第四拾八話 それぞれの思惑
『この度の国難、誠に難儀である事と思う。して、我に何用であるか?前最高神を始祖に持つ、その神官の民よ。』
「は!こちらから戦神様をお呼び出しするなど、誠に不躾とは思いましたが、此度の国難により国土を焼かれ、我々も意を決しました事をご報告致したくお呼びたて致しました。」
ツクヨミの前にはヤタノ鏡、ヤサカニノ勾玉、クサナギの剣が置かれ、それらが共鳴し合うように鳴動していた。ヤタノ鏡の向こう側にはツクヨミの姿ではなく、戦神の姿が映し出されている。
『よい。その力は前最高神アマテラスオオミカミと、その神族より賜ったもの。我もそれらについては把握しておる。そして本来ならばそちら神官の民が、このラウズの支配者となる筈だった事も熟知しておる。』
「はい。しかし我々の先代達はそれを拒み、ラウズの防人となりました。」
彼等は、サガが昇神に昇神を重ねて最高神となる以前の神々の末裔である。そう彼等は、前最高神の時代に於けるユーヤの立場であったのだ。しかし彼等エルフ族はそれを選ばず、魔王に対する防壁の役割を選んでいた。国が大きくなれば、防衛も困難を極める故に個を選んだのだ。
「しかし我らの先人の、大陸の防衛と云う消極的な対応が、此度の混乱の要因となってしまったと我々は考えます。故に現最高神で在らせられる戦神様の部族であるヒト族に、戦神様が此度の神託をされたと理解いたしました。」
『して、うぬは何と致す。』
ツクヨミは目を閉じて幾何かの沈黙の時を過ごした。答えは出ている。しかしこれを告げてしまえば、先人達のして来た事を無駄にするのではないか?この行為は逃げではないのか?と逡巡をしていた。
『ふむ。そちの思うておる事は、確かにそのとおりであるのかもしれぬ。しかし我が示した道ぞ。この後の世における責を問われるとすれば我だ。そして勇者王の一族である。故に気に病む事はない。』
考えている事を全て読まれている事に、ツクヨミは内心狼狽したが、それも神ゆえであるなと納得をして目を開いた。
「この度の神託の件、我らエルフ族承知いたしました。動乱治まりし時、勇者王に全てをお預け致します。勇者王は我が孫娘の夫でもある身、信頼致します。」
『わかった。奴には我の方から告げておこう。ラウズの防人としての任、これよりも頼むぞ。』
そう告げると、ヤタノ鏡の戦神の姿は消える。そして、それまで鳴動していた三種の神器もその動きを止めたのであった。
「お疲れ様です。御門様。」
ミカガミが膝を付いて伏していた。その横にはテンゴウがやはり膝を付いていた。
「これより我々は、現人神と云う何千年もの呪縛から解き放たれ、真の意味でこの大陸の防人となった。此度のご決断をこのテンゴウは、そう理解致します。」
ツクヨミは溜息をつくと「そうだな。そう理解した方が前向きと言えよう。」と、重苦しい表情を解いて二人に微笑した。
「テンゴウ、それ故に頼みたい。この砦での警戒は我々が行なう故、貴公は勇者王の支援に向かって欲しい。老いさらばえたとは謂え我もまたツクヨミの者。まだまだ魔王軍なぞには遅れはとらん。」
テンゴウはツクヨミの瞳を見ると、ゆっくりと頷いた。
「この身命に賭けて、勇者王をお守り致します。」
そう言うと、テンゴウはツクヨミからクサナギの剣を受け取って、急ぐように退席した。身一つで赴き、先に現地に行っている五大老四氏族を纏め上げるつもりのようである。
テンゴウが廊下を足早に歩を進めていると、リンドバウム軍レギオン総大将ミハイルが、謁見の間の前に待たされていた。それを見つけたテンゴウはミハイルに一礼をして語りかけた。
「ミハイル殿、何か報せであるなら我が聞こうか?我もこれよりリンドバウム軍の支援に向かう身である為長い話しはできぬが。」
「テンゴウ閣下も向かわれるのですか!?では、私と共に参りましょう。国内もだいぶ落ち着き、一部の部隊を残して陛下に合流しようと思い挨拶に伺ったところです。」
「おお、それは心強い。身一つで向かおうとしていたところだったのでな。共に参ろう。御門には我の部下から伝えさせる故。」
「大将軍閣下が身一つで!?」「気にせずにいてくれ。実はよくやるものでな。部下達にも警戒されておる。」「あははは!これはいい。うちの陛下といい、テンゴウ殿といい、私はよくよく面白い方々と知り合うものです。」
「そうか、勇者王閣下もそのような御仁であったか。この先うまくやっていけそうであるな。では、ミハイル殿、これで堂々と城を正面から出れる。よろしくお頼み申す。」
ミハイルはテンゴウのどこか爽やかな笑顔に微笑みながら同道した。リンドバウム軍総進撃の、一日前の事であった。
「本当に酷いものだな。」
ベルド皇帝はユーヤ達と共にガリアンの街の中を進軍していたが、あまりの帝都の変わり様に深く溜息をついていた。かつて人々が往来し繁栄していた帝都には、人っ子一人居る様子もなく、廃墟と化していた。
建物の焦げた匂いと、人が焼けた匂いなどがいまだに立ちこめていた。道端に焼け焦げた人形を見たマリオンが、涙を落とす。ジードはその惨状に歯噛みしているようだった。ユーヤもまた、眉間に皺を寄せていた。
「陛下…。部下達に回らせましたが…生存者は今のところいません…。」
「そうか…。辛い役回りをさせたなブラン。」
「滅相もない。これが戦場と云うものです。そう理解しています…。」
ブランもまた、ジード同様に歯噛みをしていた。理解はしていても、やはりこれは酷いと。
そしてカイザーブレードの二人は沈黙したまま、城のある方向を睨み付けていた。ロンに至っては、目の端に光るものさえあった。
―民までも焼くとは…このような事をされる方とは思いもしなかった…。カリギュラス様…。貴方への恩は貴方を討つ事で返させて頂く。
「ほう、勇者王本隊は帝都に動いたか。」
「は!皇帝閣下も御同道されているとの事です。」
カリギュラスは部下を一瞥するとフンと鼻を鳴らした。
「老いたな父上。やはりリンドバウムにこの帝国を売ったか。ならば次は容赦は出来ぬな。」
自身の領地ザンバードにある居城の広間で、カリギュラスは赤いマントを翻し帝都のある東を見ていた。
「戦神の神託がなんだ!それが真実だと云うならば、リンドバウムにくれてやる前に、全てを灰にしてやる!!」
終末思想とでも云うべきなのであろうか?カリギュラスの心は暗い炎に燃えていた。兄弟達を屠った男は、自らの国をも焦土と化すつもりのようであった。
「閣下。このゼハルト、どこまでも御一緒いたします。」
カリギュラスの後ろには、皇国のアシカガ氏を扇動した男、ゼハルト・ブリュッセンが控えていた。カリギュラスの古くからの側近である。
「この度の皇国での働き、ご苦労であった。皇国の領土の1/3は焦土としたようだな。」
「はい。リンドバウムに邪魔をされてしまいましたが、相当な打撃を与えた事と思います。閣下の方は?」
「こちらはリンドバウム本国を勇者王不在の今ならと思ったが、まるで歯がたたなかったようだ。クーガーとヒューズが控えておったようだしな。」
「クーガーとヒューズが控えですと!?謂われてみれば我々の方に赴いて来たのは、例のヴァルキュリアとガンプの次男でした…。」
「それに妙な機械兵器による攻撃によって、かなりの打撃を受けた。」「閣下の方もですか。あれは相当厄介です。」「ゼハルトよ、このままでは…。」
「閣下、ご心配には及びません。貴方にはこの私ゼハルトが憑いているのですから。」
そう言ったゼハルトの瞳が真っ赤に光ると、カリギュラスは落着きを取り戻して席に着いた。まるで何かの暗示にかかったように。
「そうだな。ゼハルトさえ居れば我が陣容に障壁なぞはない。」
そう言ったカリギュラスの瞳は、虚ろな色をしている。ゼハルトは仰々しく頭を下げると、ニヤーと口元を歪ませていた。
「閣下にはまだ働いていただきますよ。この帝国がなくなるまでね。ククク。」
ゼハルトの呟きは、カリギュラスに届いてはいない。彼はただ虚空を眺めているようだった。
帝都の朽ちた王城では、ユーヤ達とベルド皇帝の部隊とで捜索が続いていた。瓦礫を僧兵達が土魔法で掘り起し、王宮騎士団や帝国兵達がそこを調べる、と云った作業がそこかしこで黙々と行われていた。
仲間の遺骸を弔おうとカイザーブレードの二人は、皇帝寝室に仁王立ちして朽ちていたラドクリフを城の庭に運び終えると、魔導ギルドのあった区画へと向かう。灰になったカスバドを回収する為にだ。
二人は黙ったままカスバドの灰を箒で集め、袋に入れていく。帝国最強と言われた大魔導師、賢者カスバドもこうなってしまっては見る影もない。
半分自棄になっていたゼフィールドは、回収し終わると雑にその袋を荷車に放り込んだ。すると…。
「こりゃ!ゼフィールド!!年寄りを粗末に扱うでない!」
ゼフィールドとロンが総毛だった。投げた袋からカスバドの声が聞こえて来たのだ。
「おばおばおば、おばけ!?」「ひ、ひぃ!」
「カイザーブレードたる二人が何と云う声をあげておるのか…嘆かわしい。いいから早くわしを袋から出さんか!」
二人は恐る恐る袋に近づき、袋の結び目を解く。中からは一人の少年が顔を出した。二人は驚いて同時に後ろへ後ずさった。
「何を驚く!わしじゃわし。カスバドじゃ。…ん?これは肉体の再構成に失敗したのか?ああ…ふむふむ。灰となってしまったのでどこかに飛ばされて足りなくなったのか。」
少年は顎に手をやり、独り言を言いながら何やら考察している。言動からカスバドではあるらしい。
「まあ、若返ったことだし、よしとするかの。」
ゼフィールドとロンは未だにアワアワしている。それを見やったカスバドは「二人共いつまで狼狽えておる。目の前の現実が全てじゃ。それより何か着る物をくれんか。さすがにそこまでは再構成する魔力がもうないわい。」
ガハハと言わんばかりの笑顔を見せると、二人は目の前の現実とやらをようやく呑み込み、ロンがリンドバウムの捜索員に声をかけて着衣の工面を始めると、ゼフィールドは取り敢えず自身のマントをカスバドに渡した。
「爺さん。これはどういうこった?灰を集めたら生き返るなんて聞いてないぞ。」
ゼフィールドは少年の姿のカスバドに悪態を吐いた。よっぽど肝を冷やしたのであろう。
「口の悪い奴め。そんなことペラペラ喋ったら、このような事態が起きた時に灰まで処分されてしまうであろうが。」
「まあそうだな。しかし俺等にくらいは何か言っててくれれば、もうちょっとまともに灰を集めたかも知れないじゃないか。」
「いやいや、若返らせてくれて感謝しておる。おかげで後80年は普通に生きられる。多少の知識は飛んだようじゃが、そんなものはまた構築していけば良いだけの話しじゃしな。」
はあ、とゼフィールドが溜息をつくと、丁度ロンが衣服を持って走って帰って来るところであった。
「何にしてもお主らが健在と云う事は皇帝陛下も健在じゃろ?それに見たところこの様子では勇者王も御来訪といった処かの?落ち着いたら後で二人に会わせてくれんかの。」
ゼフィールドは「へいへい。」と言いながら、カスバドを手伝った。丈の合う子供用の衣服なぞないので、ブカブカだ。
その姿を見て、ようやくゼフィールドとロンは笑い声をあげた。城陥落の日から初めての笑顔であった。
ようやく役者が揃い始めました。
あとは上手く踊ってもらいたいと思います。
ここまでの演出を活かせ切れればいいんだけど。(脂汗)




