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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第四章 それぞれの目的
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102 大切なもの①


梅雨が明けた、ある日の休日。

つぼみのメンバーは、純の家に招待されていた。


正確には、理事長からの「面白いことがあるから、いらっしゃい」という招待状を純伝手にもらった。


全員の予定を把握しているのではないかと思うくらいに完璧に予定が空いていたのもあり、お邪魔することにしたのだ。

皐月と凪月、晴は純の家に行くのは初めてなので、楽しみなようだった。




純の家、翠弥生邸は豪邸である。

どこまでが庭かも分からないほどの広い敷地の中に、外国の宮殿のような豪華な屋敷が建っている。

昔から遊びに来て慣れている翔平でも、来るたびに「広いな」と思うほどに広い。



玄関のベルを鳴らすと、すぐに扉が開いて知った顔が迎えてくれる。


「いらっしゃい」

『…何で…』


純の隣にいるはずのない人物を見て、翔平は思わずそのまま帰りそうになった。

しかし、穏やかに微笑む瞳がそれを許してはくれない。


「久しぶりだな、翔平。まさか、帰るとか言わないよな?」

「……お久しぶりです。(みなと)さん」


純と一緒に迎えに出てきたのは、純の兄の湊だった。

すらりと高い身長に、癖のある茶色い髪。


つぼみのメンバーが会うのは、4月にあったパーティー以来である。



「お久しぶりです。日本に帰って来られていたんですね」

「昨日、帰ってきたんだ。日本は暑くて、びっくりしたよ」

「梅雨が明けてから、だいぶ暑くなりましたから」


雫石はいつもと変わらない様子で会話をしているが、勘が良いので何かおかしいと気付いているはずだ。

そもそも、理事長の「面白いことがある」という招待状の時点で翔平は嫌な予感はしていた。

それでもつぼみのメンバーで純の家に行くのは初めてなので、変なことはないだろうと油断しきっていた。


『まさか、湊さんがいるとは…』


内心冷や汗をかいている翔平の心情を知ってか知らずか、湊は楽しそうに微笑む。


「来たばかりで悪いけど、さっそく移動しようか」


「「?」」


まだ玄関にも入っていないというのに、どこかへ移動するらしい。



「どこへ行くんですか?」


晴の疑問に、湊は人の好い笑顔で微笑む。


「ファッションショーの会場だよ」

「………え?」


晴は、湊の言っていることを理解できなくて困惑した。

隣を見ると、皐月と凪月は互いの顔を見合ってクエスチョンマークを頭の上に浮かべている。

翔平は額に手を当ててため息をついているし、雫石もどこか固い笑みを浮かべている。


純だけが、いつもと変わらない表情で飄々としていた。




「…理事長の招待を、もう少し疑うべきだった」


目の前の会場を見て、翔平は苦々しく呟いた。

つぼみ6人と湊を乗せた車は、無事にファッションショーが行われる会場に着いていた。


車の中で説明を受けたところによると、今日のショーはVERT(ヴェール)が主催する大きなイベントらしい。

純の祖母、翠弥生はVERTというファッションブランドの社長をしており、兄の湊はフランスでデザイナーをしている。

どうやら湊は、このショーを手伝うために帰国したらしい。



「あの招待状が、指令書だったなんて…」


ようやく状況が飲み込めた晴は、驚くことしかできない。


「…確かに、紙とインクがおんなじだなとは思ったけどさ」

「まさか、休みの日に指令が来るとは思わないよねぇ…」


皐月と凪月は、現実逃避のために遠い目をする。


理事長は何を考えているのか分からないところがあるが、まさかこんな形で指令が来るとは思わなかった。



「理事長は、つぼみを振り回して面白がるところがあるからな」


5代前のつぼみであった湊の言葉には、実感がこもっている。


「ここに連れて来るまでが俺の役割だから、あとは頑張ってね」


湊は軽く手を振ると、戦場のように忙しそうにしている舞台裏に消えていった。

社長の孫でVERTのフランス支社でデザイナーをしているので、ショーの手伝いがあるのだろう。



「僕ら、これからどうする?」

「とりあえず、理事長の指令の目的が何なのかを――」


「はぁい。あなたたちがつぼみね?」


翔平たちに声をかけてきたのは、黒髪をきっちりとまとめたスタイリッシュな女性だった。


「私は、メイクアップアーティストのエリ。よろしくね」


エリと名乗った女性は、腰にメイク道具らしきものをたくさんぶら下げている。


「社長に頼まれて、あなたたちを呼びにきたの。さぁ、これから忙しくなるわよ」


楽しそうにしている女性とは反対に、状況が飲み込めていない翔平たちは困惑するしかない。


「あの、どうしてこれから忙しくなるのでしょうか?」


控えめに尋ねた雫石の疑問に、エリという女性は少し驚いた顔をする。


「社長から聞いていないの?あなたたち、これからショーに出るのよ」


「「……え?」」


驚いて固まってしまったつぼみを見て、エリは哀れみの目を向ける。


「社長、何も言っていないのね」


相変わらずだわ、と納得している。


「おれたちがショーに出るというのは…」

「もちろん、モデルとして出るのよ」


「僕ら、モデルじゃないんですけど…」

「経験もないんですけど…」


「つぼみだもの。それくらいできるでしょう?」


「「………」」


できない、と言えないところが辛い。



「ウォーキングのやり方くらいは教える時間はあるわ。でもまずは、モデルとして相応しい恰好になってもらわないとね」


パンパンと軽く手を叩くと、メイクアップアーティストらしき人たちが数人集まる。


「この子たちを、完璧なモデルに仕上げてちょうだい」

「はい。分かりました」

「好きにしていいですか?」

「私、この金髪の子がいいです」

「双子のお2人は、磨きがいがありますね」

「髪色変えてもいいですか?」

「つぼみに選ばれる子って、容姿もいいんですねぇ」


それぞれ自由に喋り出すメイクアップアーティストたちに、翔平たちはついて行けない。



「私は純を担当するから、他の子たちをお願いね。喧嘩しないのよ」


どこか目が爛々としているメイクアップアーティストたちがつぼみを見る目は、まるで獲物を見ているようだった。


翔平は、淡い希望を抱いて純を見る。


「拒否権って、ないのか」

「おばあちゃん相手に、そんなものあるわけないでしょ」

「…だよな」


淡い希望は、あっさりと砕かれる。


猛獣のような目をしたメイクアップアーティストたちから逃げることもできず、翔平たちはそれぞれ連れて行かれたのだった。




「僕らがモデルとしてショーに出ることに、何の意味があるんだろうね」

「多分、僕らが出ることってお客さんに知らされてないしね」


皐月と凪月は、舞台裏の端で邪魔にならないようにしながら頭をひねらせていた。


ショーの準備をしている人たちでさえつぼみの姿を見て驚いていたので、本当に一部の人間にしか知らされていないのだろう。



「VERTにとっては、つぼみを起用することでショーへの注目度が上がるけど」

「それなら、前もって広告しておいた方がいいんじゃない?」


確かに、と皐月は納得する。


「僕らにとってのメリットって何かある?」

「知名度が上がること?」

「今さらじゃない?」


つぼみの知名度はもともと高いので、わざわざショーに出て上げる理由はない。


うーん、と2人で腕を組んで考える。

理事長の指令の目的が、いまいち分からないのだ。


「つぼみがファッションショーに出ることで、学園にとって何かしらのメリットがあるのかもしれないけど」

「それか、学園の敵がここにいるとか?」

「それが一番可能性が高いかもな…」


後ろから聞こえた低い声に振り返ると、翔平が立っていた。

その姿を見て、皐月と凪月は驚く。


「翔平…ほんとにモデルみたいだね」

「似合ってるよ」

「…あまり嬉しくはない」


かなり疲れている様子を見ると、翔平はあまり自分を着飾ることは好きではないらしい。


翔平は黒いズボンにシャツ、その上に引きずりそうなほど長い着物を模した上着を着ている。

黒髪は後ろに撫でつけ、ショー用のメイクをしていることで整った顔がさらに濃く整っている。

元々背が高く足も長いので、本物のモデルのようである。



VERTは先進的なファッションというより歴史を重んじるファッションが多いので、翔平の着ているものも奇抜なデザインではない。


今回のショーは、「和と洋の融合」がテーマらしい。

皐月と凪月が着ている服はシンプルな形のスーツだが、それぞれ麻の葉模様と青海波模様が染められており、華やかな装いになっている。



「みんな、早いわね」

「わぁ、みんな恰好いいね」


雫石と晴の声に振り返ると、華やかに着飾った2人が立っている。


「いやぁ…さすがだよね」

「本物のモデルも嫉妬しそうだね」


学園一の美少女と女子に人気の王子様がプロの手にかかるとこうなる、という完成品が目の前に立っている。


雫石は着物風のドレスで、紅色の生地を何枚も重ねてふわふわと花びらを着たような可愛らしい恰好をしている。

着慣れている着物と似た衣装だからか、落ち着いている。


晴は市松模様の着物に袴、ブーツを履き、目立つはずの金髪が馴染んでいるのがすごいところである。



「何の話をしていたの?」

「理事長の目的は何なのかなって」


雫石と晴は、納得したように頷く。


「今日のショーに招待されているお客さんは、VERTの顧客の中でも特に富裕層が多いそうよ」

「それも、新規の顧客が多いって聞いたよ」


どうやら2人は、メイクをされながら情報収集してきたらしい。


「新規ということは、理事長と馴染みの薄い客が多いのか…」

「そんな中に、僕らが突発的にモデルとして現れる」

「ここは、学園の外」


5人は、顔を見合わせる。



先日、学園内で純が狙われるという事件があった。

厩舎から馬が逃げ出したという連絡を聞いて純が向かった先で、純を誘拐しようとした人間がいたのだ。

主犯は高等部の男子生徒であり、学園の職員を3人仲間に引き入れていた。


誘拐は未遂で終わり、犯人たちは純によって捕らえられた。

事を大事にしたくないという純の意向もあり、男子生徒は停学、職員は解雇で終わった。

純を狙った理由は、身代金目当ての誘拐と供述している。


『だが…』


翔平は、その理由に納得いっていなかった。

主犯と見られる男子生徒は裕福な家の息子であるし、職員3人も静華学園で働いているのだからリスクを犯して金稼ぎするほど金には困っていない。

4人についても詳しく調べたが、金使いが荒いという情報は得られなかった。

純を狙うほどの理由が、見当たらなかった。


では、何故純を狙ったのか。



『例えば、誰かに指示された』


もしそれがつぼみを狙うものだったら。

学園の外でつぼみが現れるのは、好都合なのではないか。


「もしかして、俺たちは…」



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