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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第五章 過去と、今と
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127 後悔①


『その会社を救ってみせろ』


父親の言葉を思い出して、翔平は1人ため息をついた。


あれから、あの会社のことを詳しく調べてみた。

中堅の土建会社で、翔平の記憶通り特に龍谷グループとは関係がなかった。

堅実に経営をしていたが、久遠財閥に逆らったことがきっかけで倒産に追い込まれた。


久遠財閥は金融業、不動産業、海運業などを中心に幅広い分野で事業を展開している。

それらの分野では久遠財閥に逆らったら終わりと言われているほど、業界を牛耳っている。

一族経営で系列の企業同士は絆が深く、長年財閥の長を務めている久遠栄太朗の意向に逆らう者はいない。


今回倒産に追い込まれた会社は久遠財閥から屋敷の改修工事を頼まれ、その仕事内容を見て断ったらしい。

そうして久遠財閥に目をつけられ、仕事が一切回ってこなくなった。


その会社が誰に頼んでも、助けてくれる人はいなかった。

その会社を助ければ、自分も一緒に潰されることが分かっていたのだ。

今まで付き合いがあった会社から縁を切られ、仕事は無くなり、倒産に追い込まれた。


『見せしめだな』


翔平は、嫌な空気を吐き出す。


久遠に逆らえばこうなるという、見せしめを行ったのだ。

だから、誰も久遠には逆らわない。

絶大な権力を持ち、揺るがない地位を持ち、逆らう者は潰す。

そうやって長い間、財閥の敵となる者を消してきた。


『父さんが、この会社を救えと言った理由…』


翔平を会社の後継者として試しているのは確かだ。

しかしそれ以外にも何かあるのではないかと思い、翔平は龍谷グループの業績を調べなおした。


そうして気付いたのは、ここ10年ほどで龍谷グループが子会社としている会社の中に、一度倒産している会社がいくつか含まれていることだった。

子会社としなくても、何かしらの事業を共に行い、結果的にその会社を救っていることもあった。


翔平が調べた限りでは、それらの会社は久遠に逆らって潰された会社、潰されそうになった会社だった。


『どういうことだ…?』


たまたまとは思えない。

龍谷グループは、久遠財閥が潰した会社や見捨てた会社を救っている。


『何のために…』


久遠財閥に目をつけられる、リスクの高い行為だ。

もしかしたらもう目をつけられているのかもしれないが、表立って両者が対立している事実はない。

事業を広げるためだけなら、わざわざ久遠財閥に目をつけられた会社を選ぶ理由がない。


『他の理由がある』


しかし、今の翔平にはその理由が分からない。

分からないなりに、できることをするしかない。


とりあえず今回倒産した土建会社を救う策はいくつか思いついたので、父親に報告するまでにそれらの策をもっと突き詰めておこうと思う。



『あとは、ここか』


翔平は、分厚い木製の扉の前で足を止める。

5つの花の模様が彫られた、つぼみの部屋の扉である。


『つぼみの部屋を調べろ』


純の母親について尋ねた翔平に対して、父親はそう言った。


扉を開くと、広い部屋には誰もいない。

今日はつぼみの活動日ではないので、誰も来ていないのだ。


このつぼみの部屋は、代々のつぼみの活動の中心となってきた部屋である。

壁際には本棚がずらりと並んでおり、学園に関する資料や記録は全てここに揃っている。

翔平はひとまず、卒業生名簿から調べることにした。


『今から28年前…』


大量にある卒業生名簿の中から、該当する年代のものを数冊選ぶ。

ずらりと名前が並ぶ中から、純の母親の名前や、自分の両親の名前を探していく。


しかし何度も見直しても、3人の名前はなかった。


「…どういうことだ?」


近い年代の卒業生名簿にも目を通してから、28年前の卒業生名簿をもう一度見る。


「28年前のものだけ、名簿が欠けてる…」


その年の全ての名簿がないわけではない。

28年前の名簿だけ、あちこちページが欠けているのだ。

他の年代は完璧に残っているのを見る限り、名簿の作成ミスというのは考えづらい。


「誰かが、意図的に隠したのか…?」


つぼみの部屋に入れるのは、つぼみだけだ。


『純か…?』


純ならやりそうではあるが、その目的が分からない。



翔平はふと思いついて、28年前のつぼみの記録を探してみることにした。


しかし、その代のつぼみのメンバーに関する記録も消えていた。

メンバーの名前も、活動記録なども残っていない。

これだけ同じ年代の資料が散逸しているというのは、明らかにおかしい。


つぼみの部屋を調べれば何か分かるかと思ったが、分からないことばかりが増えていく。

とりあえず手あたり次第にその年代の資料を調べていた時、知っている名前を見つけた。


「この人は…」


『!』


そこで、つぼみの部屋に近付いてくる人の気配を感じる。

そのタイミングの良さに、翔平は少し笑みを浮かべた。




「あら。翔平くん、この時間にいるのは珍しいわね」


つぼみの部屋に現れたのは、雫石(しずく)だった。


「夏期講習だというのに、みんないないんだもの」


夏休みの学園では、夏期講習が行われている。

しかしつぼみのメンバーで真面目に講習に出ているのは、雫石だけである。


雫石は翔平の周りの資料を見て、少し首を傾げる。


「何か、調べものをしていたの?」

「あぁ」


翔平は、自分が今まで調べてきた内容を雫石に伝えることにした。


「純のことで、少し聞いてほしいことがある」


翔平の真剣な眼差しに、雫石は話の重要性を理解した。


「聞くわ」



翔平は、純の両親が殺されていたこと、純の母親が静華学園に在籍していたのではないかと考えたこと、翔平の両親は恐らく純の母親のことを知っていることなど、順序立てて話した。


雫石は翔平の話を静かに聞いていたが、純の両親が殺されていたという話にはショックを受けたようだった。


「…純が家族を傷付ける相手に怒りを向けるのは、両親を殺されていたからだったのね」


翔平は、静かに頷く。


「俺は父さんに、『13年前に、純の母親は亡くなった』とかまをかけた。父さんはそれに何も反応しなかった。ということは、純の両親がいつ殺されたか知っていたんだろう」

「そして、翔平くんのお父様はつぼみの部屋を調べろと仰ったのね」

「あぁ、だが…」


翔平は、机に広がっている資料を見る。


「純の母親と、俺の両親が在籍していたであろう時期の資料が散逸していて、名前は確認できなかった」

「誰かが隠したか、削除したのかしら」

「恐らくな。ただ、その中で…」


翔平は、代々のつぼみの名簿を雫石に見せる。


「28年前のつぼみの名簿はないんだが、その一代後のつぼみの名簿は残っていた」


雫石はその名簿を見て、少し目を見開く。


優希(ゆうき)時音(ときね)…。私のお母様だわ」

「母親がつぼみだったことは知らなかったのか?」


雫石は頷く。


「お母様は、学生時代のことをあまりお話にならないの。静華学園の生徒だったことも、今知ったわ」

「優希の母親に話を聞ければ、28年前の記録が散逸している理由も分かるかと思ったんだが…」


一代前のつぼみのメンバーのこと、純の母親のこと、その代の資料が何故散逸しているのかも知っているかもしれない。


「翔平くんは、純の両親のことを調べてどうするの?」


雫石の瞳が、翔平に向く。


「純の両親の名前や過去を調べて、それで、どうするの?」


「…どうするかは、まだ決めていない」


純のことを知った後にどうするかは決めていない。

ただ今は純の心を守るために、純のことをもっと知りたいと思った。


『…いや、それは表向きの理由だな』


本音はもっと、単純なものだ。


「ただ俺は、純のことをもっと知りたい」


好きなもの。

嫌いなもの。

大切なもの。

恐ろしいもの。

どんな過去があったのか。

両親はどんな人だったのか。


純のことが好きだから、知りたい。

好きな相手のことを知りたいという、単純な理由だ。



翔平の言葉に、雫石は少し呆れたように肩をすくめた。


「純への想いを自覚したのは良いけれど、少しは隠す努力をした方がいいと思うわよ」

「!」


翔平は驚きで、鉄仮面のまま固まった。


「純には隠しておきたいのでしょう?純はそのあたり鈍感だけれど、周りが気付き始めたら何かおかしいと感じるはずよ」

「…ちょっと待て」


当たり前のように進んでいく話の流れに、翔平はついて行けない。


「…気付いていたのか?」


雫石は大きな目をパチパチと瞬かせた。


「翔平くんが、純のことを好きだっていうこと?出会った頃から気付いていたわ」


予想よりも前から気付かれていた事実に、翔平だけが驚きを隠せない。


「純と翔平くんを知る人だったら、大体は気付いていると思うわ」

『…そうなのか?』


そういえば父親に後継者としての仕事を回してほしいと言った時も、純のためだとばれていた。


『いや、見合いの時点でばれてたな…』


あの時、父親に「櫻純ならやめておけ」と言われていた。

純への気持ちを諦めることに心が追い付かなくて考えないようにしていたが、あの時すでにばれていたらしい。


「最近は特に、純への想いが駄々洩れだったもの」

「…例えば」

「ファッションショーの時に、純に見惚れていたでしょう」

「あれは…髪が長かったから…」

「ティールームで皐月くんたちが純を庇った後も、『悪いやつじゃないんだ』って言っていたわね。自分が純の一番の理解者であると言っているのと同じよ」

「………」


そんなつもりはなかったのだが、第三者からの視点で見ると確かにそう見える。


『俺は、そんなに分かりやすいのか…』


自分の鉄仮面を過信しすぎていたかもしれない。

感情を隠すのは得意な方だと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。


「…気を付ける」


今の時点で純に異性としての好意を気付かれるわけにはいかない翔平は、雫石の助言を素直に受け入れた。


雫石はそんな翔平の様子に少しだけ微笑む。


純に幸せになってほしい雫石としては、翔平が自分の想いを自覚したのは好ましい。

純が異性からの好意を拒絶することを変えられるのは、翔平だと雫石は思っている。

一歩進んだことに、心の内でほっとした。



「28年前のつぼみのことについて、お母様には私が聞いてこればよいかしら」

「そうしてもらえると助かる」


翔平は、雫石の父親を思い出して苦い笑みを浮かべた。


「俺が1人で優希家に行くと、優希の父親が発狂しそうだからな」

「否定をできないのが困るのよね」


雫石はため息をつく。

雫石の父親は家族思いで優しい人なのだが、家族思い過ぎるところがあるのである。


「純には気付かれないようにしてくれ」

「分かったわ」


純が自分の過去に関することを探られたくないであろうことは、雫石も理解していた。


「明日の同じ時間に、ここで会いましょう」


明日も夏期講習なので、この時間はつぼみの活動はない。

休みの日にわざわざつぼみの部屋に来るメンバーはいないので、人に聞かれたくない話をするのならここが一番なのである。


「頼んだ」


雫石は、美しい笑みでにっこりと笑った。



「えぇ。頼まれたわ」



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