第壱話 神託
ああ、まだ戦場へは行けない。。。
国家元首を潰してしまうと、立て直しが大変ですね。
「なぁ、マリっぺ。これは全て最初から判ってて仕組んだのか?」
津波も去り、辺りの空気は落着きを取り戻していた。嘗ては半島の一部であった断崖に立ち、波濤の音を聞きながら、佑哉…アレクソラス王は呟く。
銀色の鎧に身を包んだ、金髪で茶色の瞳をした少年王と、革鎧に身を包んだ少女がそこには居た。
戦神サガの言っていた迎えは、まだ来ていない。
「マリっぺって…あんた!この私に対して、なんで私のお師匠みたいな呼び方を勝手にしてんのよ!」
元女神、現在は亜神であるマリオンは眉を吊り上げながらその言葉とは裏腹に、断崖に立つアレクソラスの後方で平伏していた。キリキリと歯軋りが聞こえる。
同等の力を有する筈の二人に、何があったのであろうか?
「あんまりお前さんがじゃじゃ馬なんで、お前さんを抑え込めるようにする為に、戦神様がその分け御魂を俺に付与してくれてたらしい。そういう訳で、俺は久能佑哉であり、アレクソラス13世でもあり、戦神様の分身でもあるらしいよ?」
分け身とは云え戦神サガの御魂を付与された佑哉に、平伏を余儀なくされている事が余程悔しいのか、ゴツゴツと音を立てながらマリオンは地面に頭突きを繰り返している。…元女神なのに。
抗おうとも、佑哉に反抗的な態度をとれば、勝手に体が伏せのポーズになるらしい。
ぼんやりと遠くを見るような目で、佑哉は足元の小石をグリグリと弄びながら、時折崖下に蹴り落とし、自身が作り上げた巨大なクレーターを眺めていた。
直径5キロメートル程のクレーターは、その大半が海の中であったが、半島の根元には擂り潰された大地が断崖絶壁となってその威容をさらしていた。
「戦神様が最後に俺に語ってくれたんだが、俺とアレクソラス王の魂は非常によく似た性質らしくてな。僅かに肉体に残っていた魂は、俺の魂とよく馴染んで、うまいこと融合されたらしい。それに偶然なのか、王様と俺の年齢は一緒みたいだな。」
アレクソラス13世は第三皇子で、本来継承順位は第三位だった。
隣国に比べて小さなリンドバウム王国は、定期的に行われる魔王討伐戦の際に、周辺列強国から多大な徴用を課せられていた。そして、その重苦を減らす為に王族までもが最前線へと赴いた。
まず兄達を失った。そして、一昨年には王たる父をも失ってしまい、母は相次いだ夫や息子達の死に悲嘆し、病に侵され追うようにこの世を去った。それ故に、残された彼が年若くして王位を継承せざるを得なかった。
マリオンの紅の瞳が、一瞬大きく瞬いた。瞳と同じ紅の色の腰まである髪が、風に舞う。
「どうやら気付いちゃったのね…。」
マリオンは目を伏し、そしてこの世界に佑哉が勇者として選定された理由の一端であるアレクソラス王と佑哉との関係を語り始める。
「貴方と融和したアレクソラス王の記憶から既に知っているとは思うけれども、アレクソラス13世の幼名は『ユーヤ・クノン』よ。」
佑哉は相変わらず両手を腕組みしながら遠い目で、断崖の底の波濤を眺めている。
「いわゆる『異世界』っていうのは、簡単に貴方の内の言語で云えば、結局はパラレルワールドの一つなのよ。そして、貴方とアレクソラス王は同一の存在なの。同じ魂の因子を持つ者同士と云う事よ。」
「それって、もしも俺らが顔を合わせていたら、結局どちらかが消滅してたんじゃ…」
佑哉が言葉を最後まで発する前に、マリオンは答える。
「それってよく云うパラドックスとかってヤツよね。その心配なら無用よ。同質同因子の魂ではあるけれども、あまりに二人の育った環境も培った経験も違い過ぎるもの。謂わば同質でありながらも、ほぼあかの他人よ。それほどの違いがあれば、魂の共振作用なんて微々たるものなのよ。」
(ん?でもそれだと、よく魂が馴染んだと云うのはわかるけれども、魂の残滓とも云える程弱くなっているアレクソラス王の魂は、融合される前に消失してしまわないか?)
その疑問の顔を隠しもせず、佑哉はいまだに平伏したままのマリオンに体を向けた。顔を上げその表情を見やって、マリオンは少し口元を緩ませる。
「ほぼ同質だけども、他人。それが全てよ。それ故に消失なんて最初から有り得なかったって事。本来なら、このよく似た者同士を引き合わせて、上手くやってもらおうと思っていたのよ。」
「そうなのか…」と、佑哉は少し安堵の表情を零した。自身と王との関係に対する疑問は解けた。しかし、まだ引っ掛かっていた疑問がある。
それは、王の記憶から読み取った事なのだが、マリオンが憑依している少女に関する事だ。
「その娘の名はマリオネート・クレィルと云うらしいが、マリっぺと名前が似てるよな。これは偶然なのか?」
はっきりわかるくらいマリオンの体が『ビクッ』と震えた。額に一筋の汗を垂らしながら、とてもわかり易い苦笑いを浮かべている。どうやら何かあるらしい。
「言え。」
マリオネート・クレィルは、嘗てマリオンがヒトであった時…1200年程前に存在した妹の、直系の子孫らしい。
クレィル家は女系で、本来は長女であったマリオンがその家督を継ぐはずであった。しかし、生来の放浪放蕩癖が暴走して、その頃既に亜神となっていたサガに弟子入りをしてしまった。そして、家督も継がぬまま自らも亜神となってしまった為に、妹が家督を継いだと言う。
「あの頃の爵位は子爵だったんだけれども、この子の6代くらい前から侯爵になってたのよねぇ。アルテイシアの子孫が滅ばずに、こうして繁栄してくれてて姉様はとても嬉しいわぁ♪」
頬を誇らばせながら、自らの体を抱きしめているマリオンだったが、次に佑哉が放った言葉が突き刺さる。
「ある意味その子孫を殺っちゃったのも、マリオン姉様なんだけれどもな…。」
マリオンは両目から血の涙を流しながら、伏して地面に頭突きをするのだった。…元女神なのに。
「て言うかさ、最初からその娘の体を使う気満々だったのか?」
「そんな事はないわ!」と佑哉を睨み付けながら言葉を発した。
実際は、マリオンの子孫とも云える彼女とは親和性が高かった為、神託の際の…悪く言えば端末にしていたのだ。
―それ故に巻き込んでしまった。
マリオンは今更ながらに、その罪悪感に胸を潰されそうな感覚に襲われた。
―アルテイシアに何て言えばいいの?代々連なってきた者達へは?
苦悶するマリオン。しばらくの静寂。
遠くからガシャガシャと砂利の上を何かが走る音が聞こえ出した時、佑哉がマリオンの肩にそっと手を添え口を開いた。
「マリっぺらしくないんじゃないか?悩む前に動き出そう。迎えも来たみたいだしな。」
微笑みながら顔を向けてきた佑哉にマリオンは、出会ったばかりの頃の戦神サガの面影を見て、薄く頬を染めた。海の向こうを見れば、夕日が燃えていた。その夕日に染められていた為、その頬の色の変化に佑哉は気付かなかった。
ただ、紅いのマリオンの瞳と髪、そして真っ白な素肌が、夕日で色付く姿に素直に美しいと思えた。
「兎にも角にもだ。これからは相棒だ。俺のことはユーヤと呼んでくれ。」
にっこりと微笑みながら、伏していたマリオンに手を貸し引き寄せた。
「王様なんて面倒くせー!」
転生から数日後、王宮のテラスにてユーヤは頭を抱えていた。テーブルを挟んだ向かいには、マリオンが淡いピンク色のドレス姿で涼しい顔をしてお茶を飲んでいる。
まず、転生の際に王宮騎士団団長、副団長もお空に帰っていた事が判明。また、主だった政務官も何故か彼の事故現場でピチュン。
「何でこいつらまであの現場に出張ってたんだよ!他に仕事あるだろ!」とは、かのアレクソラス13世ことユーヤのお言葉。尤もである。
そう、ほぼ人事の刷新をせねばならない状況に陥っていたのだ。
「まあまあ、ユーヤ落ち着いて。焦っても始まらないわ。このお茶結構いけるわよ。」
―呑気だ。この元女神、すごく呑気だ。
クレィル侯爵家は非常に沸いていた。
ご先祖様とも云える(元)女神様が、娘の体に降臨したのだ。
しかも迎えにあがった際、勇者の魂が降臨した王とご先祖様の降臨した自分の娘が、熱い視線を交わしながら手を取り合っている姿を自らの眼で目撃してしまったのだ。
常に時代の転機に逆らわず、女系でありながらもクレィル家は武に勝れていたが故に現在、王族や貴族達が半壊状態にあるリンドバウムに於いてもしぶとく生き残ってきたのだ。
そして今こそ勇躍の時は来た!
侯爵は舞い上がっていた。
そして、只でさえ周囲から元々甘々と云われていたにも関わらず、娘への愛情ヒートアップ。もう、中身が亜神様だろうが(元)女神様だろうが関係ない。だってわし、娘が可愛いんじゃもーん♪である。
因みに、クレィル家の本筋である母アンジェリカも同様だ。
王様の好みの服はきっとこんなのよ~、と毎日娘(亜神)を着せ替え人形のように飾り立てた。
「なんか、知らんうちにマリっぺが許嫁って事になってるし…。戦神様…。何やちゃってくれてんだ…。」
城へ来てから数日、休む間もなく働かされていたユーヤ。溜息を吐くその目の下には、隈ができている。
それに引き替えなんだろう、この目の前にいる駄神は…。蝶よ花よと煽てられ、恐らくヒトであった頃よりも浮かれているのではなかろうか。
しかし、戦神サガの下した神託のおかげで、身の回りの混乱は割と抑えられていた。
神託の内容はこうだ。
一つ、転移する筈だった勇者の魂は、魔王の策謀により潰えかけたが、その魂は王へと受け継がれた。
一つ、神託を受けし娘は、勇者を救う為に女神の力を受け入れた。
一つ、この二人を分かつ事なく臣民は助けよ。
一つ、二人と魔王の策謀に消えた者達の骸を迎えに行くがよい。彼らは半島の付け根であった場所に佇んでいる事だろう。
神託のバーゲンセールと云ったところか。
間違ってはいないが、実際の事実と多少異なってはいる。
しかし、「王様が死んだうえに勇者が体失くしちゃったんでー、王様の体を勇者に貸したからよろしく~♪」などとは決して言えるわけがない。
そして、亜神に関しても勇者の補助を(罰として)させなければならない為に、恐らくなるべく二人を遠ざけぬようにする神託をするつもりだったのだろうが、このように誤解を受けるような内容を送って来るあたり、さすが戦神サガはイニシャルどおりのSだ。
おかげで、まだ未婚だったアレクソラス13世に対しての求婚合戦は、彼の生前に比べてなりを潜めたのだった。
この世界における爵位序列
公爵:王家の血筋の者に与えられる爵位。
侯爵:通常の貴族にとっては最高位にあたる爵位。
伯爵:この世界に於いては現役騎士にとって最高位の爵位。領地運営はこの爵位からを通常としておきます。
子爵:主に伯爵家などの側近に与えられる爵位。
男爵:地方有力者、平民など賜与された初代にとっては通常は最高位としておきます。
準男爵:平民、騎士など身分を問わず与えられる一代限りの栄誉爵位とします。
士爵:主に騎士に与えられる一代限りの栄誉爵位とします。
登場人物
ユーヤ・クノン:ここからはこちらの呼称をメインとして綴って行きたいと思います。主人公、久能佑哉とアレクソラス13世の別称。
マリオン:一応ヒロイン。元駄女神。現在亜(駄)神。自身の妹の子孫であるマリオネート・クレィルに憑依している。マリオネートの愛称もマリオンなので、本人は違和感を感じていない。ユーヤと戦神サガからはマリっぺと呼ばれている。
アルテイシア・クレィル:マリオンの妹。1200年程前に、出奔したマリオンの代わりに家督を継ぎ、現在へとその血を残した。
クレィル侯爵:マリパパ。娘に対して超極甘。
アンジェリカ・クレィル:マリママ。以下同文。アルテイシアの子孫。