第拾話 王の酔拳、姫の嬌声
ようやく拾話となりました。
ここまで読まれている方、ありがとうございます。
アルガス要塞都市での晩餐会で、ユーヤは目が回るほど酒を呑まされた。いや、正確には目を回したのだ。元の世界で云えば未成年であるから、仕方のない事ではある。
エテリナとジードを気遣って、珍しくマリオンを常に傍らに置いて会場中を練り回った。ウテナに預ける手もあったのだが、二人を一緒にして放置する事の方が危ない。
混ぜるな危険!である。
故に普段ならばユーヤはそういった事を絶対にやりたがらないのだが、この日は「これが婚約者のマリオネートです。」と、挨拶に回ったのだった。
最後の方はほぼ記憶がない。マリオネートも相当酔っていた。
獣王クーガーに「陛下、もう一献!もう一献!」と勧められるままに呑んで、グラスの中身を一気に呷ったところで世界が回った。
―「陛下!」と周りの者達が心配して声をかける中、「大丈夫よ~、私が連れて行くから~許嫁だし~」と云う声と共に、誰かに担がれた気がする。
―で、これは何だ?何があった?いや、ナニかしたのか?
ユーヤが目覚めると、そこは寝室であった。朝の光が眩しくて右手をかざし、そのままその手で目を擦った。
左腕が重い。訝しそうに左を見ると、見覚えのある紅い髪が目に入った。
「え?な?え?…ええっ!?」と、可笑しな声をユーヤは上げ、恐る恐る布団を捲った。
白く透き通った白い肌が目に入った。しばらくその美しいラインに目を奪われる。隣りで甘い寝息を漏らす彼女もユーヤ自身も、服を着用していなかった。
数分の間、二日酔いもあってユーヤは頭を両手で押さえて、先刻の自問自答をした。―で、これは何だ?何があった?いや、ナニかしたのか?と。
そして勇気を出して、もう一度布団を捲り冷静にシーツを確認した。
―覚えてない!覚えてないぞ!残念ながらナニも覚えてないよ!と心の中で叫び、再び頭を両手で押さえてユーヤは項垂れた。
廊下からは、「まだ陛下と姫様は起きていらっしゃらないの?」「昨晩は、周りの部屋にも聞こえるほどお楽しみでしたからぁ…うふふふ」と笑うメイド達であろう声が、ユーヤの耳に届いた。
ユーヤの口から、エクトプラズムのような物が吐き出されたように見えたのは、きっと幻だろう。
アルガス攻防戦から二カ月後、雪が積もる中ユーヤ、ベルヌ宰相、フェルナンド建設大臣そしてヒッターの四人は馬車に乗り込んでいた。その後方にも馬車が一台。こちらは、ヒューズとヨーン親子と、ジードが乗り込んでいる。そして、その周りには騎馬が十騎ほど護衛の任に着いている。
目的地は王都と聖都の中間の街ヨーホーである。
国土が広がり、新生リンドバウム連合国となった王国は、大陸の端とも云える現在の王都から中央寄りに首都を移す事になったのだ。
そして新たな首都の遷都の為にユーヤ達は、ヨーホーの街を直に確かめに行く事になったのだった。
「へぇ、ヨーホーからも道の整備をしてるのか?」
現在馬車が走っている隣りに、作りかけの道と土工達の姿が見える。ヨーホーまであと五キロ位の位置だ。
「ええ。王都からとヨーホーからの双方から工事を進めれば、工期を縮められると思いまして。そしてあちらが開通した後はこちらも整備して、それぞれを一方通行にしようと思っております。」
フェルナンドが鼻息荒く語った。
「聖都の方はどうだ?以前よりは守り易く改善できそうなのかい?」
「あちらに関してはまだ計画止まりで、予算の都合上目途は立っていません。」
少し皺を寄せてベルヌ宰相が答えた。
「まあ、遷都もあるし仕方がないよな。」
そうして気付けば、ヨーホーが目と鼻の先に見えて来ていた。
街門前では、門番以外にも守備兵達が整列して待っている。入場待ちの者達は、一目陛下のご尊顔をと、手を振っている。ユーヤはそれに応えて手を振った。その間に先頭の騎馬…ジードの副官ブランが「連絡のあったであろう通り陛下の御入来である。案内の者は何れか?」と、守備隊と定例の挨拶をしている。
「陛下ー!本日は姫様はいらっしゃらないのですかー?」とか「陛下ー!果物はいかがですか!お召し上がりをー」と民が声をかけて来る。ユーヤが思っていたよりも王室の人気は高いようだ。
一行がヨーホーの現領主の館に到着すると昼時であった為、昼食をとる事となった。料理が来るまで、現領主を交えて歓談する。
ここの領主は元々聖王国の神職の一人である。その為、遷都で異動になる事も、別段気にしてはおらず、寧ろ自身が治めてきた街が首都に生まれ変わる事に誇りを持っていた。
「陛下。この度は遠路遥々お役目ご苦労様です。」
「ああ、悪いね。遷都なんて大それたことになっちゃって。まぁ、その日まで街の事は頼むよ。」
そして、ユーヤは領主にも計画書を見せ、各施設の設置案の概要を示した。
計画では、城は現在の外壁北門の外側に建造し、それに合わせて外壁を延長。因みに北門周辺は、元々民家が少ない為選ばれた。
そして北門を城門として改造し、その門前に全ての領主が宿泊できる施設と、外国使節や要人の宿泊施設を建てる。そして、それを囲むようにして下級騎士用の宿泊施設と、城内部とは別に冒険者ギルドも使用可能な練兵所を建造する予定である。
これらの設計は勿論、建築大臣であるフェルナンドが指揮をしている。
「素晴らしいですな。しかし、普通は城は街の中心にあるものなのでは?」
「確かにそうです。しかし、それでは城下町の住民を犠牲にする事になります。設計した城も街中を通ってくれば確かに犠牲は出ますが、城の大部分が外に出ているので、そちらに攻め手の意識が向いてもらえれば城下の損害は減ります。」
元々が平民であったフェルナンドらしい思想である。これらに関してユーヤは予め承認している。領主は神職ではあるが、長年聖王国を支えてきた重臣でもあるので納得がいかないようだ。
「城が危険では?」
フェルナンドは地図を広げて説明する。
街の北には川があり、これを城の周辺まで引き、堀を作ろうと云うのだ。
最後まで聞いた領主は「感服いたしました。」と、フェルナンドに握手を求める。フェルナンドは恐縮しながらも応えた。どうやら、平民からポっと出の大臣を試したらしい。
そんなやりとりの後、ようやく昼食が配膳された。山菜が中心で、猪の肉と鹿の肉を焼いた料理が並んだ。
それらを口にしながら、ユーヤがヨーンに話しかける。
「どうだヨーン。ロンバルト家には慣れたか?」
ヨーンは苦笑いをしながら、「張本人がそれを言いますか?」と答えた。
「あの日は本当に驚かされましたよ。騎士団の寮に案内してやると言われて馬車に乗って到着してみれば、郊外の大きな邸宅ですからね。しかもその門の前で参謀閣下が待ってるし。」
そこでヨーンは料理に手を伸ばして口に放り込むと、軽く咀嚼した後にコップの水を飲み乾した。
「だいたい、寮に案内するのに陛下の馬車で陛下と同道って、おかしな話しだとは思ったんですがね!」
ヨーンは口を尖らせて、恨めしそうにユーヤを見た。ユーヤは笑いを堪えながら鹿の肉に手を伸ばす。その騒動の現場に立ち会っていたヒッターと、ジードも笑いを堪えている。
ロンバルト邸の門前で、目をパチクリしていたヨーンの表情を思い出すと可笑しくて堪らないのだろう。実際、その時に同乗していたマリオンも彼の表情を見て笑い転げていた。
極めつけはその日のロンバルト邸での歓迎の晩餐の際に、いきなり養子の話しをされたヨーンが「これは二人で私を試してらっしゃるんですよね?そうですよね?」と素っ頓狂な声で立ち上がり、テーブルに置く筈だった手が、勢いよく皿の端を捉えて見事に立派なチキンが彼の顔に覆い被ったものだから、一同大笑いとなってしまったのだ。
しかし、その後落ち着きを取り戻した彼は、嬉しさから涙でグシャグシャになりながら「お受けします。」と答えた。
なんとも言えない雰囲気の中、「これより側近として、そして家族として更に精進致します。義父上、どうぞよろしくお願いします。」と答えた彼の顔を、その場に居た誰もが忘れない事だろう。
因みにその晩餐には、ヒューズの孫娘のエリザベス嬢も同席していて、そのままお見合いのような席になり、ヨーンがまた素っ頓狂な声をあげた事が、マダム達のサロンでのマリオンのネタの一つになっている。
「で、エリーとはその後どうなんだ?」
「へ、陛下ぁ!?」
「若、まあこれ以上苛めないでやって下さい。ま、うまくはやってますよ。エリザベスも毎週よく来てくれてますしね。」
狼狽するヨーンの代わりに、ニマニマしながらヒューズが答えた。ヨーンは耳まで真っ赤になって俯いてしまった。頭から煙が上がっているように見えるのは、恐らく気のせいだ。
昼食後、一行は北門周辺を散策し、現地で頼んだ測量士達と検分をした。特に建築に関しての問題はなさそうだ。
翌日は北門の外を測量する予定である。
気が付けば夕食時であったので、目ぼしい店を求めて東門の方へ足を運ぶ。すると、いくつか居酒屋のような店が見える。
「坊ちゃん、あの店になさいますか?串焼きの匂いがたまりませんよ。」
「ああ、そうだな。皆も構わないだろ?」
ヒッターの意見に誰も異論はないらしく、皆頭を縦に振った。それを確認してヒッターは店員を呼び止め、人数を知らせた上で連合国幹部連である事を伝えた。それを聞いた店員の動きは迅速で、然程待たずに入店出来た。
「若、先に言っておきます。本日は姫様もいないので酒は程ほどに自重願います。」
店の軒先で真面目な顔をしてヒューズが、ユーヤの腕を取って言った。
「え、それはどういう意味―」言い終わらぬうちに、さらに前からヒッターに肩を掴まれ「坊ちゃん、切に願います。ナニかあれば姫様に我々の命が狙われます。」「いや、だからどう―」「これから城下となる街で妙な噂がたてば、エテリナの気苦労が増えます!」後ろからジードが腰のあたりをロックする。
いつの間にかジードはエクステリナの事を愛称で呼ぶようになっていた。どうやらそう云う仲になっていたらしい。
「だーかーらー!なんでそうなる!!軽く引っかけるだけだろが!?」
三方からの羽交い絞め状態を解こうとユーヤがもがいたが、三人の結束は固い。
「酒が入った際の若の乱れ様は、一部では有名になっております。そして今やマダム達のサロンを中心に『王の酔拳、姫の嬌声』と噂がたっておるのです。それはそれはうちの家内が年甲斐もなく羨ましそうにサロン帰りに聞かせて来る始末で―」
「ああ!もうわかったよ!ほどほどにすりゃーいいんだろ!」
青筋を浮かべながらユーヤが言うと、ようやく解放された。
実のところ事実である。あの日からユーヤもマリオンもすっかり箍が外れてしまったらしい。ユーヤは内心で反省はしているのだ。
その日の宴はユーヤにとっては、詰まらないものとなった。
拾話記念SS:居酒屋での一幕
ユーヤ「そういえば、いつからジードはエテリナと進展したんだ?やっぱりあの晩か?」
ジード「あの晩と云われると、あの晩でありますか?」ニヤニヤ
ヨーン「ああ!陛下が姫様とイチャこいた日ですね?」二ヤリ
ユーヤ「言い方!」怒
ヒューズ「若の隣りの部屋だったんで、眠れませんでしたよ。」ニヤ
ヨーン「獣王閣下なんて、覗きに行ってたみたいですしね。」ニヤニヤ
ユーヤ「すいません…。すいません…。私が悪うございました…。ヤブヘビでした。ごめんなさい…。」シクシク




