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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第五章 過去と、今と
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122 親子①

更新再開します。


夏休みに入って1週間ほどが経ち、さらに暑い日々が続いている。

ジリジリと太陽の陽射しが強く降り注ぎ、蝉たちの鳴き声が木々にこだましている。


そんなある日、翔平(しょうへい)は少し遠出をしていた。

護衛も付けず、行き先も誰にも告げていない。


『まるで、(じゅん)だな』


しかし先日のパーティーのことを思い出して、翔平は思い直す。

あの日、純の近くには執事とメイドがいた。

ファッションショーの会場近くでも、純が呼びかけた時はシロがすぐに現れた。

翔平は今まで、純には護衛が付いていないと思っていた。

しかし、どうやらそれは間違いだった。

翔平にもばれないように、純にはちゃんと護衛が付いていたのだ。


『あれだけ強い純に、護衛か…』


恐らく、純の雨に対するトラウマが関係しているのだろう。

雨が降った時に1人だと、純は無防備になってしまう。


『理由はそれだけじゃないと感じるのは、考えすぎか…?』


目的地に到着し、深い思考から浮上する。


翔平が今日来たのは、図書館だった。


図書館の周囲を少し観察してから、中に入る。

紙の匂いと、どこか埃っぽい匂いがする。

静華学園の図書室の方が大きいというくらいの、小規模の図書館だ。

利用者も少ないが、それでいて翔平の存在が目立つほどの無人でもない。


図書コーナーではなく、少し離れたところにあるパソコンコーナーへ向かう。

翔平が図書館に来たのは、ここでパソコンを使うためだった。


図書館のパソコンでは蔵書を検索したり、過去の記録を調べることができる。

翔平には、調べたいことがあった。


『17年前から11年前の間で、雨の日に起きた事故、あるいは事件』


翔平が調べようとしているのは、純が両親を亡くした時のことだった。

今までは、きっと事故か病気で亡くなったのだろうと思っていた。

しかし雨の日の純の様子や、家族を傷付ける者への尋常ではない怒りを見て、何かあるのではないかと思った。


純のことを守るために、隣にいるために、力を得ると誓った。

そのためにはまず、「知ること」が必要だった。

純の過去に何があったのかを知れば、純の心にもう少し近付けると思った。


『あの日、純は仏花を持っていた』


雨の中で佇む純が手に持っていたのは、仏花の花束だった。

もしかしたら、墓参りか何かに行こうとしていたのかもしれない。



翔平はまず、過去の新聞記事やネットの情報を調べた。

事故や事件であれば、記事として残っている可能性が高いと思ったのだ。


しかしいくら調べても、そういった情報は一切出てこない。


『人が2人も亡くなっていれば、どこかしらに情報があると思ったんだが…』


翔平は少し考え込むと、パソコンにUSBを差した。

この方法は最終手段だったが、仕方ない。


パソコンの画面に記号が羅列し、翔平は目的のサーバーへ侵入を試みる。

翔平がやろうとしているのは、ハッキングである。

自分の家ではなく図書館のパソコンを選んだのは、ハッキングをする際に足が付かないようにするためである。

この図書館を選んだのは、監視カメラがないからだ。


ハッキングは海外のサーバーをいくつも経由することでハッキング元を知られないようにするが、万が一知られてもこの場所であれば身元がばれることはない。


しかし、翔平の立場からするとこれは危うい橋だった。

何せ、翔平が今からハッキングしようとしているのは警察庁のサーバーなのである。

もしバレれば家族や会社に迷惑をかけるだけでは済まない。


しかし、翔平は今にも落ちそうな橋を渡るほど愚かではない。

自分のハッキングの実力と警察庁の情報保護システムを分かったうえでの行動である。

翔平は、勝機のない勝負はしない。



『よし、入った』


翔平は警察庁のサーバーに入ると、17年前から11年前の6年間の間に起きた事故や事件に関する記録を調べた。

すると、ある記録を見つけた。


『13年前の6月29日。4人家族が不審者に襲われ、両親が死亡。犯人は現場から逃亡し、いまだに捕まっていない』


すぐにその日その場所の天気を調べると、夕方から大雨となっている。

記録に目を戻すと、続きを読む。


『死亡したのは、(さくら)紫織(しおり)(32歳)とその夫と思われる人物』


『夫と思われる人物…?』


捜査資料の記述に疑問を感じながらも、間違いなくこれが純が両親を亡くした事件だと確信する。


『…純は、両親を殺されていたのか』


純の尋常ではない怒りを見たあの日、翔平はその可能性を考えた。

家族を大切に思う純は、家族を傷付ける相手に狂気とも言えるほどの怒りを向ける。

それは、過去に両親を殺されていたからだったのだ。



しかしそのまま調べ続けても、何故かこの事件に関する捜査資料はほとんど残っていなかった。

何故か純の父親の名前が載っていないし、純と(みなと)の名前すらない。


『名字が同じだし、まず間違いなくこの人が純の母親だろうが…』


「夫と思われる人物」という書き方に、捜査資料に名前すら載っていない純の父親。

普通の捜査資料ではありえないほど少ない記述に加え、この事件の捜査は犯人不明のまま数か月後には打ち切られている。


『…何かあるな』


分からないことが増えたが、欲しい情報は手に入れることができた。


翔平はすぐにハッキングを終了し、パソコンから自分の痕跡を消す。

ただ調べものをしに来た一般人のふりをして、図書館から出た。




外に出ると、夏の暑い陽射しと蝉の鳴き声が翔平を迎える。

しかし今の翔平にとってそれらは、どこか遠いものだった。


『純は、両親を目の前で殺されていた』


その可能性を考えて調べに来たのに、その事実にショックを隠せない自分がいる。


『13年前ということは、純は4歳か』


翔平が初めて純に会ったのは、初等部に入学した6歳の時だ。

あの時の純は、両親を失ってからまだ2年も経っていなかったということになる。


桜吹雪の中に立っていた少女は、まるで人形のように虚ろだったのを覚えている。

がらんどうな瞳には感情すらなく、生きているのかを疑うほどだった。


そんな純に恐怖を抱きながらも、翔平は声をかけた。

そうしないと、ふっと消えていなくなってしまいそうだった。



『わたしの大切なものは、家族だけ』


純がその想いを譲らない理由は、少しだけ分かった気がする。

そしてその想いを、翔平はきっと理解できない。


両親がいて、妹がいて。

家族を失ったことのない翔平に、純の想いは理解できないだろう。


『俺は、俺にできることをするだけだ』


くよくよと悩むだけで前に進まないのは、時間がもったいない。



翔平は夏の陽射しの下で歩きながら、ハッキングで得た少ない情報からあらゆる可能性を導き出すために思考を働かせる。


『純の両親は殺されたが、犯人は見つかっていない』


何故、犯人が見つかっていないのに数か月後に捜査が打ち切られたのか。

何故、純の父親の名前すら捜査資料に載っていないのか。


『圧力か…?』


警察への圧力から、情報が規制されているとしたら。


『…純の父親は、何者なんだ?』


純の父親については、翔平は何も知らない。

名前も人柄さえも、純から聞いたことはない。


噂として流れているのは、「VERT(ヴェール)社長の娘を攫った素性の知れない男」という誰が流したのかもよく分からない噂である。

その噂は、純と湊の「櫻」という姓が珍しいうえに、ほとんど聞いたことがないことからもきている。

一部の富裕層にとっては、自分の知らない名字は大体が素性の知れない人間である。


『純の母親の旧姓は、(みどり)紫織か』


残念ながら、翔平には聞き覚えの無い名前だ。

しかしふと、あることに引っかかる。


『VERT社長の娘ならもしかして…』


その時、翔平の思考を邪魔するようにスマートフォンが鳴った。

スマートフォンを取り出すと、着信の相手は執事の宇津巳(うつみ)だった。


『…ばれたか?』


宇津巳には何も言わずに外出してきたので帰ったら謝罪しようとは思っていたが、もうばれたらしい。

言い訳を頭の中で考えながら、電話に出る。


「翔平様。どちらにいらっしゃいますか」

「あー…少し遠くに…」

「奥様が倒れられました」


宇津巳の言葉に、翔平はスマートフォンを落とすかと思った。


「…母さんが?」

「容態は安定しておられますが、病院に運ばれて――」

「すぐに戻る」


翔平はそれ以上聞く前に、タクシーを捕まえるために道路に出る。


翔平の母親は、病弱である。

容態が悪くなって入院することも、よくある。

それでもそのたびに、翔平は自分の寿命が縮むような恐怖に襲われる。


『母さん…』


恐怖と不安に追いかけられながら、翔平は急いでタクシーに乗り込んだ。



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