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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第四章 それぞれの目的
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113 失ったもの②


「申し訳ありません。見つけられませんでした」



夕食の時間になったため、女主人のところへ報告に行った。

しかしそれを聞いても、女主人は微笑みを浮かべたまま表情を崩すことはなかった。


「あら、残念ね」


心に複雑なイラつきがあるが、ここから帰れるのだからもうなんでもよかった。



「では、明日も探してね」

「…は?」


「孫に会うまでは、やめたくてもやめられないわよ。言ったでしょう?会って、仕える気がないのなら、帰ってもいいって」


女主人の微笑みは変わらない。


「だから、会うまではずっとここにいてもらうわね」

「………」


最初に会った時の、上品な奥方なイメージなんて的外れだった。

これは、反論を許さない圧倒的な力を持った人間だ。

言質をとり、簡単には逃げられないようにされている。


『嵌められた…』


これはどんな手を使っても、孫娘を探すしかない。




次の日から、湊という少年は自分の前によく現れた。


どうやら、一度見つかればどれだけ目につくところにいてもいいらしい。


探すことは無駄だと言われたので、兄である湊から少しでも情報を得ることにした。

しかし祖母に言われたのか、重要なことは1つも教えてくれなかった。



「俺の妹はすごいんだ。自慢の妹なんだ」


最初から最後まで、こんな話ばかりである。



「…あなたはどうして、そんなに妹が好きなのですか」


妹を褒める言葉を聞きすぎて、つい八つ当たり気味になってしまう。


「大切だから。尊敬してるから。一緒にいたいから。よく知ってるから。…家族だから」


一つ一つ、指を折って確認しながら答える。


「あとは…」

「いえ、もういいです」

「そう?まだいっぱいあるのに」


止められて、残念そうにしている。

その時、何かを思い出したように手のひらをポンッと叩いた。


「そうだ。お菓子を作るんだった」


忘れてた、と言ってどこかに行ってしまった。



『これからどうする…』


兄に聞いても妹の情報は得られないし、どうやって妹を出てこさせればいいのか分からない。


『…どうして、こうなった……』


何故、自分はこんなことをしているのだろう。


自分は優秀だった。

誰にも負けないくらい優秀だった。

そしてそれを自負していた。



しかしどれだけ努力をしても、結果を出しても、どうしようもならないことがあるのだと知った。


だから、全てを諦めた。


何をしても人に認められることはない。

自分の居場所はない。

それなら自分は、いてもいなくても変わらないのではないか。



「…どこかに消えてしまうのも、いいのかもしれない」


「どこかに行くの?」


驚いて顔を上げると、湊という少年が心配そうに立っていた。

どうやら、心の声が口から出ていたらしい。


湊は、香ばしい匂いのするクッキーを持っている。

考え事をしていたら、知らぬ間にかなり時間が経っていたらしい。


「いえ…別に、そういうわけではありません」


明るい茶色の瞳は、心配そうに自分を見ている。

居心地が悪くてクッキーに視線をそらすと、湊は思い出したようにクッキーが入った籠を差し出してきた。


「これ、あげる」

「私に…ですか?」

「そう。俺、お菓子作るの得意なんだ。味には自信あるよ」


渡された籠の中にはクッキーがたくさん入っており、葉っぱの形をしているようだった。


「柊の形にしたんだ。それに、妹を見つけるの大変でしょ。これ食べたら、きっと見つかるよ」


笑顔でそう言って籠を持たせると、手を振りながらどこかへ行ってしまった。



あの少年のことは、よく分からない。

少し話しているだけでも頭の回転が速く、こちらの引っ掛けや嘘に動じない頭の良さを持っている。

それでいて妹の方が優秀だと、べた褒めする。

あんなに家族を大切に思っている人間は、今までに見たことがない。


『…俺には、分からない感情だ』


クッキーを1つ食べてみると、少し甘さが控えめでおいしかった。


もやもやとしていた気持ちが少し落ち着いて、頭がすっきりした。




クッキーを食べてすっきりしたのはいいが、10歳の少女を見つける方法も、出てきてもらう方法も分からない。


とりあえず屋敷の中を歩いていると、図書室のような部屋を見つけた。

何となく入ってみると、驚いた。


かなり広い部屋で、天井も高い。

本棚がずらりと並び、大きな図書館くらいの蔵書はありそうである。


少し本を見てみると、自分が読んだこともないマイナーな本も多く、どこの言語かも分からないような本もあった。


『何でこんなによく分からない本ばかりなんだ…』


あの女主人が集めたのだろう。

ここに来て何度も思っているが、あの人は何を考えているのか分からない。



ふと頬に風を感じて視線を上げると、窓が開いている。


外から太陽の光が差し込んでおり、机の本を照らしている。

このままでは、本が日焼けしてしまう。


誰が置いたのかは知らないが、本棚に戻しておこうと本を手にとる。

自然と、本の題名に目がいった。


「メアリー・カサットの画集か」


メアリー・カサットとは、印象派の女性画家だ。

女性や子供をモデルにした作品が多い。


『あの女主人が好きそうではあるな』


よく見ると、本にしおりが挟んである。

画集にしおりを挟めることもあるのだなと思いながら、しおりを挟むほどのページに興味があって開いてみた。



1人の少女が、猫を抱いている絵だった。


ふと、頭の中で何かが引っかかった。


この本は、不自然に置かれていた。

他の本は全て綺麗にしまわれていたというのに、まるで見つけてくれと言わんばかりに分かりやすい場所に置いてあった。



『これ食べたら、きっと見つかるよ』


湊の声が頭に響く。

湊にもらったクッキーは、クッキーにしては少し珍しい形をしていた。


『柊だと言っていた…それに、この絵は…』


1つの考えが思いつく。

しかしそれは、少女を見つけるのと同じくらい難しいように思える。


『いや、方法はあるか…』


これが何を意味するのかは分からないが、今は少しでも行動を起こしてみるしかなかった。




その後庭に出て、しらみつぶしに歩いてみる。


『近くにいれば、出てくると思うんだが…』


似たようなものは見つかるものの、なかなか目的のものが見つからない。



そろそろ諦めようとしていた時、茂みがガサガサと音をたてた。

そこから、小さくて黒いものが飛び出してくる。


「本当に…いるとは思わなかった…」


自分の足元では黒くて小さな塊がゴロゴロと鳴いている。


それは、黒い子猫だった。


黒猫をおびき寄せるためにマタタビを持って庭を歩いてみたものの、三毛猫や茶猫などしか出てこなかったのでかなり半信半疑だったのだ。


しかし、黒猫がいたからといってこれが何を意味するのかは分からない。



困惑していると、木の上からガサガサと音がして急に人影が落ちてきた。

目を見開いて驚いていると、その人影は少女だった。


灰色がかった薄茶色の髪に、透き通った薄茶色の瞳をしている。

しかし、その歳に似つかわしくないほど無表情だった。



「クロ」


少女が無感情な声で猫にそう呼びかけると、子猫は少女のもとに近付いていく。

その猫を胸に抱いて、少女は薄茶色の瞳に自分を映した。


「おばあちゃんも甘い。ヒントなんて」

「…やっぱりあれは、ヒントだったのか…」


湊が作ってくれたクッキーの形は、柊。

柊は、魔除けである。


そしてメアリー・カサットの画集のしおりが挟まったページにあった絵は、「猫を抱くサラ」という題名の絵。

幼い少女が、猫を抱いている絵だ。



自分が探しているのは、10歳の幼い少女。

魔除けと猫と言えば、黒猫のことを示している。


少女と黒猫は一緒にいるのではないか。

黒猫を探せば、少女は出てくるのではないか。


その繋がった答えに、無駄だと思いながらも探していたのだ。



「なぜ…あなたは出てきたのですか」


こんなに近くにいたのに気付かなかったのだから、少女が出てこない限り自分は少女を見つけることはできなかっただろう。

それなのに、少女は姿を現した。


黒猫(クロ)を見つけた時は出てきてほしいって頼まれた。どうでもよかったから頼みを聞いた」


言い終わると、その場を去ろうとする。

焦って、その背中に声をかけた。


「名前は、何ですか」


振り返った少女の目は、どこか面倒くさそうだった。


「櫻純。帰って。白秋(はくしゅう)鈴哉(すずや)。諦めた人間はいらない」

「!」


初めて会ったのに、名前を知られている。


「どうして、私の名前を知っている…それに…」

「おばあちゃんに名乗ってるの見た」

「どこから見たっていうんだ。あそこの部屋には他には誰もいなかったし、窓はあったが近くに何もなかった」


何がなんだか分からなくなって、口調が素に戻っていることにも気付かなかった。



少女は、相変わらず無表情ながらどこか面倒くさそうだった。


「窓の外から。遠くの木の上から。口の動きで」


最低限の言葉を投げつけると、少女は猫を抱いたまま去っていった。




頭の中がまとまらなかった。


自分は、少女を見つけた。

しかし、自分の力ではなかった。


少女は、自分の自己紹介を見ていた。

聞いていたのではなく、遠くから見ていた。

口の動きだけで、言葉を読み取った。


10歳の少女ができることではない。



「なんなんだよ…」


この家に来てから、何がなんだか分からない。


分かったのは、自分は無力だということだった。



隠れている者の中で見つけられたのは、1人だけだった。

ヒントがなければ、孫娘を見つけることもできなかった。



自分は優秀な人間であるはずだった。

それが唯一、今の自分を支えているものだった。



その唯一の矜持も、ここで壊された。



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