第五拾五話 海戦
帝国艦隊旗艦『カラシン』は、予定の習熟訓練を終えて、ようやくザンバードの沖合20キロの地点に訪れていた。他の四艦もそれに続いている。
「艦長、時化もなく良かったな。処女航海で時化なぞ喰らっていたら習熟もクソもなかったっであろうな。」
「はっ!皇帝閣下、誠にそのとおりであります。初陣を前に沈んだとあっては、物笑いの種となっていた事でしょう。」
そのようにブリッジで歓談する二人の後ろでは、ゼフィールドがバケツを持って青い顔をしていた。
「ろ、ロン…タオルの替えを持って来てく…う”えっ!」
ゼフィールドは船酔いに苦戦していた。帝国の剣聖殿は三半規管がお強くないようである。
ロンが苦笑いをしながらタオルの替えを渡すと、ゼフィールドは口の周りを拭い、そして残っている綺麗な部分で涙を拭った。
しかし、これは見事に悪手であった。口元に付いていた汚物の匂いを嗅ぐ事になってしまったからである。ゼフィールドの呻きは更に加速する事となってしまった。
「…ゼフよ。何故にお前はここで頑張っておる。甲板にでも出た方が良くないか?」
ベルドが呆れ顔で声をかける。
「へ、陛下、わ、わ、私はカイザーブレード筆頭としてお、お、お傍に…ぐヴっ!」
皇帝は顔に手をやりながらロンに手を振った。あっちに連れて行けと云う意味であろう。
それを理解したロンは、ゼフィールドに肩を貸して無理矢理退出した。しかし彼もゼフィールドの口周辺から漂う異臭に、思わず貰いゲロを吐きそうになっていたのだった。
その様子を見ていた皇帝閣下は、更に手で顔を覆い呟く。
「情けない…。」
艦長は笑いを必死で堪えていた。操舵手なども下を向いて必死に堪えている。ベルドはそれに気付くとゴホン!と一つ咳払いをした。
「諸君、何とも情けない処を見せた。これより我が艦隊は敵領域に入るのであろう?油断なく進んでくれ。」
「「「はっ!」」」
綺麗な帝国式の敬礼が返ってきてはいたが、誰もがその口元を緩ませている。その様子を見ながらベルドは「我が軍もリンドバウム式になりつつあるようだな。これも止むなしか。」と溜息を吐いていた。
そうして、沖合10キロ地点にまで辿り着き、左舷各砲座を調整していると、陸地から鳥の群れが飛んで来ているのを見つける。いや、よく見れば鳥ではない。鳥人魔族であった。
「何故連中がここに!?」
「まさか皇子は魔族と繋がっていたのか!!」
「甲板に魔銃部隊と魔導師隊を出せ!!」
一気に艦隊各所は予想外の敵のために喧騒に包まれた。
「ロンはブリッジに呼べ!ゼフィールドとカスバドには甲板に出るように伝えよ!」
ベルド皇帝もお付きの者達に指示をだしていた。
対空砲などと云う思想はこの艦にはない。空を飛ぶモノなど限られていて、範疇になどなかったのだ。
「今なら魔導砲の発射角ギリギリでいけそうな気がするがどうだ?」
「やらせます!」
ベルドの問いに艦長が答えた。
「では左舷1番から3番砲塔、照準敵飛行部隊!!」
「魔導伝達率80%です。」
「構わん!撃てーーーっ!!!」
ボシュゥ!ボシュゥ!ボシュゥ!と三連続で魔導砲の発射音が鳴り響いた。一発目はまともに鳥人魔族の群れに命中していたが、二発目三発目は、それほど多くの敵に命中してはいないようだ。魔族も地上戦で学習していたと云う事だ。
「各砲座は収納せよ!本番前に叩き壊されるわけにはいかん!!」
艦長の命令にクルーは敏速な行動で応える。
甲板上では口元にタオルを当てているゼフィールドと、休息から目覚めたばかりと云った雰囲気の少年カスバドが魔銃隊、魔導師隊、そして弓隊と共に構えていた。また、これらの一斉射のあとで彼等を守るべく、盾と剣を持った騎士達も通路で控えていた。
「ヴ…もう少し…も、もう少し待て…充分に引き付けろ。ぐうっ!」
「ゼフィールドよ…お主なっておらんぞ…。」
「う、うるせー爺…い!ぐふっ!」
カスバドも呆れ果てているようだ。「いいからお前は乱戦になるまで下がっておれ。通路から先に敵を入れなきゃ勝ちじゃ。ほれほれ。」とゼフィールドを追いだしていた。
「さて、お主ら。ここからはわしが指揮を執る。相手がもっと接近するまで待つようにの。」
「陛下!私も甲板に降りるべきでは?」
ロンはブリッジから甲板上の一連のやり取りを見ていて、気が気ではないようだ。しかし皇帝に「敵は空からだぞ?いつこのブリッジにも侵入されるか判らんのだ。堪えよ。」と言われ引き下がった。
魔族軍が前方50メートルの位置まで来た時に、初めてカスバドは指示を出す。
「全軍最大火力、最強スキルを以って撃ち抜け!いけえぇぇええええ!!!」
そう叫びながらカスバドも、手に持つ杖から巨大なフレアを撃ち出した。火炎系極大魔法『フレア・ノヴァ』であろう。旗艦『カラシン』を含めた全艦の上空で巨大な花火が打ち上がった。
「今じゃ退避!魔銃部隊はもう一発かましてから退避せよ!!」
ドパパパパーン!と謂う射撃音と共に、非力な遠距離攻撃職の者達が一斉に下がると、爆煙治まらぬ甲板には、剣や槍を携えた者達が雪崩れ込んだ。爆煙に視界を遮られていた生き残りの魔族は、それと気付かずに甲板に降り立って、次々と斬られていった。
カスバドは戦況を見ながら魔導師数人に声をかけた。
「そこに転がっておるバカモノに、精神安定の魔法でもかけてやれ。少しは落ち着くかもしれん。」
バカモノとは、勿論ゼフィールドの事である。遠近入れ替わりの際に邪魔になったので、カスバドに蹴飛ばされて、そのまま皆に踏みつけられたようだ。戦闘もしていないのに傷だらけになっていた。
「あ、あの大魔導師様…傷の手当は…。」
「放っておけ。唾でもつければ治るじゃろ。」
「か、カスバド…このじじい…。」
ゼフィールドはようやく船酔いから解放されたようであるが、本人は怒りで気付いていない。
「ようやく元気になったようじゃの。それ、敵が待っておるぞ。いけいけ。」
謂われてようやく気付いたようで、ゼフィールドは剣を片手に甲板へと駆けだしながら悪態を吐くのであった。
「じじい!船酔いの回復魔法があるんならとっとと使えよ!あとで覚えておけ!」
それに対してカスバドは、含み笑いをしながら小さく呟いた。
「だってわし、使ってくれと頼まれておらんもん。それに面白かったしのう。きしししし♪」
周りに居た魔導師達は、生温かい視線を少年の姿をした大魔導師様に向ける。
この人、なんて最低なんだろう、と。
一方、甲板上では既に激しい乱戦となっていた。かなりの数を魔導砲と遠距離攻撃職の部隊が撃ち落としたのだが、まだまだ残敵は多かった。
魔族としても海上の為逃げ場もなく、砲撃などで翼を失った者などは、戦うしか道が残っていなかったのだ。
「捕えられる者は捕えよ!事情を吐かせるのだ!」
しかし、ラウズ大陸と袂を別った鳥人族には、ラウズの民と共存などと云う思考はない。捕まれば待っているのは拷問と死だと思っている。恐らくこれが反対の立場であっても、そう思う事であろう。ラウズの民がオーガ大陸で捕まれば…。
それ故に彼等は死を選んで逝った。捕縛されれば自刃した。
その光景をロンはやり切れない思いで見つめていた。皇帝は目を閉じていた。艦長は頭に被った制帽を目深にして視界を遮っていた。
「艦の損害は軽微。航行に支障はありません。」
その声を聞き、艦長とベルドはようやく閉ざした視界を開いた。甲板には幾つもの血溜まりが出来ていた。夥しい数の死体は、甲板の隅に運ばれていた。
遠くには城を目指して飛んで行く魔族が見える。どうやら諦めて撤退してくれたようである。
「不毛だな…。」
ベルドの呟きにロンが頷いた。
艦長は、また制帽を目深に被った。そうしながら指示を出す。
「目標、ザンバード城海域。微速前進。」
クルーが復唱しながら慌ただしく動き出した。戦闘員が休憩に入っても、彼等には目的地に着くまで休息はない。
甲板上のゼフィールドは、ザンバードの城があるであろう方角を、波の音をききながら見つめていた。この不毛な戦いの元凶を、見定めるかのように。
ゼフ君ごめん。
何かね
海戦描こうと思ったら
ゲーゲーしてるとこしか浮かばなかったんだよ。
別にゼフ君が嫌いじゃないんだYo-!




