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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第四章 それぞれの目的
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114 失ったもの③


女主人のもとに、孫を見つけたことを報告しに行った。


しかし自分の心はどこかに行ってしまったようで、足元が不安定に揺れていた。



「そう。会ったのね」


出会った時から、その微笑みは少しも変わらない。

それが恐ろしいということに、今気が付いた。


「それで、どうしましょうか。あなたは純に仕えたい?」

「…それ以前に帰れと、いらないと言われました」


あの少女は、面倒くさそうに自分を拒絶した。

自分の本心を読み、今まで持っていたものを壊された。


たった10歳の少女に。



「側にいるなとは言われていないのでしょう?ギリギリセーフよ」

『…そういう問題か』


「さて、どうしましょうか」


ここに来た時は、絶対に帰ると決めていた。

自分は絶対に、受け入れられないだろうと。


あの少女は、自分を受け入れはしなかった。

しかしこの人は、自分に選択を委ねてくる。


今までは、問答無用で辞めさせられていた。

それは、自分の能力とは別の理由だった。

だから、諦めてきた。


しかし、能力だけを否定されて選択を委ねられても困る。



「…分かりません」


それが、今の自分の素直な気持ちだった。

その言葉しか、頭に浮かばない。


「では、お試しということで純の側にいてみてちょうだい。あなたが分からない気持ちが、分かるかもしれないわ」

「…かしこまりました」


自分で選択をするより、そう命令される方が楽だった。




次の日から、純という少女の執事として側につくことになった。


朝になり、起こすために寝室へ向かう。

扉をノックしてみるも、返事はない。


「失礼いたします」


仕方ないので、無礼ではあるが勝手に中に入る。


「おはようござ……は?」


そこには、誰もいなかった。

広いベッドには誰もおらず、部屋の隅々まで探してもどこにもいない。


「どこに行ったんだ?」


不思議に思いながらも誰かに聞くしかないと思い、ダイニングに向かった。


そこには、寝室にいなかった少女が何事もないように朝食をとっていた。

身だしなみもしっかりと整え、パンを口に運んでいる。


『何でここにいるんだよ』


どうやら自分に起こされたくなかったらしく、自分が行く前に起きたらしい。

認められていないのは分かっていたが、こうもあからさまだとイライラしてくる。

しかし、表情には出さなかった。


『執事は、いつも冷静でなければいけないよ』


懐かしい声が、荒れた心を諭す。

しかし苛立ちとやるせない思いが、その声をかき消した。




朝食後は学校に向かうということで、車で送るために準備しようと車庫へ行くと、すでに車の中に少女の姿があった。


『いつの間に…』


ついさっきまでダイニングで朝食をとっていたはずだ。

最短距離でここに来たのに、ここに来るまで一度も会わなかった。


もう考えても仕方のないことなのかもしれないと、無心を心がけて学校まで送る。

その間、互いに喋ることはなかった。


「いってらっしゃいませ」


その言葉に返事はなかった。

自分も、期待はしていなかった。




屋敷に帰ると、他の使用人を紹介された。

自分が少し本気を出したくらいでは見つからなかった人たちである。


メイド長が1人に、メイドが2人。

シェフが1人に、コックが1人。

庭師に、運転手。

自分を含めて、執事が3人。


これが全員ではないと言っていたが、それにしても少ない人数だった。

屋敷に住んでいるのが女主人と孫の3人とはいえ、このどこまでも広い屋敷で働いているには少ない人数だ。

しかし同時に、納得もしていた。


『ずいぶん、変わった使用人たちだな…』


隠れられた時に自分が見つけられなかったという事実からある程度は予想していたが、ここにいる使用人のほとんどがただの使用人ではない。



かなりの武術の使い手が数人、手の形から何かの専門職だろうという人物が数人。

全員、気配を消すのも気配を読むのも長けていて、明らかに普通の使用人ではない。


しかし女主人のことを敬愛し、主人の孫たちのことも大切にしている様子が伺えた。

それはまるで、1つの家族のようだった。



『執事は、主人と主従の関係。どれだけ親しくても、そのことを忘れてはいけないよ』


穏やかな、懐かしい声がする。

何度も何度も聞いた、忘れようのない声。


しかしそれを振り払うように、記憶に蓋をした。




夕方になると、車で学校に迎えに行った。

気は乗らないが、それが仕事である。

仕方がなかった。



学校の門で待っていると、1人の少年と一緒に歩いてくるのが見えた。


『意外にも、友人はいるんだな』


見た感じでは人と付き合うのは難しそうだと思っていた。


『あれは、龍谷グループの御曹司か』


龍谷グループ社長の長男であり、互いに利益がある関係である。

もしかしたらそれが目的かもしれないと思った。



「お帰りなさいませ」


朝と同じく、返事はない。

自分も、それを期待していない。


「純、返事くらいしろよ」


隣にいる少年が、眉間にシワを寄せて注意している。

自分の主人は面倒くさそうにしながらも、一応頷いたように見えた。


『この少年の言うことは聞くのか』


再び、意外なところに驚く。


「初めまして。龍谷翔平です」

「…初めまして。白秋鈴哉と申します」

「今日純の家に遊びに行くんですけど、一緒に乗せてもらっても大丈夫ですか?」

「え、えぇ。大丈夫です」


突然のことに少し驚いたが、どうやらよくあることらしく2人は慣れた様子でいる。



その後車に乗っている間の2人はずっと会話をしており、主人は口数が少ないながらも自分に向けたような敵意を少年に向けることはなかった。


本当に、自分の主人がよく分からなかった。

何を考えているのかも分からないし、何をしたいのかも分からない。


家に着いてからは2人で勝手に遊んでいるようなので、少し安心した。

一緒にいると、何故か心が落ち着かないのだ。




「執事が来たんだな」

「うん」


翔平と純は、木の上から遠くの景色を眺めていた。


「なんかいちいち純を不思議そうに見てたけど、どんな人なんだ?」

「自分の能力を疑わない。いろんなことを諦めてる」

「ふーん。おれたちと8歳違うだけだしな。でも、良かったんじゃないか?」


翔平は、心配そうに眉を寄せる。


「近くに人がいないと危ないぞ」


純は、ブラブラと足を揺らしている。


「どうでもいい。面倒」

「あのなぁ…」


翔平は呆れつつも、それ以上強くは言わなかった。




その後数日変わらない日々が続き、相変わらず少女は無表情で何を考えているのか分からなかった。


『このままここにいても無駄か?』


そう思いながらも、自分がどうすればいいのか分からない。



『あなたが分からない気持ちが、分かるかもしれないわ』


女主人は、自分の分からないことが分かるかもしれないと言っていた。

しかし、そうなるとは到底思えなかった。

自分が仕えたくないと思うか、あっちが側にいることを拒絶するか、どちらが先かというだけだろう。



そんなことを考えながら、校門の外で主人の帰りを待った。


少しすると、主人が校門の外に出てきたのが見えた。

またあの少年と一緒だった。


「お帰りなさいま――」


主人が校門を出た瞬間、何者かがいきなり走り出し、主人に襲いかかった。


『なっ!』


考えるより先に体が動くも、反応が遅かった。

襲撃者の手は主人に触れそうになっており、間に合いそうにない。


『くそっ』



主人は自分を襲ってくる男を無表情で見ている。

そして向かってくる手をひらりと避けて相手の体を足場に飛び上がり、その首を後ろから蹴りつけた。


「…は?」


襲撃者の男は蹴りの衝撃で脳が揺れたのか、倒れ込んで動かない。

幼い主人は、それを無表情で見下ろしている。



「大丈夫か?」


自分より先に駆け付けたのは、翔平という少年だった。


「大丈夫」


2人ともこの状況に特に驚いておらず、学園の警備員が襲撃者を運んでいく。

唖然としていると、主人がこちらを振り返る。


「いつ本気になるの」

「!」

「いらない」


そう言い捨てると、学校の中に戻ってしまった。

少年は少し困ったようにしながらも、友人についていった。




呆然としたまま屋敷に帰るも、恐ろしいことにあの女主人から怒られることはなかった。

出ていけとも言わない。

そのうちに、いつの間にか主人は家に帰ってきていた。



『10歳の少女を危ない目にあわせた…いや、助けさえいらないほど強かった』


『俺の妹はすごいんだ』


湊の言葉を思い出す。


凄いどころではない。

普通の人間ではない。

理解ができない。


「たった10歳の子供に適わないというのか…?誰よりも、優秀だった俺が」


胸の中に、イラつきと怒りがふつふつと湧いてくる。



『いつ本気になるの』


少女の無感情な声が、頭の中にこだまする。



「…主人の願いなら、本気になってやるよ」


それは、八つ当たりに近かった。


後で思い返すと、10歳の少女に八つ当たりするなんて、大概自分も頭がおかしかった。



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