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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第四章 それぞれの目的
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101 諦めない⑤


相変わらずの曇り空を眺めながら、廊下を歩く。


取り戻したネクタイを結ぶと、百合の花が目に入る。

つぼみの証としてネクタイに刺繍された、百合の花。

どこに行っても、これがつぼみであることの印になる。

純にとっては、煩わしいものでしかない。



『あれで、諦めればいいけど』


しかし残念ながら、そういう人間には見えない。

軽く脅しておいたし、実力の差は分かっただろうからしばらくは手を出してこないだろう。


『厄介な相手に目を付けられましたね』


まったくもって、班目の言う通りである。

このまま関わってこなければ、見逃したというのに。

久遠の手先として関わってくるとは。


『まぁ、どうでもいい』


それが誰であれ、自分の敵となるのであれば容赦はしない。

特に、久遠に手を貸すような人間には。


『わたしの大切なものを傷付けようとするのなら…』


どろどろとした感情が、体の奥から溢れてくる。

指先が冷えていくのに、頭の中がぐらぐらと熱い。

雨は降っていないはずなのに、視界に赤い水たまりがちらつく。


『これ以上…』



「純」


聞きなれた声が耳に届き、荒立っていた感情が収まっていく。

後ろを振り返れば、心配そうな顔をした翔平が立っている。


「優希が、お前の様子がおかしいって心配してたぞ」


雫石は、その男子と純に何かあったのではないかと言っていた。

さすがに相手は学園の生徒なので何もしないとは思うが、明らかに敵意を持っていたのが気になると。

そして純を探したいもののどこに行ったのか分からないので、純を探すことに慣れている翔平にその話を伝えてきたのだ。



純を見つけた翔平はほっと安心したが、どことなくピリピリとした雰囲気をまとっていることに気付く。

様子を窺っていると、朝にはなかったものが目に入る。


「ネクタイ、見つかったのか」

「うん」

「どこにあったんだ?」

「図書室」


そこで見つけたわけではないが、諏訪大和は図書室にいたのであながち間違ってもいないだろう。


「もうなくすなよ」

「そうする」


やはりどことなく不機嫌な様子に、翔平は眉をひそめる。


「何かあったのか?」

『…何で気付くかな』


隠しているはずの感情を翔平に悟られ、さらに不機嫌になっていく。

昨日からの苛立ちをぶつけるように翔平を睨みつけると、翔平の眉間にシワが寄る。


「なんだ」

「別に」

「別にっていう顔じゃないだろ。何かあったのか?」

「別に」


スタスタと歩き始めた純に、隣に並ぶようにして翔平も歩く。

少し視線を上げて翔平の顔を見れば、相変わらず眉間に深いシワが寄っている。



6歳の時に出会ってから、翔平はずっとこうやって純の隣にいる。


それが何故なのか、考えたことはない。

純にとって、それは必要のないことだった。

翔平が純にどんな目的があって近付いていたとしても、純は自分のやりたいようにやるだけだ。


『目的のためなら、手段は選ばない』


揺るぎない想いが、純の心を冷やしていく。



「お前、聞いてるのか?」


小うるさい声が耳に届いて、純は適当に相槌を打つ。


「はいはい」

「お前がはいを2回言う時は、話を流してる時なんだよ」


『小姑みたい』

「誰が小姑だ」


口に出して言っていないのに、純の視線だけで分かったらしい。



そうやってどうでもいいやり取りを続けているうちに、自分の機嫌が直っていくことに、純は気付いていなかった。




「また、失敗したんですか。兄さん」


部屋に入るなり、ソファーの方から柔らかい声が聞こえてくる。

視線を向ければ、この頃家にはいなかった姿が見える。


「帰ってきていたのか。朔夜(さくや)


清仁の弟、朔夜は猫のような瞳をこちらに向けて微笑む。


「父さんも、いい加減諦めればいいのに」

「…あの人が、諦めるわけがないだろう」


自分たちの父親は、あの娘を手に入れるために血眼になっている。

あの老人の眼には、あの娘以外の他のものは見えていない。

血の繋がった息子たちのことでさえ、なくなれば替えのきく駒だと思っている。


執念深く、諦め悪く、あの娘を狙っている。



「今回は、学園の生徒を使ったみたいですね」

「あぁ」


結局うまくはいかなかったが、まだ使えそうな駒として学園に残っている。

自分の正体がばれないように立ち回ったところは、評価してもいい。


「これからも、何かと使えそうだ」

「それって、男?」

「あぁ」

「ふぅん」


猫を撫でるように甘い声は、その駒に対する関心は一切ない。

この弟が興味あるのは、たった1つだけ。



朔夜は、にっこりと笑みを浮かべた瞳を清仁に向ける。


「あんまり、年頃の男を近付けるのは面白くないなぁ。あれは、僕のものですよ」


瞳の奥が笑っていないことに、ぞくりと嫌気がさす。


「…そう思うのだったら、少しは自分で動け」

「うーん、どうしようかなぁ」


そう言いながらも、さっきまでとは違って楽しそうにしている。

まるで、猫がおもちゃを見つけた時のようだった。



「また少し、遊んでもらおうかな」


あの感情のない瞳を思い出して、朔夜は心の底から笑みを浮かべた。



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