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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第五章 過去と、今と
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139 海③


姉妹を連れてビーチに入ってすぐに、翔平と純を探しに来ていた皐月たちと出会った。


「どこに行ったのかと思ったよ…って、どちら様?」


翔平と純が連れている2人を見て、皐月は首を傾げる。


「高田家具のご令嬢だ」


2人が挨拶をすると、皐月と凪月は納得したように頷く。


「あぁ、高田家具の」

「パーティーとかであんまり会わないから、顔は知らなかった」


情報通の皐月と凪月でも、姉妹の顔は知らなかったらしい。

翔平は、姉妹がここに来るまでの事情を話した。


「人探しか~」

「探してるのって、どんな人?」

「男の子で、私たちと同じくらいの年齢でした」

「姉は今20歳で、私は18歳です」


妹の沙奈が補足する。


「私たちは7年前までこの辺りに住んでいたのですが、父の事業が成功して今の家に引っ越しました」

「探しているのは、私と姉の共通の友人です」

「幼い頃から7年前まで、毎年この海で会って遊んでいたんです」


姉の理沙は癖なのか、右手の指を撫でている。


「失礼ですが、友人であるのに連絡先とかお家のことは知らないんですか?」


晴にそう聞かれ、姉妹は少し複雑そうな顔をしている。


「友人といっても、毎年この時期にこの海でしか会わなかったのです」

「その頃は親が仕事で忙しかったので、姉と2人でよくこの海に遊びに来ていました。昔は、自由に出入りできたので」


妹の方に少し恨みがましく睨まれるが、ビーチの所有者が変わったのだから仕方ない。


「ここで会って、夏の間は毎日のように遊んでいました。そして夏が終わると、また来年ここで会おうと約束して別れていたんです」


姉の理沙はその頃のことを思い出しているのか、顔色が明るい。


「また来年と約束していたのですが、父の事業が成功して引っ越してしまって、会いに来れなくなったんです」


妹の沙奈は、少し顔色を暗くする。


「父の会社が大きくなってからは、それまでのように簡単に外出することを許されなくなりました。ここにも、来れなくなってしまったんです」


高田家具は社員も少ない弱小企業だったが、今の社長が会社を急成長させて大企業にまで発展させた。

富裕層に仲間入りして暮らしは豊かになっただろうが、自由は制限されたのだろう。


「お金持ちの家の子は、狙われやすいからね~」

「特に高田家具みたいに急成長した会社だと、なおさらね~」


新参者が何かと狙われやすいのは、どこの世界でも一緒だ。


「もし約束を守って7年間この海に来ていたのであれば、理由を話して謝らなければと思ったのです」

「それで、親には言わずに抜け出して来ました」


沙奈は少しばつが悪そうにしている。

「今日しかない」と言っていたのは、そのためだったのだ。

無断外出がばれれば、二度とここには来させてもらえないかもしれない可能性が高い。


「事情は大体分かりましたが…」


雫石は、少し申し訳なさそうに話し始める。


「翔平くんが言っていた通り、このビーチは今年から静華学園の所有となっています。もし今年もそのご友人がいらっしゃっていたとしても、敷地内には入れていないと思います」

「そうですよね…」

「もしかしたら、何かメッセージを残しているかもしれません。それを探すのはだめでしょうか?」


姉の理沙の力強い言葉に、雫石は少し翔平に視線を向ける。


「お約束通り、1時間は探したいものを探していただいて結構です」


ですが、と翔平は続ける。


「約束は守っていただきます」


こちらは、姉妹のわがままを通しているのだ。

見つからないからまだ探したいとごねられても困る。


「分かりました」


意外にも、妹の沙奈の方が素直に頷いた。



「その友人の名前は分かりますか?」


今まで聞けていなかった大切なことを、晴が尋ねる。


「お互い子供でしたから、下の名前しか分からないのです」

「えいと、と名乗っていました。漢字は分かりません」


毎年この海に来て、姉妹と遊んでいた男の子。

今は20歳前後の男性で、「えいと」という名前。


1時間限りの、人探しが始まった。




とりあえず全員でぞろぞろと歩き、さらに詳しい話を聞きながら探すことにした。


「そのご友人は、どんな容姿でしたか?7年前の見た目でよいですので」


雫石に尋ねられ、理沙は少し微笑みを見せる。


「黒髪で、夏に会っていたせいか肌の色が黒かったです。格好いい子でした」

「くっきりとした二重で、身長は当時の私と同じくらいでした。特に目立つ特徴はなかったと思います」

「家族の話とか、学校の話とかは?」

「何か手がかりになるかもだしねー」


しかしそういった話を思い出すのはなかなか難しいらしく、2人とも考え込んでいる。


「お兄さんがいるというのは聞きましたけど、他の家族の話はしていなかったと思います」

「確か、近くに祖父母の家があるからこの時期に海に来てるって言ってました」

「あら、そうだったかしら」

「お姉ちゃんも一緒に聞いていたでしょう」


どこかのんびりしている姉に、沙奈は呆れている。


「海を珍しがっていたので、多分実家が都会か山の方だったんだと思います。うろ覚えですけど…ところどころ私たちとイントネーションが違ったので、互いに面白がっていました」


沙奈の話に理沙は首を傾げており、どうやら覚えていないらしい。

この姉妹は見た目は似ているが、姉の方はおっとりとしていて妹の方がしっかりしているようだ。


「このビーチが静華学園の所有になったのは、今年からです。去年まで来ていたとしたら、何か残している可能性もありますけれど…」


しかしこの広い海辺で、どこを探せばいいのか検討もつかない。


「何か、思い出の場所はありますか?」

「思い出の場所…」


理沙は右手をさすりながら、海を眺める。


「海で泳いだり、砂浜で遊んだりはしましたけど…特に、思い出の場所はないです。そうよね、お姉ちゃん?」


沙奈に話を振られても、理沙は海辺をぼんやりと眺めている。


「お姉ちゃん?」

「あっちの、木の生えているところ…」


理沙が指差したのは、ビーチの隅にある草木が生い茂っているところだった。


「あそこで、何か遊んだことあった?」

「えぇ」


そのままそちらに向かおうとするので、雫石たちもついて行った。



男子4人はその少し後ろで、その様子を見守る。


「ねぇ。いない可能性の方が高い探し人を探して、どうするの?」


姉妹の後ろ姿を眺めながら、皐月がこっそりと翔平に尋ねる。

翔平は、ため息をついた。


「こちらとしては、高田家具に恩を売れればそれでいい」

「あぁ、なるほどね」


解決が目的ではないと聞いて、皐月は納得している。


「少なくとも、今この海に来てる静華の生徒に「えいと」って名前の男子はいないしね」

「警備員と施設関係者の中にもいないな」


それらを分かったうえで、あの姉妹はビーチを探している。

姉の方は、その男の子が何か手がかりが残しているはずだと考えているらしい。


「近くに祖父母の家があるなら、そっちから探せないのかな」


晴の疑問には、翔平が答える。


「この近くには別荘地が多いからな。その中には富裕層も多い。一軒一軒訪ねて、孫に「えいと」という男の子がいないか聞いて回るのは厳しいだろうな」

「そうなると、この海だけが手がかりっていうのは分かるけどね」


凪月は、姉妹の後ろ姿を見つめる。


「家を抜け出して来てまで探したい理由って、なんだろうね」

「昔の友人に会いたいっていう理由だけじゃ、足りない?」


晴に聞かれ、凪月は頷く。


「昔の友人を探したいなら、親に頼めばいいじゃん。お金持ちになったんだから、人に頼んでもいいじゃん。わざわざ家を抜け出してくる必要はなくない?」

「確かにそうだな…」


姉妹の気が済んで高田家具に恩を売れればそれでいいと考えていたが、少し浅はかだったかもしれない。



翔平たちが少し考え込んでいると、前を歩いていた女子たちから声が上がった。


「どうした?」


翔平たちも駆けつけると、姉の理沙が1枚の紙を握りしめている。


「え、もしかして何か見つかったの?」


皐月が尋ねると、理沙は嬉しそうに頷く。


「この木の下に、手紙が埋めてありました」

「差し支えなければ、何て書いてあったか聞いても?」

「今年からこの海に入れなくなったから、近くのお店で働いているそうです。そこで、待っていると」


理沙の目から、涙が流れる。


「ずっと、約束を守ってくれていたなんて…」


とても嬉しそうに微笑んでいる理沙とは対照的に、妹の沙奈は固い表情をしている。

姉妹のその明らかな反応の違いに、翔平たちは違和感を覚える。


「お店の場所は分かりますか?」

「昔からあるお店なので、分かります」


理沙は立ち上がると、つぼみに頭を下げる。


「私のわがままを聞いてくださって、本当にありがとうございました。これから、この場所に行ってきます。ご迷惑をおかけしました」


そのまますぐに行こうとする理沙を、雫石が止める。


「護衛を付けずに女性だけで歩くのは危険です。ご迷惑でなければ、私たちも同行させてください」

「ですが…」


少し難色を見せた理沙に、雫石は安心させるように微笑みかける。


「このビーチを出ると、自然と私たちには護衛が付きます。一緒にいる限りは、危険なことはありません。夏の海に女性が2人という危険性は、お分かりでしょう?」


少し悩んだようだが、雫石の言うことがもっともだと理解したのか最終的には理沙の方からも同行を頼んで頭を下げた。


妹の沙奈は、手紙が見つかってから一言も喋っていなかった。



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