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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第五章 過去と、今と
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129 後悔③


「優希の母親がつぼみになった時には、もう無かったのか…」


次の日、雫石は母親と姉から聞いた情報を翔平に伝えた。


「記録を消したのは純かとも思ったんだが、違うな」


やはり翔平も、純の仕業ではないかと考えたらしい。


「お母様の反応とお姉様のお話から考えると、純のお母様と私のお母様は友人関係であったとみて間違いないわ」

「それなのに、『言えない』か」

「誰かに口止めされていると考えるのが自然ね」

「俺が父さんに聞いた時も、父さんは自分の口からは言えないという雰囲気だった」


だからこそ、『つぼみの部屋を調べろ』と言ったのだろう。


「純のお母様のことを知ると、何かあるのかしら…」

「分からないが…純の母親のことについて調べられたくない人物がいるんだろうな」


だから、学生時代の知り合いであった翔平の両親や雫石の母親に口止めをしている。


『理事長か、純か湊さんか…』


考えられるのは、その3人である。

しかし、その理由も目的も分からない。


「純のことを調べ始めたら、分からないことばかり増えるな」

「何か、秘密が隠されているのかもしれないわ」


それもきっと、何もかも覆してしまうくらいの大きな秘密が。



ブーという音と振動が、雫石の思考に割り入る。

鞄を見ると、スマートフォンが鳴っている。

その着信相手を見て、雫石は驚いた。


『お姉様?』


今頃、見合いをしているはずの姉からである。

何かあったのかと、すぐに電話に出た。


「もしもし?」

「優希雫石か?」


男の人の声が聞こえてきて、雫石は驚いた。

間違いなく姉のスマートフォンからの電話なのに、知らない男の声である。


「…あなたはどなたですか?どうしてそのスマートフォンから電話をしているのですか?」


すぐに異変に気付いた翔平は雫石からスマートフォンを借りると、スマートフォンをパソコンに繋ぐ。


「優希小雪の身柄は俺が預かっている」

「あなたは、どなたですか」

「見合い相手と言えば分かるだろう」


翔平は通話先のスマートフォンのGPSの場所を調べ出すと、雫石に見せる。

それは、今日の見合いが行われている料亭だった。

どうやら本当に、この男は姉の見合い相手らしい。


「お姉様はご無事ですか?」

「優希小雪を無事に返してほしいなら、身代金を持ってこい。あんたが1人で持ってこい」


この電話は、身代金の要求の電話らしい。

それも、雫石に持ってこいという指示付きである。


「お姉様の声を…」

「うるさい!」


男の大きな声が、耳に刺さる。


「いいから早く持ってこい!必ず1人で来い」


そう言って、男は電話を切った。

あまりの突然の出来事に雫石の思考は一瞬止まったが、すぐに不安と焦燥が足を動かす。


「待て」


すぐにつぼみの部屋を出て行こうとする雫石を、翔平が止める。


「本当に1人で行くつもりか?」

「そうしなければ、お姉様に何があるか分からないわ」

「相手の状況が分からないのに突っ込めば、優希が2人目の人質になる可能性もある。感情的になるのは得策じゃない」

「………」


雫石は、翔平の冷静な瞳を見つめ返す。

そして、深く息をついた。


「…えぇ。そうね。翔平くんの言う通りだわ」

「とりあえずこの料亭に向かおう」


雫石は頷き、翔平と共につぼみの部屋を出た。


『お姉様…』




料亭に着くと、険しい表情の母親が護衛と共にいた。


「お母様、お姉様はご無事ですか?」


雫石が駆け寄ると、母親は驚いたようだった。


「雫石?それに、翔平くんも…どうしてここに?」

「お姉様のお見合い相手から、電話がありました。身代金を要求するようです。その身代金を、妹である私1人で持ってこいという指示でした」

「…なんてこと」


ギリッと音が聞こえそうなほど、時音は歯を食いしばっている。


「何故、こんな事態になったんですか?」


翔平が現状に至るまでの説明を求めると、時音は落ち着くために小さく息をつく。


「見合いの場で2人きりになった瞬間に、隠し持っていた刃物を小雪に向けたようです」

「刃物を持った素人ぐらい、護衛がいれば取り押さえることも可能なのではないですか?」

「護衛が取り押さえようにも男の方が興奮状態で、ひとまず小雪の安全を優先したの。今ちょうど、突入しようと計画していたところよ」

「警察に連絡は?」


翔平の問いに、時音は首を横に振る。


「騒ぎが大きくなることを望みません」

『だろうな』


予想通りの返答に、翔平は納得する。

優希家の跡取りが人質になったという事態だけでも、世間に広がればかなりの大騒ぎになる。

しかも相手が男となると、結婚適齢期の小雪にとっては醜聞になりかねない。


「それでも」


凛とした、意思の強い母の声が聞こえる。


「小雪の安全が危ぶまれる可能性がある以上、そんなことは気にしていられません」


優希家当主ではなく小雪の母親としての言葉に、雫石は少し笑みを浮かべる。


「信頼のできる警察の方にはすでに連絡して、秘密裏に動いてもらっています。準備が整い次第、強行突破するしかないでしょう」

「ですが、それではお姉様が…」

「あなたが身代金を渡しに行ったからといって、小雪が返ってくる保障はどこにもないのです」


母の少し厳しい声に、雫石はぐっと口をつぐむ。


「それに…」


それまで気丈だった母の声が、少し震える。


「雫石にまで何かあったら……どうするの…」

「お母様…」


娘を想う母の気持ちを考えれば、雫石は指示通りに行くべきではないのだろう。

しかし、警察が強行突破したからと言って姉が無事である保障もない。


「お母様」


雫石は、しっかりした声で呼びかけた。


「私に、考えがあります」


あの電話を聞いてから、雫石には引っかかっていることがある。

その推測が当たっていれば、雫石が1人で乗り込んだ方が良い。


「お姉さまを助けて、私も無事に帰ってきます」


無策で突っ込むのは、愚か者のすること。

今の雫石は、愚か者ではない。




雫石は身代金を入れたバッグを持って、見合いが行われていた座敷に向かった。


その座敷は料亭の奥の方にあり、廊下では護衛たちが緊張した面持ちで閉められている襖を見張っている。

他の客は理由をつけて避難してもらったらしく、今この料亭には優希家と見合い相手の家の者しかいない。


雫石は襖の前に座ると、背筋を伸ばした。



「優希雫石です。身代金を渡しに参りました」

「…入れ」


襖を開けると、床の間の近くで小雪に包丁を向けている男がいる。

小雪は振袖姿で、見合い相手の男も袴を着ている。

恐らく、刃物は着物の裾に隠し持っていたのだろう。


「お姉様。お怪我はありませんか?」

「えぇ。大丈夫よ」


人質にされているというのにいつも通りに微笑んでいる小雪を見て、雫石はほっと安心する。

そして、小雪を人質にとっている男へ目を向ける。


和菓子屋の次男である見合い相手は、裕福さが見える着物を着ており、手に持つ包丁だけがこの空間に似合っていない。

額に汗をかき、包丁の持ち方は明らかに持ち慣れていない様子である。

視線はキョロキョロとせわしなく、落ち着きがない。


「こちらが、身代金を入れたバッグです。ご確認ください」


雫石がバッグを差し出すとさらに動揺した様子を見せ、隣に視線をちらりと向ける。

覚悟を決めたようにぐっと頷くと、大きなバッグに手をかける。


バッグを開けた瞬間、部屋の中は閃光で包まれた。


「な、何が…」


視界が真っ白い光で覆われ、目を開けることができない強い光が目を差す。

何が起きたのか分からないまま、男は首の後ろに衝撃を受けて意識を失った。


どさりと音がして、雫石は閉じていた目を薄っすらと開ける。

皐月と凪月が作ってくれた防犯グッズの閃光弾をバッグに仕掛けていたのだが、目を瞑っていてもかなり眩しかった。

防犯用なので相手をひるませる程度の威力だが、十分だったようだ。


少しずつ周りの状況が見えるようになると、目の前に立っている人物を見て驚いた。



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