お姉ちゃん meets 裸の少女
ボクは疲れていた。
もともと、この遠征は5日の予定だったのに、帰る直前になってギルドから救援要請が来たせいで家を目の前にして帰れず仕舞い。しかも目的地に着いたら、「もう片付きました」……って。ボクたちの前に来たグループの中に凄いひとが居たらしくて、ほとんどひとりで終わらせてしまったそうだ。おかげで危ない目に遭わなくて済んだのは良かったけど、さすがに往復5日の無駄足はつらすぎる。最低限の遠征手当てだけじゃ割に合わないよ。
それにしても、こんなに家を離れていたのは久しぶりだ。リーナはどうしてるだろう。ずっとひとりで、寂しかっただろうな……。
リーナのことを考えたら、10日の疲れなんて吹き飛んだ。家に向かう足が早くなる。
ああ、ただいま10日ぶりの我が家。10日ぶりのリーナ! お姉ちゃん帰ってきたよ!
「ただいま、リー――」
ドアを開けて、固まった。
家の中に居たのは、リーナではなく、となりに住んでいるマギーおばさんでもなく、見知らぬ裸の女の子だった。
「きゃあーーーーーー!?」
「すっ、すまない!」
とどろく大絶叫を前に、ボクは慌ててドアを閉めた。
な、なんでボクの家に裸の女の子がいるんだ!?
自分の家を間違えた? ――いや、間違いない。ボクの家だ。だったら、あれは誰なんだ? リーナはどこへ?
何がなんだかわからない。久しぶりに自分の家に帰ったら妹の代わりに、裸の女の子が……はだかで……はだか……。いや、少し冷静になろう。とにかく、ここは本人に事情を聞いてみるんだ。
さっきのあれは事故だ。ボクにやましいことなんて、何ひとつないんだから。その点は、あの子だってわかってくれるはず。
深呼吸をして、ドアをノックする。
――コンコン……。返事がない。もう一度――コンコン……。やっぱりなにも聞こえない。
……フー。二度もノックしたのだから、入っても問題はないだろう。もし、まだ裸のままだったら……どうする? そ、それは仕方ないことだ。ボクは悪くない。だから、ドアを開けよう。開けるぞ。
「は、入るよ」
念のため声もかけて、ドアを開ける。
女の子は……背中を向けていた。床にしゃがみこんで、ベッドに頭をうずめている。服は着ているようだったので、ほっと胸を撫で下ろす。
ボクは家の中に入って、後ろ手にドアを閉めた。
「あ、あの、さっきはすまなかった。決してのぞくつもりじゃなかったんだ。まさか妹以外のひとがいるとは思わなかったから……。ほら、ここは一応ボクの家なわけだしね。それで、キミは――」
女の子はベッドに伏せたまま、動かない。
「あ、いや、先に名乗るべきだったな。ボクはスーニャ。よかったら、キミの名前を教えてもらえないかな?」
「……………………」
「ええと、リーナがどこにいるか知ってるかい? ボクの妹で、このくらいの……8才の女の子。この家に住んでるはずなんだが」
沈黙が続く。弱ったなあ。なんにも答えてくれないや。見たところ泥棒っていうわけでもなさそうだし、リーナの友達なのかな。それにしては、初めて見る女の子だけど。
肝心のリーナが居ないと何もわかりそうにない。と思ったら、女の子が顔を上げてボクのほうを見た。少し癖のついた真っ黒な髪と、潤んだ瞳が妙に色っぽくて、少しどきっとする。
女の子は口を開いて何かしゃべった。でもボクには全然聞き取れなかった。
「え? ごめん、なんて言ってるのか聞こえなかった。もう一度言ってくれる?」
声は聞こえているのに、意味が全くわからない。女の子がしゃべっているのは、ボクの聞いたことのない言葉だった。
「もしかして、ボクの言葉もわからないのかな」
女の子は、うなずくでも首を振るでもなく、諦めるように何か呟いた。どうやら、本当に言葉が通じないらしい。これは、いよいよ困った。リーナに事情を聞きたいところだけど、一体どこへ行ってしまったのか。
「困ったなあ……。そうか、マギーおばさんなら知ってるかも……」
この子を置いていくのは少し不安だけど、このままじゃ何もわからないままだし。
ボクはひとまず自分の家を出て、となりのドアを叩いた。
「こんにちは。スーニャです。マギーさん、いますか?」
声をかけて少し待つと、マギーおばさんが出てきた。いつもと変わらない、がっしりとした体格を目にして、少しほっとする。
「あら、スーニャちゃん、帰ってたの」
「ええ、ついさっき帰ったところです。それで、その……ボクの家に知らない女の子がいるんですけど、マギーさん、なにか知りませんか?」
「ああ、あの子ねえ……。リーナちゃんには聞いてない?」
「それが、リーナがうちに居なくて」
「たぶん出掛けてるのね。あの子のことは……どう言えばいいのかしらねえ……。あたしからは言いにくいわねえ……」
「知ってるんですか」
「ええ。ほら、うちの人が運んできたのよ。でも見つけたのはリーナちゃんよ、向こうの山道で倒れていたんですって」
「山って……リーナはまた山に行っていたんですか。ああ……もう、危ないから行っちゃだめって言ってるのに……」
「ごめんねえ、あたしも何度か止めたんだけど」
「いえ、それはボクから言って聞かせますから。それより、なんでうちに運んだんです? 診療所やギルドがあるでしょう」
「あたしたちもそう言ったんだけど、リーナちゃんがどうしてもって言って聞かないんだもの」
「リーナが? でも、知らない子ですよね、人見知りのリーナがそんなこと言うなんて、信じられないな……」
「それがねえ……リーナちゃん、あの子のことを…………ユーカちゃんだって。ユーカちゃんが帰ってきたって言うのよね……」
「そんな…………そんなわけないでしょうっ」
「あっ、スーニャちゃん」
ボクは飛び出した。
あの子がユーカだって!? そんなこと、あり得ない。
ざわめく心をドアにぶつけるようにして、乱暴に開いた。
「きゃあああーーーーー!」
「ああっ! すまないっ!」
家の中には裸の美少女がいた。
ボクは慌てて外に出てドアを閉めた。心臓がばくばく波を打っている。ああ……焦った。
「って、さっきの繰り返しじゃないか! なにをやっているんだボクは……」
わざとじゃないとは言え、初めて会った女の子の裸を二度も見てしまうなんて……。
だけど、なんでこんなに動揺しなくちゃいけないんだ。女の子の裸くらい、冒険者仲間ので慣れてるはずなのに。いや見てるって言うほどしっかり見たわけじゃないけどさ。だいたい、ボクだって一応女の子なんだし!? ……そりゃあ胸は小さいし、あんまり女の子っぽい体はしてないけど、これでもスタイルがいいって誉められたこともあるんだから……ああ、もうっ、そんなことどうだっていい。
ボクは気持ちを切り替えて、いろいろと確かめつつ慎重に家に入った。女の子は、ベッドの上で膝を抱えて小さくなっている。
この子がユーカ? ボクたちの妹の?
そんなわけがない。だって、ユーカは――3年前のあの日、赤ん坊だったユーカは、ボクたちのパパとママと一緒に死んでしまったんだから。