第四拾五話 海獣
「あちゃぁ…そうかぁ、私あれを倒したわけじゃなくて、封印しただけだったっけ。」
アクエリオスの桟橋の上にイッカクと思しき海獣が座り込んでいる。大きさは15メートル以上はある。かつて500年前に、マリオンが倒したと記憶していた魔獣…海獣だった。
「お姉様。朝の散歩の気分が台無しですね。」
「お嬢様、そんな呑気に構えてられる相手じゃないかと思うのですが?」
一行は入り江の教会に一泊し、気分良く散歩をしようとしていたらしい。しかし、昨日の姉妹の会話が前振りであったかのように、そこには奴が居た。
前振りなんだけどね。
「そうね。」
「お姉様、エレーナとしてはフラグ立てるのは別の時にお願いしたいのです。」
海獣の出現と共に、入り江一帯は暴風が吹き荒れ、エレーナのツインテールが角のように逆立っている。武器は一応敵国内と云うことで、三人とも持参していた。ただエレーナとロイエルは、例のキンピカ鎧ではない。またマリオンも普段着である。
「フラグってエレーナあんた…言うようになったじゃないの?誰に教わったのよ!?」
「ウテナ様ですよ。」
ロイエルが手を叩く。
「納得です。」
「うわぁ、ロイエル2ポイント減点。」
「何ですかそのポイントって?」
「ユーヤがあんたの事採点してるらしいわよ。」
「え!?いつの間に?」
海獣さんを放っておいて、クレィル家は和んでいるようにも見える。
「あんたらどこの貴族様か知らんが、早く逃げろ!!」
漁師が必死に叫んでいる。手には大きな銛を持っている。
「あれいいわね。ロイエル借りていらっしゃい。貴方なら使えるでしょ?」
「はあぁあ!!?」
悪気のないツインテールな主の一言に、ロイエルは口から内臓を吐き出さんくらいに叫んでいた。
「ほら、貴方のご主人様の命令よ、行ってらっしゃいロイエル。」
こちらはその姉上の、冷酷な一言である。
「わかりましたよぉ。その代り街に行ったら何か奢ってくださいよ。」
そう言いながらロイエルは漁師の許へ行き、頭をペコペコ下げて銛を借り受けていた。漁師には冒険者だと言って譲ってもらったらしい。
「じゃあ、まずは私がララバイで眠らせるから、あとよろしくね。」
マリオンは魔力を歌とギターに籠める。まずはGコードから始めC、Dと緩やかに奏でて行った。
ラララ~♪
魔力を通したマリオンの歌声が、暴風の中で海辺に響き渡る。その歌声はセイレーンか人魚かと漁師達が騒ぎ始めた。
ヴモモォと一角獣が、首を振りリズムに合わせている。やがて、動きが鈍くなっていき、コテンと首を地面に着けた。それを確認したロイエルは、銛を片手に桟橋に向かって全速力で駆ける。
「お嬢様ー!見ててくださいよーーー!後でしっかり奢ってもらいますからねぇぇええ!!!」
全力で魔力を銛に籠めてロイエルは投擲する。銛は風を薙ぎ、波を払って一角獣へと一直線に飛翔した。
ズドドドーン!と大音響を放って銛は一角獣を打ち抜く。それを眺めていたエレーナお嬢様は、手を叩いて褒め称えている。
「さすが私の側付き!よくできましたあ!」
「楽師じゃあの大きさになると、音撃魔法のソロなんかじゃ倒せないのよね。ロイエル、ポイント10ね!」
普段これほどロイエルを褒めない二人がウキャウキャワイワイやっているのを、ロイエルは冷めた目で見ていた。
「お二人共、褒めるだけで済まそうと思ってらっしゃいませんか?」
その言葉を聞くか聞かないかと云ったタイミングでマリオンが走り出していた。
「さあ、教会まで競争よ!」
「負けませんわ、お姉様!」
脱兎の如く駆けて行く姉妹を、ロイエルは呆れながら追い掛けた。
「なんか、エクステリナ様の苦労がわかる気がしています…。」
ロイエルの呟きは、風に流されて行くのであった。その後ろでは漁師達が大喜びで海獣の解体をしていた。しばらくは遊んで暮らせると。
「冒険者の人ーー!ありがとうーーー!!」
やはり風に流されて、漁師達の声は三人には届いていないようだ。槍を担いだ少年と、その主である姉妹の話しは、それから少なくとも100年程は語り継がれていくことになるのであった。
「なんで、お三人共に潮だらけなんですか?」
朝まで影達の報告書と睨めっこをしていたヨーン参謀司令殿は、どうやら不機嫌であるらしい。潮塗れの三人を恨めしそうに見つめている。
「ちょっと朝の運動を…。あはは~♪」「お妃様、ここまでご協力頂いている事は誠に感謝しております。しかし、ここへは観光に来たわけではない事を―」
朝っぱらからヨーンのお説教会が始まってしまい、皆が朝食をいただけたのはかなり日が昇ってからとなってしまう。ヨーンの八つ当たりでしかないような気もするが…。
一行が街へと更なる情報収集に向かおうとした時に、教会に大きな荷物を積んだ荷馬車が到着した。中身は今朝の海獣の肉だ。教会にお裾分けに来たのであろう。
「ああ!あんたら今朝の!そうかそうか、神父様の御客様だったのかあ!」
事の子細を知ったヨーンにマリオンは謝られたが、観光気分であった事は否めないのでと、頭を上げさせたのだった。
「え?疎開されて来たお貴族様ですか?」
「そうです。ズィーゲ男爵家を知りませんか?」
「ああ、ズィーゲ様なら、この反対の浜辺のコテージじゃなかろかのう?」
朝の運動は無駄ではなかったようだ。肉を運んできた漁師達が、その所在を知っていたのだ。ヨーンは漁師達に謝礼を包むと、今一度マリオンに頭を下げた。
「申し訳ありません!マリオネート様のおかげで所在が判ったと云うのに!本当に本当に面目次第もございません!!」
「いえ、あの、本当にいいから。私達実際観光しちゃってたわけだし…。だから顔を上げて。お願いだから。」
「そうですヨーン様。そんなに畏まられると、逆に私達が恥ずかしくなります。」「そうですよ。朝の散歩がしたいなんてエレーナ様がおっしゃってこのような事に―」「待ちなさい。なんか私が悪いみたいじゃないのロイエル!」
「はいはい、ストーップ。兎に角そのコテージへ行きましょーう。ここからなら15分くらいでしょうけど、善は急げと言うでしょ?」
マリオンの一言に一同は頷き、再度漁師達に礼を言って出発する事になったのであった。
これでヨーンの目的が果たせると、皆が安堵した。
「煙が見えませんか?」
「あれは浜辺の方ですね。」
コテージへの道程を安穏と歩いていた一行であったが、その視界には燃え上がる幾つかのコテージが見える。その時ヨーンは、何も考えずに走り出していた。そしてマリオン達もそれに続いた。
―姉さん!姉さん!エスメラルダ姉さん!!
彼の心の慟哭が、エレーナやマリオン達にも聞こえてくるようであった。
浜辺に着くと、5つのコテージが轟々と燃え盛っていた。周囲には逃げ惑う人々と野次馬でごった返していた。ヨーンは人ごみを掻き分けて衛兵が遮るのも構わずに、その最前列へと躍り出た。
―なんだ?!なんでだ!なんでこんな事に!!!
「姉さん!!エスメラルダ姉さぁああああん!!!」
遂にヨーンは叫んでいた。感情を爆発させ涙を流しながら。
幼い頃には父と母の代わりに自分を育ててくれた姉さん。
時には母のように優しく頭を撫でてくれた姉さん。
父のように叱ってくれた姉さん。
苛められれば逆に俺を怒った姉さん。
星を一緒に数えてくれた姉さん。
姉さん。姉さん。姉さん。
姉さぁああん!!
「ヨーン。こんな近くで大声あげないでよ。」
―え?
「近所の人が火事だしちゃってー、仕方なく旦那と避難してたんだけど、なんか貴方によく似た人がいるなあと思って、後ろをついて来てたのよー。」
「え?姉さん?元気なんだね。あれ?え?うそ?」
ヨーンは感情を爆発させた自分が恥ずかしくて仕方ないようで、挙動不審な行動を始めていた。後ろをついて来ていたマリオンとエレーナ達も口をポカーンと開けている。
そして、堰を切ったようにマリオンが笑い出したのを切っ掛けに、ヨーンも笑い出した。
エレーナとロイエルは二人がどうかしてしまったのかと心配になり、エレーナがマリオンの背を、ロイエルがヨーンの背を摩ったのだった。
摩られながらヨーンは泣いていた。「ああ!俺バカだなあ!」などと言いながら。
マリオンは…本気で笑っていたようだ。どうやらドツボに嵌ってしまったらしくヒィヒィ言っている。そんな姉にエレーナも呆れ、一先ず放置してヨーンの許へと向かった。
「任務完了ですよね?参謀司令殿。」
ロイエルの言葉に、目の端に涙を溜めたヨーンが大きく頷いた。
「ああ、ありがとう。ロイエル。」
気付いたら予定よりも短くなっちゃいました。
ええ。ノリだけで描いてみたら、消さなくちゃならないものが多すぎて
修正したら見事に短くなってました。(爆)
足す気力がなかったもので…。(ぉい)
この姉妹で話を綴ろうとすると、いつも暴走しちゃうはずなんですが
活躍をロイエル君に割り振ったら
二人共良い子にしてくれました。
ありがとうロイエル君。
筆者から7ポイント!




