涙のわけ1 「峰岸和美」 視点
そう、あれは高校に入学して何ヶ月かたった頃。
休みの日。夜の街。
良太の家まで歩いていた。
その時だった。
「あれは……佐々木君?」
3人の不良に囲まれた一人の小さな少年。
3対1ではどんなに腕に自身があったとしても圧倒的に不利だ。
それに、3人のうち1人には見覚えがあった。
不良だった時の仲間だ。
かなり喧嘩し慣れている。
佐々木君の構えは空手だろう。
でも、喧嘩は空手のように公平で安全なスポーツではない。
ルールがないのだ。怪我をするのは当たり前だ。
とはいっても、佐々木君もかなり悪どい手を使っていたが。
俺は加勢するため走り出した。
「峰岸……?」
佐々木君と殴り合っていた見覚えのある一人が加勢に向かった俺に気づいた。
3人を相手にしている佐々木君は必死なので俺には気づかない。
「ここは引いてもらえないか?」
「おい、分が悪くなった。帰るぞ」
そいつは俺の顔を見るとさっさと背を向けてしまった。
残りの二人もそれに続いた。
昔から冷静で無頓着な奴だった。
それが、昔は気に入らなくて喧嘩したりもしたが、今はありがたい。
「佐々木君…大丈夫?」
かなり派手にやられていた。形勢が不利だったからだろう。
佐々木君は道路の真ん中に大の字になって寝ていた。
人が避けて通る。
「……なんでおまえがここにいるんだ」
「道路を歩いていることは普通のことだと思うよ」
「そういう意味じゃない……」
「じゃ、どういう意味?」
佐々木君の返事はない。どうやら意識を失ったようだ。
俺は携帯電話のアドレス帳で『川村昇』をさがしてボタンを押した。
「みねぎー!!」
「川村君」
俺は道路の裏路地に少し入ったところに座ったまま
壁にもたれかけている佐々木君を指さした。
「峰岸に見つけてもらえてよかった。ありがとう」
川村君は派手にやられている佐々木君に全く驚かなかった。
こういうことがはじめてではないのかもしれない。
「聞いてもいい?」
俺は口を開いた。
「佐々木君の優等生は表の顔?裏ではいつもこんなことしてる?」
「違うよ。全部、同じ政宗の顔だよ。
それに、しょっちゅうこんなことしてるわけじゃない」
川村君は弱りきったように笑っていた。
「そうだとしても、こういうことはやめた方がいいよ。今日は俺が知ってる奴だったからすぐにやめたけど今度はそんなことない」
何人も知っている。病院送りにされた人間を。
その、悲惨な姿が。残酷にも殴り続ける人々を。
「川村君からも言ってあげて。死にたくなければもうこんなことやめるように」
俺はもう、佐々木君を見てられなくて背を向けた。
いつもの優等生で笑顔のイメージがもう、思い出せなくなりそうだった。
「待って、みねぎー。何も聞かないの?」
「聞く必要なんてないじゃない?とにかく、もう佐々木君のそんな姿見たくないよ」
「うん、でも悪いんだけど、ボク一人じゃ運べないから」
たっぷり間合いを取ってすごい笑顔で川村が言う。
「一緒に運んで」
語尾にハートマークがついているみたいだった。
「政宗だってこんなことしたいわけじゃないと思うんだ」
ため息をつきながら川村は言った。
佐々木君を運んでいる途中のことだった。
「塾帰りだったから、きっと因縁つけられて怒ったんだろうね、政宗」
俺はあまりしゃべるのが得意じゃないから、勝手にしゃべる川村君は楽だ。
良太もそうだけど。
「こう見えて政宗って短気で。塾帰りって疲れてるからなおさらイライラしてるんだ」
佐々木君はそうは、見えない。穏やかそうな感じがしていた。
そう見えるように努力をしていたのかもしれない。
「にしても、狡猾だね。相手さんは。顔に傷がないよ。見えないところばっかり殴ったみたいだね」
川村君はいつもの笑顔を崩した。
「顔にさえなければ、見つかりにくい。自分たちがやったてわからなくなるようにそうする」
前に俺もやっていたこと。
ずるくて卑怯。それをなんとも思わなかったわけじゃない。
それでも、それ以上に囚われていたものがあった。
家族のこと。
自分のこと。
手一杯だった。
幼い俺には持ちきれなかった。
良太が少しだけ一緒に持ってくれたから、俺は逃げ出さずにすんだ。
寂しくて人を殴ることで忘れてしまうこともなくなった。
完全に全てが解決したわけじゃないけど。
そう考えると突然、そんな自分が嫌になる。
「何でみねぎーが落ち込むの?」
「落ち込んでいるようにみえたか?」
「うん。みねぎーが落ち込んだって何の意味もないよ」
「厳しいね」
「正直者だから、ボク」
もちろん殴り合いをしてしまう佐々木君もだけど、
川村君もよくわからなくなってきた。
川村君はわかりやすそうに見えるのに、すごくわかりにくい。
「みねぎー!何で黙るの!!さびしーでしょ!」
俺が黙ったのを聞いてそんなことを言い出す川村君。
「ここが家か?」
「うん」
「俺、良太と約束してたんだ。悪いけどもういいか?」
「ありがとう。埋め合わせは後で必ず」
「期待してるよ」
後ろも振り返らずに走った。
良太との約束に遅れてしまっているから。
「遅いぞ!」
「ごめん」
良太のお母さんに挨拶して、花屋の二階にある部屋に入った。
すると、良太は少し不機嫌そうに俺を見た。
「何かあったのか?」
「たいしたことじゃない」
「ならいいけどさ」
良太はそれ以上聞いてこない。
それが、心地いい。
佐々木君の気絶している時につぶやいたうわ言を思い出す。
苦しそうで俺の胸まで痛くなった。
『なんで生きてるんだ……』
それがどういう意味かなんて俺には想像もつかない。
だけど、それは、俺も確かに思っていたこと。
人を殴って、涙さえ枯れて傷だらけになりながら思った言葉。
「佐々木君は佐々木君が思うほど一人じゃないことに気づけばいい」
「どうしたんだ?急に」
「俺には良太がいるように、佐々木君にだって川村君がいることに気づけばいい。
それに良太だって、俺だっている」
「和美?」
「ごめん。思考が口に出た」
「めずらしいな」
「言うとそれが現実なるっていうよね?」
「そうか?」
「うん、そうだよ。事実になってほしいから言った」
現実になったら、いい。
俺は良太に出会ってから、
自分が一人じゃないことに気づいたから。
佐々木君も気づけばいい。
他人に頼っていいことを。




