第七拾弐話 権威と家柄
飛空艦セイト号がダンコウガの港に停泊している。既に荷は降ろした後のようで、技術士官を残して帰還準備に入っているようだ。ここで降ろした荷はソーラーパネルと運用キットのみとなっている。これらのテストなどが終了した後に、後日例の冷凍施設を搬入することになっている。
代官のグリンウッドは、技術士官に対して恐縮していた。本来ここで打ち合わせるべき人物がダンジョンに引き籠っていて、現れないためである。
そう、この領地を任されているのはかの大魔導師カスバド・ヘンリークである。
しかし彼は領地の着任日にも現れず、ただ書簡で部下に『ダンコウガを領有する事になったが、魔導ギルドの総監業が忙しくなるからそっちはお主らに任せた。』と連絡してきたくらいで、たまに部下達からの運営状況の連絡を見て指示を送って来るだけであった。
「誠に申し訳ない。本来ならばここでもてなすのは私ではなく、彼のお方なのですが…。」
頭を下げるグリンウッドに、技術士官はニコニコしながら答える。
「そんなに恐縮しないでください。カスバド様からはトライデルで既に詳細なデータを頂いております。それにあのお方が忙しいのは存じております。王城では始終陛下の横に付いておられるようですし。」
グリンウッドは胸を撫で下ろした。良かった。ちゃんと働いてらっしゃるのだなと。
「それにあのお方は我々からすれば仕事上の上司にあたります。謂わばお互い同僚と云うことですよ。」
「言われてみればそうですね。よろしくお願いいたします。」
技術士官とグリンウッドは笑い合い握手をした。どうやら妙な仲間意識が芽生えたらしい。彼等は語らいながら、何十台もの荷馬車と共に現場へと向かうのであった。
「まるで現地を見ているかのようにピッタリですね。」
作業を始めて監督をしていた技術士官は驚いた。カスバドから渡されていた図面は、現地をよく知る者のように詳細で、見事にダンコウガ郊外の草原に見事にソーラーパネルと、そのユニットが座ったのだ。
「カスバド様は何度こちらにいらしたんですか?」
「いえ、一度も来ていません。それどころか領主館にも街にも入った記録はありません。」
グリンウッドの答えに、技術士官は口を大きく開けている。一度も訪れていないはずの現場のその詳細な図面の通りに組んでいくと、すっぽり窪地にユニット類が入るし、ちょっとした岩場を上手く避けてパネルも配置されるようになっているのだ。
「「さすが大魔導師様だ。」」
二人は作業を眺めつつ、同時に呟いていたのだった。
その頃カスバドは戦神のダンジョンのコアルームで、ダンジョンの編集作業をしつつ現地の様子をモニターしていた。顎に手をあて「ヨシヨシ。」と呟いている。
ダンジョンコアのモニターは、精霊や動物達の目に映る者全てを投影できるようになっていて、これらが存在する場所ならば何処でも見る事が出来るのだった。
ダンコウガから南に視線を移して行くと、旧帝都ガリアンの街がある。そちらには完成したての飛空場が街の真ん中にあり、そこには、巡回任務のついでに発着テストを要請されたトライデル号が停泊していた。
飛空場の周辺には、戻って来た住民達によって商店街や繁華街が少しずつ構築されていた。大々的に飛空船が就航する事を、各街の商会ギルドや冒険者ギルドなどで宣伝したおかげであろう。
しかも今なら建材費などは州が破格で手配し、職人なども商会ギルドが僅かな仲介費のみで紹介するようになっていた。土地代も、ガリアンの街自体がほぼ零からのやり直しのような為、帝都であった頃の1/10以下に設定されていたのだった。
全ては人々を呼び込む為の措置であった。これらに若い商人達が食いついてくれたおかげで、予想よりも多くの人々が、早期にガリアンに定住してくれる事となったようである。第一期の募集の際は、抽選会が行われたくらいであった。
そして現在ベルツ州知事館は、繁華街の外れの方に設置されている。そこではベルド親子が毎日忙しく働いている。今日も飛空場視察に出ている息子に代わって、ベルドが商会ギルドの者達と様々な協議をしているようである。
ギルド長は凄い時代になったもんだと感慨深げである。何しろ以前はどんなにお取次ぎをお願いしても、なかなかお目に掛かれなかった皇帝閣下…今は副州知事閣下であるが、ベルドを目の前にして商談が出来るのである。しかも、対等な立場に近い状態でだ。
これは、異世界から来たユーヤにとって不敬罪なるものがバカバカしく見えて、撤廃とはいかずとも、制度を緩めたからであった。逆に貴族に対しては、不敬罪を乱発する者には監査官を送りつけているくらいであったりする。
そんなユーヤ自身も、王権を弱めて議会側の権限を強めようと思っているのだが、宰相達に「今それをされますと…急激に大きくなったこのリンドバウムが倒壊しかねないと思われます。どうかもう十年はお待ち頂きたい。」と説得されて、議会には提出されていない。
そうして貴族の権限が弱められていっても、やはり家名と云うものに人は拘るものなのであろう。ガンプ伯爵は何とか次男のミハイルに伯爵位を継がせようと、画策していた。
それにはまずは嫁取りをと、見合いを計画してミハイルを屋敷に呼びつけていたが、ミハイルはどんな高貴な令嬢を連れて来ても全く見向きもしてくれない。困った伯爵は、長男のジードに相談を持ちかけるのであった。
「父上…本人が嫌がっているのですから、もう諦めてはいかがですか?」
ジードは溜息交じりであった。しかし、伯爵はすでに引くに引けないようだ。法相様も、家に帰ればただの頑固親父と云ったところであろう。
「お前までもそんな事を…。親として子供に少しでも財産を与えてやりたいと思う気持ちは、子供を持ったお前ならわかってくれると思っておったのに。残念だ。」
「いや、あの、そんなに落ち込まれると困ります。では、父上、ミハイルの要求するハードルに見合う相手を探してみるのは如何でしょう?」
頭を垂れていたガンプ伯爵は、その頭を上げてジードを見つめる。
「あいつからはそのようなものを私は聞いていないぞ。」
「いや、父上が聞こうとしてませんよね?自身の要求だけをミハイルにしておいて。」
ガンプ伯爵はジードに言われて初めて気付いたようで、色々と思い起こしながら目を見開いていた。
「確かにそうであった…。法相たるこの私が…。なんたる事だ。」
ガンプ伯爵は愕然としている。物事は、双方の視点から双方の合意の基に取り決めなければならんと教育してきたのは自分ではないか!と、心の中で自身に叱責しているようである。
「では、ジードよ。お前はミハイルの求める相手の条件と云うものを知っておるのか?」
「はい。毎度ここに苦情…いえ、愚痴を言いに来ているのでよく知っていますよ。」
これを聞いてガンプ伯爵はジードに詰め寄った。それこそ襟を掴まん勢いで。
「なんと言っていたのだ!教えてくれ!!父の一生の頼みだ!」
「一生って…大袈裟な…。まあ、いいですよ。教えますよ。ミハイルの理想はエクステリナのような女性です。譲る気はないようですよ。」
「な、なんと嫁殿のような方だと!?」
それはとても高いハードルに思われた。見目も悪くなく、あれほど器量良しで、よく周りの空気も読めるような娘など早々いるものではない。ガンプ伯爵は頭を抱え込んでしまったようだ。
「父上、そんなに考え込まずとも…。そうだ、アンダーソン家に聞いてみるのは如何ですか?エテリナを輩出したほどの家柄です。ひょっとしたらエテリナに近い者が居るかも―」
「それだ!ジードよく思い付いた!わしはこれからアンダーソン家に行って来る。ありがとう!!」
強引に握手をすると、ガンプ伯爵は取るものも取らずにすっ飛んで行ってしまった。残されたジードは、ポカーンとしたまま動けなくなっているようだった。
「父上。もう夜も遅い時間なんですけど…。」
届く筈もない言葉を、ジードは呟くのであった。
そうして1週間後の事である。ジードに呼び出されたミハイルがジードの屋敷を訪れると、そこにはエテリナに良く似た立ち居振る舞いをし、良く似た容姿の18、9の女性が、エテリナと一緒に給仕をしていた。
「え…あ…兄さん。彼女は?」
そう言いながらミハイルの目は、彼女に張り付いたままだった。
「あ、ああ。彼女はアンダーソン家の縁者でしてね。エテリナとは又従妹になるらしくて。まあ今回都会の生活が見たくて遊びに来たんですよ。」
ジードは思った以上に策にズッポリ嵌ってくれそうになっている弟に、心の中で土下座していた。尤もこの策を計画したのは、誰あろうガンプ家の『段取り女王』様であるのだが。
アンダーソン家に泣きついた伯爵は、翌々日にはこの娘を紹介されていた。そしていつものようにミハイルを屋敷に呼び出して無理矢理会わそうとしていたのだが、実家から連絡を受けたエテリナがそれを制止した。
「彼女とは面識があり、幼い頃は避暑地にある彼女の家で姉妹のように遊んでいました。謂わば妹のような存在です。彼女とミハイル様を見合いさせるなら、勿論賛成で有り、確実な方法をお願いしたいと思います!」
そう言われた伯爵は、「では、嫁殿にお任せしてもよろしいか?」と、ちょっと控えめに聞いてみると「勿論です!!私ならば確実に!」と、横に居たジードが引く程の勢いだったようだ。その後、嫁と舅はガッチリ握手をして、お互い満面の笑みで策を練っていたらしい。
「ミハイル様、お初にお目に掛かります。エテリナ姉様とは又従妹になります、エウロパと申します。よろしくお願いいたします。」
思わずミハイルは出された右手に手を合わせ「よ、よろしく。エウロパ殿。」と答える。すると彼女は聖母のような微笑みを浮かべたのであった。その笑顔にミハイルはクラクラしていたようである。
「お義父様、恐らく現段階で既に作戦は成功の兆しです。午後にでもお越しください。」
『わかった。以後引き続き作戦の遂行のほどを。』
廊下に出たエテリナは、どうやら伯爵と精霊通信で会話しているらしい。それをたまたまトイレに向かおうとしたジードが目撃する。ジードは一瞬固まっていたようだが、見なかった事にした。ガンプ家では、さわらぬ『女王』に崇りなしと云う格言が有るらしい。
そして目論見は上手くいったようで、ミハイルは以前よりも足繁くジードの屋敷に通う様になったのであった。
とりあえず、元帝国の他の場所も
こうして復興していってるよー
と云う描写の後に、ミハイルの見合い話の進展を描こうと
大まかなプロットを組んではいたのですが
前半ちょっと苦戦しました。
後半はいつものフワフワしたドタバタだったので
割とスムーズに描けました。
うん。やっぱり本当はそっちの方が向いてるんだろね。




