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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第四章 それぞれの目的
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103 大切なもの②


「もしかして、俺たちは…」


「餌」



突然聞こえた純の声に驚いて、視線を向ける。


そこには、いつもの純とは全く違う姿の純がいた。


ウィッグを着けているのか、灰色がかった薄茶色の髪は背中まで流れて揺れている。

着る者を選びそうな体のラインがはっきりと見えるドレスに、ピンヒールを履いている。


『純って、モデルみたいなスタイルしてるんだね~』

『知らなかったね~』


皐月と凪月は、言葉にすると誰かに殺されそうなのでアイコンタクトで会話する。



「…なに?」


全員の視線を集めているのが鬱陶しいのか、純は少し苛立たしげに眉をひそめる。


「純、綺麗だわ…」

「そうよね!」


感動したような雫石の賛辞に、純の後ろから現れたエリという女性が同意する。


「やっぱり、モデルやらない?」

「やらない」

「うちは高身長モデルばかりじゃないし、純の身長でもやっていけるわよ?」

「やらない」

「えぇー…」


エリという女性は、がっくりと項垂れている。


「エリさん。まだ仕事あるでしょ。早く行きなよ」

「うぅ…」


純に追い払われると、悔しげに低く唸る。

しかし仕事があるのは本当なのか、名残惜しげに離れていく。


「次もまた、フルコーディネートさせてね!」

「はいはい」


純の適当な返事に満足したのか、エリは忙しそうに人の中に消えていった。



コツコツとヒールを鳴らして歩くと、背中でさらりと長い髪が揺れる。

翔平は、その景色に懐かしさを覚えていた。


「…そこまで髪が長いのは、久しぶりに見るな」


翔平が純と出会った頃、純の髪はこれくらい長かった。

初等部の途中で短くしてから、純が髪を伸ばしたことはない。


純は、長い髪を少し邪魔そうに手で払う。


「エリさんが、わざわざ用意してた」


今日のために、純の髪色と髪質にそっくりなウィッグをわざわざ用意してきたらしい。

エリはVERT専属のメイクアップアーティストで、昔から純を着飾ることを楽しみにしている変わった人である。


『うちにもいるけど』


屋敷で働いているメイドの1人にも、似たような人がいる。

いつも純を着飾りたがるので、よく逃げている。



ふと感じる視線にそちらを見ると、漆黒の瞳がふいっと視線を外す。


「?」


「私たちが餌ということは、今日この場につぼみを狙う人物がいるということね」


雫石は、このままではきりがないので話を戻す。

純は、こくりと頷く。


「おれたちはここで餌になって、その人をあぶり出せばいいのかな」

「もしかしたら、確かな証拠はないのかもね」

「だから、僕らを使うのかな」


「おばあちゃんから伝言」

「理事長から?」


何か有益な情報が聞けるかと期待を込めると、純はその期待をすぐに壊す。


「ショーを壊すことだけは許さない。だって」

「「………」」


ショーの雰囲気を壊すことなく、指令を果たせということらしい。

あまりに鬼畜な伝言である。


「さすがに、人前で狙われることはないだろう。ショーで姿を見せて、釣るとしたらその後だな」


冷静さを取り戻した翔平が、話に加わる。



ざわざわと、舞台裏がざわつく。

肌にヒリつくような緊張感と、湧き上がる高揚感が場を支配する。


「始まるみたい」


耳の良い晴が、周りの情報を拾ってくれる。


「ショーの最中に狙われない可能性はゼロじゃない。みんな、気を付けてくれ」


全員、頷く。


まるで戦場のようなショーの舞台は、つぼみにとっても戦場となるようだった。





「まさか…VERTのショーにつぼみが出るとは」

「珍しいものを見ましたな」

「驚きすぎて、しばらく自分の目を信じられませんでしたよ」


「今年のつぼみは特に容姿に優れていると聞いていましたけれど、本当でしたわね」

「本物のモデルに負けず劣らずでしたね」


ショーが終わった後、会場にまだ残っていた観客たちは興奮冷めやらない様子だった。

VERTのショーに来たと思ったら、つぼみがモデルとして登場したのだ。

突然のサプライズに驚き、モデル顔負けのつぼみに驚き、こんなことを今日まで隠していた社長に驚いた。



そんな観客の中で、1人の男は周りの人間とは違う理由で興奮していた。


『まさか、つぼみがここにいるとは…』


これは、千載一遇のチャンスである。

男はつぼみの姿を確認してすぐに、ある人物へ連絡していた。


『これで、少しでも役に立てれば…』


期待に応えられるという高揚感。

もし自分のやったことが翠弥生にばれてしまったらという恐怖感。

この先、自分がどうなるか分からない孤独感。

ごちゃまぜになった感情が、冷や汗として背中を流れていく。


『大丈夫だ…』


きっと、うまくいく。

そうすれば、自分はもっと評価される。

何も恐ろしいことはない。

全ては、成功すれば杞憂として終わるのだから。



コツ、コツと靴音がする。


ふと気付けば、他の観客はいなくなっている。

1人でいれば、何か不審に思われるかもしれない。

さっさとここを出て行こうと、席を立つ。

すると、靴音が近くで止まった。


「ごきげんよう」


聞き覚えのある声に、男は身動きできずに固まった。

振り返りたくないのに、意思と反して体は声の方に振り向いてしまう。


「少し、お話はいかが?」


穏やかな微笑みは、先ほど舞台の上に立っていた時と変わらない。

しかしその薄茶色の瞳に見つめられると、喉元に刃を突き付けられている感覚を覚える。


『…終わった』


男は力なく、椅子に腰かけた。

目の前の余裕ある笑みを見ているうちに、だんだんと今の状況を理解してくる。


「…私は、嵌められたというわけですか」

「あなたが何もしなければ、何もなかったわ」


男は、くっと喉で笑う。


「つぼみを目の前でぶら下げられて、逸る人間はいるでしょうね。私のように」


つぼみを狙う人間は少なくない。

逸ってつい愚かな真似をしてしまうほど、つぼみの1人でも欠けさせれば多くの利益を得られる。


「ここで私と話していてよいのですか?つぼみといえど、子供。あの方は、腕に覚えのある人間を何十人も集めたと言っていましたよ」

「そうでしょうね」


1ミリも驚いた様子のない弥生に、男は眉をひそめる。


「自分の孫もいるというのに、余裕ですね」


すうっと、薄茶色の瞳がこちらに向く。

その瞳の冷たさに、ゾクリと背筋が冷える。


「私の家族を傷付ける者に、私は容赦をしない」


微笑みの中に、どこか感情が死んだ部分が見える。


「それがたとえ、何者でも」


ごくりと、唾を呑む音だけが自分の耳に届く。

男は改めて、自分が敵対した相手の本当の恐ろしさを知った気がした。



『この人は…もし家族を殺されたら…』


その相手が、神だとしても。


『迷うことなく、神を殺しに行くんだろう』




翔平たちはショーが終わるやいなや、衣装を返してすぐに会場を出た。

そして会場から近く、人気のない空き地に集まった。

見通しがきき、多少暴れても問題ないような場所である。



「あからさますぎない?」

「ほんとに、来るかなぁ」


広い空き地には、つぼみの6人しかいない。

少し離れたところに護衛はいるが、こんなところにつぼみがいるというのは怪しい感じがする。


「ショーの最中に、怪しい動きをしていた客がいた。恐らく、来るだろう」


ランウェイを歩いている間、翔平は観客の動きに注視していた。

観客のほとんどはつぼみの姿を見て驚き、ショーに見入っていた。


その中で、つぼみの姿を見てすぐにどこかへ連絡するような素振りを見せた人物がいたのだ。

詳しい狙いは分からないが、つぼみに接触してくるのは間違いないだろう。



VERTのショーに迷惑をかけないようにするとなると、ショーの会場からは離れなければならない。

別々で行動するよりは全員同じ場所にいた方が安全なので、多少の怪しさは否めないがここで餌として待っていることにしたのだ。



「…誰か来たな」


翔平の一言に、その場に緊張感が走った。



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