第弐拾壱話 束の間のバカンス
ユーヤが転生して三回目の夏、予想通り魔王軍自体に動きはなかったが聖都の大教会裏手にある日妙な物が出現した。
それまでただの掘っ立て小屋があった場所に突然小山が出来ていた。そしてその小山にはポッカリと洞窟の入り口が開いていた。
ダンジョン。
俗にそう呼ばれる物であった。
その情報をもたらしたのは他でもない、首都トライデルで女神に纏わりついて聖都に帰ろうとしない聖女ハンナであった。
故に、この報告を聖女から受けたユーヤの最初の一言は「うん。わかった。働け。てか、帰れ。」であった。
「そんな酷い~。さすが戦神様の分身ですよね。スーパースペシャルサド、略して『SSS』は伊達じゃない!みたいな?。あぁ~あ。」
―巧いことを言うなぁ。何だろこのSSRの上位みたいな素敵な言い回し。ゴッドレアみたいな?いや、レジェンドレアなのか?いや待て、聖女よ。お前さんとこの主神は戦神様だったよな?そんな風に言っちゃって良いのか?
などとユーヤは心の中でツッコんだ。
そんなくだらないやり取りがあったものの、聖女ハンナは聖都に戻り、不在の間にあったこの事件の調査に赴いた。
そして、ユーヤとマリオンはようやく甘い新婚生活に浸れる事となった。ユーヤの十九の誕生祝いも兼ねて約1週間位シアを乳母やアンジェリカに任せ、公務もお休みして二人きりで旧王都の別荘地で過ごす事になった。
誕生祝いの祝宴等は全て断って二人は旅立つ。
「今年の誕生日はゆっくりする。公務はしません。働き方改革です。」と、言って。
ウテナはお留守番である。側室である彼女には王と王妃の不在の間、代理として働いてもらうのだ。
書類関係はベルヌ宰相とヨーン参謀司令副官殿が担当する事となる。ウテナがする事は主に、来賓に対してニコニコしながらお茶飲んで対応しておく事だけである。その際下手に口を開く事は厳禁で、横にはヒューズ参謀司令がお目付け役としてへばり付く事となった。
二人は、一日目の午前中は町へ買い出しに行き、午後は別荘の周辺の森を散策した。
そこで湖を見つけたユーヤは、明日はここで釣りだな!とはしゃいでいた。マリオンも「じゃあ、私の分の道具も用意してよね。」と笑顔で同意した。
日が西の大地に落ちかけた頃、二人は湖のベンチに腰掛けて寄り添っていた。何の喧騒もなく静かな一日の終わり。こんな平穏な日々を、あとどれくらい過ごせるのであろうか?
そんな事を思いながら湖面を眺めていると、マリオンの瞳の奥の色が、恐らくその魂の内側に内在しているマリオネートへと変貌したようだった。キラキラと、そしてそれでいて妖しく光り輝いていた。
二人は見つめ合うと、長い長い口づけをしていた。
辺りが暗くなるまで。
その後の二日間も昼は自然とたわむれ、夜は小間使いなども帰し二人だけで過ごした。初めて二人だけで過ごしたのかもしれない。
何しろ転生してからと云うもの、公務に追われ魔王軍討伐に奔走し、聖女には纏わりつかれ、気を抜けばウテナが天井裏から寝所に潜り込んだり、初めての子供であったので乳母に丸投げをする事を控えていたので、シアの夜泣きにも悩まされたりしていた。
気が付けば、二人にとって初めてのお泊りデートであり新婚旅行となっていた。
この休暇の間、王と王妃と云う面倒な肩書の為に連れて来た護衛の者などは、ユーヤ達の別荘の隣りの敷地を借り受けて、待機と言う名のバカンスを過ごした。
勇者と女神の前に暴漢やら強盗なぞ現れても、地獄を見るのは暴漢達であるし、魔族でも現れない限りは護衛の任の者達もやる事がないのである。
因みにこの旅行について来た護衛としては、ヴァルキュリアから三名、王宮騎士団からも三名、獣騎士団と僧兵団の頂点であるテンプルナイツからも各々三名ずつが着任した。
この十二名は、豪華三泊四日のバカンスを抽選で引き当てたと云っても良いだろう。しかし、何もしないわけにも行かないので、ユーヤ達の別荘の敷地入口の屯所で門番を、半日交代で行っていた。
ユーヤからは「別に遊んでても良いんだぞ?」と買い出しの際に買って来た串焼きや、別荘地の名物らしいケーキなどを差し入れられたりしていた。
彼らは各々の騎士団に入って、初めて主たる王と王妃の人となりに間近で触れられ、非常に感動していた。そして誓ったのだ。「我々はどんな事があろうとも、このリンドバウムの為に、いや、王と王妃様の為に生涯尽くすのだ!」と。
四日目の昼時に護衛達も交えてバーベキューをしたあと、一行はこの別荘地から旅立った。そしてその日の夜は、かつての王都リンドバウムの街に一泊した。
王都トライデルへ帰ると、聖女様がニコニコしながら待っていた。聖女を聖都に送り返してから二週間ぐらいだろうか。ツヤツヤした二人の肌を眺めつつ「新たなご報告です。」と聖女ハンナが生温かい目をしながら宣った。
トライデルの王宮の、いつものテラスでお茶を飲みながら話を聞くことにした。
「あのダンジョンは、嘗て戦神サガ様が亜神であられた頃に作られたものである事が判明いたしました。だいたい八百年ほど前です。」
ユーヤとシアを抱いたマリオンが並んで座り、その正面に聖女ハンナが座っている。そして、ユーヤとマリオンの後ろにはヒッターとウテナが立って居る。離れた処では乳母と侍女達が御用待ちしていた。
「ふーん。で、なぜ今それが現れたのかは解ったのかい?何となく想像できるけど。」
今日のユーヤは執事がブレンドしたと云うコーヒーを飲んでいる。とても深みがある香りで、心が落ち着く。マリオンはミックスジュース、聖女は紅茶だ。
「ええ、神託がありまして「勇者王に試練と、我の遺物を与える」とのことです。」
「えー、今更試練とかいらないよぉ。パス。」
ユーヤは即答したが聖女は二ヤリとすると、ちっちっちと舌を鳴らしながら宣う。
「それは無理ですよ。その神託には続きがあって、この神託を国中に広めるべしと言われました。」
ユーヤは「はい?」と言ったまま固まり、マリオンは横で笑いを堪えていた。ヒッターとウテナは目を点にしている。
「…まだ広めてないよな?」
「いえいえ、神託は即座に実行されねばならないので、冒険者ギルドや商業ギルドにも協力を仰いで、既に聖都周辺では知らない者は居ませんよ。」
ニコニコしながら聖女は、紅茶をズズっと口にした。
完全に逃げ場がない。神託が公表されている以上『勇者王』たるユーヤ・クノン・アレクソラスは、これに挑まなければ国中…いや大陸中で笑われる事になるのだ。
さすがはSSSの戦神サガ様である。
「まあ、一応冒険者ギルドの方で内部を調べてくれてあります。」
どうやら内部は全五層あるらしいのだが、三層までは一般冒険者も入れるらしい。しかし、三層目の奥に階層ボスとは別の部屋があり、そこから先へは『戦神サガの力を持つ者』しか開ける事ができない封印が成されているとの事だ。
「えー。でもそれって教会員なら入れるんじゃないのか?」
「いえ。無理です。」
即答だった。
「我々教会員は確かに『戦神サガの加護』は持ち合わせていますが、『戦神サガの力』は持ち合わせておりません。如何に私、聖女と云えどもです。因みにもう実験済みです。」
―こ、こいつは…なんでこういう時は仕事が早いんだ!?思えば禅譲の時も異常に早かったよな?!
ユーヤが心の中で叫んだ。その声が聞こえたかのように、隣りで赤子を抱くマリオンが、ぷぷぷと笑っている。
「あ、ちなみに軍隊は連れて行けませんよ。古文書によると十人パーティーまでしか入れないそうです。それ以上引き連れて行こうとしても、結界で阻まれるそうですよ。」
ユーヤはテーブルに伏せてしまった。ヒッターが「坊ちゃん!坊ちゃん!お気を確かに!」と叫んでいるが、ユーヤは「へへ、へへへ」としか答えなかった。
「八百年前ね…確か師匠が昇神するかしないかの頃の事ね。」
マリオンは平静な顔をして、ミックスジュースをストローでズルズル飲みながら呟いた。
「流石戦神サガ様の御弟子であられる女神マリオン様!そのとおりなのです!」
聖女は瞳をキラキラさせ、両手を顔の前で組んでマリオンに祈りを捧げるような恰好をしている。
「なんにせよ、行かなきゃ国と王の沽券に係わるんだろ。いきゃーいいんだろ、いきゃー。」
自棄になって両手を上げながらイヤイヤしていたユーヤだったが、ウテナとヒッターが跪いて顔を向け、何かを乞う表情をするとユーヤはすぐにその意味に気付いて「わかったよ。二人にはダンジョンへの同行を頼む。」と、温かい目で答えた。
「他にもメンバーを選抜したいから、十日後くらいにはダンジョンに入ると聖都の関係者には伝えてくれ。聖女ハンナ殿。」
ユーヤは腹を決めると、凛々しい表情で聖女に告げた。聖女はただ一言「勇者王の御来訪、心よりお待ちしております。」とだけ答えた。
次回は聖都で一悶着?
そう簡単には潜りません。
ダンジョン?なにそれおいしいの?




