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第五話 カイ

 百年の時を越え、目覚め。アウラザ洞窟から出たダウザの口は喜びや愉快を示す楕円を形作っていた。

 温かく途切れることのない陽を浴びた彼の体は紫の宝石……アメシストの輝きを発しているように見える。

 十分に陽を堪能し終える頃には、目も薄暗い洞窟から外界との明るさへ順応を果たしていた。


 アウラザ洞窟の周囲は世界樹の幼子が織りなす森に囲まれている。

 一番近くの村までは二十日も歩けば着くことが出来るが、ダウザは逸る気持ちを押さえ歩き出そうとはしなかった。

 その前に目的地を見定める必要があった。

 


準備はいいか? オレはお前を絶対に見つけてやる。



 ダウザは自らの精神に潜む沈黙の異住者にそう語りかけると、空を見上げた。

 彼の瞳は限りある大地とその大地を一周している長大なカーリベーラ河を映す。

 この閉じられた世界のどこかに異住者の住処があるはずだと信じ込んでいた。


 異住者をなんらかの希少な系譜に連なる同胞だと結論づけ、本来の住処が視界に入れば必ずなんらかの反応が帰ってくるという思いこみにも支配されていた。


 実際に不可思議な能力を持つ同胞を彼は知っており、そのせいで思い込みは強固なものとなっていた。



 たとえば、身体的には。

 <飛翔>の系譜。

 ダウザが世界を旅したときによく世話になったシキとキシというトアグレース人がそうだ。

 [管理者]オッペのように薄い胸板と細く、しかし異常に長い腕。主腕と副腕の間に薄い膜があり、羽ばたくとフワリと浮き、そのまま移動することも出来た。

 二首一体として生まれ、活動し、報酬――主にワームや珍しい物。と引き換えにどこであろうとも素早く荷物を運んだ。

 彼らがいなければダウザの旅は到底、十年という短い期間で終わることはなかった。


 たとえば、頭脳的には。

 <予知>の系譜。

 森の奥深くにある集落に彼はいた。名はス。

 未来を当てる事ができるやつが居る。そのような噂を聞きつけたダウザが見つけたときには、既に余命幾許も無い状態で寝床に敷き詰めたコケに埋もれていた。

 スの体はダウザの半分程、しかし頭部は倍程あった。


 ぐったりと寝床に横たわるスの瞳は閉じられ、浅い呼吸を繰り返していた。

 通常のトアグレース人がこの状態に陥ったならば。卵還りに入り、二度と目覚めることがない永劫の眠りにつくものだがスはそれを拒否していた。


 ダウザは噂を確かめるために幾つかの質問と答えを求める。

 すると、スはか細い声で既に決まっていることのように答えた。

 スの言葉が真実だと納得するまでには多少の時間が必要だった。

 最後の質問との答え合わせが終わった時、ダウザはスの元に舞い戻り、一番知りたかった答えを求める。


 そのときには、スの魂は肉体から解き放たれる寸前だった。


”頼む。教えてくれ……! オレの望みは叶うのか?”


 だが、スは応える代わりに目で指し示す。

 その先には半透明な石が乾燥した藁の上に置かれていた。

 ダウザには半透明な石がなにを意味するのかわからない。しかし、スはそれ以上なにも答えず、示そうともせず。

 仕方なく石を持ち、その場を後にすることにした。

 翌日、訪れるとスの肉体は抜け殻となっていた。



 彼らのような不可思議な系譜に連なる者を知ってるからこそ、ダウザは自分の頭がおかしくなったのではなく。

 異住者が実在し、どこかにいるであろう本体を見つける遊びに興じることにしたのだ。


 頭上を見上げたダウザの瞳は河の次に、世界の中心にある世界樹アランタカルタとその上に広がる街を捉えた。――誤字ではない。位置関係によりそうなる。

 見ようとしなくとも、その存在感の大きさによりなみすることは不可能だった。

 途方もなく長々しく至大な幹、閉じられた世界の中心を覆うように枝葉、その枝葉から溢れ出る暖かな光。


「世界樹アランタカルタよ。永久とわなれ……」


 思わずダウザは呟いた。


 世界樹アランタカルタの根に沿うように広がる世界唯一の街……シザーハース。

 特徴的なのはこの世界では珍しく建築物がいくつか建てられている。この距離でもかろうじてダウザの目でも確認できた。

 しかしシザーハースに足を踏み入れたことがない彼には、なぜ建てる必要があったのかを知る由もなかった。


 どうだ。とばかりにダウザは内に潜む異住者の動向を伺う。

 すると、強い驚嘆の反応がすぐに返ってきた。

 予想したより大きな反応にダウザは思わず尻もちをつきそうになったほどだ。

 早速の当たりかと、その後の反応を待ったが徐々に小さくなってしまう。


 しばらく待つも大きな反応が再び戻ることはなく、見切りをつけたダウザは次々と視線を動かした。


 世界樹アランタカルタの根をかすめるように伸びる長大なカーリベーラ河は、世界をぐるりと途切れることなく一周している。

 カーリベーラ河やその支流に沿うように村や集落が点在し、今でも数十万年前と変わらぬ営みを繰り返していた。


 カーリベーラ河の傍だけにトアグレース人の営みがあるわけではないが、集落の数もまた多くはない。

 村も集落も変化は少なく。どれも同じ様相を見せていた。


 見ていると当時の記憶が脳裏をよぎり、不快になったダウザはかつて訪れたこともある遺跡に視線を注いだ。


 シザーハースから右方向へ曲線を描きながらポツンポツンと間隔をあけて並ぶ遺跡は、地面を丸くり抜いたように凹んでいる。

 大小様々な穴は癒やしの効果を与え、多くのトアグレース人に親しまれていた。

 しかし、異住者は村にも遺跡にも反応を示さない、


 どうしても反応が欲しくなったダウザは、意地になり更に視線を激しく動かした。


 視線を世界樹から左へ向けると。カーリベーラ河から離れた場所にある湖。迷い湖。

 視線を世界樹からら少し右へ向けると。赤・紫・黄……と、色とりどりの花咲かせる。狂い花の森。

 視線をさらに右へ向けると。高くとも小高い丘が大部分を占めるこの世界唯一の山ニイラス――ダウザの場所からでは横向きに見えた。


 ……。


 他にも様々な場所に視線を向けてはみるが、最初に見た世界樹より大きな反応を得ることは出来なかった。

 ダウザはがっくりと肩を落とし、近くにあった木に体を預ける。

 目的地すらも決めることができない事に気分が滅入っていた。

 無駄だとわかりつつ、異住者へ語りかけてはみるものの。やはり、返事はない。


 近くに生えていたラシアン草をつまみ、吸い終わると”ペっ”と口から吐く。

 幾度か繰り返すと、異住者から蔑むような感情が微々たるものだがダウザに伝わってきた。


「文句があるなら何か言ってみな。そしたら止めてやるよ」


 だが返事はない。

 ダウザはやけっぱちになり必要以上に繰り返した挙げ句、そのまま寝た。



 起きると、一番近い村の方角とは別の方角にある森へダウザは歩きだした。

 村にはボツボツと村人が寝るための穴と趣味人が作るラシアン草畑ぐらいしかない。

 彼はそんなものには用はなかった。


 森の中を歩きながら時折、鬱蒼と茂る木々の葉の隙間から空(大地)を見上げる。

 葉の隙間には、たまに<飛翔>の系譜に連なるトアグレース人が現れる。ダウザはそれを見るのが好きだ。

 見つけると彼は大声を上げて笑った。声が届くことはないので気兼ねなく笑うことができた。

 そのゆっくりと飛ぶ様が間抜けにみえたために。



 四日後、ダウザは未だ森の中を歩いていた。

 アウラザ洞窟を出立して以来、変化といえばダボダボのアーサ服に新たな破れをいくつも作ったことくらいだった。


 けれども今日は、服が破れる以外のことが起きた

 ひんやりと湿り気を帯びた風が彼の体を通り抜けていった。

 ダウザは当座の目的地が近いことを空気の質が変化したことによって知る。

 カーリベーラ河は近い。


”全ての道はカーリベーラ河に通ず。されど、カーリベーラ河は果てしなく”


 どこかへ行こうとするならば、まずはカーリベーラ河を目指せ。ただし、かかる時を気にしないならば。という意味である。

 誰が言い始めたのかはわからない。

 ダウザは誰が言い出したのかも、時も気にしてなかったので道中で摘んだラシアン草を吐き捨てながら目指していた。


 あと一日か二日の距離で到着する。

 しかしダウザには河からどこを目指すべきか、未だに決めきれずにいた。

 異住者から言葉一つ引き出せてないのだ。

 これでは目的地を選びようもなかった。


 ダウザは歩いていた。

 しかし、その歩みは意欲の減少と比例するように速度は遅くなっていく。

 スタスタだった歩みはトボトボに。やがてノロノロになると……ついには止まり、顔を上に向けた。


 しばし、ただ呆然と空(大地)を見つめる時間だけが過ぎていった。



 ハッとなにかに気づくと周囲を見回すダウザ。

 目は素早く動き、やがてある木を注視した。


 その木には大きな特徴はない。

 世界樹の種から生まれ、茶色の幹と緑の葉をもった何の変哲もない木である。

 周囲の木もすべて同じ姿形をしている。


 それでもダウザは注視し続け、下から上へと視線を移動させ頂点までいくと……揺れている。

 周囲の木も同様に先端を揺らし、それは段々と大きくなっていく。

 背後から暗雲が迫っているような嫌な気持ちにダウザはなった。


 時の始まりよりも前に深く遺伝子に刻み込まれた防衛本能により、ダウザは周囲を見回し穴を探す。

 だが、そう都合よくあるはずもなく。

 突如、彼は体が宙に放たれるような衝撃に襲われた。


 森はざわめき、丸裸にならないか心配になるほどの葉が落ちてゆく。

 地面は”俺の上になに偉そうに乗ってんだ”と主張するかのように、咆哮を上げ、突き上げ、揺さぶった。


 今まで感じたことのない衝撃にダウザの鼓動は強く乱れ、恐れを抱く。

 ところが、彼はそれすらも楽しんでいた。

 彼にとって変化とはなんであれ歓迎すべきものなのだ。特に退屈が心を完全に支配し始めたときは。


 周囲には、大地の咆哮と森のざわめき。そしてとあるトアグレース人の笑い声が響いていた。



 ダウザが革張りの太鼓のような笑い声をあげていると、それが気に入らなかったのかポンポンと跳ねる大地に蹴飛ばされるように体勢を崩し転倒してしまう。

 それでも笑い声は止まらなかった。


 彼とは対照的に、異住者からは恐怖で塗り尽くされた反応があった。


 その反応を好機と捉えたダウザは笑うのを止めると、なにが彼を恐怖に落としれたのだろうと考えた。

 そして結論を出すと、彼は激しく唸る大地と戯れることにした。


 なんとか全ての手足を総動員し起き上がると、走り、跳躍し、転倒し、また走る。

 何度も木や地面に体や顔を打ち付けるが気にせず、いつまでも繰り返した。


 ダウザの予想は的中した。

 狂人の如く振る舞う彼に耐えかねた異住者は感情の乱れだけではなく、とうとう意味を持った言葉を伝えた。


(も、ウ……。わ、わヵったカら! わカったからやめてくレ!)


 哀願する言葉に、ダウザはニヤリと口を丸めると要求通りに動きを止める。額から青い血が流れてたが満足感に比べたら小さなことだった。

 大地の揺れの激しさにそのまま立ち続けるのは難しいことを察すると、主腕を枕に大地を寝床にして寝転んだ。

 それでも尚、激しく跳ね飛ばそうとする大地だが、ダウザは鼻歌交じりに姿勢を維持し続ける。

 副腕を支えにすればそう難しいことではなかった。


「ようやくお目覚めかい? 聞きたい事は沢山あるんだがあ……。

まあ、まずは自己紹介から始めようか。名前……あんだろ?」


 気分よく陽気にダウザは語りかけた。

 しかしいくらまとうと返答はない。


「……ふざけやがって。てめえがその気なら」


 ダウザは組んでいた足をほどき、立とうと。


(ッ……待て! 違ウ。無視しテるんゃないんだ。もウすぐ、終わる。ヨくなル。地震終わるマで待て)

「地震ってなんだ?」

(この揺れダ。頼む)

「そうか、これは地震っていうのか。俺が忍耐強くてよかったな。この地震ってやつが収まるまでしか待つつもりはねえからな」

(そレでいい。感謝スる) 


 こうなってくると、ダウザは揺れる大地――地震のことを疎ましく感じた。

 血が流れる額に着ているおさがりのアーサ服をちぎり、止血の為に巻き付けたりしながら時間を潰そうとしていたが、地震はダウザの思い通りにはならず長く続いた。

 それでも、永遠に続くことはなく。次第に弱まり。しずまる。


「……そろそろ、いいか?」

(ああ、もう十分に慣れた。支障はないはずだ)


 先程よりは流暢な言葉で返って来たことに、焦れていたダウザは上機嫌になった。

 

「ンンッ。それじゃあ改めて。オレはダウザだ。お前は?」

(俺はカイ。先程まで失礼態度とってすまない)

「いいってことよ。オレは気にしちゃいねえ」


 焦らされたことにムカついてはいた。


「今更だけどよ。別にいいんだけどよ。なんで黙ってたんだ? いくらオレでもちょっとだけ、カっとなりそうだったぞ」

(……混乱していた。体が動かせなかったのもある。

それに未知の知識の塊をミソにマシンガンのように次々と撃ち込まれた。

選り分けるので精一杯で外に向ける余裕はなかった。

まだ氷山の一角ほども終わっていない。

なんとか言語の知識だけは優先的に選り分けたが、急いだせいで得られてたはずの多くの知識を見失った)

「……何言ってるかわからん」


 カイからの返答が途絶えた。

 が、すぐに再開する。


(不完全な説明だということは自分でも承知している。

貴方に分かりやすく説明するならば……クチの中へ、その体積以上のワームやラシアン草、土、石、枝等をいきなり突っ込まれたようなものだ。

口から出さずに食べられる物、食べられない物。今すぐ食べる物。後で食べる物に分けていたら急かされて、つい一部を吐いてしまった)

「あー……なんとなくだがわかった。大変だったんだなお前……」


 急かすのはもう少し待ってあげるべきだったか。と、ダウザはちょっぴり反省する。


「それで言語の知識を集めてどうするんだ?」

(貴方と意思疎通するために必要だった)

「ふーん……ってことは、カイ。本来のお前とオレの喋ってる言葉が違うのかい?」

(ダウザが考えているよりも遥かに違う。俺が使う統一語にはない表現もあった。

しかし、現状は悪くはない。

原理はよくわからないが、俺が伝えたい言葉を思い浮かべると該当する貴方の言語が俺の頭の中へ流れてくる。

そのおかげでこんなにも早く意思疎通が可能になった。

貴方のミソは素敵だな)

「……そりゃあ。どうも」


 褒められても微妙な気分しかなかったダウザは増える謎に新鮮な驚きを覚えた。

 謎が減るどころか増えるなんて経験はいつぶりだろうかと。


「統一語ねえ。大方見るもんは見たと思ってたが。俺が知らない場所ってのはまだ残ってるもんなんだな……」

(そうだろうな。それと、こちらにも疑問がある)

「お? いいぜ。これでも世界を回った経験があるんだ、大抵の事には答えられると思うぜ」


 ダウザは自分の知識を過信していた。


(……貴方には俺の知識が流れていないのか?)

「あ? うぅ……ん? ……ねえな。さっぱりだ」

(なるほど)


 カイは知識の流れは一方通行らしい事に優位性を感じた。


 主導権を取り戻されたことを思い起こすと、こちらから知識の奔流を与えれば主導権をもう一度奪える可能性もあるだろかと考える。

 それはこの著しく不便で不安な状況において、優先的順位が高い位置に置かれていた。

 ただ、主導権を奪えたとしても、船に戻るのが早まるかは疑問があった。

 奪うという行為には敵対の意味も含まれる。それが唯一無二の自分の体ならなおさらである。

 今は友好的なダウザと敵対と取られない行為をするのは避けた方が得策か。熟考を重ねなければならなかった。

 それに自分の位置と船の位置関係すら不明な現状では情報が圧倒的に足りていない。時期尚早だとカイは判断を保留する。

 しかしながら、”意図的に奪う”ではなく。”奪ってしまった”という状況が作れたならば試してみる価値はある。と結論づけた。


 状況が把握しきれず混乱し、ダウザを意図的に無視していた頃。それと、先程得た情報を元にカイはこのような思案をした。


「……ん。もういいのか? お前の疑問が晴れたんなら次はオレの番だな。そうだなあ、何にしようか迷うが……。やっぱ、統一語をもう少し詳しく頼む。ちょろっと聞いたくらいじゃまだよくわかんねえや」

(……俺がいた星、地球の統一言語だ。この星……かどうかは今はわからないが、貴方達の言語と比べると固有名詞の数がかなり異なるように感じた。

たとえば。

貴方の鞄の中にある灰色の石は統一言語で”鉄鉱石”という。

半透明な石は候補が多すぎてわからないが似たようなもので”ダイヤモンド”、 ”水晶”、 ”ジルコン”……)

「ちょっ、ちょっと待ってくれ」


 今度はダウザが待ったをかけた。

 既に序盤で躓いていた。

 星や地球とはなんだろうかという疑問がグルグルと頭の中をかき回し、場所を示す単語だということをなんとか理解すると。


「……オレが見てるものはお前にも見えてるんだよな? もう一度いろんな場所を見るから、お前が居たチキュウって所まで誘導してくれ。いいな?」

(肯定と否定だ。貴方の見たものは俺にも見える。だが。ここからでは地球を見ることは不可能だ)


 否定の意思を受けたダウザだが必死に記憶を探った。


「……ここから見えない場所は……ニイラスの裏? 地割れの下……? ……わかったぞ。水中だな? 迷い湖には水の中に洞窟があると聞いたことがある。実在したんだな!」


 ダウザは自分の記憶の中から該当するものを探し当てようとしていた。

 カイは全てに否定を返した。


「カーッ! お手上げだバカヤロウ! って、オレがバカヤロウだな……。まずはどうしてオレの中にいるのかを聞くべきだったていうのに。……さ、なんでオレン中に居座ってるのか答えてくれ。」

(理由は俺にもわからない。いつの間にかこのような状態に陥っていた。だが、もしかしたらこうなる前のことを知ればダウザの知識から何かしらのヒントが見つかる可能性はある。知りたいか?)

「ああ。知りたいね」


 懲りずにさらなる謎を求めるダウザ。

 明らかに混乱状態に陥りかけていた。


 カイにはダウザの思考はわからないが、感情の一端はなぜか伝わってきた。

 逆説的にダウザにもカイの感情の一端は伝わっている可能性が高いが、それは問題にはならない。

 早速の好機を得られた”喜び”ならば、いくら知られようと支障はないと判断を下した。

 仮にダウザだけに思考が伝わっているとしても、やはり問題とは思えなかった。

 そうなれば一時は悪感情を抱かれるだろうが、どちらもお互いから逃げることはしばらくできそうもない。

 時間が解決してくれるはずである。

 カイが観察したダウザの性格を鑑みるに、不仲が長引くとは思えなかった。


(……わかった。ただ、俺は全てを理解してるわけではないし抜けている部分もある……。が、そこまでの正確さは不必要だと判断する)

「おう、頼むぜ」

(では……。統一政府からの命令により、俺と仲間達は地球から2300光年離れた地球近似惑星シクス522cへ移住の準備を整える為に目指していた……)

「住む場所ならここらに沢山あるぜ。仲間がいくらいようとどこでも好きに暮らしたらいい。……それで、コウネンってなんだ?」

(有り難い申し出に思う。しかし、仲間とはぐれてしまっている現状ではなんともいえない。それと疑問は後で答えるので、一旦その出っ張った口を閉じてもらえると助かる)

「へいへい」


 ダウザは集中するために目も閉じた。

 おかげでカイの視覚も閉じられた。けれども語るのには支障がなかったのでそのことには触れなかった。


(……。

出発から数えて八度目の空間跳躍をした時、俺たちは事故にあう。

気づくと船……経路運搬船ドリームランド号は惑星に胴体の一部がめり込んでいた。おかしな表現だと思うだろうが、そうとしか言いようがない。

俺たちは当然のように混乱した。空間跳躍を可能にするウェーブ航法では、そのようなことは起こり得なかったはずだったからだ。

かといって、通常の空間跳躍では安全が保証されているわけでもないが。

跳躍直後には実体化する事により起きるショックにより、船体は少なくないダメージを負う。中にいる俺たちも同様に。

だが、惑星にめり込むどころかその近くにさえ出現することは一度もなかったし、全くありえないはずだった。

混乱から立ち直り、すぐには命の危険がないことがわかりだした頃。ほぼ同時に、その惑星が異質な性質を持っていることを俺たちは知った。

惑星がその重さによって重力を発生させ、引き込む性質を持つのはなにもおかしくはない。

だが、その星は地球の36%の大きさ――これは地球の衛星である月より少し大きい程度だ。にも関わらず、船長が持ち込んだ機器で計測すると風船のように軽いことがわかった。

断っておくが、俺たちが計測したわけではない。船長が一人で計測し、その結果を俺たちに伝えた。もちろん俺たちは誰もご苦労様とは言わなかった。

通常、その重さでは発生する引力も極微々たるものとなる

だが、くだんの星は近くに浮かぶ岩や岩石もわずかではあるが引き寄せるほどの引力を持ち合わせいた。

興味を大いに持った船長から調査命令が俺たち船員に下された。

しかし、俺がいたドリームランド号には船長しか扱うことが許されてない機器類の他に命令に対して役に立ちそうなものは少なく。また、船外活動用に開発された宇宙空間に適応するためのパワードスーツも大きな損傷を負った船体の修理のため、稼働できるものは全て使われる予定だった。

本来なら副船長であるアルフが船長に進言をし中止か延期を求め。大きな危険が伴うが、修理を終え次第これ以上事態が悪化する前に、なんとかして惑星から船を引き剥がし、再度の空間跳躍を提案するはずだった。

なぜ惑星から離す必要があるのか疑問だろう。心配するな。ちゃんと理由がある。

空間跳躍は船とそれに付随するものを無差別に運ぼうとする。

だが、惑星に密着した状態でそうしたとしても”その惑星”には何の影響もない。

ただドリームランド号が中にいる俺たちも含めてズタズタに引き裂かれ、宇宙中にばらまかれるだけだ。

船長はどうかしらないが、少なくとも俺たちはそんな死に方はごめんだった。

しかし、タイミング良く試験的に――)

「……なげえよ。カイ。お前、わざとやってんじゃねえだろうな」

(心外だ。そんなつもりは全く無い)


 そんなつもりはカイにあった。

 わざわざ教える理由がなかった。


「……本当か? まともだってんなら、もう少し短く頼む」

(む……しょうがない、善処しよう。

――試験的に導入された意識転写型遠隔掘削ロボット――俺たちはゴーストと呼んでいる。を使えば短時間で多くの調査が可能であるということがわかった。

最悪の場合はその惑星に捨て……置き去りになるが、船長が負うことになるだろう統一政府からの評価の他に犠牲になるものはない。

なにせ押し付けられたものだかな。部品は再利用したいが。

むしろ、船長の評価が下がるならば俺たちは喜んでゴーストを置き去りにするだろう。

そうとは知らない船長は喜んでゴーストの使用許可を俺たちに与え、操縦を任された俺は意識を移し、惑星に降りた。

事前に層が薄い箇所をいくつか船長から教えられていた俺はその中で一番薄く、より短時間で掘り進めそうな箇所を選び移動する。

隕石が落ちた事によりクレーターとなっている箇所にも興味をそそられたが、それはじゃじゃ馬に譲ることにした。

現場につくと、より良く調べるために取り付けられているドリルを使い、削岩を開始した。

ゴーストはよく働いてくれた。塵などがへばりついて岩の層になってるにも関わらず、ドリルは砂地のようにかき分けるように進むことができた。

せっかく引き剥がした岩や砂が惑星の引力に引き寄せられたことで、多少時間は余計にかかったが作業に支障はになく。そこまでは順調だった。

予定の半分が過ぎようとした頃、ドリルでは破壊出来ない青い壁に突き当たる。

俺はドリルを戻し、ゴーストの目となっている頭部の解像度を上げた……。ところまでは覚えている。

気づくと、得体の知れない生物の中にいた。というわけだ)

「得体の知れないって、お前……」

(すまない、訂正する。素敵なミソを持つ生物の中にいた)


 それならよし、とはならないが。ダウザはあえて追求しなかった。

 聞きたいこと知りたいことが山程あった。


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