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手紙  作者: 高田 朔実
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 不思議なもので、中学校を卒業して、別々の高校へ行くようになると、彼女とはぱたりと会わなくなってしまいました。そうなることは事前にわかっていたのですが、なってみて初めて、毎日会わなくなるとはこういうことなのかと日々実感するのです。手紙を書けばいい、週末に会えばいい、と思っていたけれども、月日が経つにすれ、無理にそうしなくてもいいような気になっていきます。

 彼女が、同じ制服を着た全然知らない人と街中を歩くのを見て、声をかけられなかったこともありました。今まで忘れていたけれども、あなたと話しているうちに、次から次へとそんなことを思い出してしまうのでした。

「その子に会ってから、なんだか自分が変わったなって思ったの。会う前の私と、会った後の私は別の人間になったような。今ではどこでどうしているのか知らないんだけどね」

 あなたは、ストローでジンジャーエールを飲みながら、頷きました。

「同姓だったから友人同士だったけど、異性だったらなにか違ったのかな」

「まあ、同姓でよかったんじゃないの」

「なんで?」

「友達だったらずっと仲良くできるかもしれないけど、恋人同士になって別れたら、また仲良くなるのは難しいじゃん」

あなたにはいわゆる「かつての恋人」がいるのでしょうか? いるとしたら、何人か? それとも何人も? いなければうれしいのですが、もしいるのであれば、何人もいて、誰が誰だかわからないくらいのほうが、むしろよいかもしれないと思います。

「そろそろみんな着く頃だね」

 そう言われて時計を見ると、針は四時五十分を指していました。もう四時間近く話し続けていたことになります。てっきり一時間半くらいしか経っていないと思っていたので、驚いてしまいました。あなたは席を立ち、私もそれに続きました。

 ようやく現れたみんなと合流して、当初の目的であった温泉に向かいます。私にとって今日一日は終わったも同然でしたが、まあ仕方ありません。女子風呂では、「二人でどこ行ったの?」と訊かれたので、植物園とファミリーレストラン行ったことを話すと、「ふうん。仲いいんだね」と言われます。怒り出しそうになりましたが、そのおかげで二人だけになれたのもまた事実。一瞬にして、怒りと感謝が私の中でほとばしり、結局どう反応してよいかわからず、淡々とした態度をとり続ける結果となります。

「誰も連絡してくれなかったじゃない」

「そのほうがよかったんじゃないの」

 気がつくと、居心地のよかったあなたとの関係が、ほんの少し面倒なものになりつつあります。そのことに気づくと、熱い湯の中で思わず身震いしてしまうのでした。


 スクリーンの中では、女の子が、目をきらきらさせながら、ビートルズの「I want to holdyour hand」を歌っています。直訳すれば「あなたの手を握りたい」、外国の歌にしては奥ゆかしい表現です。私があなたの手に触れたのは、例えばコピーをとったとき借りた三十円を後で返したとき。触れていた時間はわずかすぎて、手が温かかったのか、冷たかったかすら確かめることはできなかったのでした。

女の子の視線の先には、一組の男女が仲睦まじそうに微笑み合っている、そんな二人を見て彼女は唇をかみ締めるのです。仮に私がそのような歌を歌うことになっても、私の視線の先にあるのはそのような障害ではないのです。どんなときも、そこには常に自分自身が立ちはだかっているのです。そんなことを思いながら、隣にいるあなたの気配に注意を向けても、あなたが考えていることなんて、当然わかるわけもないのです。

 つい一時間ほど前、予期せぬ場所で偶然私を見かけたあなたは、微笑んで近づいてきたのでした。私に会えたことがうれしかったのではなく、ただ身近な人物に会うと自然と表情が和らぐのだとしたらか、そんなのあまりに勝手です。一つ一つ、こういった場面を重ねていくにつれて、私の日記帳にひとつひとつそういったことがらが書き記されていく度に、私はまた一つ捕らわれてしまうのですから。

 先日、研究室を出るときあなたが部屋に鍵をかけたときに見てしまったのですが、あなたの鍵にはいつかのメタルセコイア君がついていました。あなたは一日のうち、家を出るときと家に帰るときには必ずキーチェーンを目にするのです。あなたはあの日のことなどすっかり忘れているのでしょうか。それとも、キーチェーンを見るたびに、何かを思い出したりするのでしょうか。もしかして、私が今よりも可愛らしい女の子だったら、あなたはあのときもっと私に興味を示してくれたのではないか、自分の鍵につけられたメタルセコイア君を見るたびに、こんなことを思う自分に気づいて、はっとするのでした。

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