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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第四章 それぞれの目的
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108 何のために②


「今日も…だめか…」


翔平はここ数日、時間を見つけては道場を訪れていた。


教えてもらえるように頼む隙もなくいつも攻撃されるので、それを避けつつ時には反撃する日々が続いている。

それでも、毎回敵わない。


いつも一通り負かされたあたりで帰るように言われ、いまだに教えを受けることができないでいる。



今日もそんな感じで帰るように言われたものの、連日のダメージで座り込んだまま動けないでいた。


少し休んでから帰ろうと木に寄りかかり、体の痛みに目を瞑りつつ老人との組手を思い返す。

毎回遠慮なく攻撃されるものの、再起不能になるような怪我はさせられていない。

そして、翔平が全力を出してギリギリで防げるところを見極めて攻撃している気がした。


「やっぱり、強い…」


それは、翔平が知っている一番強い人間と同じくらいのような気がした。

その人物は、翔平が守りたいと思っている相手だ。


純を守りたい。

そのために、力が欲しい。


諦めないと決めた。

その道の難しさと険しさも知っている。


それでも、挫けそうになる。



『それ、でも…』


少しずつ、意識が薄れていくのを感じる。


体が地面に沈み込んでいくように重く、頭がぼんやりとしていて何も考えられない。

瞼を開ける力もなく、指先すら動かない。

深い闇の中に、意識が沈んでいく。


どこかで、幼い自分の声が聞こえた気がした。




「今日は、うちであそぼうよ」


わくわくと楽しみで仕方ない自分と正反対に、相手は無表情である。

ガラス玉のように綺麗で、がらんどうな薄茶色の瞳はただ翔平を見つめ返す。


反応もなく、返事もないまま時間が過ぎる。


『あれ?いつもより長いな』


出会った頃は返事が来るまで数分かかる時もあったが、最近はわりとすぐに返事が返ってきていた。

それなのに、今日は返事が来るまで少しゆっくりである。


『あそぶのは、いやじゃなさそうだけど…』


無口、無表情、無反応の友人ではあるが、翔平は何となく雰囲気で感情を読み取ることができるようになっていた。

そもそも嫌な時はすぐに首を横に振られるので、嫌ではないのだろう。



何か気になることでもあるのかと首を傾げていると、無表情のまま首をゆっくりと縦に振った。


『やった!』


少し感じていた疑問も吹っ飛び、嬉しさで溢れる。


「じゃあ、いっしょにうちの車でかえろうね」


それにも、こくりと頷く。

それも嬉しくて、楽しみで、わくわくを抑えきれない。



何をして遊ぶか、おやつには何を食べようかと、放課後が来るまで飽きずにずっと喋りかけた翔平だった。

返事はほとんどなかったけど、それでも話を聞いてくれて、こちらに目を向けてくれるだけで嬉しかった。




龍谷家からの迎えの車に2人で乗り込み、はしゃぎすぎないように気を付けながらあれこれと話しかける。

たまに頷いてくれたり、一言だけ喋ってくれる。

その一つ一つが、とても嬉しい。



家の前に着いて、車を降りた時だった。


ふと何かが気になって視線を移すと、物陰から黒づくめの男たちが数人飛び出してきた。


すぐに、自分を狙ったものだろうと理解する。

龍谷グループ社長の一人息子として、こういったことには慣れていた。


翔平を誘拐すれば、身代金を要求できる。

多くの人間のトップに立つ父親に、恨みを持つ人間もいる。

子供である翔平には、人質としての価値があるのだ。



翔平の周りにいた護衛たちがすぐに動いて、翔平を守りながら襲撃者たちを撃退していく。


「翔平様。こちらへ」

「うん」


家の中に入るように、護衛の1人に誘導される。


『あれ…?』


しかしふと感じた違和感に、その護衛の顔を見る。


自分を守ってくれている護衛の顔はちゃんと覚えるように父親に言われているので、龍谷家の護衛の顔は全員覚えている。

だから、感じた違和感の正体にすぐに気付いた。


「…だれ?」


他の護衛と同じ服を着ているのに、翔平はその男の顔に見覚えがなかった。


「チッ」


男は舌打ちをして、顔を歪める。

優しそうだった顔は、一瞬にして剣呑な光を目に宿らせる。


「いいからこっちに――」


大きな手が翔平の腕に伸び、翔平は恐怖で身動きができない。

助けを呼ばなければと思っているのに、喉が詰まったように声が出ない。



男の手が翔平の腕を掴もうとした時、バシンッとその腕が払われる。


「…は?」


男は痛みで腕を抑えつつも、何が起きたのか分からない様子だった。

翔平と男の間には、長い髪を揺らした少女が立っている。


「何が――」


その後の言葉が、男の口から出てくることはなかった。


長い髪が揺れると、一瞬にして高く飛び上がり、男の首に蹴りが入った。

男は白目をむくと、どうっと倒れる。


そのまま、ピクリとも動かなかった。

小さな少女に蹴られたというのに、たった一撃で意識を失っている。



「翔平様!」


ようやく状況がおかしいことに気付いた護衛が、翔平の近くに来る。


「この男は…」


襲撃者の1人が護衛の姿になりすましていたことに気付き、護衛は険しい顔をする。

しかしすぐに、この状況に戸惑いを見せる。


「なぜ、この男は倒れているのですか?」


側にいたのは翔平と、友人の少女だけ。

どちらも初等部の、幼い少年と少女である。


「それは…」


灰色がかった髪がさらりと揺れ、薄茶色の瞳と目が合う。

その瞬間、翔平の口は見たことと違うことを紡ぎ出す。


「…わかんない。急に、たおれた」


翔平は、そう言った。

護衛に嘘をつくことになるけど、何故だか、本当のことは言わない方がいい気がした。

何も言わない薄茶色の瞳が、「言うな」と言っている気がした。



「…ひとまず、お家の中に入りましょう」

「うん」


護衛は納得したわけではないようだが、その疑問はいったん後回しにしたようだった。

襲撃者は護衛たちが倒したようだが、他にもいないとも限らない。

セキュリティで守られている家の中に入るのが、一番安全なのだ。



「純」


翔平の呼びかけに、いつの間にかどこかを見ていた薄茶色の瞳がこちらを向く。


襲撃されたことへの驚きも恐怖も、男を倒したことへの感情も、何も見えない。

いつも以上に、何を考えているのか分からない瞳だった。


「うちに、入ろう」


純はこくりと頷くと、翔平に促されるまま家の中へ入る。



翔平の心の中には、言葉にできない感情がぐるぐるとしていた。

純のことは薄々、ただの女の子ではないことには気付いていた。


木登りはびっくりするくらい上手いし、かくれんぼになるとほとんど見つからない。

追いかけっこをしても翔平よりも足が速くて、なかなか捕まらない。


それでも、今まではただそれだけだった。

大の男を一撃で倒すことなんて、普通の子供では無理だ。

大人だって、簡単にできることではない。


『純は、つよいんだ…』


体が風のようにふわりと舞い、軽々と大人を倒していた。

自分を、守ってくれた。

何もできなかった翔平を。


『…おれも、強くなりたいな』


翔平は、憧れの視線を純の背中に向けた。


『おれも強くなって…そうしたら…』




『そうしたら…』


幼い頃に思い描いた願いが、心の中に揺蕩う。


あの時に思い願ってから、翔平の心は変わらない。


それでも、いつまで経っても、大切な友人は翔平よりも強かった。

超えられることはなかった。

翔平の力など、必要としていなかった。


『それでも…』



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