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些事から離れ、安らぎを得る

 肌触りの良い生地に袖を通す。いままで着ていた服と違って、サイズはちょうど良いし、きついところもない。


「ユーカ」


 幼女改めリーナがわたしを呼んだ。にこにこ笑って満足そう。たぶん、かわいいとか言ってくれてるんだろう。

 目の前の姿見に写る自分は、ふりふりの装飾がついたエプロンドレスのようなものを身にまとっている。まるで絵本に出てくる少女みたいで、これをわたしが着るのは無理があるんじゃないかなー。

 リーナが試着室のカーテンを開けると、外で待ち構えていたスーニャがきらきらと目を輝かせて歓声をあげた。

 スーニャは普段からボーイッシュな格好をしているけど、意外とかわいいもの好きなところがある。その逆にリーナはシンプルなデザインが好きというか、質実剛健なものが好きらしく、姉妹で好みがかなり違う。おかげでさっきからわたしは二人の着せ替え人形のようになっていた。

 テンションの高いスーニャを冷めた眼で見ていたリーナがぼそっとなにか呟いた。楽しげだった場の空気が変わる。スーニャが顔を赤くして言い返すが、リーナはまるで動じない。この姉妹の力関係は、どうやらそういうふうになっているらしかった。

 こういうときは、わたしが二人の名前を呼ぶと大抵すぐに収まる。だけど呼び捨てはダメで、敬称をつける決まりがあるらしい。一度リーナのことを呼び捨てにしたら、真顔で訂正された。あのときのリーナは怖かった。

 結局、この場はスーニャが折れる形で収まった。と思ったんだけど、スーニャは自分が財布を握っているのをいいことに、リーナが決めた服だけでなく自分のお気に入りをなん着も買ってリーナに怒られていた。

 わたしはリーナが見立ててくれた動きやすい服を着て店を出た。はじめて町に来たときは見るものすべてが怖かったけど、いまとなっては言葉が通じないのが不便なくらいで、あとはどうってことないと思えるようになっていた。

 町なかに漂う甘い香りにさそわれて、ふらふら歩いていくと、じゅーじゅーと油の弾ける音を立てる露店に行き着いた。

 黒く大きな中華鍋の中で油が煮えたぎっている。鍋の前にいるおじさんは大きなお玉でぐるりと油をかき回し、タイミングを見計らってピンポン球のような白い生地をいくつも投げ入れた。瞬間、ジュワーっと油が弾け、甘く香ばしい匂いが広がった。生地が空気の泡に包まれて、見る間に色が変わっていく。おじさんがお玉ですくうと、香ばしい色合いになった丸いドーナツがいくつも出来上がっていた。

 

「おおー」


 思わず声を出して拍手していた。おじさんはわたしを見てにかっと笑い、出来立てのドーナツをひとつ差し出した。手に取ると、まだかなり熱くて、息を吹き掛けて冷ましてから一口かじった。カリッと歯応えのあるきつね色の表面の中からは、あつあつの湯気とともに、ほんのりと黄色いカステラのようなふわふわな生地が現れた。

 二つの食感が同時に楽しめる。異世界のおかしも捨てたもんじゃないね……! と、関心したところで、おじさんが手のひらをわたしに差し出した。

 …………握手? じゃあ、ない。わかってる。やばい。だって、わたしお金持ってないもの。

 冷や汗がたらりと流れる。いやー、今日暑いですよねー、なんて世間話で気をそらすこともできず、わたしは視線をさまよわせた。


「ユーカ!」


 リーナ! こっちに走ってくる。天の助けだ。リーナの姿が天使に見える。

 ……なんだかんだあって、わたしはリーナとスーニャの二人からかなり怒られた。たぶん、一人で先に行くなとか、買い食いするなとか、そういうこと。

 それで、たぶんそのせいなんだけど、いまわたしはリーナとスーニャの二人と手をつなぐことを強要されていた。絵面的には捕まった宇宙人みたいな。いや、そこまで背低くないし、リーナよりは全然高いけど。

 両手が塞がっているから、せっかく買ってもらったドーナツが食べられない。ああいうお菓子は絶対揚げたてが一番美味しいのに……!

 わたしはお菓子の入った紙袋を持つリーナをちらちらと見て、何度もねだるようにリーナの名前を呼んだ。すると、しょうがないなあって感じで、リーナがドーナツをつまんでわたしに差し出した。だけど繋いだ手を離すつもりはないらしい。わたしは顔を近づけて、リーナの持つドーナツを口でくわえた。

 むふー、これは……一口で食べるとまた印象が違うね。揚げたてアツアツも美味しかったけど、あら熱がとれるまで置いたことで中身のしっとり具合が増している。

 甘くて美味しいものを食べて笑顔満面で歩いていると、こんどはスーニャがわたしにドーナツを差し出した。遠慮せずにぱくり。もぐもぐ、ごくん。おいしい。と思ったら次はリーナが――

 次から次へと差し出されるドーナツで、わたしのお腹はいっぱいになった、

 はーっ、おいしかったー!

 …………。

 ねえ、なんか、わたし幼児退行してない? 大丈夫?

 こんなところ妹に見られたらなんて言われるかな。すっごいバカにされそう。

 うちで妹と口喧嘩してたのが、もう遠い昔のように思える。……どうしてるかなー、妹。

 お姉ちゃんは結構幸せに暮らしてるから、あんまり心配しなくていいよ。心配してなかったら、それはそれでムカつくけど。まあ、元気でいてさえくれればそれでいいや。

 そういえば、元の世界に帰る方法とか全然探してなかった。って言っても言葉を覚えないと話にならないからなあ。どっちにしろ、まずはこの世界に慣れていかないと。その点、わたしはすごいついてると思う。だって、こんな優しい幼女とお姉さんが養ってくれるんだもん。なんなら元の世界で暮らすよりも楽な説ある。

 ……あれ? 帰る理由なくない?

 あー…………うん。

 

 まいっか。なるようになるでしょ。そんなことより、おなかいっぱいになったら眠くなってきちゃった。帰ったら昼寝しよー。

 

 

~完~


 

 

 妹

 

 闇に包まれた平原に、野性動物――いや、魔物の赤い眼がぎらりと光った。

 あれかな、依頼に書いてあったヴァリアントウルフって。見た目はそのまんま、狼。その数は、ざっと5体……くらい。

 これならいける。あたしはそう判断した。相手が仕掛けるのを待っているほど、あたしの気は長くない。

 地面を蹴って駆け出す。魔力で強化した体は羽のように軽く、鋼のように強くなる。元の世界でこんな力が使えたらオリンピックで優勝できちゃうもんね!

 

「たぁぁあああ!」


 群れのどまんなかを突っ切って、一番奥にいる群れの頭を狙う。雑魚は素通り、後回し。ギルドで教えてもらった通り。違うか。ふつうはパーティーの遠距離攻撃で狙うんだっけ。けど、あたしくらい強ければひとりで十分。追い付かれる前に駆け抜ける。

 走ってきた足を目標の前で一瞬ピタリと止める。だけど手に持った武器は止まらない。勢いそのまま遠心力をプラスして振り回す。”超重量”の剣はヴァリアントウルフの首を、まるでバターかなにかを切るみたいになんの抵抗もなく切り飛ばした。

 振り抜いた剣の重さを意識して、今度は自分の体を加速させる――なんて言えばかっこいいけど、実際は剣にふりまわされてるって言うのが正しいかも。それを狙い通りにやるのがあたしのテクニックのみせどころ。

 あたしは向かってくる狼どもの間を縫うように、剣をぶんまわしながら駆け回る。あれ? ちゃんと切れてる? あまりにも手応えがないからちょっと不安になった。念のために群れから距離を取って、立ち止まる。ザンシン、ってやつ。

 狼たちは血しぶきをあげて一匹残らず倒れた。斬ってから少しだけ間があったのは、切れ味が良すぎるからかな。

 

 全部死んでるのを確認してから、あたしは魔石を回収した。ヴァリアントウルフ10頭分。これで受けた依頼はクリアー。なんだけど、死体を捨てておくのはもったいない。お肉はまずいらしいけど、毛皮が売れる。

 自分で解体できたらいいんだけど、めんどくさそうだからパス。そういうのはギルドのひとに任せます。

 あたしは死体に手をかざして「縮小」の魔法を使った。大きな狼が、しゅるしゅる縮んでミニチュアの人形みたいになった。小さくなったら拾って次へ。全部小さくする。

 まだ血が出てるので、毛皮が血まみれにならないように気を使いながら鞄に収納。ずっしり重い。10頭ぶんの重み。普通じゃ持てない。

 小さくしても重さは変わらないなんて、便利なんだか不便なんだかわからない。や、便利か。すっごく便利だけど。もっとゲームみたいに、謎の空間に放り込むみたいなのが欲しかったんだけどなあ。

 ま、重くても強化魔法のおかげで全然平気だからいいけどね。

 とりあえず、これ換金したら結構なお金になるはずだし、当分大丈夫。明日こそは次の町に行かなくちゃ。

 はー、もー、どこにいるのお姉ちゃん! わざわざ助けに来てあげたんだから、早く出てきてよね!

 ほんっと、世話の焼けるお姉ちゃんなんだから。

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