冒険家達はそんな地球に見切りをつけて宇宙に飛び出した!!
ここは南アジア。ネパール中部にあるポカラ。
「「ナマステ」」
「ナマステ。ナマステ」
霊峰と呼ばれるマチャプチャレ。地球上最後の未踏峰であったが踏破された。
登山家トーマス・ジェイコブ・ウィリアムは人類最後の冒険者とまで言われる人物である。
彼は仲間達と一緒に達成を祝してシバ寺院を訪れていた。
「あぁぁ。これで無事に終わったな。ラウジュ」
「君のおかげだよ。トーマス」
ネパール人現地ガイドのラウジュ・グルンが、トーマスに礼を言う。
「……俺の時代で終わったのか」
――西暦2063年。地球上の冒険家達が目指す地上の未踏地は無くなった。
「冒険をするならどこへ行けば良いのだ」と自分の好奇心を満たしてくれる場所は無い。
しかも、これまで地球上で到達された場所は安全に快適に行く事ができ、老後の観光ツアーまで存在してしまう。
このマチャプチャレもいずれは観光地になってしまうのだろうか。
西暦2028年に民間企業での火星の有人宇宙船着陸を達成すると、それから民間企業による火星探査が始まる。
西暦2043年に火星の鉱山資源調査も終わり、いよいよ一般人も火星に行けるようになった。
しかし、多くの一般人が火星に行けるのは西暦2059年以降になる。
そこから冒険家と呼ばれる人達による火星探検が始まる。
……この赤い惑星に彼らは何を求めたのだろう。
「それは決まっているさ。あそこにオリンポス山があるからだよ」と最初に登頂に挑戦して亡くなった登山家のひとりの言葉だ。
それから多くの登山家達がオリンポス山に挑戦し失敗する中、登山家フェルディナント・ジーベリストら含むドイツ探検隊が登頂に成功する。
そもそも、地球のだいたい3分の1しか重力が無い火星でフェルディナント達が考案した登頂方法を使えば、それほど大変では無かった。
そのあと、火星の山脈は登山家達によって到達され、渓谷や洞窟は冒険家達に攻略された。
後続の者は悔しんだ。そこでひとりの冒険家がある事を思いつく。
それは火星でイベントを行い、地球で放映する事だった。
火星のドキュメンタリー番組の製作で資金調達していた冒険家を巻き込み、ネット上で特別番組が製作された。
どこをどう間違えたのか。冒険家達による火星大陸ラリーが始まったのだ。
これはネット上でリアルタイムに配信され、こぞってスポンサーがついた。
火星大陸ラリーは衛星写真でルートが設定されて、どのように進んで行くかを競い、自動車メーカーが提供する電動バギーもしくは空飛ぶクルマに乗り火星の大地を走り抜けた。
その映像は無人ドローンにより撮影されカーレースと同じく実況解説が行なわれている。
また、冒険家達の宇宙服には外部カメラが取り付けられ常に360度の映像が記録された。
火星と言う事もあり、その貴重な映像に世界の人々が注目した。
単に1日中の映像を流すとつまらないので、数日置きにイベントが設定され、その中で競技が行なわれている。
火星のオフロードレース中継を流しているだけと言われればそうなのだが、かなりの人気を得た。
また、火星大陸ラリーのほかに配信された特別番組にはこのようなものもある。
例えば、スペースナショナルUHDネオジオグラフィックスとして公開された火星探査映像は世界の子供達の心を鷲掴みにした。
特典映像のVRでは現地の音声と子供向けの音声解説、360度にレコメンドが表示され大人が見ても楽しい。
このように選ばれた宇宙飛行士が人類の代表として神聖なイメージで火星を調査していた宇宙開発は終焉を迎えた。民間の活力により火星は身近なものになった。
なぜ、民間人が多く火星に行けるようになったかは企業による宇宙での大規模発電と無重力ガラス化素材製造、火星の鉱物資源開発にある。
――ところ変わり、地球では。
金髪の長い髪に鍛えられた長身の女性。キャサリーヌ・アエル・ハミルトンは、アメリカ合衆国ミシガン州スターリングハイツで父が経営するスポーツジムでインストラクターをしていた。
彼女はスポーツクライミングの元選手でオリンピックで金メダルを取った事もある。
しかし、彼女の人気とは裏腹にスポーツジムの経営は傾き資金調達に足掻いていた。
そこに訪れたスポーツジャーナリストのロナウド・アウヴェス・モレイラに、彼女は泣きながら相談したが、これが間違えであったと知る由もない。
――数ヵ月後。彼女はフロリダ州パームベイ市のメルボルン国際空港でロナウドの知人の知人の知人から紹介されたスポーツイベントのオーナーと面会する。
その帰りホテルで、拉致られ・眠らされ・安全に・気づいた時には火星にいた。
スポーツイベントのオーナーの話では、スポーツクライミングの解説者としての仕事だけの筈だったのだが……。
目の前にそびえ立つオリンポス山を最新の宇宙服を着て登頂する事となった。
事前にロボットによる登頂ルートの確認は済ませてある。
冒険家としてはいささか解せぬところもあるのだが、スポンサーが放映するイベントにあたり、安全は重要である。
ただ、単独登頂では視聴者が満足できないため、お約束である競技形式が採用された。
そこにはかつてライバルだった。マリアネ・ロトルフもいる。
極東の鉄の女と呼ばれ、どんな過酷な懸崖をも登るクライマーとして名の知れた人物である。
「よう。あんたも来たのか」
「ええ、この度は私のために参加して頂き嬉しく思いますわ」
キャサリーヌはマリアネの嫌味を華麗にかわす。
彼女にとって周りの女性陣と戯れる余裕は無かった。
初めての宇宙。初めての火星。
……どこをどうして、こうなった。
疑問が募るばかりだ。
――ここに8人のクライマーがいるが、なぜか全て女子である。
今回のイベントが好評であれば、次回は男子の競技も行われると近くにいた責任者は彼女達の質問に答えた。
宇宙服を着たクライミングが果たして面白いのであろうか。
最新の宇宙服は全身タイツだった。
かつて映像で見た空想の産物が現物としてそこにある。そしてさらに薄い。
新素材を採用しどんな状況でも破れないらしい。但し、関節と局部はプロテクターに覆われ、どこぞやのスーパー戦隊を彷彿させる。
「「えぇぇぇぇ」」「これ着るのぉ?」
彼女達の表情は一斉にドン引きだった。
宇宙服はデザイン性と機能性から全身タイツの方向に向かっている。
通気性と発汗はバクテリアを使った生きる素材により内部循環され、宇宙放射線も特殊な炭素繊維により遮断される代物なっていた。
「スピードスケートの選手はタイツだが、それがどうした」とマリアネが周りのクライマー達に言う。
「ううっ。だが……」
まさか自分がこれを着るとは思っていなかったキャサリーヌは表情を歪めた。
そこで責任者が説明を補足する。
「各関節に取り付けたプロテクトは表面上と異なり滑り止めになっていますので通常より楽に登れます」
それでは競技にならないのではと、抗議するクライマーもいたが。
そもそもが、どんな競技なのかも知らされていない彼女達は、集められたメンツからスポーツクライミングだと考えていた。
しかし、それは間違いでもある。
――責任者は彼女達を連れて倉庫のような部屋へと案内した。
「皆さんにはこれに乗ってもらい競技して頂きます」
そこに並んでいる輸送機械器具を見て、皆、ゴクリ……。
「カエル?」
「カエルだよ。カエル」
マリアネが眉を寄せて責任者に詰め寄る。
「なぜだぁぁ! 私達はあれに乗るのかぁぁぁぁー!」
「はい、スポンサーが今回のイベントのために、ぜひにと用意した最新型輸送機械です。ちなみに名前はファルコン・フロッグでございます。ファルコンと言えば、スポンサーが誰であるかご存知でしょう。陸上移動は全てこのファルコン・フロッグに乗ってもらい、途中の地点でクライミングは用意していますが、山頂を目指します。そして山頂の到達ポイントからウイングスーツを着て滑空してゴールポイントに着地で終了です。ざっと、競技を説明しました」
ファルコン・フロッグを見て、その形状から競技にお笑いは必要なのか……。
キャサリーヌは頭痛を感じた。
しかし、彼女達は知らない。かつてNASAが開発を検討していた「ドラゴ〇フライ」と呼ばれる蛙飛び探査機のひとつだと。目の前にある機体はあまりにもカエルに似せすぎて没になった機体だ。
怒りを静めたマリアネは、こうなればどのような形でもキャサリーヌに勝てれば良いと思い始めた。
キャサリーヌが現役時代。マリアネは一度も国際大会において金メダルを取る事がなかった。
そんな彼女についたあだ名が「シルバークイーン」と呼ばれ、悔しい思いをしている。
人類史上、最強の女性クライマーと呼ばれたキャサリーヌは、あるクライミングのTV特番でレポーターに質問されて、こう答えている。
「私の理想の彼は壁の向こうにいるわ。だから登るの」と彼女にとっては恥ずかしい黒歴史。
これが原因かは知らないが一時的にフリークライミング人口が増えたと言われる伝説でもある。
そんなこんなでクライミングをする女性達に取っては、キャサリーヌは神的な存在であった。
この場にいる6人のクライマー達は、歴代のスーパースターの2人と一緒にイベントに参加出来る事に喜んでいた。
「では、それぞれファルコン・フロッグの前に立って下さい。人物を認識すると口が開きます」
責任者に説明され各々、最新型輸送機械の前に立つ。
「「おおぉぉ」」
んべーと開かれた口に赤いねっとりとした艶やかな舌がある。
キャサリーヌはまさかと思いつつも、質問をしない事に留めた。
みんなの準備が出来たところで責任者が説明を始めた。
「それでは各個体との認証を行います。そのまま、顔を舌の上に付けて下さいとは、……言いませんが、認証が終わるまで動かないで下さい」
なぜか、キャサリーヌだけがほっとしていた。
「責任者さん。このカエルにはどうやって乗るんだい」とマリアネが尋ねる。
「はい、ファルコン・フロッグの背中に乗ってもらうとマグネットシールドが稼働して落ちないようになっています。皆さんのヘルメットにあるセンサーを通じで脳波を感知しますのでイメージした通りに自動で動きます」
「「すごぉぉい。うんうん。すごいねぇぇ」」
説明を聞いたマリアネだけが少々不機嫌だった。彼女はこのような機械に弱い方である。
「質問がありますわ。この輸送機械の操作訓練をさせて頂けるのでしょうか」
キャサリーヌもそれほど、機械に強い方ではない。
でも、練習する事で誰よりも先にコツを掴む能力には自信がある。
(……ジムの最新機械と思えば、多分、大丈夫ですわ。ふふふ)
マリアネもキャサリーヌの懐かしい自信ありげの表情を見て、昔を思い出し気を引き締めた。
「ああ、私にも教えてくれ」
他のクライマー達も責任者に要望する。
「はい、皆様には視聴者を楽しませて頂くために各自にトレーナーとサポーターが付きます。これより1ヶ月のトレーニングを行います。そこで火星の環境にも慣れて頂き、体調を万全にして望んでもらいます」
こうしてオリンポス山クライミングレースの準備が始まり、この1ヶ月間。
キャサリーヌ達は火星になれるべくトレーニングに励んだ。
地球と異なる重力。常に装着する宇宙服になれるには大変苦労した。
それとは別にファルコン・フロッグの操縦は思ったより楽だった。
――そしてレースの日を迎える。
キャサリーヌは純白の宇宙服タイツに身を包みファルコン・フロッグの背中にしがみつく。
同じくマリアネは赤の宇宙服タイツを着ている。その他の6人も色違いの宇宙服タイツだ。
ヘルメットから見える先にARのカウンターが表示されスタートが切られた。
一斉に飛び出すカエルたち。薄い重力に身をゆだね。飛距離を伸ばす。
なぜ、今回の輸送機械がカエルの形状をしているかは、その走行する地形に問題があるからだ。
オリンポス山の標高は太陽系で一番高い。その斜面の段差は大きく、尖った岩が突き出ている場所も多い。この地面をオフロードタイヤで走行するにはかなり厳しい。また、途中に地割れがありハシゴが必要になるため、このカエル型であれば、簡単に飛び越える事ができる。これも火星の重力のおかげだが。
カエルたちは自動制御プログラムにより空中で横にトルネードする。
「な、聞いてないよぉぉ――!」とキャサリーヌが叫んだ。
鮮やかな8体のシンクロを描き、地面に着陸する。
素早く、次の跳躍。飛距離はかなりある。
そこに突風だ。ここで1名が脱落した。
「もっと、早く飛べないのかぁぁぁぁー!」とマリアネが叫ぶ。
再び着陸し、オリンポス山を猛スピードで駆け上がる。
カラフルな7体の機体が徐々にその差を開いて行く。
インドネシアのスピードスター。アジェンが先に抜きん出た。
そのあとを追うようにフランスのスパイダーガール。エマジュとベルギーの赤き疾風。ビオラが追う。
少し遅れて、ノルウェーのニナ。ドイツのカノンが並ぶ。
最後尾は、キャサリーヌとマリアネだ。
「さあ、バンクを駆け上がり、アジェン、アジェンが先頭を抑える」
「横に膨らむスパイダーガール。エマジュがここはコースを変えてきた!」
「わずかに遅れたベルギーの赤き疾風がスパイダーガールに添う。ニナとカノンがアジェンの後に詰めたぁぁ!」
「アジェン!、アジェン!、アジェンが逃げ切れるかぁぁぁぁ!」
「おっと! 捲り上げてきたマリアネが、ニナとカノンの間に入ったぁ。まだ、分からないぞぉぉ!」
「スパイダァァーガァァール! スパイダァァーガァァールが」
「アジェンと、な・らぁぁぁぁん・だぁぁぁぁ――!!」
「マリアネがニナを捉えビオラの横に並んだぁぁ! 物凄い追い上げぇぇ!!」
「アジェンが詰まる。マリアネェェ! マリアネが抜けたぁぁぁぁ!」
「さあぁぁぁぁ、スパイダァァーガァァール! マリアネェェ! スパイダァァーガァァール! マリアネェェェェ!」
「スパイダァァーガァァールが、遅れたぁぁぁぁ―― マリアネェェ! マリアネェェ! マリアネェェェェがぁぁ、ゴォォォォ――ルゥゥゥゥ!!」
と地球では、解説者が熱く伝える。
(それで良かったの? ……マリアネ)
第1ステージの順位はいかに。
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1.マリアネ・ロトルフ
2.エマジュ・コレット
3.アジェン・イップ
4.カノン・シュタイン
5.ビオラ・ルドゥー
6.ニナ・リンドベルイ
7.キャサリーヌ・アエル・ハミルトン
[リタイア] アイラ・カプール
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地球では、お約束のCMが流れる。
「ファイトウォォ!、〇ッパァァツゥゥー」
「こちらの商品はアマゾニス平原にある宇宙発着港で販売されております」
――それから休憩を挟み会場を移す。人工的に用意された壁を登る。
第2ステージはスポーツクライミングでお馴染みのボルダリングとリード。
ここは最強の女王キャサリーヌがあっさりと制した。
マリアネは第1ステージの疲労が伴い3位に留まった。
最終ステージ。ウイングスーツを着てオリンポス山からのスカイダイビング。
……なんと、ここでもキャサリーヌが制した。
これで総合1位になり今大会を優勝する。
みごとに勝ち取った最高の女性クライマー。キャサリーヌ。
彼女の栄誉はここに与えられる。
「みんなぁぁ。うん。ありがとう。ありがとう」
キャサリーヌは関係者一同から盛大な拍手で迎えらた。
この映像は地球の196ヵ国のネット上でリアルタイムに配信されていた。
――大会が終わり、無事に地球に戻ったキャサリーヌは父親と涙の再開をする。
「パパァァ」
「キャサリィィィィヌ」
父もガタイが良い長身の男。娘のキャサリーヌが可愛く見えた。
そのあと物凄く心配を掛けた父にこっぴどく怒られたが、その瞳には娘の活躍を喜んでいた。
そこにスポーツジャーナリストのロナウドが現れてこう言った。
「キャサリーヌ。ジムの宣伝はしたのか?」
「「えっ!!」」
そう、ロナウドが紹介した話は火星のイベントで優勝し、その場でスポーツジムの宣伝をすることであった。
「ど、どうしてぇぇぇぇぇぇ!」
――と言う事で彼女は再び、ロナルドに騙され土星の衛星エウロパにいる。
冒険家キャサリーヌ・アエル・ハミルトンは、人類で初めてエウロパの大地に到達した人物である。
こんばんわ。ラシオです。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。