第四拾弐話 三人目
皇国のダンジョン第二層の某所への転移ゲート手前の部屋で、ライガとミノタウロスの打ち合いは続いていた。
鋼のメンバーは要所要所で上手く牽制をしてくれている。そのおかげでライガは今のところ無傷ではある。ホージョー家のエルフ達は、女性士官カジを中心に陣形を組み直して、主に弓矢で援護をしていた。帝国兵も無傷な者は、ライガと共に盾役となり戦況を支える。
しかし、ディフェンスをしながらのため、ライガも決定的な一打を放てないでいた。それでもライガの表情はどこか活き活きとしている。強敵と対峙している事で胸が躍っているのだろう。
ライガの大刀が軋む。しかし折れない。それは、これもまたユーヤのお手製である為だ。
「陛下特製の大刀だ。早々貴様に折れる物ではないぞ!」
そう叫ぶと、ライガは横に払う。だが、ミノタウロスの表皮に僅かに傷を付けただけであった。
三合、四合と打ち合うが、ミノタウロスにどれ程のダメージを与えているのかたかが知れているようだ。ライガの疲労の方が激しい。
そしてズガーン!と云う音と共に、ライガの手にしていた大刀が宙を舞った。大刀はクルクルと回転しながら宙を舞うと、切っ先から地面に突き刺さった。
「七大幹部並みと云うことか…。」
ライガは呟きながら後方に下がる。その苦し紛れの一言が、的を得ているかどうかはわからない。しかし彼をして、こうも言わしめる程にミノタウロスは強いのだ。
ライガの代わりに帝国兵数人が盾となるべく前へ出るが、その暴力的なパワーに押されている。ライガとしては隙を見て地面に刺さった大刀を取りに行きたいのだが、ミノタウロスもそれを心得ているのか、大刀周辺で陣取っており隙を見せない状況であった。
それどころかミノタウロスの口元は歪み、笑みを浮かべている。
「カジ殿、すまんが奴の足元を狙ってくれ!帝国の皆は五つ数えたら後ろへ!」
そう言うと、ライガは素手のまま前傾姿勢で身構えた。
一つ、二つ、三つ…。
帝国兵は五つ目を心の中で数え終えると、一斉に退避した。そこへ賺さず弓矢の雨を皇国のエルフ達が降らせる。
ミノタウロスが多少の動揺を見せると、ライガは全力で駆けた。四肢を以って。
その姿はまるで大きな野生の白虎そのものであった。
四方八方へと変幻自在に駆け回るライガに、ミノタウロスは右往左往している。人と獣の間の種族ならではの攪乱方法である。これは、ライガに流れる豹人の血の成せる業であろう。
そんなライガに攪乱されたミノタウロスは、我を忘れたのであろう大刀からいつの間にか距離をとってしまった。いや、とらされたと云うべきだ。それを見逃すライガではなく、刹那に大刀に飛びついた。
四足で飛び回っていたためか、重量のあるはずの大刀をライガは口に咥えたままミノタウロスから距離を置いた。ゼーゼーとライガの息遣いが周りの者達にも聞こえてくる。そして立ち上がり大刀を手に携える。
「野生の力を使うのはしんどい。よくも這わせてくれおったな。」
己の得物を取り戻せたのはいいが、ライガは相当に疲労してしまったようで、肩で息をしている。祖先の持つ特性を使うには、それ程に精神力と魔力を消耗するのだろう。既に人族となっている彼等からは、本来のそれらの力は失われたモノであるからだ。
ヴモォォオオオ!!
ミノタウロスが猛り狂う。玩具を取られた子供のように怒っている。
「うおおおおおおぉお!!」
ライガは大刀に、残った魔力の全てを込めてミノタウロスへと走った。ここでせめて一撃を入れて、退却する隙を作る事を決意していた。
「おおらぁあああ!!!チェストぉぉおお!」
キーンと耳鳴りのような音が辺りを覆う。ヒュンヒュンと何かが宙を舞う音がした。気付けばミノタウロスは、その猛々しくも立派な角のうちの一つを斬り飛ばされていた。
「くっ!角のみか。」
ライガは魔力の欠乏によって、ガクリと膝垂れた。ミノタウロスは己の角を見つけると、更に激昂し二度目の咆哮をあげる。
―これまでか…。
ライガが諦めの色を見せた。ミノタウロスは突進の構えをして、右足で地面を踏み鳴らす。
その時だった。フロア奥の扉が開かれ、ライガを呼ぶ声が聞こえる。
「師匠ーーーーー!!!参上遅れました!」
その声にミノタウロスが振り返ると、ロイエルを先頭にエレーナとブランが走って来るのが見える。安堵したライガはそのままバッタリと倒れ、そして微笑んだ。
「遅いぞ、ロイエル。あとは頼んだ。」
それは呟きに近かったが、ロイエルには届いていたようだった。
「これ以上皆を傷つけさせません!槍聖の力、お見せします!!」
―飛龍衝撃牙
ロイエルは飛龍のように飛び上がり、閃光のような突きをミノタウロスに浴びせる。身に纏う鎧が緑色に発光している。その姿はまるで幼い一匹の龍と云えた。
その衝撃波にミノタウロスは身悶えた。すかさずエレーナの燕返しが炸裂する。そしてその後を追って来ていたブランが盾を前方に掲げながら突進し、ミノタウロスを突き飛ばした。
完全に尻もちをついたかたちになったミノタウロスに、更にロイエルが跳躍して追い打ちをかける。
―招雷牙
頭部に突き刺さったロイエルの槍がミノタウロスに電撃を浴びせると、ミノタウロスは白目を剥きながら後方へと倒れ、そして消滅した。
「師匠!師匠!」
ロイエルがライガの許へと無我夢中で走る。それを薄目で見ていたライガは「また強くなりやがって、武術大会では負けんからな。」と微笑み呟きながら、目を閉じて意識を失った。
半ベソに近いロイエルが「お嬢様!ポーションを!早く早く!」と叫んでいる声が聞こえたのか、意識のないはずのライガがまた口元を緩めていた。
「そうか、カリギュラスの側近には逃げられたのか…。まぁ仕方ない。」
ユーヤの陣に報告が届いたのは、夜中の事だった。トキムネの捕縛には成功したらしいのだが、そのトキムネを盾にするかのように立ち回られて、カリギュラス側近ゼハルト・ブリュッセンは取り逃がしてしまった。
その後、捕えた帝国兵とホージョー氏族の兵から、ゼハルトの持っていたスクロールによってミノタウロスが強制召喚され、連れて行くのに邪魔と見なされた人員の排除が強行された事を聞いたエレーナ達が、例のフロアに駆け付けライガを救ったと云う事も知らされる。
「逆に言えば、ライガが居なければ帝国兵もホージョー兵も全滅していたと云う事か。彼の野生の勘に助けられたようなものだね。エレーナ達にはゆっくり休むように言ってくれ。」
「はい。あと一つ報告したい事があります。」
主の代わりにロイエルがユーヤへの報告に来ていた。本当ならば意識のないライガに付き添っていたいはずであろうが、生真面目な性格故か、主であるエレーナが報告に行くと言うのを遮って、彼はユーヤの許に来ていた。
「ホージョー氏族の家臣で、カジ・オータと云う女将がこの度の主家の行いを悔い、是非にとも我が軍に協力したいとの事です。」
「わかった。ヴァルキュリアが合流したら、そちらに預けよう。お前も休めよロイエル。ご苦労様。」
ロイエルは一礼すると、ユーヤのテントを退出してライガの休む救護テントを目掛けて走って行った。一目でも早く師匠の様子を見に行きたかったのであろう。そんな彼を知る者達は夜中に走る彼の姿を見ても、誰も見咎める事はなかった。
既に彼は騎士団の中でもその性格ゆえか、愛される槍聖となっていたのだった。
次の日、どうしても件のカジ・オータが陛下にお目通りしたいと云う事で、ユーヤは席を設けた。そしてそのエルフの女性のあまりの美しさにポーっとしていた。
「え、えーと、で、カジ殿、どうしても目通りをと云う事だけど。」
ユーヤの顔が珍しく赤くなっている。その事に逸早く気付いたマリオンの眉が上がる。「こいつは…。」と内心思っているようだが、眉を上げる以外には表情に出さないように努めているようである。
「王家のため王家のため…。」
ブツブツと呟くマリオンにユーヤは気付いていないようだ。目の前の常識以上の美しいエルフの女性に、目が釘付けになっている。
「はい。この度は我が主君トキムネ公の愚行に頭を痛めておりました処、リンドバウムの皆様に助けて頂き誠に感謝しております。」
アマテラス系の長い黒髪が揺れる度に、ユーヤの心はときめいてしまっている。更にマリオンの眉が吊り上る。
「で、用件はなんなのよ。」
苛立ちからかマリオンが口を開いていた。正室様のオーラがどす黒くなっている。どうやら中身はマリオネートのようだ。さすがにユーヤも隣りに座る奥方のどす黒い気配に気付き、姿勢を正す。
「はい。不躾ではありますが、私をリンドバウム軍に入れて頂きたいと思いまして直訴に伺った次第であります。ここでなら我が一族も安堵できるかと思いました。」
―い・ち・ぞ・く・だ・と?
この時、マリオネートの勘がカジに対して警鐘を鳴らしていた。色んな意味で。
マリオネートの眼つきが更に極悪になっていくのを見て、ユーヤが青ざめる。マリオンには強気になれても、何故かマリオネートには弱い事が窺える。
「な、なあマリさん。変な意味にとっちゃダメだよ、うん。ほらこれは家臣になりたいと云う意味なんだからさぁ。眉間に皺寄せないでもらえるかなぁ?」
ジードが普段見れないユーヤの青ざめた表情を見て、笑いを堪えているようだ。ここにブランも居たなら吹き出しかねない状況である。更にウテナが居れば、無言でキルノートを取り出して居たかもしれない。
「奥方様!そのような邪まな考えなぞ決して…ないです。」
「なにその一瞬の無言は!?絶対怪しい!!あんた愛理須が落ち目だからってリンドバウム王朝に取り入ろうって言うんじゃないでしょうね!?」
「そのような打算なぞ御座いません!信じてください陛下!」
ユーヤに向けるカジの瞳はキラキラしていた。普段ならその程度の色仕掛けに落ちるはずがないのだが、ユーヤは既に一目見た時から落ちてしまっていたので、防御力0。ヘラヘラしながら「マリさーん。ほらこう言ってるし、いいじゃないかぁ。」と、のたまった。
「そこでユーヤに振ってる時点で怪しいでしょうが!」
後の第三夫人『おカジの方』と正室『マリオネート』とのいがみ合いは、もうこの出会いの時から始まっていたのであった。
この二人、犬猿の仲であるのか、はたまた喧嘩するほど…なのであるのかは、これからの歴史が教えてくれるだろう。
三人目きましたー。
今回は打算系のスーパー美女です。
ふ~じこちゃ~ん♪です。
彼女はユーヤとの掛け合いよりも、マリっぺ…いえ、マリオネートとの掛け合いを意識したいと思っています。




