと)です」

「「え?」」


そこで反応したのは、皐月と凪月だった。


「間島瑛人さん?」

「あの、間島商会の社長の次男?」

「はい。そうですけど…」


それが何かと言いたげな瑛人に、隣の理沙は目を丸くして驚いている。


「間島商会って、建設会社を中心に子会社をたくさん持ってる…?」

「よく知ってるね」

「確か、うちの会社と仲良くさせてもらっているはずだわ」

「え…?高田って、もしかして高田家具?」


理沙は、こくりと頷く。


「でも、お父さんは普通のサラリーマンって言ってなかった?」

「小さい会社の社長だったから、子供からしたらサラリーマンと変わらなかったの」

「そっか、高田家具って急成長して…」


瑛人は、かわいた笑いを漏らす。


「俺、理沙は普通の家庭の子だと思って…パーティーとかは全部兄さんに任せて、この海の周りでずっと理沙を探してたんだ」

「私も瑛人くんは普通の家庭の子だと思ってたから…パーティーに出ても瑛人くんはいないんだと思って、家にこもっていたの」


互いの家の事情を知らなかったとはいえ、認識がすれ違っていたと気付いて2人は力が抜けたように笑っている。


「間島商会の社長のご子息でしたら、きちんと順序を踏んでご家族に挨拶すれば理沙さんとの結婚も認めてもらえるのではないでしょうか」


雫石が穏やかにそう提案すると、2人は頷く。


「早とちりして、大変なことをするところでした」

「気付かせてくれて、ありがとうございます」


2人は、つぼみに丁寧に頭を下げる。



『これで、高田家具に恩は売れたな』


それどころか、間島商会にも売れるかもしれない。

思わぬところで縁を得たものである。

しかしふと、翔平は違和感を感じる。


『偶然にしては、出来過ぎている気もするな』


高田家具の姉妹に手を貸したら、間島商会の次男にまでたどり着いた。

手を貸したつぼみは、その2つに恩を売ることができた。



『つぼみが側にいれば、いいんじゃない』


面倒くさそうなその一言が、今回のこの流れの発端となったことを思い出した。



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