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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第五章 過去と、今と
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130 後悔④


少しずつ周りの状況が見えるようになると、目の前に立っている人物を見て雫石は驚いた。

首元でさらりと髪が流れ、こちらを心配するように静かな瞳が覗き込んでいる。


「…純?」


雫石の目の前には、何故か純がいた。

計画通りなら、翔平が男を倒してくれていたはずだ。

しかしどうやら、男を倒したのは純らしい。


「天井裏に、こいつも隠れてたんだよ」


呆れた様子でそう言いながら、天井裏から翔平が飛び降りて来る。

雫石が考えた計画は、身代金を入れたバッグに閃光弾を仕掛け、視界を奪った瞬間に翔平が男を倒すというものだった。


雫石の計画を聞いて身を潜めていた翔平は、天井裏に純の姿を見つけた時は驚いた。

純が自分に任せろと言うので、男を倒す役割を純に任せたのだ。


「どうして、純がここに…?」

「それより、小雪さんを安全な場所に連れてった方がいいよ」


小雪は閃光弾をもろにくらったので、いまだに辛そうに目を覆っている。

雫石は慌てて、姉に駆け寄った。


「お姉様。目は大丈夫ですか?」

「まだ見えないけれど、大丈夫よ」


雫石が姉の肩を抱くと、その手を握って安心したように笑う。


「助けてくれてありがとう。雫石」

「お姉様がご無事でよかったです」



「小雪は大丈夫かー!雫石―!」


ドタドタと大きな足音と共に襖を開けたのは、壮年の男性だった。

止めようとした護衛をそのまま引っ付けてきたらしく、疲れ切った顔をした護衛数人によって腕や足を押さえられている。


小雪と雫石は、その男性に少し呆れた目を向ける。


「「お父様」」


小雪と雫石の父親、優希武長(たけなが)である。


「小雪!雫石!」


娘2人の無事を確認すると、武長はぶわっと涙を浮かべる。


「無事でよかった!2人に何かあったら、父様は……」


そのままおいおいと泣くと、倒れている男をキッと睨みつける。


「小雪を人質にし、雫石にまでその魔の手を伸ばそうとするなど!殺してくれるわ!」


そのまま本当に襲いかかろうとするので、周りの護衛たちが必死に止めている。


「あなた」


凛とした声に、武長はピタリと止まる。

武長の後ろから、妻である時音が現れる。


「小雪は安静にしなければいけないのです。あなたがそう騒いでは、障りがあります」

「怪我をしたのか?やはりこの男、私の全権力を持ってして…」

「あなた」


少し語気の強い二度目の呼びかけに、武長はしゅんと背を丸める。


「この国の行政の長である方が、そういうことを口にするものではありません」

「いや、しかしな…」


諦めきれないのか部屋の中に目を向けると、倒れている男の近くに立っている翔平に気付く。


「…翔平くん。私の可愛い可愛い娘に何か用かね?」

「…お久しぶりです。優希首相」


翔平は、この国の総理大臣に呆れた目を向けた。


優希武長は、現内閣総理大臣である。

政治家としては評判が高いのだが、娘思いが過ぎる親ばかなので近くにいる男には敵意しか向けてこない。

雫石と友人になった頃から会うたびに殺意を向けられているので、呆れるしかない。


翔平が28年前のつぼみについて優希家に聞きに行かなかったのは、この父親がいるからである。

雫石と優希家を訪ねようなものなら、この父親がこういう騒ぎを起こすのが目に見えていたのだ。



「あなた。雫石の友人に、何という態度ですか」


絶対零度の妻の声に、武長はびくりと体を震わせる。


時音は武長を押さえている護衛たちに目を向けると、出口を指さす。


「この人がいては、話もできません。連れ出してください」


待ってましたとばかりに、護衛たちは武長を引っ張って連れて行く。

悲しみに暮れた武長の嘆き声が、廊下から遠ざかって離れて行った。


「小雪も、一応病院に行きなさい」

「はい」


目をしばしばさせている小雪の手を引き、護衛が連れて行く。


「瓜生さんの身柄は、ひとまず優希家でお預かりします。今のところ警察には届けませんが、理由などを聞いた後に処遇を決めます」


よろしいですね、と時音は瓜生夫妻に確認する。

瓜生夫妻は、何も言わずに頷く。

警察に届けないというだけでも、この夫妻にとっては救いである。


「それでは、瓜生さんも連れて行ってください」


護衛たちは、気を失っている男を部屋から連れ出して行く。

瓜生夫妻も、息子について行った。



それを見送ってから、時音は息をつく。

部屋の中には、時音と雫石、純と翔平の4人しかいない。


時音は着物の裾を払って正座すると、頭を下げた。


「小雪を助けてくれて、ありがとうございました」

「俺は何もしていないです」


結局あの男を倒したのは、純だ。

しかし、雫石は首を横に振る。


「翔平くんがいてくれなければ、私は感情に任せて突っ込んでいたと思うわ。冷静な翔平くんがいたからこそ、お姉様を無事に助けられたの。ありがとう」


翔平としては大したことはしていないが、その礼を受け取ることにした。


「あなたも、ありがとう」


時音は、純に視線を向ける。


さらさらと絹のように流れる髪に、薄茶色の瞳。

整った面立ちは、感情が見えないせいで作りもののように見える。


「というか、何でお前がここにいたんだ?」


翔平はたまたま雫石と一緒にいたから来たが、純は何故来たのか分からない。


「私が呼んだのよ」

「お母様が?」


驚く雫石に、時音は頷く。


「腕が立つことは十分に知っていますからね。大事にしたくないというのもあって、小雪を助けてくれないかとお願いしたのです」

「…そうなの?純」


純は、ただ頷く。

薄茶色の瞳からは、その感情を読み取れない。


「お姉様を助けることで、純にどんな利益があるの?」

「優希に恩を売れるでしょ」

「それだけの理由で、純が人助けをするとは思えないわ」


雫石の意思の籠った瞳と、純の感情の見えない瞳が見つめ合う。


「純は1つの目的では動かない。私は、それをよく知っているわ」


優希家に恩を売れるからと言って、純が簡単に頼み事を聞くとは思えない。

純は基本的に他人に興味がないのだ。

雫石ならまだしも、あまり接点のない小雪をそれだけの理由でわざわざ助けに来るとは思えない。


「何か、他にも目的があるのでしょう?」


雫石の問いに、純は答えない。

雫石も、答えが返ってくると思って聞いたわけではない。


『言わないということは、言えないということか、言う必要がないということ』


きっとここにも、雫石の知らない何かがあるのだろう。


「ひとまず、雫石は家に帰りなさい」


母親の言葉に少し抗議しようと口を開くと、時音の鋭い視線がそれを制す。


「何か聞きたいことがあるのなら、まずは自分が冷静になることよ」


そう言われて、自分が冷静ではなかったことにやっと気付く。

今ここにある違和感の理由を知りたくて、純に尋問するように聞いてしまった。



「私は、この料亭の方にお詫びをしてから帰ります」


時音はすっと立ち上がり、純と翔平に視線を向ける。


「いらない心配かもしれないけれど、2人も気を付けて帰るのよ」

「はい」


翔平が返事をして、純はただ頷く。




雫石は家に帰ると、すぐに姉の部屋を訪ねた。


「お姉様。目は大丈夫ですか?」


部屋の中では、振袖を脱いで身軽そうな小雪がくつろいでいる。


「もう大丈夫よ」


本当に大丈夫そうな姉の姿に、ほっと安心する。

念のため病院に行ったが、怪我はなかったと聞いている。


雫石は小雪の側に座ると、その瞳を見つめる。


「見合い相手の方に身代金を要求して私に持ってくるように指示したのは、お姉様ですね」


小雪は、にっこりと笑う。


「えぇ。その通りよ」


雫石は、小さくため息をつく。


「おかしいとは思ったのです。瓜生家は裕福な家ですから、お姉様を人質にとったとしても身代金を要求する理由はありません。それもわざわざ私に連絡をするというのは、あのお見合い相手の方には思いつきそうではありませんでした」

「あの時間なら、雫石はつぼみの部屋にいるでしょう。純か翔平が一緒かもしれないと思ったの」


友人の姉が人質にとられていると聞けば、駆け付けてくれそうな2人。

そこら辺の護衛よりも強く、世間の薄暗い部分にも詳しい。


「その2人がいなくても、雫石が来てくれたら何とかなると思ったわ」


だから必要のない身代金を要求し、その相手として雫石を指示したのだ。

身代金は、雫石をあの場に呼び寄せるための口実に過ぎない。


「お姉様は、この件を大事にしないまま終えたかったのですね」

「えぇ」


小雪は、頼りになる妹を見つめる。


「雫石なら、大事にせずとも解決する方法を見つけてくれると思ったの」


両親では駄目だった。

父親は論外だし、母親も最終的には小雪の身を案じて強行策に出ると分かっていた。


見合い相手はこんなことをしでかした自分に動揺していて、建設的な話し合いはできなかった。

あの場で頼れるのは、妹だけだったのだ。



小雪は、見合い相手が言っていたことを思い出す。


「瓜生さんは、お兄さんを人質にとられていたらしいわ。その犯人から、優希の娘を人質にとればお兄さんを開放すると言われていたそうよ」


2人きりの時、見合い相手はずっと小雪に小声で謝っていた。


『こんなことに巻き込んで済まない』と。

人質になっている兄の身を開放してもらうための策の1つとして、お金はいくらあってもいいとそそのかした。

そうして、身代金を要求することに繋げた。


「瓜生家は、警察には届けなかったのでしょうか」

「そういう相手だったのでしょうね」


瓜生家を脅したのは、警察に届けたところでもみ消す力を持った相手だったのだろう。

立場の強いものには逆らえない。

逆らえば、潰される。


「瓜生さんのお兄さんは無事に助けられたそうよ」

「瓜生さんを脅した相手は、どなたかお聞きしましたか?」

「優希の家に恨みを持つ者、としか聞いていないわ」

「…お姉様は、それで納得されるのですか?」


全く納得していない妹に、小雪は小さく微笑む。


「今のところは、それで十分よ。私が私に責任を持てるまでは、お母様の判断を信じるわ」


小雪は姉として、つぼみの先輩として、妹を見つめる。


「知りすぎるということは、自分の身を危険にさらすことよ」


秘密というのは、時に万金に勝る価値を持つ。

誰にも、人に知られたくない秘密の一つや二つはある。

それは時に弱点となり、自分の首を絞める。

時には全てを壊し、崩していく。


「気を付けなさい」


秘密は、隠される理由があって秘されているのだ。


雫石は、真剣な姉の瞳を見て頷く。


「分かりました」


小雪は妹の返事に満足したように、にっこりと笑った。



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