第2話 会食
広間の前には既に他全員が揃っていた。広間に入る扉の前で突っ立っている。
「中に入らないんですか?」
夜は一番後ろに立っていた真に聞いた。
「それが開いてないんだよ。鍵がかかってて」
真は肩をすくめた。
広間の前にある大きな古い時計が示しているのは17時55分より少し手前。
「流石にあと少ししたら開くのではないか?」
英が口を挟んできた。退屈そうな顔をしている。
その時、ガチャッという音がして、中から支配人が出てきた。
「皆様、お待たせ致しました。準備ができましたので、中に」
そして、支配人と同じような真っ白な洋服を着た人たちによって扉が開けられる。
「わーお、すっげぇ!」「おお~!」「ほわ~!」
各々の感嘆の声。広間の中央の大きな机には十七人分の豪勢な食事が用意されていた。
「洋食だけじゃなくて、和食とか色々あるみたいね!」
あんなに不機嫌そうだった妖が少しウキウキしている。
「見てください!こっちはインド料理です!あっ、フレンチもイタリアンも!」
興がわあとテーブルに駆け寄る。料理が好きなのだろう、様々な世界の料理の種類を言っている。
「ルーマニア料理とかマニアックなのもあるな…」
黒がぼそりと言う。しかし、どことなく嬉しそうだ。
「本で見たことしかない料理もあるぞ!!」
原も目をキラキラと輝かさせている。
(皆、機嫌悪そうだったけどよかったな。これなら一週間乗り切れそうだけど…)
「本当に色々あるな…和食だけでも色々な郷土料理がある」
今まで一言も喋っていなかった流が口を開いた。夜は喋ったことに驚いて流を見た。
(この人喋るんだ、初めて声聞いた…)
「なんだ?」
「あっ、いえ…」
「そうか」
布で隠れた流の顔でも、唯一見える目が笑っている。
「いいぞ、怖がらなくて。いや、こんな風貌だから仕方ないか…」
「あ…」
夜は言葉に詰まった。そうは思っていたから。
「そんなことありませんよ、目がとても優しそうですから」
蝶が助け船を出した。ニコニコとしている。この綺麗な顔でサラサラと嘘をつかれてもわからないなと夜は物騒なことを思った。
「皆様」
支配人が声をかける。その声で皆が支配人を見る。
「それでは、お食事を始めていただいて…かまわないのですが、その前にお飲み物を―」
支配人がパンと手を叩くと同じく白ずくめのウェイターが現れ飲み物を渡していく。何人かがウェイターから受け取ったグラスを回していく。
「それではお食事をお楽しみください。」
相も変らぬ笑顔でそう告げると支配人は下がっていった。
「それでは、乾杯ですか?」
英が周りを見る。
「その前に自己紹介じゃねえの?俺、アンタらと一緒に動かなかったし~?」
外がそれを遮った。確かに、一緒に屋敷を見て回らなかった人もいるのだ。
「そうだな!そうしようぜ!」
それに真が乗る。
ということで自己紹介が始まった。といっても名前だけの紹介だった。それ以外は覚えていなかったのだ。
自己紹介の最後は蝶だった。
「蝶です。えっと、年齢は…十七」
彼女はあっという顔をした。他の全員もである。
「そう、年齢私も十七です!」「僕も!」「俺も!」「私もよ!」
皆一斉に年齢を思い出したようである。そして、皆が十七歳だった。
「これって…」
夜は思わず呟いた。
「だんだん思い出してくんじゃねぇの?なんかそんな感じじゃね、多分」
外がヘラヘラと言った。
(もしそうだとしたら、だんだん自分自身のことを思い出す。それは皆もだ。そしたら…)
もしかしたら、穏便に進まないかもしれない。記憶が無くて出自もわからないからこうしていられる、だけどと夜は思った。それがわかったら、もしもこの中に敵対している人達が居たら…それだけで殺し合いになる。
そんな考えをしているとは顔には出せない。夜はなるべく皆に合わせて笑っていることにした。
「じゃあ、今度こそ乾杯しようか!私が音頭を!」
スッと英がグラスを高々と上げた。英は率先するタイプなのだろうと夜は思った。
「頼むわ~」「いいっすね!」「ふーん」
それに対しての各々の反応は置いておいて。
「この一週間、生き残ろう!乾杯!」
「「「「「「「「「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」」」」」」」」」
チンと皆でグラスを合わせ、そしてグラスの中身を飲み干した。
口の中に甘い香りと味が広がる。こういうところだから、味はイマイチかと思った夜は、案外のおいしさにちょっぴり驚いていた。
「意外とおいしいですね!」
「そうだなー!」
その会話の中で、一人だけ。たった一人だけ、何も言わない、固まっている。
夜はそれに気が付いていた、その異変に。そして、その人間に大丈夫かと問おうとした。
その時、その人間の手からグラスがするりと落ちた。そのままその人間は体が真っ直ぐのまま床に倒れこんだ。
「きゃああああああっ!!!!」
悲鳴。それと同時に落ちて割れるグラスの音。何人かも驚いて落としたのだろう。
ふらりと倒れる人影とそれを抱えた人影。外の隣にいた妖がショックで気を失ったのだった。それを狼が支えたのだ。
それでも夜は冷静だった。何故かはわからない。だけど何が起こったか周りも見えていた。
「外さん!」
夜は外に寄ろうとした。
「動くなっ!!!」
しかし、誰かの声に制止される。はらりと白衣が目の前を通った。夜を止めたのは藪だった。
「外君、しっかりするんだ!誰か、AEDを探してくれ!」
「はいっ!」
客が走っていく。呼吸の確認、心肺蘇生が藪によって行われる。
「外君!」
藪が呼びかけるが応えは無い。藪の額からは汗が流れている。
「変わりましょうか?」
蝶が藪の後ろから聞いた。
「すまない…頼む…」
心肺蘇生は体力がいる。その上ずっと続けなくてはならない。藪は息が切れていた。
すぐさま蝶が交代する。
「藪君、この屋敷にそんなものは無い!どうする!」
そのタイミングで戻ってきた客が藪に告げる。
「チッ…どうしようもない…このまま意識が戻らなければ、そのままだ…」
口惜しそうに藪は言う。
「そんなっ…誰がこんなこと…」
客が苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
「この中にいるってことは間違いないでしょう、ね…」
訝しげに藪は言った。
「藪君、彼女は?」
「ああ、ちょっと待ってくれ。様子を見るから。」
狼に呼ばれ妖の様子を見ようと去ろうとして、振り返った。
「彼女と誰か途中で交代を…」
「僕が」
すかさず夜が答えた。
「ありがとう」
そう言うと藪は妖の様子を見に行った。
「どうやら、ショックで気を失っただけみたいですね。部屋に運びましょう。」
「そうですね」
狼は彼女を抱え、彼女の部屋へと向かった。
「変わろうか?」
「いえ…あ、うん。お願い」
蝶も汗をかいている。が、藪と違って息切れはしていない。蝶に変わって心肺蘇生を行う。
(頼む…!助かってくれ…!!)
そうして、必死の心肺蘇生が行われた。