第四拾壱話 皇国のダンジョン
ユーヤの許に朝早く、エテリナから報告が入っていた。報告書には帝国士官と共に、五大老の一人トキムネ・ホージョーが逃亡した事と、恐らく彼らが出現するであろうポイントなどが書かれていた。
「ヨーン、どう思う?」
「この皇国北の帝国との境界であるオホーツク湖なら、今現在の我々の位置からなら半日もあれば行けますね。少数部隊を派遣しましょう。」
ユーヤは軽く頷くと、鼻の頭を撫でながらヨーンを見る。
「人選に関してなんだが、いいか?ヴァルキュリアからこちらに連れて来ているエレーナと、その側付きのロイエルに任せたいんだ。お目付け役にはブラン辺りかなと。」
「ふむ。義妹殿主従にブラン殿ですか、悪くないと思います。兵はテンプルナイツからが良いかもしれませんね。20名ほど選抜しておきます。午後には出立できるでしょう。」
「悪いな。個人的にあの二人に将としても成長して欲しかったものでね。」
個人的な思惑であるため、ユーヤは控えめにお願いしていたようだった。ヨーンもその辺りは理解していたようで「未来のヴァルキュリア団長候補と、王宮騎士団団長候補ですからね。」と、微笑んでいた。
そんなユーヤ達は、既に帝国の突端を制した後は、ゆっくりと北上して帝国を東西に分断しようかと云う思惑の許に動いていた。戦後に賠償として突端は頂くつもりで、皇国とベルド皇帝には話をつけようと云う目論見もある。
しかし、それだけでは済まないだろうとユーヤは内心思っていた。神託と云うモノに依存するこの世界の住人達のこと故、また面倒くさいことになりそうだと。
「で、私はどうするの?」
今回はマリオンも随伴していた。戦争に女神を駆り出したくはなかったユーヤであるが、相手を無力化に近い状態に出来る楽師としての彼女の力は、少しでも敵味方の死傷者を減らすには必要であった。
何しろユーヤとしては侵略がしたいわけではない。とっとと戦争などという人族同士の馬鹿らしいイベントを終わらせたいのだ。
「ヨーンの最大の目的であるヨーンの姉上エスメラルダ殿の救出の際に頑張ってもらうようかな?影達からの情報では、帝国北東部の港街アクエリオスに、夫のズィーゲ卿と共に潜伏しているようだ。」
「まだここからは遠いわね。」
「ああ。なので、エレーナ主従が帰って来たら、マリっぺとヨーンとエレーナ達でヨーンの姉さんを迎えに行ってもらいたいんだ。これもカリギュラスに気取られないように少数精鋭がいいだろう。」
ヨーンは申し訳なさそうな顔をしている。元々立案したのは自分とは云え、護衛対象であるはずの王妃様に護衛されての作戦行動なのだ。矛盾にもほどがあると思ってはいる。しかし、これが一番最適であるとユーヤにも推され、複雑な胸中なのである。
ヨーンも無自覚ながら、目的の為には手段を選ばない義父であるヒューズの思想に近づいているのかもしれない。
「そして俺は、逆に今は帝国に対しての連合の突端部となったこの地で、マリっぺ達が帰って来るまで防衛線を引く。うちの庭に入り込もうとしている連中を、なるべくここへ引き付けたい。クーガー殿とヒューズ殿にも、少しは楽をさせてやりたいしな。」
実際に帝国はゲッタの街への襲撃失敗の後、聖都やトライデルにも出没した。しかし、トライデルは街と城の魔導砲台以外に列車砲による反撃で帝国軍は沈黙。
聖都に関しても魔導砲台による攻撃と、僧兵とベルド皇帝に諭された帝国軍元捕虜たち、そしてそれらを引き連れた包帯だらけのカイザーブレード二名の出現に、帝国軍は退散するしかなかったようだ。
ユーヤは皇帝に対し「聖都をご自分の国と思ってご自由に振舞ってください。送った捕虜に関しても元々閣下の兵ゆえ全てお任せ致します。」と書状を送っていたのだ。
そうなると嫌でも聖女ハンナも色々と働かねばならない状況に陥っていた。それこそが今回ユーヤが送った書状の真の狙いであったりする。ようやく女神への付き纏い行為に対する罰ゲームを見つけてしまったのだ。
その頃、聖女ハンナは外面では笑顔で振る舞い、心の内で歯軋りをしていた。
何しろ要請してくる相手は、ユーヤよりも遥かに百戦錬磨の皇帝閣下である。ユーヤのように駄弁って済ませられる相手ではない。何よりその老練たる眼光が恐ろしい。頼まれたら嫌と言えずに、聖女は働いていたのだった。
「聖女殿、兵員の休憩所をもっと開放していただきたい。」
「は、はい!畏まりましたー!でしたら大広間以外に大教会の礼拝所も解放しますー!」
「聖女殿、食料が兵員全体に行き渡っていないようだ。何とかならんか。」
「はいー!今、工場とトライデルの備蓄庫の方に問い合わせしまーす!」
「聖女殿」
「はいはーい!!」
と、云った具合である。さすがの聖女も半ベソに近かった。
「戦神の分身めー!王様の耳はロバの耳ぃ!」と彼女は誰も周りにいないのを確認して、井戸の内部に向かって叫ぶのがストレス発散の日課になりつつあると謂う。
…聖女ですよね?聖女のはずですよね?しかも戦神の巫女様ですよね?
ライガはその頃エテリナに後を託し、レギオン『鋼の魂』から数人を借りて皇国のダンジョンに入っていた。勿論目的は逃亡中の五大老の一人、トキムネ・ホージョーと帝国士官を追うためである。決して脳筋ハンターズ魂が疼いたわけではない。
レギオンの人員を借りたのは、やはりこういった場所に慣れているのが彼等であり、餅は餅屋である事からだった。
逆にホージョー側は五大老などと云う大貴族故に、エルフとは謂えこういった処に慣れていない筈であり、まだ追いつける可能性があることをライガは見越していた。
斥候や探索能力の高いメンバーをミハイルに選抜してもらったおかげで、足跡を見つける事も出来た。目に見えない足跡をも彼等は辿ってくれる。また、遭遇戦になっても『鋼の魂』のメンバーであるからには、引けを取らない者達である。心強い味方を得たとライガは満足している。
「ふむ。エクステリナ殿のほぼ予想通りのルートであるな。さすがは『段取り女王』」
ライガは心から感心していた。決して悪い意味ではない。これほどの能力であるならば、確かにジードが見初め、その弟や一族が心酔するだろうと。そして現状、ヴァルキュリアに団長として彼女は無くてはならない存在である事を認識した。
尤も、ジードや弟君が彼女に惚れたのはそこではなく、彼女が時折見せる聖母のような笑顔であるのだが。いわゆるギャップ萌えなのだろう。兄弟揃って。
「ぶわっ、くし!」
ジードがくしゃみをしている。ユーヤが風邪か?と声をかけると「いえ…あれ?おかしいですね??」と答えていた。そしてキョロキョロと周囲を見回している。人の機微に対して鈍いところがあるが、こういう事は鋭いようだ。
「ライガ様、痕跡がかなり新しいものばかりになってきています。充分にご注意ください。」
『鋼の魂』のメンバーに言われ、ライガは気を引き締めた。獣人であるライガも、その鼻によって人の気配を感じ始めていた。そこから数百メーターほど一行は息を潜めて行軍した。
すると、獣の声と人の争うような声が聞こえる。どうやら何者かがモンスターとの遭遇戦に入っているようだ。
急ぐべきか?様子を窺うべきか?
ライガは逡巡していた。しかし、『鋼の魂』のメンバーの一人が「急ぎましょう。例え追っている相手であったとしても、ダンジョン内で襲われ死にそうな者がいるのなら、我々冒険者…『鋼の魂』はそれを救う事を当然の事としています。」とライガに云うと、ライガは「わかった。お主らの意見は人として尤もだ。急ごう。」と答えた。
走り急ぐ中、息絶えた者を見つけ確認すると、装備などから皇国軍の者である事がわかった。この先で戦っている者達の仲間であるとするならば、逃亡中のホージョー氏族の者であろうと思われる。一行は確認が終わると、手を合わせた。
今は荼毘に付してやる事はできない。せめてもの供養として、水を撒いてやった。
先へ進みダンジョンの岩肌を抜け大きな部屋に出ると、巨大なモンスターを相手にエルフ達と帝国軍の鎧を着た者達が戦っていた。
「バカな!?あれは階層ボスのはずです。本来ここにはいないはずの…。」
『鋼の魂』のメンバーの顔が青い。どうやら本来もっと下層の強力なボスであるらしく、この層に出現した記録など今までにないとの事であった。しかも現在居る部屋も、通常ならば結界を張られた安全地帯であるらしい。
何があったのか等の確認作業は後にして、ライガ達は救援に走った。
「我らはリンドバウムに属する者!トキムネ殿は如何いたした!」
ライガの咆哮をするかのような声に、モンスターを含めた一同が振り向く。「あれはクーガー殿の嫡子、ライガ殿!?」「な、リンドバウムの手がもうここまで!?」ざわめく逃亡者達。どうやらトキムネはいないらしい。
一人の皇国軍の見目麗しい女性士官がライガの傍に走り、頭を下げながら先程のライガの問いに答える。
「殿はベルツ帝国カリギュラス様の側近ゼハルト殿と、この先にある扉に向かわれました!」
「わかった!今はこれを共に迎え撃つ!仔細はその後で構わぬ!助太刀致す!!!」
「ありがとうございます!私はホージョー氏族の従者カジ・オータと申します!以後リンドバウムの指示に従いますのでよろしくお願いいたします!!」
モンスターは先程のライガの咆哮を挑発と捉えて、他の者達を無視してライガの方へと走っていた。巨大な角を有する牛の頭に首から下は人の姿であるが、下半身は毛に覆われている。そして手にはその筋骨隆々な腕に見合った戦斧が握られていた。
そう、かのモンスターはミノタウロス。ある程度人に近い知能を持ち、そのパワーも上級の冒険者達にとって厄介な相手である。
ガキーン!とライガの大刀と戦斧が打ち合わされる音が、フロア内に木霊す。
戦神のダンジョンで鍛えたライガにとっても余裕の持てる相手ではないらしく、打ち合わせた大刀を持つ手が衝撃によって震えた。額には汗が見える。
「まずいな…。鋼のメンバーは斥候担当のみ、皇国はやはり非力なエルフの集団。そして矢面に立ったと見える帝国兵は皆満身創痍…。盾役が我のみと云うことか…。」
呻きながらも、ライガの口角は上がっていた。
戦場こそが彼等一族にとって生きる場所であり、強き者と対峙する事こそが生き甲斐なのだろう。
ライガさんの活躍する話しをもうちょっと描くべきかなと
ダンジョンに潜ってもらってます。
いや、何せわたしの描写力がアレなので
親父さんより強くなったのかよくわからん状態でしょ?
なら活躍増やせばいいか!
な結論です。(爆)




