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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第四章 それぞれの目的
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100 諦めない④


「お前、ネクタイはどうしたんだ?」


次の日の朝、ネクタイを着けないで教室に行くと当たり前のように翔平に指摘された。


「どっかいった」

「なくしたのか?」

「まぁ」


なくしたのではなく取られたのだが、それを翔平に説明するつもりはない。


「ネクタイは、一応つぼみであることの証の1つだろ。早く見つけろよ」


深紅の制服と深緑のネクタイは、つぼみであることの証である。

それを失うことは、つぼみにとっては恥となる。


『盗まれたんじゃないだろうな…』


つぼみの弱みを握るためにネクタイを盗もうと狙う人間もいるが、純に限ってそれはないだろうと翔平は思い直す。


しかし、どことなくイライラしている様子の純に少し心配にもなる。

昨日、雨が降った時は純を探したい気持ちを抑えながら心の内でずっと心配していた。

結局純は早退したのでどうだったのかは分からないが、いつもと様子の違う純に言い知れぬ不安を感じる。


「大丈夫なのか?」


心配そうにしている翔平に、純は何でもないように頷く。


「すぐに見つかるから」


あの男子に取られたのはムカつくが、取り返すのは難しくない。

雨が降っていなければネクタイもとられなかったというのに、間の悪い時にあの男子に見つかったものだ。



『何かあったのか?』


どことなくイライラしている純の様子に、翔平は訝しみつつも何も聞けない。

あまり深く尋ねると、心配している心の内を悟られる。

あの雨の日のことを純に知られるわけにいかない翔平にとっては、あまり深く踏み込むことができない。


『純を守ると決めたのにな…』


今の翔平にできることは、あの日あの場所に自分がいたことを純に知られないことだ。

自分の無力さに、思わず拳を握りしめる。


『それでも…』


「………」


拳を握りしめて、どこか遠くを見つめている翔平の様子を純はじっと見つめる。

しかしすぐに視線を外し、自分の席に座った。




昼休み、曇り空を確認しながら純が向かったのは、図書室だった。

休み時間なので、本を借りるために多くの生徒が訪れている。


その中に予想通りの人物を見つけて、背後から近づく。

女子生徒に声をかけようとしていたところを、肩を掴んで止める。


少し驚いて振り向いた瞳は、純の姿を映すと楽しげに笑みを浮かべる。



「あら、純。どうしたの?」


後ろを振り返った雫石は、純が肩を掴んでいる男子生徒の顔を見て微笑む。


「昨日は、ありがとうございました」

「いえ。お手伝いできてよかったです」


人懐っこそうな笑みを浮かべた男子は、昨日図書室で本を運ぶのを手伝ってもらった男子生徒だった。

純とも知り合いだったのかと思っていると、純の鋭い視線と目が合う。


「こいつに何もされてない?」

「え、えぇ…」


純の視線に気圧されるように答えながらも、雫石はこの状況に不安を抱く。

昨日雫石を助けてくれた男子はにこにことしているが、純は明らかに敵意のこもった視線をその男子に向けている。

純が何もない相手にここまで敵意を向けることはない。



「せっかくですし、どこか別の場所でお話しませんか?」


どこか空気の読めない提案が、純に向けられる。

純は断るだろうと思ったが、雫石の予想と反して純は頷いた。

男子は、その返事に満足げに微笑む。


『どういうこと…?』


よく分からない状況に混乱しつつ、雫石は2人の様子を伺う。


人懐っこそうな笑みを浮かべて楽しげにしている男子に対し、純は殺気すら混じっていそうな冷たい視線を向けている。

男子が何を思っているのかは分からないが、純がこの男子のことを敵視しているのは間違いなさそうである。


『それなのに、誘いに応じていた』


そこがよく分からない。



「雫石」


純に呼びかけられ、はっと視線を上げる。

男子に向けていた冷たい瞳ではなく、いつもの柔らかい色だった。


「またあとでね」


雫石の返事を待つことなく、純は男子と図書室を出ていく。

その2人の後ろ姿に、雫石は言い知れぬ不安を感じる。


『何か、嫌な感じが…』


自分を助けてくれた男子に向けた、純の敵意ある視線。

それでも楽しそうにしていた男子と、その男子の誘いを受けた純。

いつもの純なら、あれだけ敵意を向けた人間からの誘いなど受けない。


『きっと、何かあったんだわ』


雫石の知らないところで、あの2人に何かあったとしか思えない。


雫石は少し迷うと、借りるはずだった本を置いて図書室を出た。




「よく、俺が優希雫石に近付いていることに気付いたな」


人気のない部屋に2人で入ると、大和は鍵を閉めた。


ネクタイを人質にとっていたので向こうから接触してくるとは思っていたが、予想より早かった。

それも、優希雫石に接触しようとしていたところを。

あれでは、この先優希雫石に接触するのは難しい。

友人が大和に敵意を向けていることに、さすがに不審に思ったようだった。


「なぜ、気付いた?」


純は、大和の視線を興味なさげに返す。


「答えなければ、ネクタイを燃やしてやってもいいけどな」


純は、面倒くさそうにため息をつく。


「匂い」

「匂い?」

「図書室で雫石に会った時に香った匂いと、あんたの匂いが同じだった」


少し意外な答えに、大和は自分の香りをかいでみる。

香水はつけていないので特に強い匂いはしないはずだが、それで個人を特定したらしい。


「どうせ、わたしの弱みを握るために近付いたんでしょ」

「その通り」


優希雫石は、櫻純とは中等部からの友人であることは学園内でも有名だ。

人質にするには、一番いい対象だった。


初等部からの友人という龍谷翔平は、運動神経の化け物すぎて人質には適さない。

昨日も確か、柔道部と空手部の乱闘を1人で鎮めていたはずだ。

他のつぼみのメンバーとは4月からの付き合いらしいので、人質としての価値はどこまで高いか分からなかった。

それに、男子より女子の方が圧倒的に人質としてとりやすい。



「わたしの周りに手を出せば、あんたの大切なものを潰す」


純の脅しを、大和は鼻で笑う。


「俺の大切なもの?あんたに分かるのか?」

「諏訪由美子(ゆみこ)


予想外の人物の名前に、大和は眉間に力を入れる。


「あんな女、俺の大切なものなわけがないだろ。勝手に潰せ」


そう吐き捨てると、薄茶色の瞳と目が合う。

どこまでも温度を感じさせない、まるで作りもののような、感情の読めない瞳だった。


「そう。じゃあ、そうさせてもらう」


もう用はないとばかりに純は立ち上がると、大和に視線を向ける。

大和が思わず一歩後ろに下がった時には、大和の視界は天井に覆われた。


『…は?』


ダンッという音と共に、背中に痛みが走る。

どうやら転ばされられたと気付いた時には、近くに佇む純の手には深緑のネクタイが握られていた。

簡単には取られないように胸元に入れていたはずが、今の一瞬で取られたらしい。



「あんたじゃわたしに敵わない。諦めなよ」


それだけ言い残し、もう大和には一切の関心を向けずに部屋を出ていった。



その後ろ姿が扉の向こうに消えると、大和はゆっくりと体を起こす。


背中は痛むが、これでもかなり手加減されているのだろう。

大の男2人の意識を一瞬にして奪っていたのだから、大和のことも再起不能にできたはずだ。

それをしなかったのは、つぼみとして罰せられるような明らかな罪が大和にはないからだろう。

昨日の誘拐を企てたのは大和だが、主犯の男子生徒は大和が指示したことを知らない。

ネクタイを奪ったことだって、つぼみとしては表沙汰にしたいことではない。



『それでも、久遠の手先として俺を理事長に差し出す手もあったはずだが…』


それをしなかったことには、少し疑問が残る。

しかしそれ以上に、大和には違和感があった。


『昨日は全く抵抗してこなかったのに、今日はすぐに抵抗してきたな』


昨日は何も人質をとっていなかったのに、抵抗してこなかった。


『優希雫石に近付いていたのを知っていたからか…?』


そうだとしても、あそこまで抵抗しない理由には足りない気がする。

今日のように簡単にネクタイを奪えるのなら、昨日あんなに簡単にネクタイを奪われることもなかったはずだ。


『何か、あるな』


しかしそれが何なのかは、今の大和には分からない。



『諦めなよ』


まるで大和には関心のない、どうでもいいような声が頭に響いて思わず笑みを浮かべる。


「諦めるわけないだろ。せっかく、面白そうなものを見つけたのに」


確かに、今の大和では櫻純に敵わない。

身体能力も、持っている情報も、大和は劣っている。

それでも、諦めるという選択肢はない。


大和の、真の目的のためにも。



「目的のためなら、手段は選ばない」


それは、櫻純もそうだろう。

そして、久遠も。



「これから、面白くなりそうだな」


大和は、口元に薄っすらと笑みを浮かべた。



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