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天使の十三階段  作者: 東風
プロローグ
10/11

10

 シェオル広場に、霧のような雨が降り出した。

 集まっていた人々もひとり、またひとりと、雨を避ける様に足早に立ち去って行く。

 雪を被った高い山々が描く深い稜線の向こうへ、一羽の鳥が羽ばたいて行く。行く先は雲間から、細い光が幾つも差し込んでいる。天使の階段とよばれる、美しい自然現象だ。

 ルカは、雨に打たれるままに立ち尽くしていた。

 今はまだ、明日に希望など見出せない。世界は未だ、霧深い森の中だ。森の中は暗闇に包まれて、その深潭から悪魔の長い手が全てを引きずり込もうと手招きしている。

 雲間から射し込む天使の階段の様に、暗闇に差し込む一条の光を求めて足掻くことをルカは心に誓った。

 光の中に消えていく鳥を見送って、ルカは自らが命を絶った死体に背を向けて歩き出した。

 ルカが処刑人を継ぐ事を恐れていたのは、人を殺す事で自分の中で何かが変化してしまうのではないかと思っていたからだ。人としての心を失うのではないかとずっと恐れていた。

 しかし、父の手紙を読んで考えを改めた。

 父は数多くの罪人を手にかけてきたが、手紙の中でルカへの思いやりに満ちた言葉をかけてくれた。父の本質は、最期まで変わることはなかったのだ。

 ならばきっと、自分も変わらずにいられるはずだ。

 人体研究の継続と処刑制度の廃止。ルカはこの二つを人生の目標に定めていた。その中でも処刑制度の廃止はかなりの難題だろう。一種の娯楽と化している処刑を廃止すれば市民からの反発は免れないだろうし、牢獄には罪人が増え続けることになってしまう。処刑の執行を拒否すれば、王命に反したとされルカ自身が処刑されてしまう。

 まずは、人々の意識を変えなければならない。人が人を殺めることがどれほど罪深いことなのか、彼らは思い知るべきだ。少なくとも、ランチボックス片手に見物するようなものでは決してない。この国を覆う厚い天蓋を、いつかきっと取りはらってみせる。

 心配なのは、ただ一つ。かけがえの無い、ただひとりの友人のこと。

(リィン、たとえどんな僕でも、あなたは許してくれるだろうか)


 天窓に打ちつける雨音を聞きながらため息を吐いたリィンは、薄暗い窓の外を見つめた。

 今朝ルカが祈祷所を去った後もずっと、祈り続けていたのだ。

(ルカ…)

 彼のために何もできない自分がもどかしい。自分にできることといえば、火の雨を降らし、川を溶岩に変え、空気を灼熱の熱波に変えることぐらいだ。

「私があなたの様な天使だったら、彼の力になってあげられたのに…」

 彼の傷つき血を流す心を、癒してあげられるのに。

 祭壇の中央に立つ小さな天使像に向かって呟いた。

 誰かを羨んでも仕方がない事なのは十分わかっている。羨望は行き過ぎれば嫉妬に変容し、神の教えに反することになる。

 分かっていても溢れるため息を止めることはできない。

 ルカの力になりたい。そばにいて、すべての障害を取り払いたい。

 ルカ、私は貴方の全てになりたい。

(…わたしは、あなたのものになりたい)

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