第1話 散策
大きめのソファーがあったので、そこに寝転んでいた夜はコンコンと扉をノックする音で起き上がった。
そして、ドアまでノロノロと歩いていく。
(誰だよ、こんな時に…)
もしかして、蝶かもという期待が頭に過る。
「はい、どうぞ」
ドアを開けるとそこにいたのは、期待とは裏腹に金髪の少年だった。
「よぅ!」
「は、はぁ…」
いきなりのフレンドリーな挨拶に間抜けな声しか出ない夜。
「なんだよその反応」
「いや、驚いちゃって」
「そか」
気に留めた様子もなく反は言葉を続ける。
「ここのことなんも知らねえし、皆で回ろうかと思って声かけてるんだけど。どう?」
「あー―」
今の時間は16時半。あの支配人が言うには夕飯は18時からだ。
「うん、一緒に行く」
夜はその誘いに乗ることにした。
♢ ♢ ♢
結局、反の誘いには夜、蝶、原、興、客、言、真、英、竜が着いてきた。
「うーん、西館は俺らの部屋と…」
二階に上がってきた。そして今、彼らの目の前は大きな扉がある。
「こんなに大きな部屋、何のためにあるのでしょう…」
蝶が扉に触れて開けようとしている。
「開けていいのか?」
真が眉をひそめて蝶に聞く。
「大丈夫だと思いますよ、僕の勘が正しければ」
と、そこに原が割って割って入る。原は蝶に失礼しますねと言って退かせ、グッと力を込めた。
ガチャリといって重い扉が開く。
「わあああっ!!!」
目の前には沢山の本が広がっている。そう、そこはとても大きな書庫だった。
「見てくれ!」
ドタドタと入っていった原が本棚の前でキラキラと目を輝かせている。
「芥川に、太宰治。それに独歩や中也…。日本の敬愛すべき作家の作品があるぞ!!それに、外国作家まで!!なんて場所だ!素晴らしい!」
今までナヨナヨとしていた原が生き生きとしている。
「原は書籍が好きなのだな」
皆の後ろで控えているようにして立っていた英が笑った。
「はい!それはもうっ!あ…」
原は顔を輝かせて答えたが、すぐに顔が曇った。皆、同じことを考えたのだろう。
「どうやら、身に染みているものは消えてないみたい…ですね」
興が皆の考えを代弁するように言った。
「にしても、絵本からエッセイまで何から何までありますね」
本棚の前でしゃがんでいた竜が振り返る。どんな本があるか見ていたのだろう。蝶や言も見て回っていた。
「子どもが住んでいたのかもしれぬな」
「かもしれませんね」
英と客がそれに答える。
「なあ、話の間で悪いんだけど」
真が二人に割って入る。
「ん?どうかしたか?」
英が不思議な顔をしている。
「英…さんの喋り方って」
「ああ、私はこういう喋り方だぞ。昔から。あ…」
と言って、英は顎に手をやり考える表情をする。
「身に染みているらしいな、この言い返しも」
フッと英が笑う。
「にしても、真だったか」
「ああ」
「英でいいぞ」
「ああ、私も竜で」
「お、おう?」
真は英や竜の順応さに苦笑いした。
「皆さん、仲良さそうですね」
突然、後ろから声を掛けられて夜は反応した。ビクッとしたのではない。手刀付きで。
それを腕で防がれる。涼しい顔をした客だった。
「あ、すいません…」
「いえいえ。こちらこそ、いきなり声をかけた僕も悪いですよ。」
(こいつ…、只者じゃない…。かなり強かったのに)
手ごたえで分かったが、かなり強い手刀だった。それを涼しい顔で受け止めたのだ。たまたまか、武術の心得があるのかはわからないが。
客はといえばその手を振っている。それなりに痛かったのだろう。
「僕らも癖があるみたいですね。えっと…」
「夜です」
「よろしく。」
手を差し出される。それを夜は握り返した。
「こちらこそ。客さん?」
「あー、客でいいよ?僕も夜って呼ぶから」
「わかった、客」
「うん」
客は爽やかな笑顔を向けた。
(あー、こいつモテそう…)
にしてもと客は呟いた。
「この調子だったら、僕らは殺し合わなくて済みそうだね…」
眉を顰める表情すら、綺麗だったが、発言はかなり物騒なものだ。この状況なら仕方のないことだが。
「そうだね…少なくともここにいる人は、だと思うけど」
「ああ。ま、気にしても仕方ないよ。僕らは最善を尽くして生き残ろう」
「…うん」
(そうだ。ここにいる全員が敵になるかもしれない…なんとしても、蝶さんだけは守らないと!)
心の中でグッと拳を握ると歩いて行った客を追った。
♢ ♢ ♢
夜達は、一時間ちょっと書庫を巡りそこを後にして、大広間に向かう。
反のこっちからも行けそうという発言により、初めに西館に向かった時とは別ルートで向かっていた。
「ここは、玄関…ですね」
反の後ろにいた竜が言った。
「だな。これは…」
「書だな」
ドヤっとした顔で英が言う。
「いや、わかるんだけどよ?なんて書いてあるかわからねえじゃん?」
と英に対して反。草書体の一種だろうが、達筆すぎてわからない。
「「蝶が」」
蝶と客の声が重なった。あ、という顔をして見合わせる。蝶が言葉を継いだ。
「蝶が飛べば花が開く。」
「当たり前のことじゃない?」
ここにはいないはずの声がした。見ると、角を曲がってきている所だ。どうやら個人でうろうろとしていたらしい。
「だって、花が開くころに蝶は飛ぶでしょ?」
「うーん、そうなんだが。じゃあなんで大きな書にしてあるんだ?」
英が妖の言葉に対して疑問を口にした。
「それは…そうだけど」
「ま、このお屋敷の謎だな」
にっと笑って、反は広間の方へ歩いていく。夜は蝶を見つめていた。
蝶はといえば、書を見て、客が歩くと目で追った。そしてまた書を見て、俯く。その所作が洗練されていたものでとても美しかった。簪で結っているため、首元がよく見え、背筋もピンとしているので美しい。また、俯いた時、前髪がサラリと垂れるのでさえ、美しいと夜は思った。
「行かないの?蝶さん」
後ろから夜に声を掛けられ、ハッとして蝶は振り返って夜を見た。
「え、あっ…。そうですね、行きましょうか」
ギシギシと音を立てずに蝶は歩く。その後ろ姿に夜は歩きながら話しかけた。
「あの」
「あ、はい。なんでしょう?」
顔だけ蝶は夜に向ける。上目遣いで見られる。
(見返り美人ってこんな…。竹久夢二もこんな気分…じゃなくて!)
「客とは知り合い…なのですか?」
「いえ、そうではない…と思います。如何せん、記憶が無いのでわからないですけど」
「そうですか」
先ほど、蝶が客を見ていたのでもしかしてと夜は気になったのである。
「単に、同じものが読めたので…私知り合いなのかとは思いましたけど。でも、記憶が無いんじゃ、わかりようがないですね」
「まあ、そうですね」
蝶はくるんと顔の向きを前に戻しこくっと頷いた。
「あ、そうです!」
今度は体全体をくるりと半回転させ、夜と向き合った。ふわっという音が似合う様に、蝶という名が似合う様に。揺れる髪の毛一本一本まで洗練されているのではないかという程に、綺麗に廻る。
夜は、その美しさに目を奪われた。
「夜さん、蝶って呼んでください!」
にこっとして蝶は笑う。
「あ、ああ。はい。じゃあ、僕のことも夜って」
その笑顔にどぎまぎする。綺麗な笑顔に魅了される。
「わかりました。じゃあ、言葉も敬語やめましょう…じゃなくて、やめよ」
「うん、蝶」
「ふふ、ありがと。夜」
くるんとまた回るようにまた前を向いてぱたぱたと広間へ向かう。
(えっ、え、何あのかわいさ。何あのかわいい生き物。え、天使?何?なに?え?!は?かわいいかよ?マジで人?)
「夜、早く!」
鈴のような声で呼ばれる。
「うん!」
その声に応える。想いがバレないようにグッと隠して。
そうして、彼らは各々大広間へ向かった。
きょうちゃんのお名前の漢字を変更いたしました!響きがきれいな名前にしたかったので~!
ここから本編となりますので、皆様よろしくお願い致します!
ちなみに客君は涼しい顔してますが心の中ではめっちゃ痛がってる設定です。