表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

異世界なんて、あるわけないし

「…………………………えっ」


 発した声は場違いな響きとなって森の奥深くに吸い込まれていく。

 

「いや……。いやいやいや、さすがにそんな。……あ、夢か。うん、夢だこれ」


 夢ならまだ納得できる。目を閉じていたから、うっかり眠ってしまったんだろう。


 ……立ったままで?


 まあ、寝不足だったし。そういうこともあるはず。っていうか、現にいまなってるし。

 だって、そうじゃなかったら、ここはどこなんだって話。


 ……あの「魔法の本」が本物だった、なんてことは。


 あり得ない。700円で買ったんだよ? 本物だったら700万とかするでしょ。

 とにかく、そんな可能性は万にひとつもあり得ない。

 それにしても、ずいぶんとリアルな夢だ。色や音はもちろん、匂いまでついてるなんて。それに、なんだか薄っすらと肌寒い。

 服装はさっき着ていたジャージのまま。舞台は森だというのに靴すら履いていない。靴下があるだけマシと言うべき?

 上を見上げると、空は葉っぱで覆われて見通しが効かなかった。太陽の光が緑のフィルターに遮られているみたいだ。

 周りを眺めてもなにも起こらないので、とりあえずほっぺをつねってみる。いたい。

 ……まあ、痛いからって、これが夢じゃない証拠にはならないし。心の中で言い訳をしながら足を踏み出す。

 地面に木の根っこがぼこぼこ飛び出していて歩きにくい。バランスを崩して木の幹に捕まったら、手のひらサイズのクモが居た。


「うっわっ!」

 

 慌てて飛び退く。虫はわりと平気なほうだけど、でかいのはきつい。よく見ると周りにも結構虫がいた。踏まないように気をつけないと……。

 とまあ、足元ばかりに気を取られていたから気づかなかった。

 ふと顔を上げると、行く先に場違いな黄色い物が見えた。形は丸っこくて、距離から察するにかなり大きい。近づいていくと、それはわたしの足音に反応して、動き出した。のっそりとこちらに向けたごつい顔は、ザ・肉食獣って感じ。

 ……虎だ。いや、熊……?

 やばい。これ。まだ距離は離れてるけど、明らかにわたしよりも大きい。しかも、見られてる。動物園みたいに檻なんかない。そんな状況だと、大きい生き物はただ動くだけで怖い。

 見つめあっているうちにどこかへ行ってくれ、という願いは熊が一歩距離を詰めたことで儚く散った。

 逃げろ! 心の中でわたしが叫ぶ。だけど背中を見せたら最後という予感もびしびしと感じていた。

 わたしが後ずさると、熊が進む。一進一退の攻防。

 だけどそんなのは当然、長く続かない。だってわたし後ろ向きに歩いてるもん。平らな地面ならともかく、こんな障害物ありまくりな場所で後ろ歩きをしてどうなるかって、わたしの運動神経をなめるなよ。

 

「……っと、とおっ!?」


 転ぶに決まってるじゃん。

 わたしは地面から飛び出した根っこに踵を引っ掛けて、たたらを踏んだ。

 やば。思う間もなく熊は動いていた。重量感のある巨体が地面を打楽器のように響かせて、遮るものを破壊しながらここへ向かって一直線に突進してくる。

 あんなのにぶつかったら、死ぬ! いやこれ夢だっけ? なら大丈夫か。戦っても勝てるんじゃ――

 いややっぱ無理!

 すんでのところで倒れるように身をかわす。

 夢だろうが現実だろうが怖いものは怖いよ!?

 ズドンと衝撃。見れば熊は勢いをそのままに、わたしが背中を預けていた木に激突していた。

 めきめきという音と共に、背の高い木が根本から倒れていく。熊は頭をぶるんと振って、わたしに向き直った。

 やばい殺される――。ていうかこれ夢っ、夢なんだよね!? いいかげん目が覚めてくれてもいいのよ!?

 そんな願いとは裏腹に、意識はますます冴え渡る。地面におしりを付いたまま後ずさるわたしを見て、黄色い熊は勝ち誇ったように後ろ足で立ち上がった。3メートルはあろうかという巨体を、わたしはただ見上げることしかできなかった。

 

 ――ガオォォオン!


 勝利の雄叫びか。いっそこれで満足して立ち去ってくれないかなぁあ?

 右腕を大きく振りかぶった熊が、ニタリと笑ったような気がした。

 死ぬ、殺される。違う、これは夢、夢だから、だから早く覚めて!

 そう願って力一杯目を閉じた。

 ブンッ!

 風切り音、そして、ドチャアッ、肉を切り骨を断つ生々しい音が聞こえた。

 …………あれ、痛くないぞ。

 ぱちり、目を開く。飛び込んできたのは、噴水のように噴き上がる真っ赤な血。だけどわたしのじゃない。血を噴いているは目の前の熊だ。

 頭に、なんか刺さってる。なんだ、あれ、……斧?

 斧と言っても、薪割りに使うような小さい斧なんかじゃない。大きい、それこそゲームの中でしか見たことのない巨大な両手斧が、熊の脳天に突き刺さっている。

 

「は? え?」


 何が起きているのかわからなかった。1ミリも動けずにその様子を見守っていると、熊は立ち上がった姿勢のまま、まるでスローモーションのように倒れた。

 そして、その向こう側にいたものは。

 

 ――ヤァァアーーーハアアアァァァーーー!

 ――ウガァアアアアーーーーー!


 蛮族。

 その言葉以上に彼らを表す言葉は存在しないだろう。

 熊を倒したのは、獣の毛皮を羽織った熊のような二人の大男だった。

 蛮族たちは倒れた熊に駆け寄ると、手にした斧や剣で熊を滅多打ちにした。突かれ、斬られるたびに熊の太い手足が痙攣し、黄色い毛並みは赤く染まっていく。蛮族たちは意味不明な怒声を上げ、また笑いながら剣を振るう。

 やがて、ひとりがわたしに気づいて手を止めた。訝しむような視線をわたしに向けながら、仲間に声をかける。

 しまった。すぐに逃げればよかった。

 だけどもう遅い。蛮族たちの意識はすでに、熊からわたしへ移っていた。

 二人の蛮族は肩で息をしながら互いに顔を見合わせ、そしてもう一度わたしを見た。

 蛮族たちはニタニタと笑いながらわたしの前に立ちふさがり、血まみれの手でわたしの肩を掴んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ