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sk  作者: あおいPpoi
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第2話 笑顔の力

彼はいつも気になっていた。



放課後になって部活に行く。

そして、その休憩時間、いつも歩く一階の廊下。

ふっと窓の外を見ると、窓のすぐ下。

ちょうど死角になる位置、その位置に膝を抱えて座る少年がいた。


その時は、何も考えずにただ、通りすぎていた。


だが、次の日もその次の日もいると、どうしても気になってくる。


同じ姿勢を崩さない。

まるで、何かから身を守るようにじっと座っているのだ。


しかも、その少年は柔道着のような服を着ていた。

部活があるだろうに、なぜここにいるのか、謎が深まる。



ある日、少年は泣いていた。



彼はこらえきれずに窓から外に出て、少年の前に座った。

そして、声をかけた。


「どうしたの?」


少年は猛ダッシュで逃げ出した。

速い。

彼は、バスケ部だった。

運動神経はいい方で決して足は遅くはない。

それなのに、追いつけない。


だけど、顔はしっかり見た。


確かあれは、同じ1年2組の笠井忍かさい しのぶだった。


しかも、体育祭で一緒に大トリの学年対抗リレーにでることが決まっていた。

柔道着かと思っていたのは空手着だったのか、と妙に納得してしまう。


「どうしたもんかね」


彼、志賀直哉しが なおやはため息をついた。



事の始まりは昨日。


「来てない?」


志賀は大きく目を見開いた。


「ああ、そうなんだ。空手部の方にも来てないらしい」


それは、学年対抗リレーの練習が行われる場所だった。


「あいつ、昔からノミの心臓で、本番になると力出せないからな」


一緒に学年対抗リレーに出るその男、桜井は陸上部だった。

笠井忍のことを知っているようだ。一緒の部活だったらしい。


「足は速いんだけど、本番に弱いんじゃ話しにならないからな」


中学までは陸上部だったが、高校に入ってから何を思ったか、空手部に入ったらしい、と桜井は話した。


「学年対抗に出る人を記録のいい順で決めたからだよな」


一年といえど優勝したい。だから、学年対抗リレーで一位になりたい。

よって、本気で足の速い人間を100m走の記録がいい順に集めた。その中に笠井忍もいた、とうわけだ。


「代役立てるのか?」


練習できないんじゃ困る、と志賀が心配そうに桜井に聞く。


「辞退したい、と笠井は言ってきてる。だけど、あいつは速いからな。ただ走りきるだけでもそのへんの奴より充分速い」


「じゃあ、走ってもらいたいよな」


「ああ、早く練習したいな」



話は戻るが、そんなこんなで、志賀は走り去った笠井を捜した。


「笠井!」


体育館裏でうずくまる笠井を見つけた志賀は慌てて駆けつけた。


「なあ、どうしたんだ?」


笠井が逃げようとしたので、志賀がその腕をつかんだ。笠井は何も反応しない。

何分そうしていたか……。


「学年対抗リレーのことか?」


その言葉に、笠井がビクッと反応した。


「このまま逃げるのか?」


「……ぃ……」


「何?」


「逃げたくない!!」


突然の声に志賀は驚いた。大人しそうに見える笠井の突然の叫び。


「だけど、このまま出場したら、他の皆の迷惑になる!」


「そんなに速い足を持っているのに?」


「結果が出せないなら持ってる意味なんてないよ!!」


泣きながら叫ぶ笠井は鬼気迫るものがあった。


「……笑顔の似合う人になりなさい」


いきなり、志賀が話を変えた。


「……?」


「俺の死んだ母さんが言ってた。笑顔の似合う人になりなさい、って」


志賀の笑顔に嫌味はなく好感の持てる笑顔だった。

人の心に涼風をもたらす笑顔。

好青年、というのはこういう人間のことをいうのだと笠井は志賀を見て思った。


「母さんは死んじゃったけど、その言葉は生きてる」


母が死んだということを何の躊躇もなく言う志賀。

苦労しなかったわけがないのに。


「そうだ。笠井も笑えよ。ほら、スマイルスマイル」


笠井の頬を志賀が思いっきり引っぱった。


志賀の変わり身の早さについていけない笠井は反応しない。


「俺がアンカーなんだ。笠井は最後から二番目走ればいい。待ってるから」


志賀は走り去った。さわやかな笑顔を残して。


笠井は呆然としたまま、しばらく動けなかった。




いつも、ここぞという時に心臓がいうことを聞かなくなった。

汗腺が壊れたかのように汗が噴出すし、手は震えだす。

極度の緊張性。

それは、病気のように笠井を蝕んだ。

高校入試は奇跡のように受かったが、その奇跡は二度と起こらないように思う。


学年対抗リレーで走れない。

そう思うだけで、笠井の手は震えた。

それは、笠井の心を今現在も責めていた。


しかも、今日は体育祭当日だ。


「どうして、ダメなんだろう?」


怖くて震えて目の前が真っ暗になる。


誰にも見つからないところに、と思っているうちに非常階段に来ていた。上は鍵のしまった立ち入り禁止の屋上だ。


いつの間にか笠井の瞳には涙が浮かんでいた。


ごしごしと手でこする。泣きたいわけじゃない。なのに、涙は溢れる。


「どうしたの?」


優しく声をかけられた。そこにいたのは佐々木だった。


「佐々木……先輩?」


生徒会書記を務める優秀な一学年上の先輩で、誰にでも優しくエンジェルスマイルを浮かべている。そういう意味で有名だった。


「屋上に行く?鍵があるから。実は俺も息抜きしにきたんだ」


半ば佐々木に引っ張られるように、笠井は屋上に連行された。


「体育祭で、笠井君の名前が学年対抗リレーに登録されてたよ?」


佐々木は少しだけいじわるそうに微笑んでいた。


「だけど、本番に弱くて出られないって噂を聞いた」


「知ってて言うなんて意地悪です」


「笠井君って大人しそうに見えて結構言うんだね」


「よく言われます」


「俺、笠井君みたく走れないんだ。運動が苦手で」


「え?」


「一年生だから知らないと思うけど、本当にからっきし運動が駄目なんだ。そのせいで、借り物競争で抱きかかえられたんだ」


「はあ…?」


「昇……川村って知ってるか?そいつが借り物競争で『メガネ』なんて引くから俺が借り出されたんだけどさ。俺、速く走れなくて、結局、昇に抱きかかえられたんだ。あいつ、勝負事となるといきなり熱心になるから」


屈辱的だった、と内心でものすごく腹立たしいのに、佐々木はそれを表情に出さずに言い続ける。

俗にいうお姫様抱っこだった。女子から黄色い悲鳴が聞こえていたことを振り落とされないように必死になっていた佐々木は知らない。


「走れるのに走らないなんてもったいない」


この人は何がいいたいのだろう?と笠井は思った。


「峰岸が心配していた」


峰岸は部活での先輩。いつも、笠井のことを気にしていてくれた。

そんなに心配してくれてるとは思わなかった。


笠井の目に別の感情による涙が溢れた。嬉涙。


「ビリになってもいいから走る方がいい」


佐々木が笑った。その笑顔に曇りはなかった。自信満々な笑顔。

噂のエンジェルスマイルとは違うけど、勇気をもらえる笑顔。


笠井は思った。

自分はいつも、泣き顔や不安そうな顔ばかりしていなかったかと。

それでいい、とあきらめていたかもしれない。


「ありがとうございます。佐々木先輩」


笠井は走って、屋上を飛び出した。ある目的のために。


「走るの早いな。ちょっとうらやましい」


「お疲れ、政宗」


「ああ、昇。いつからいたんだ?」


「今、笠井君とすれ違ったよ。前から盗み聞きしてました風に言うのやめてよ」


「事実それに近いことをしてたんじゃないか?」


「そんなことないよ~。それより、なんで何の見返りもないのにあんなこと言ったの?」


「峰岸に頼まれたからだ。あいつには借りがある」


「ふ~ん。政宗らしくないね」


「人を冷徹みたく言うな」


「なんにせよ、走れるといいね。笠井君」


「俺にここまで言わせたんだ。必ず走るさ」


佐々木の笑顔はいつも自信に満ちている。

それを見た川村は限りなく優しく笑った。

見守り、慈しむような笑みが川村の笑顔だ。


青く晴れ渡った空の下。屋上にはいい風が吹いていた。




志賀は悩んでいた。

当日になっても逃げ回っている笠井についてだ。

逃げ足が速いため捕まえられない。

もし、笠井が走らないのならば、代わりに走ってくれる人はいる。

だけど、それじゃあ意味がない気が、志賀にはしていた。


「何、浮かない顔してんだ?」


「あ、渡辺先輩」


バスケ部の先輩後輩の間柄の二人の仲は良好だった。


「もしかして、笠井のことか?同じクラスだろ」


「渡辺先輩は笠井のこと知ってるんですか?」


「今、笠井は空手部なんだ。おれ、かずみ…じゃなくて、峰岸と仲いいから、笠井のことも知ってるんだ。同じ中学だし」


「このまま走らないんでしょうか……」


「笠井はアレで結構根性あるから、走ってくれると思うぞ」


不確実な答え。笠井が走るかはまだわからない。

だけど、元気な笑顔を向けられると純粋に嬉しい。

安心する。元気を分けることのできる笑み。それが、渡辺の笑顔。


「後、志賀にできることは何だと思う?」


「?」


突然の渡辺の問いに志賀は首を傾げた。


「信じて待つこと」


別の声が乱入した。


「あ、かずみ~!綱引き終わったのか?」


「ああ、終わった」


「峰岸先輩。こんにちは」


「こんにちは」


峰岸に志賀は挨拶をする程度しか面識がなかった。


「信じて待ってやってくれないか?必ずくるから」


「どうして、来るってわかるんですか?」


志賀の問いに、峰岸はほんの少し唇の端を上げた。

あまり、感情表現が得意でない峰岸の笑顔。

例えば、自分の誕生日パーティの開催を隠されいて疎外感を感じていたのに、自分のために隠していてくれたとわかると何倍も嬉しい。そんな笑顔が峰岸の笑顔だ。


「後ろ」


「…笠井」


そこには走ってきて息を切らした笠井がいた。


「志賀君!!僕、走るよ!」


顔は赤く染まっていた。

緊張のためだ。赤面症でもあるようだ。


「本当か!!じゃ、皆に言ってバトン回しの練習くらいはしよう!」


志賀は笠井を促した。



「どんな手使ったんだ?かずみ」


「佐々木くんに協力してもらっただけだよ」


志賀と笠井の姿が見えなくなると、渡辺が峰岸に話かけた。


「よく佐々木が動いてくれたな」


「まあ、いろいろと」


「さて、おれも行くか。この後は学年対抗リレーだ」


「応援してる」


「かずみは強いのに足は速くないよな」


「強ければ早く逃げる必要がないから」



『強くなりたいんです!!逃げなくても済むように!!』


それが、笠井の入部する時の言葉だった。



「速く走ることは、逃げることとは違う。だから思う存分走るといい」


「かずみ?何いきなり脈絡のないこと言って」


「ほら、音にして言うと本当になるって……」


「それは、前も聞いた。かずみは見た目によらずお節介だな」






心臓がバクバクしたけれど、それは違う意味での高揚となって、いつもより速く走れた気がした。

それは、志賀が笑って待っていてくれたから。


志賀の笑顔があったから走れたんだ。


「ありがとう志賀」




笠井の笑顔は胸の中にロウソクの火が灯るような笑顔だった。

花がパッと開いたような綺麗な笑顔。


今までの不安顔が嘘のようだ。



学級対抗リレーで惜しくも志賀たちのチームは三位だった。

川村、渡辺のチームも二位とう結果だった。

三年生のチームが最後の最後で逆転する、という結果になった。


それにより、三年生が総合優勝だった。

それには、生徒会長でもある田村麻比呂(通称麿)が深く関わっていたことは内密にしておこう。




「以上を持ちまして、体育祭を終了します」



閉会式。

教頭がやる気のない声で終わりを告げた。


こうして、体育祭は終わった。

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