第六拾七話 ある日のロータスファミリー
大盛況に終わった飛空艦隊による周遊のあと、フェルナンドは各種説明会や講演会などで引っ張りだことなっていた。彼に弟子入りした青年も、しばらくは鞄持ちのような役割となりそうである。
しかし、青年は現在割と満足していた。フェルナンドの領地では側近として屋敷を与えられ、時には主人であるフェルナンドの代わりに領地視察や運営にも関われていたからである。
それにフェルナンドの奥方のネイや、その娘であるセーラも大変良くしてくれたので、彼は毎日充実感に溢れていた。
朝早く、建設局への出仕前に彼は主人の家の庭の掃除などをするのが日課となっていた。彼なりの御恩返しと云ったところであろう。
「おはよう。グレン。」
「おはようございます。奥様。出仕の時間でございますか?」
「ええ、今おカジの方様がつわりで大変なので、そのお手伝いも兼ねて早めに出ているのよ。」
「王城には専門の侍従達が居るのではないのですか?」
「そうなんですけれどもね。やっぱり経験者が少しでも多く傍に居て、手助けして差し上げる方が良いかと思いましてね。」
「なるほど。確かにそうですね。女将さんはさすがに気が利かれる。感服いたします。」
青年、グレン・ハインリッヒは心からそう思っていた。女将さん…ネイは娘の付き添いとして王城に出仕しているのだが、主人のフェルナンド同様給金の出るわけでもない他の仕事にまで気を遣い、手助けをしている。
そして、成り上がり故に元々の貴族達から疎まれていた筈が、いつの間にか多くの者達を味方にしてしまっていた。
『自分もかく有りたい。フェルナンド様に早く追いつきたいものだ。』
そして現在の彼の目標は、『フェルナンドの右腕』と呼ばれる事であった。
「女将さん、では私もすぐに準備をしてご一緒しますので、少しお待ち頂けますか?」
「あら、ありがとう。では、セーラの着替えでも持っていただこうかしら。」
トライデルまでは毎朝ロータス家の馬車で向かう。ここをネイとセーラが通る事を知っている者達は、馬車が見えると遠くからでも大きく手を振り、声を掛けてくれる。
「ネイ様、セーラ様、おはようございまーす!今朝はお早いんですねー!」
「おはよう!シバリスさんも朝から精が出ますねー!」
フェルナンドもネイも、平民からの出である為か領民にも気軽に受け答えをしてくれる。それだけに、非常に領民からの人気が高い。
「今の農民のご夫婦はお知り合いなのですか?」
「ええ、この土地に着任当初から、よくお野菜をお裾分けに来てくださっているのよ。」
「あのおやさいはとてもおいしくて、セーラもだいすきです。」
「そうなんですか、お嬢様。では、今度私がそのお野菜でサラダを作って差し上げますね。」
「ありがとうございます。グレンさん。」
トライデルの街門に辿り着くと、衛兵が朝から一台一台身分証の確認をして回る。しかし、ロータス家の馬車を見つけると、その前に居た馬車に端に寄るように言っている。
「おはようございますネイ様、セーラ様。今朝はお早いのですね。私が先導致しますので、御者の方はそれに続いてください。」
そうして笑顔でネイ達は案内される。
未来の女王たるシア様のお付であるセーラに対して衛兵達は、周りの貴族や商人達に何を言われようとも優先順位が高いようである。
「ごめんなさいね。朝のこの時間は混むのを忘れていました。次からは時間をズラすように致します。」
ネイが頭を下げると衛兵は恐縮しながら答える。
「そんな、ネイ様。建設大臣夫人に頭を下げられては我々が困ります。これも我々の職務なんですから、お気になさらずにご出仕ください。」
「んー…では、皆さんでこれを召し上がってください。パンケーキです。いつもお仕事ご苦労様です。」
「え!よ、よろしいんですか?!ありがとうございます!!皆喜べ!ネイ様から差し入れだー!」「おー!マジか!!」「休憩時間にいただきます!ありがとうございます!!」「ネイ様の手作りらしいぞ!」
今までにも何度か差し入れをしていたようで、ネイの手作りパンケーキは衛兵達からの評判が良い。しかし、これは本来はセーラのおやつとして持参した物であるため、セーラが微妙な表情を浮かべている。彼女とて、まだ7つか8つの少女であるのだ。
「ほら、そんなお顔をしないの、ちゃんと他にも用意してありますよ。アルテイシア様お付のセーラ・ロータス閣下。」
母が微笑しながらそう言うと、少女は満面の笑顔で応えたのであった。
午後のティータイムを終えると、シア様と双子は乳母達に連れられて子供部屋へ移動する。お昼寝の時間である。
それを見計らってヴァルキュリア団長が、ニコニコしながらセーラの元を訪れる。
「こんにちわセーラ。」
「こんにちは、エクステリナせんせい。」
この空き時間とも云えるシア様のお昼寝の時間は、セーラのお勉強タイムとなっていて、以前は侍従長が色々教えていたのだが、周遊旅行の後からは、エテリナが先生をするようになった。
エテリナとしては実は女の子が欲しかったらしく、この話が決まった晩は嬉しくて眠れなかったそうだ。
余談だが、ここに通う様になってからは疲れて帰ってきたジードに「女の子が欲しいの!もう何人かがんばりましょうよ。」と、以前よりも積極的になったらしく、ジード団長が以前よりもやつれていらっしゃるらしい。
それに触発されてか、副官ブランの奥方も頑張ったらしく、目出度くおカジさん同様に現在つわりで家事休業となっている。
「では、私はお方様の処へ行っておりますね。娘をよろしくお願いします。」
そう言ってネイが退席をすると、エテリナ先生は木剣を取り出す。
「さて、今日は剣のお稽古をしましょう。主を守る事も側付きの仕事ですからね。」
そうエテリナが優しい笑顔で告げると、セーラは真剣な眼差しで「はい!よろしくおねがいします。」と答えて木剣を握る。
ヒュン!ヒュン!と音を立てながら素振りをするセーラを、優しく見守るエテリナであるが、時折入る指導の際には、鬼のような形相をする。
「声が小さい!お腹から出して!」
「はい!」
「大きな声は相手を威圧し、それだけで牽制となります。声で相手を倒すつもりでおやりなさい。」
「はい!」
体でセーラも、エテリナのメリハリの利いた対応のような物を吸収していく。彼女は剣術を教えながら、どうやら上に立つ者の在り方をも教えているようである。
そうして半刻あまりの後、汗びっしょりになったセーラをエテリナは持って来ていたタオルで拭ってあげていた。
「ごめんねセーラ。先生今日はちょっと厳しかったかしら?」
「いいえ。そんなことはないですよ。エテリナ先生の授業は、いつもたいへんお勉強になります。」
「ん~ヨシヨシ!じゃあ、今から先生が作って来たアップルパイでも食べましょうか。」
「え!いいんですか?」「いいのです。運動などで疲れた後は、甘い物の摂取は大事な事なのです。」「はい。わかりました!」
ニコニコ笑うセーラの顔を見て、エテリナもニコニコ笑いながら、授業の内容は女子会へと変わるのであった。エテリナ曰く「これも大事なお勉強よ。」との事である。
夕方になり、ロータス母子はグレンと共に飛空場へとやって来ていた。以前と違い風防設備も付いて、いっぱしの空港ロビーといった風情になっている。暫く待つとフィィイイと云う魔導力エンジンの音と共に、旗艦リンドバウム号が上空からゆっくりと降りて来た。大陸巡回の帰りであろう。
乗降ハッチが開き、そこから降りて来る兵隊達に紛れて、スーツを着たフェルナンドの姿があった。
「パパー!」
セーラが手を振ると、フェルナンドが重い荷物を抱えたまま走り出した。今回のザンバードでの出張勤務は1週間ほどであった。抱える荷物の大半はお土産品であろう。
「セーラ!ネイ!」
手が塞がっていて手を振れないフェルナンドは、精一杯の声をあげている。
今現在は艦船しか停まらないため、特に意味のない入場ゲートを足早にフェルナンドは潜り、妻子の待つロビーへと急いでいる。部下達は気を遣い、特に呼び止めもせずに建設大臣の背中を見送っていた。
グレンは主の傍に駆け寄ると、その荷物を持った。セーラはそこへありったけの笑顔でフェルナンドに飛びつくと、彼はそれを受け止めてハグする。
「ただいまセーラ!また更に一段とレディーに近づいたようだね。」
「貴方、1週間やそこらじゃそんなに変わりませんよ。」
夫婦は笑顔で会話する。
「いやいや、セーラとネイがいない1週間は、私には1ヶ月にも2ヶ月にも感じられたよ。」
「もう、お上手なんだから。」
フェルナンドとネイは腕を組み、セーラはパパの手を握って馬車まで歩いた。
「グレン済まないな。下働きのような事をさせて。」
「いえいえ。屋敷まで与えられている身分です。お世話させてください。」
帰りの馬車の中、フェルナンドの土産話に花が咲いた。気付けばセーラは、大好きなパパの腕の中でスヤスヤ眠っていたようであった。
後半部、描きながら頭に浮かんだのは
『大草原の小さな家』だったりします。
この〆部分のためだけに今回は描いてました。
因みに、今回は前回の話しから数ヶ月経ってます。
そして次話はこの話から1ヶ月くらい前に遡るかと思います。
そんな感じで、暫くは時系列がフラフラする事と思いますが
よろしくお願いします。




