第八拾六話 オーガ大陸への船出
獣王海の事件から4ヶ月。シアの剣聖降誕の儀も、ミハイルの結婚式も終えて平和そのものであったトライデルでは、ユーヤが議会に出した案件で閣議は揺れていた。
議会での閣議は難航を極めた。ラウズ大陸始まって以来の歴史的な事である故にである。ベルヌ宰相も眉間に皺を寄せている。完全に議会は真っ二つになってしまっていた。
主戦派と、これまで通りの防戦派にである。
復興はラウズ大陸全般に於いては6割以上完了していた。そして、兵糧などもこの数年で蓄積されてはいる。
更には超破壊力を持った兵器群さえも所有している。
しかしだ。
これまでにこちらからオーガ大陸に討って出たと言う記録は一度もなく、どういった場所であるのか、どういった魔物が現れるのかも不明であるのだ。そんなところに全軍を以って攻め入るなど、無謀であると言う意見が非常に多かった。
「また過半数割れか…。」
ユーヤはテーブルに肘を付き、それに顎を乗せて傍観していた。
オーガ大陸侵攻作戦が、議会で却下されるのはこれで何度目であろうか?防衛派の言い分もわかるが、ただ手を拱いていたのでは今までと同じ繰り返しだ。ユーヤはそう思いながらも、王としての強権を発動させる事を躊躇っていた。
この作戦では、今までよりも沢山の人員の命を預かる事になる。いくら強大な威力を誇る武装があるとは謂え、ある程度の民意は尊重したいとユーヤは思っていたのだった。
議会の終了後にユーヤの横にベルドが歩み寄って来ていた。頭を押さえながら、眉間に皺を寄せている。
「王よ。民意を尊重したい気持ちはわかるが、この流れはそう変わらんぞ。これでは何年経っても攻め込めぬ。いい加減決心してはどうだ?」
ベルドは暗に強権を発動させよと言っているのだ。そしてその横に立つカリギュラスも同意見のようであった。こちらも苛立ったような表情である。
「ええ、そうですね。いい加減このままでは向こうからまた攻められます。宰相と話し合って決めてしまいましょう。」
ユーヤは強権発動の時期を見定めようとしていたが、この二人が動いたと云う事は、軍部の大半が苛立っていると受け止めて発動を決意した。そしてヨーンに視線を向けると、ヨーンは無言で頷いたのだった。
―軍部の方の用意は既に出来ていると云うわけか…。今動かなくては離反者が出るかもな…。
ユーヤは立ち上がると、真っ直ぐ宰相の執務室へと向かった。恐らく勘のいいベルヌも、時機と見て待っている事であろう。
軍部最高会議室に、主だった面々が集合している。
ヨーンは厳しい表情で作戦要綱を読み上げている。ガンプの三剣は黙してそれを聞いていた。ライガとテンゴウは瞑目し頷いている。ベルドはあくまでオブザーバーであるが、目を見開き作戦に不備がないかを確認しているようであった。
カイザーブレードの内の二人は熱心に聞きながら、部下にメモをとらせていた。そして内一名…カスバドはここにはいない。3番艦まで完成したホエール級の最終チェックをしている最中であるためだ。
ホエール級各艦に機鋼甲冑を3機ずつ搬入し、空きスペースを兵員運搬用に改装をしているようで、各艦長にこれらの説明も必要であった。
会議室では各隊の人員状況の確認がされていた。
「陛下、誠にすみません。今回も…。」
「わかっているよエテリナ。良い子を産んでくれ。君が国に居てくれた方がジードも頑張れるだろ?」
少し顔を赤くしながら、ジードは敬礼で応えた。
「エレーナとロイエルはホエール1番艦だ。やる事はわかっているな?」
「「はい!」」
「俺は一応旗艦であるリンドバウム号に乗艦するが、アナトに搭乗する際には二人が迎えに来てくれ。そういう事でマリオンとウテナ、あとサクヤ姫もホエールに乗艦してくれ。」
「別にリンドバウム号でも良くない?エレーナ達が迎えに来るなら。」
「いや、いざと云う時に即応してもらいたいんだ。その為に各機単独運用も可能にしたんだ。頼むよマリっぺ。」
「仕方ないわね。でも私は一人じゃ音声入力しか相変わらず出来ないわよ?」
「わかってるよ。不測の事態の際に機鋼甲冑搭乗者で不調が出ていた時に、代わりのコパイロットを普段はやってくれればいいよ。」
「はーい。りょーかーい。」
そんな軽い感じのマリオンの応答の後、ユーヤはおカジの方に顔を向ける。
「今回はエテリナの代役としてヴァルキュリアを頼む。彼女らは君を含めた奥方衆を守る事こそが主任務だ。気軽に部下達を頼ってくれ。」
「はい。お任せください。何の心配もしておりません。」
おカジは微笑を浮かべて一礼をする。嘗てはホージョー家で一軍を率いていたのだから、彼女なら大丈夫であろう。
「あ、そうだ。諜報大隊はホエールに乗せるから、ウテナはしっかり隊長職もしてくれよ?」
「はい。任されました!」
ニッコニコの笑顔でウテナは答える。そこへヨーンがユーヤに声をかける。
「陛下。奥方衆への指示はよろしいでしょうか?」
「ああ、大丈夫だ。そっちはどうだ?」
「こちらも大体の説明を終えました。後は各艦の搬入作業の終了を待つだけです。」
「そうか…出港予定は明後日で良かったよな?」
「はい。今のところ順調ではあるようです。」
「ならお前も今日はとっとと家に帰れ。暫くエリーと子供に会えなくなるんだ。しっかり嫁孝行してこいよ。」
「は、はい!ありがとうございます!!」
内心、ヨーンは妙に優しいユーヤをほんの少し疑ってしまっていた。いつものSっ気がまるで見えない事が、逆に怖いと思ったりしたが、今はその厚意に甘える事としたようだ。
ヨーンは一礼すると、まだ会議場に残っている者達にも挨拶をして、足早に帰宅するのであった。
「なあマリっぺ。俺は普段そんなにヨーンに酷い事をしてるのか?」
「え?なに?どうしたの急に?」
「いや、あいつ優しくしてやったら、妙にキョドってたから…。」
ユーヤは心の何処かでは自覚があるのだろう。その証拠に『優しくしてやったら』と言ってしまっている。しかし本人はその事には気付いていないようで首を傾げているのだった。
「…無自覚の自覚ね。それ私に聞かずに、ジードかブラン辺りに聞いた方がいいと思うわよ。」
マリオンは何処か呆れているようである。ウテナとおカジさんはクスクスと笑っていた。
「みなさーん!お疲れ様でーす!残っている方はお茶菓子の用意が出来てますので遠慮なくどーぞー!」
突然会議室に轟いたその声の持ち主は、エテリナ同様妊婦さんとなり、今回はトライデルにお留守番になる側室殿…メルティであった。マリオンがこれに即応する。
「こらー!妊婦!!大人しくしてなさいって何度も言ってるでしょうがーーー!!!」
「ひやぁ!御正妻様!?まだいらしたのですね!!」
お茶菓子を用意している侍従達をかき分けて、妊婦は脱兎の如く走り去って行くのであった。
「…ウテナよりも落着きがないな。」
「旦那様~~!なんでそこで私を引き合いに出すのです~~。」
「それはそれ、ウテナ様はツクヨミの気質を良く受け継いでおられる故…。」
「…おカジ。暗にこのサクヤの事をディスっているのではないでしょうね?」
「イエイエソンナ。オホホホホ―。」
おカジはわざとらしく棒読みで答えていた。図星であるらしい。睨むサクヤと視線を合わそうとせずに、口元に手をあてて『おほほ笑い』を続けている。
そんな奥方衆の喧騒を余所に、ユーヤは物思いに耽る。
―さて、俺も暫く子供らに会えなくなるし…明日は皆と遊ぶかな…。何して遊ぼうか…。
ユーヤは出されたお茶菓子を食べながら、そんな事を思うのであった。
次の日王族ファミリーは、魔導列車に乗ってロイエルの治めるゲッタの街へと遊びに出る。トライデルからは3時間ほどであった。
ホームでは、ロイエルとその家族が待っていた。
「陛下、本日のお忍びの為に馬車を用意させてあります。」
「ありがとう。あまり目立つようなのは勘弁してくれよ。」
「はい。その点は考慮してます…が…。」
ロイエルの視線の先には、諜報隊の3人が居る。ロイエルの方で気を使おうとも、この3人は何かと目立つ行動をしてくれるので気が気ではないらしい。
一応、全員いかにもな旅行者風の格好をしてリュックサックまで背負っている。そして目元にはサングラスを着用していた。
でも安心してはいけないのがサクヤ、ウテナ、メルティの3人だ。この3人は、ある意味期待を裏切らない。
「ロイエル。考えている事は判っている。だが一応安心してくれ。諜報隊に周囲を守らせているから。」
確かに気を探ると、其処彼処に一般人とは違う気が幾つもある。どうやらウテナ達がおかしな事を始めると、彼女たちは周囲の人々を遠ざけるように仕向けているらしい。ロイエルは彼女達の気苦労を察して、周囲に頭を下げるのであった。
そうして馬車に乗ると、一行はロイエルのお気に入りの池へと向かう。馬車の後ろには荷車が牽引されていて、そこには釣り道具やバーベキューセットなどが乗せられている。
ただ、人数が人数である為、馬車自体は3台必要となってしまったようだ。
街中では目立たない程度に馬車は速足で、そして郊外まで来るとゆっくりと進ませたのだった。ゲッタの街から15分程行った処に目的地はある。普段はキャンプ地になっている場所を貸し切り、コテージも使い放題にしてもらっている。
目的地に着くと、最近ようやく復帰したセーラがシアの手を取り馬車を降りてロイエルの先導に付いて行く。その後をイズナとハヤテがヒョコヒョコとウテナとサクヤに手を握られて歩いて行った。
マリオンとおカジさん、そしてメルティはユーヤと共にのんびりと子供達の後ろ姿を眺めるように歩く。勿論おカジさんの腕の中にはワダツミがいる。乗り物が続いた為か、疲れてしまったようでスヤスヤと眠っていた。
「なあメルティはお腹の子の名前、俺に決めさせてくれるよな?」
不意にそんな事を聞いてくるユーヤに、メルティは目を白黒させている。
「は、はい、勿論ですよ。どんな名前にするのか楽しみにしておきます!」
「男の子かなあ…女の子かなあ?どっちだと思う?」
ユーヤの問いにマリオンは「女の子じゃないかしら?」と答え、おカジは「いえいえ、男の子ですよ。」と相変わらず真っ向勝負の様子である。
「私は…女の子のような気がしてます。」
皆に今回は譲ってもらったのだろう、ユーヤと手を握りながら歩いていたメルティが、呟くように答えた。
「ふむ。メルティ自身が言うのなら間違いないだろう。よし!女の子の名前を考えておこう。」
彼女は明日は飛空場でユーヤ達を見送る事となる。奥方衆でただ一人のお留守番である為に、皆が気を遣っているようだった。男の子と言っていたおカジも「そうですね。メルティがそう言うのでしたら、きっとそうでしょう。」と笑顔を向ける。
「さあ!今日はロイエルに負けない位の大物を釣ってやるぞ!!」
そうして一行は足取り軽く、ロイエル達の待つ釣りポイントを目指すのだった。
これにて4章を幕として、次話より5章とさせて頂きます。
あ…その前に恒例の外伝を挟みましょう。
本日17時に投下したいと思います。
よろしくお願いいたします。
あと、12時からは
LINDBAUM's Encyclopedia NO,3も投稿されます。
併せてお読みください。




