第0話 始まり
彼はふと冷たさを感じた。
(床?)
床にしては、ざらっとしている。ふと、視界が気になった。目を開けているはずなのに真っ暗だ。
目元に手をやると布がかかっている。後頭部に手をやると結び目がある。どうやら目隠しをされている。取れないかと思って目元の方を持ち引っ張ると、案外に簡単に目隠しは取れた。
視界が開ける。地面と、古民家?それから…
「え?」
目の前には、人が倒れている。体を起こすと、目の前だけでなく周りに人が倒れている。同じように目隠しをされていた人が16人も。
「い、生きてる人…」
立ち上がって、右隣で倒れていた女の子の目隠しを取り、生きていないかと揺すってみる。
「ん…」
(生きてる!)
「大丈夫ですかっ?」
和服の少女が目を開ける。
「ここ、どこ…?」
少女は体をゆっくり起こし、目をこすっている。
「よかった!」
「あな…たは?」
「僕はっ――」
目の前に少女の顔。長い睫毛、桜色の唇、髪の毛だろうか、風に漂って少し甘い香りがする。ドキッとして硬直する。視線が合う。
不自然にならないように言葉を続けなければと、言葉を続ける。
「僕は…あれっ…」
が、ふと、不思議に思った。なんでここにいるんだろう。思考を巡らすもわからない。そして、自分は誰なんだろう。名前も出身も何をしていたのかも何も。目が覚める以前のことがすっぽりと抜けていた。
「思い…出せない?」
「やっぱり、貴方も?私もなの」
「は、はぁ…」
「とりあえず、皆さんを起こしません?確認してみないと」
「あ…そうですね」
そう言うと立ち上がり、彼女に手を差し出す。
「ありがとうございます」
手を引き寄せる。やっぱり、少女が動くたびに花のような甘い香りが漂い少年の心拍数が上がる。
彼女はそんなことも露知らず、着物についた土を払う。紺色の花柄の着物が彼女の白い素肌を際立たせる。流れるように美しい所作で土を払ったため、少年の目は釘付けになった。
「なにか?」
視線を感じたのか少女は少年に問いかける。
「い、いえ…なにも…」
「ならいいんですけど。顔についてますよ、土」
彼女はトントンと指で自分の頬を指している。ここについているということなのだろう。
「えっ、あっ、はい。どうも…」
それだけ言うと、彼女は他の人が気を失っているだけかどうかを確認しに行った。
グシっと顔を拭う。拭った手を見ると確かに土が着いている。
「この服――」
見覚えがあるようなないような、そんなブレザー。思い出そうとしても靄がかかったように思い出せない。
「うっ…」
頭痛がする。体がふらつく。思い出そうとしたからなのか、それとも起きる前に何かがあってなのか。
それよりも先に人命が大切だと彼は思い、彼女と共に人々の生死を確認することに決めた。
♢ ♢ ♢
「全員、生きてましたね」
「そうですね、よかったです」
少年と少女は二人で話している。全員が生きていた。
「にしても…」
二人は他の人々を見る。
「なんなのよ、ここ!!」
長身でロングスカートを履いた少女が苛立った口調で言った。
「そんなの、僕に聞かれても…」
ビクッとして眼鏡をかけた学ランの少年が言い返した。
「まあまあ、落ち着いて…」
金髪に染めたチャラそうな少年が苦笑いして二人の間を取り持っている。見た目に反して、案外に中身はいい人なようだ。
「なによ、アンタ!」
金髪の少年にロングスカートの彼女は言いがかりをつけようとしている。
「あの~、ちょっと…」
茶髪でショートの制服を着た少女がオロオロして三人を止めようとしている。他の者はというと、ある人は機嫌が悪い様子でそっちを見、ある人は興味なさげな様子でそっぽを向き、ある人はどうなるものかという顔で腕を組みそっちを見たりしている。
「いい加減に――」
ロングスカートの彼女は堪えられなかったらしい。金髪の少年に対して手が上がる。その時、古民家の中から誰が出てきた。
「ああ、皆様。目が覚められたようですね」
一斉にそちらを向く。死に装束のような真っ白な着物を着た美しい女だった。
「私はこの民家の支配人です。どうぞ中に」
そう言うと女は中に戻っていった。
「とりあえず、中に入ります?」
金髪の少年がニコニコしながら言った、巫ロングスカートの彼女に対して。
「ふんっ、アンタに言われなくても!」
捨て台詞のようにそれだけ言うと、ロングスカートの彼女は民家に入っていく。
「とりあえず~、俺らも入りません?」
金髪の少年の言葉に倣い、他全員も中に入ることにした。
♢ ♢ ♢
民家の中は外見に反して案外に広いものだった。中も手入れが行き届いている。使われている木戸も綺麗に塗られているし、ガタついていたりすることも無い。
「案外、綺麗ですね」
和服の少女が小さな声で言った。支配人に聞こえないようにだろう。
「そうですね」
「それでは、皆様こちらへ」
支配人から全員に声がかかる。
支配人の後についていくと大きな広間に着く。中は大きな机が置かれ、洋風調の部屋になっていた。
「どうぞ中へ」
その言葉で全員が中に入る。すると、バタンという大きな音を立てて勝手に扉が閉まった。
「!?」
驚いた全員が振り返る。
「大丈夫ですよ、ワイヤーです」
支配人がすかさず付け加えた。手にはキラキラとした糸が握られている。一体いつの間にそんなものを仕掛けたのだろうか、そんな素振りは全く無かったというのに。
支配人は妖艶な笑みを浮かべてこう言った。
「それでは、皆様。ようこそお越しくださいました、巫屋敷へ」